サイオニック・レイヤーズ

来星馬玲

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羅刹の風神、雷神

迷えるあなたの主治医よ

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 ナギから直接聞いた話によると、ナギやカナデたちがぼくたちの存在に気付いたのはアユミを追っていたからだという。アンジュが語った隠れ蓑というものは、実際にレイヤーズにとっては想定外の代物であった。でも、アンジュの動向を探ろうとしていたレイヤーズは、アユミの行動に目を光らせていた。レイヤーズ側の予想通り、アユミはぼくとアンジュの行き先を追うべく、レイヤーズの基地を抜け出した。

 アユミはアンジュが行使した隠れ蓑と同じものを利用した。それは羅刹の戦闘員の肉体の一部に直接埋め込まれている有機組織で、本来その戦闘員が有していない能力を行使するために活用されるという代物だった。

 完全に肉体と同化しているものとして認識されるため、レイヤーズの基地内で行われた身体検査でもその痕跡すらも掴めなかった。だけど、レイヤーズの基地を脱出する時点で足取りがわかっていたアユミを監視し続けることで、レイヤーズの思惑通り、アユミを通してアンジュの居場所を突き止めることに成功した。

 つまり、レイヤーズはわざとアユミを泳がせていた――アユミが羅刹の構成員に捕らえられるその時まで。

 ぼくはアユミが利用されていたと聞いて憤りを覚えたけど、そうしなければあのライキのことだ……どの道、アンジュはライキの手にかかって処刑されていた可能性が高い。結果として、ぼくとアユミは救出されて、羅刹党に捕まることなく、レイヤーズの元へ戻ってきたんだ。

「その気持ちもわかるよ……レイヤーズって結局は個人よりも全体を重んじる組織だからね。純粋にきみとアンジュちゃんを助けたいと思ったアユミちゃんの勇気を利用したのは事実に違いない……」

 そう語っていたナギは、一瞬だけ寂しそうな表情をした。すぐに明るさを取り戻したけど。

「アユミちゃん、ゴキちゃんがいなくなってから何度もあなた……あなた……ってうわごとのように繰り返していたよ。とっても愛されていたんだね」

 アユミ……。

 あの工場内での戦闘のあと、アユミは意識を失い倒れてしまった。レイヤーズの基地内に運び込まれたあとで息を吹き返したものの、心がここに無いといった様子で視線は虚ろだった。ぼくが話しかけても、一切の反応がない。

 アユミは……かつての同僚だった羅刹の戦闘員を殺めてしまったショックから立ち直れなくなってしまった。そんなアユミにとって、ぼくはもう何の支えにもならず……己の無力感を痛感していた。

 施設内の一室。ぼくは座椅子に腰を下ろしたまま、ぼんやりと虚空を見つめていた。ここは混ざり気のない白一色で統一された壁と床が広がっていて、方向感覚を狂わせる。

 ついさっき、ぼくは長官のキリエと会った。キリエの話によると、ぼくに会わせたい人物がいるらしい。それで、この部屋で待っているように言われたのだ。

 この部屋には、本当に何もない。長方形の空間にぼくの座っている座椅子だけが不自然な異物として安置されているだけで。

 十数分なのか……数十分なのか。どの程度の時間が過ぎたのかはわからない。ただ、昨日の出来事をぼんやりと反芻するだけの猶予は十分過ぎるほどあった。

「アンジュ……」

 もう決して戻ってはこない……愛おしい人の名前を呟く。

 アンジュは……アユミを捨てないでって言っていたっけ。当然だ、アユミはずっと誰かに捨てられるのを恐れて生きてきたのだから。だから、ぼくに必要とされる存在になろうと懸命だった。……あそこまでしなくても、ぼくはアユミを大切に想っていたのに。

 そして、アンジュも愛に飢えていた。……というより、愛されることを渇望していたというべきか。アンジュが必死になってぼくの肉欲を刺激して誘惑する行為を繰り返していたのも、その見返りを得ようと躍起になっていたからなのだろう。 

 アユミもアンジュも……わかり合うには時間が少なすぎたように思う。いや、ぼくがもっと両者との関係を繋ぎとめるだけの存在になれるよう努力していれば……アンジュとの行き違いも起こらず、あんな結末を迎えることにはならなかったのかもしれない。

 自分の無力さだけじゃない……自分の物わかりの悪さが、猶更に憎い。ぼくが……アユミを……アンジュだって……必要としているってはっきり伝えられていれば、結果も変わっていたかもしれないんだ。

 誰か……人の気配が近づいてくる。キリエの言っていた人物だろうか? 廊下を歩く足音がこの部屋との距離を詰めてくるにつれ、ぼくは気を引き締めた。

 ガチャリと音がして、扉が開かれた。それと同時に、鼻孔をかすめる香り……。

(花……?)

 花の匂い。……いや、断言はできないけど、甘い花を連想させる香しい芳香だった。

「待たせてごめんなさいね、被検体くん」

 女性の声。無論、レイヤーズの施設内にはぼくを除いて女性しかいないのだから女性に決まっていただろうけど……それは、何というか……どこか懐かしい気持ちにさせてくれる、記憶の彼方の女性像を想起させる声だったんだ。ぼくにはもう、過去の記憶なんてないのに。

「……いえ、大丈夫ですよ」

 ぼくはそう当たり障りのない返事をして彼女の顔を見た。

「え……?」

 純白のスーツ……医者を思わせる服装で、長身の背丈も相まってまさに女医という形容が相応しい容姿。それも十分特徴的だったけど、ぼくが驚いたのは彼女の髪の色。腰の辺りまで伸ばされた長髪はとても濃くて深い緑色をしていたんだ。

(染めている?)

 そう思ったけど、その髪色が奇妙なくらいに自然と調和している。そんな印象があった。
 
 緑の髪の女性はぼくの前に立つと艶やかな声色で言う。

「初めまして、だね。私の名前はアラベナ。今日からあなたの主治医となる女よ。宜しくね、被検体くん」

「主治医?」

 何か違和感を感じて聞き返した。

「ええ、そうよ」

 アラベナと名乗った女性はそう答えると、壁沿いに近づき、壁面に手を添えた。添えられた部分が橙色に発光すると、床下から何やら大掛かりなものが動き出す音が聞こえてくる。

「混ざり気のない白の部屋。そんな意図的で不自然なものは本質を隠すためのカモフラージュ……」

 床の中央部分が左右に分かれていく。表れたのは、階下へと続いている階段。

「ついてきなさい。ついこの間まで、誰にも触れさせることの無かった……私の部屋に案内してあげる」

 アラベナはぼくに手招きをし、階段を下っていった。ぼくは座椅子から立ち上がり、彼女の誘いにからめ捕られるようにして、後ろからついていった。
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