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【高城の章】
5 佐倉咲美(1)
しおりを挟む「助かったよ、佐倉。……みんなは?」
しゃがみ込んだ高城が、肩で息をしながら言った。
青白い月明かりが、高城の顔のすぐわきにある小窓から部屋に差し込んで、ドラムや鉄琴、シンバルなどの金属部品を、にぶく光らせている。
「わたしもみんなとはぐれて、ひとりで一組の教室に隠れていたの。駒井くんがやられたのを見て、みんなちりぢりに逃げたから……」
小窓をはさんでへたりこんでいる佐倉も、懸命に息を整えていた。
二階の廊下で合流したふたりは、廊下の突き当たりから連絡通路を渡り、となりの第一校舎三階にある音楽室の奥の部屋、音楽準備室にかくれていた。
「こんな場所、よく見つけたな。ここなら平気だよな?」
落ち着きなく聞いてくる高城に、佐倉がこたえる。
「わたしブラスバンド部でしょ。一年生は朝練の準備を一番でしなくちゃいけないから、たまたま準備室の鍵を持っていたの。ドアを壊されないかぎり、たぶん……」
佐倉の言葉を聞いた高城は、ほっと安堵の息を吐いて壁に寄りかかった。
体のなかで激しく暴れていた心臓が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「まったく、信じられないよ。先生が、あんな風になっちゃうなんて……」
力なく言った高城の言葉に、佐倉が驚いた顔で聞き返す。
「亮ちゃん、まったく、心当たりがないって言うの?」
「あるわけないだろ。あんなの、俺の知ってる神楽坂先生じゃないよ!」
吐き捨てるようにそう言うと、高城は抱えた膝に顔をうずめた。
ときおり小窓から顔をのぞかせて、外の様子をうかがう。
ここからだと中庭をはさんだ第二校舎各階の廊下が丸見えなのだ。
「佐倉、見て! 三階の廊下!」
四度目に小窓をのぞき込んだとき、高城が押し殺した声で叫んだ。
第二校舎三階の廊下に、周囲をうかがいながら忍び足で歩く、ふたつの人影を見つけたのだ。
「あれ、葛西くんと土屋くんじゃない? 絶対そうだよ!」
高城の背中に覆いかぶさるようにして小窓をのぞき込んだ佐倉が、肩越しにそう言ったとたん、ふたつの人影が猛然と走り出した。
なにかに蹴つまずいたのか、そのうちのひとつの人影が、とつぜん廊下の窓の下に姿を消した。もうひとつの人影は、振り返りもせずに走り去っていく。
「いま転んだの、土屋くんだよね。葛西くん、なんで助けないのかな?」
佐倉がつぶやいたそのとき、人影が走り去った廊下の反対側から、ゆっくりともうひとつの人影が現れた。
「神楽坂先生だ!」 高城が叫ぶ。
神楽坂先生が、転んだと思われる人影があったところで立ち止まった。
じっと足下を見つめている。
神楽坂先生の足下は、窓の下に隠れていて見えない。
「土屋、まだあそこで倒れたままなのかな? もう、逃げているよな?」
ひとり言のように高城がつぶやいたとたん、神楽坂先生の片手がいきおいよく振り上げられた。
佐倉は思わず窓から目をそらし、抱えた膝に顔をうずめた。
「もういや! こうしてみんな、死んじゃうのよ!」
一部始終を見つめていた高城が、呆然と窓から視線を外し、こたえた。
「大丈夫だよ。九時をまわれば、大人たちが助けに来てくれる」
壁に掛けられた時計は、夜の八時二十分を指している。
このまま約束の帰宅時間の九時を過ぎても家に子どもが帰らなければ、心配した親たちが何とかしてくれるだろうと高城は考えていた。
しかし佐倉は、そんな高城の態度に苛立った様子で立ち上がり、怒鳴った。
「なにが大丈夫よ! 珠ちゃんはもう死んじゃったのよ! 亮ちゃんが先生を笑いものにしたからでしょ!」
高城も立ち上がり、佐倉に言い返す。
「俺のせいだって言うのかよ? 俺はみんなが喜んでくれるように、先生をいじってただけだろ! おまえらだって笑ってたじゃないか!」
「悪いと思ってないの? みんな、こんな目に遭っているのよ!」
「俺はいじってただけだよ! 先生の面白いところを、みんなにわかりやすく紹介してただけだ! 悪気なんてあるわけないだろ!」
すると睨みつけていた佐倉の視線が、悲しむような、哀れむような視線に変わった。
「もういい加減、目を覚まして。
亮ちゃんは、お笑い芸人でも何でもない、ただの中学生なんだよ?
さっきから、いじってる、いじってるなんて言ってるけどさ。思いやりも、相手の気持ちも考えない『いじり』なんて、ただの『いじめ』と何も変わらないじゃない……」
音楽準備室に沈黙が訪れる。
目に涙を浮かべながら見つめる佐倉に、高城はなにも言い返せなかった。
「ごめん。いまは助け合わなきゃいけないのに、怒鳴っちゃったりして……」
そう言うと、佐倉は高城から視線を外して、少し離れた場所に腰を下ろした。
「いいよ。親友が死んだんだ。大丈夫とか言って、こっちこそ、ごめん」
高城も、再びその場にしゃがみ込んで、小窓の外に視線を移す。
時を刻む針の音だけが、ふたりのあいだに寂しげに響いた。
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