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羅刹の風神、雷神
最後の覚悟が問われる
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カナデは右手に木刀を携え、肩を落としてゆっくりと前に進み出た。悠然とした足取りで、奇妙なほどに落ち着いて見えた。ぼくが最初にカナデと出会った時は常に冷静な振る舞いをしている印象があったけど、今のカナデは冷静を通り越して、あらゆるものを達観しているような雰囲気を醸し出していた。
羅刹党の戦闘員たちは、カナデを取り巻いたままじっとしている。幾人かがカナデの佇まいに気圧されたのか、たじろいだ。カナデがさらに距離を詰め、すーっと木刀を振り上げると、戦闘員たちが驚いた様子で後ずさりをする。
「馬鹿が」
ライキが吐き捨てる。鞭を地面に向かって叩きつけた。バシッと鈍く大きな音が響くと、戦闘員たちが一斉に姿勢を正す。
「見ていたよ。あれが次元跳躍で飛び込んで来た時、アンから逃げ出したのをさ。臆病な負け犬さ、てめえは」
鼻で笑って見せるライキ。でも、そんなライキの傲慢な振る舞いを前にしても、カナデには、全く動じる様子はない。
「ええ、そうね」
カナデがおもむろにそう言った。途端、ライキが不機嫌そうに舌打ちをする。
「あなたの言う通り……私は、アンという子に全く歯が立たず……完全に打ちのめされた」
言葉とは裏腹に、カナデの全身からは揺らめく炎のような青白い闘気が沸き上がっているのが、ぼくには見えた。当然、ライキもそれを感じ取っているのだろう。
「そう……私には、覚悟が足りなかった。自分の力を過信しているのに、土壇場で自らの力が及ばないと恐れ、唯一の闘争心の要を折った……」
「勿体ぶるんじゃないよ」
鞭が一閃し、カナデの顔面すれすれのところで空を切った。カナデは微動だにしない。
「どっちみち、お前は死ぬんだ。ここで殺されてね」
ライキの言動には、明らかな苛立ちがあった。
ライキが目配せをすると、戦闘員たちが肩をびくりと震わせ、各々の構えをとった。素手のまま、腰を僅かに落として何かを掴み折るように腕を伸ばした姿勢は、堂々たる姿勢のライキとは対照的に素人のものに見えるけど、サイオニック特有のあのオーラが溢れ出ている。
「やれ」
ライキが命じると、戦闘員たちが鬨の声を上げ、カナデに向かって一斉に飛びかかった。
「カナデ!」
ぼくは危機感を感じ、思わず叫んでいた。
カナデの整った顔面を目掛けて、爪を突き出して引っかこうとする戦闘員。カナデは寸でのところでひらりとかわした。
もしあの爪で引っかかれていたら、サイパワーによって刃状に形成された斬撃によって、カナデの綺麗な顔がズタズタになっていたかもしれない。でも、カナデは不自然なほどに落ち着き払っている。
「…………」
カナデが相手を一瞥する。それだけで迫力に気圧されたのか、戦闘員の少女はたじろいだ。
「……倒れろ!」
彼女は切羽詰まった様子で叫ぶと、再びカナデに襲い掛かる。刹那、カナデが刀の切っ先を相手に突きつけた。戦闘員の表情がひきつる。
「う……あ……」
戦闘員の少女の顔が青ざめ、両足を硬直させた。カナデが手にしているのは木刀だったけれど、サイパワーが宿れば本物の刀を上回る武器になり得る。当然、同じサイオニックである敵にだってそれはわかっているはずだった。
「ちッ」
ライキが舌打ちし、地面を鞭で打った。その瞬間、周囲にいる戦闘員たちの腹部の辺りに、次々とこぶし大の赤光が灯っていった。
それが何であるのか、ぼくはすぐに理解した。
(火種だ……)
視覚化された、サイパワーによって形成された炎。戦闘行為を部下に強制するために、それぞれの子宮に仕込まれた時限爆弾。冷酷なライキは……この場にいる戦闘員たちすべてに、アンジュを死に追いやったものと同じ火種を、植え付けているんだ。
戦闘員たちの苦悶の表情。前にライキが同様のことをした時よりも火勢は弱いものらしいけど、カナデによって削がれた部下の闘志を、絶対服従せざるを得ない恐怖心で補うという役目は果たしている……。
「間引きだって言ったろう。お前たちだって、例外じゃないよ」
ライキが苦しむ部下たちに言い放った。
「その女を始末できたものにだけ、生き延びる権利を与えてやる」
サイオニックとして目覚めたから……いや、羅刹党に目をつけられたから、闘争の義務を背負わされた者たち。ぼくたちが敵対する理由なんて、到底理解できるものじゃない。
それでも、戦闘を強制された少女たちは、再度カナデへ向かって突撃する。
カナデが木刀を振りかざした。
「カナデ」
躊躇うことのない動きに、言い知れぬ不安を覚えた。ぼくが止める間もなく、カナデの木刀が横一文字に一閃される。
炎が青白い閃光となって空間を割いた。強烈な残像が網膜に焼きつけられ、視力が奪われる。
ぼくは思わず瞳を閉じていた。続けざまに全身を打ち付けてきた衝撃波に、身体が震撼する。慌てて目を開けるも、視界が潰れてしまっていて、視力が回復するのに時間を有した。
すぐには状況を呑み込めなかった。徐々に浮かび上がってきたのは……カナデの周囲に倒れている者たちの姿。
ライキを除いた羅刹党の人たちは、全員が地に伏していた。先の戦闘でアンの手にかかった者、それにカナデが打ち倒した者。皆が一様に横たわっていたんだ。
「そんな、まさか……」
ぼくは急にわき上がってきた不安と焦燥感に突き動かされるように、声を上げていた。
「みんな、死……」
「いいえ」
カナデがぼくの言葉を中断させた。
「私の刀剣は一人の命も奪いはしていない……彼女たちを戦いに駆り立てる悪しき火を取り払っただけ」
カナデはぼくの不安を払拭してくれた。その為に言ってくれたんだというカナデの気遣いが、ぼくには瞬時に理解できたんだ。
カナデは木刀をライキの方へ向ける。切っ先にはちろちろと仄かな炎の揺らめきが踊っているのがわかる。残滓ではなく、これから真に燃え上がる前兆であるのだろう。
「ライキ、覚悟しなさい」
カナデが言い放つ。かつてないほどの気迫だ。
「ち……」
ライキはまた、あの人の気を逆なでする舌打ちをすると、丸めた鞭を正面に翳した。火花がバチバチと音を立てている。
「偽善者が」
ライキは熱い炎を纏いながら、冷徹に言い放った。
「てめえのその自信、引っ剥がしてやるよ」
バシン、と地を打つ鞭。途端、地面上に火柱が吹きあがった。人の背丈ほどもある火柱は高速で回転し、竜巻となってカナデに向かって走り出す。
カナデは木刀を構えたまま動かない。火炎の竜巻はカナデの隙を伺うように、彼女の周囲でグルグルと回っている。
不意に、竜巻が地面との接点から離れて宙を浮き、カナデに覆いかぶさるようにして倒れ込んだ。
ぼくが悲鳴を上げたのと、カナデが木刀を突き上げたのはほぼ同時だった。竜巻が綺麗に真っ二つに割れ、カナデの左右の地面へと没した。炎の竜巻は、先ほどまでの勢いが嘘であるかのように、消え去ったんだ。
「す、すごい……」
カナデはライキの技を軽々と捌いて見せた。これなら……今のカナデなら……ライキにだって勝てる。ぼくはそう思った。
だけど。
「……はぁ……はぁ」
カナデが息を切らしている。先ほどまで、変化を見せなかった表情に僅かな変化があった。それだけで判別するには情報が不足していると言えたかもしれないけど、加速的に高まっていたぼくの動揺は、ある望ましくない直感を物語っていた。
ぼくは口にしたくなかった。だけど。
「駄目た……あれじゃ」
代弁したのはサキだ。サキはライキに気圧されて意気消沈としていたのだと思っていたけど、薄っすらと上がるサイパワーのオーラに、何か、感情の昂ぶりが吐露されていた。
「へえ、能無しでも見る眼はある様子だねぇ」
ライキの発言に、サキは一瞬だけ身を震わせたけど、すぐに己の意識の矛先をある一点に集中させるかのようにライキを睨み返した。サキの憎悪が、苦しいくらいに伝わってきた。
カナデは何も言わない。ただ、木刀を構え、ライキに斬りかかろうとする姿勢を維持する。多分……冷静さを保つだけで精一杯なんだ。
「じゃあ、望み通り、終わらせてやるよ」
ライキが皮肉たっぷりにそう言うと、鞭を振るい、猛烈な勢いで地面を連打した。
大地がどろどろの溶岩になってしまったのかのようにグラグラと蠢いている。火山の噴火の如き爆炎が起ちあがり、幾つもの火柱が生み出されていく。
(こんなことって……)
まさしく、天変地異だ。サイオニックはこんなこともできるのか。
「本当に、幻覚なの……?」
恐る恐るといった様子で、シオリが呟いていた。
幻覚――いや、確かにこの火柱は周辺の樹々を焼いていないから物理現象とは全く異なるものであるに違いないけど、ライキによって現出した天災は明確な殺意と威力を伴って膨大な熱量を発散させているんだ。
「あ、危ない!」
シオリの叫び声。見ると、火柱の一つがカナデの一撃で気を失っている戦闘員の一人に接近しているところだった。
カナデがライキに向けていた切っ先を九十度回転させ、その火柱の方へ向けた。
一閃。中ほどで真っ二つに分れた火柱は霧散し、中空へ消えていく。
「覚悟と言っても、相変わらずの甘ちゃんだったようだね」
カナデの心意気をあざ笑うライキの発言に、ぼくの内から、またあの激しい怒りがわいてきた。
「この……卑怯者!」
「卑怯?」
ライキがわざとらしく首をかしげて見せた。
「馬鹿だね。転がっているゴミに一々気をつけるなんて面倒な真似、するわけないだろう?」
ライキはそう言って、鞭を左右に振る。それに呼応して、無数の炎の竜巻が地面を疾走した。
確かに、ライキは倒れた自分の部下を意図的に狙って攻撃しているわけではないらしい。でも、全く意に関せずであるのは、敵の命も救いたいと思っていたカナデにとって不利な状況を作っているのに間違いなかった。
「わたしが……」
シオリの声。「え?」と聞き返すと、シオリが己を縛り付ける枷を振り払うかのように、力強く足を踏み出した。
「あの人と戦えるのは、カナデさんだけ……だから、せめてわたしが役に立てるのは」
シオリが走り出す。それまで見せることのなかった彼女の決意は、とても強い意志に根差した覚悟の行動だった。
火柱を掻い潜り、倒れている戦闘員の傍に駆け寄った。そのまま、戦闘員の身体を抱き上げる。全く予想外の迅速さだった。
シオリが左腕を天にかざすと、緑色に可視化された一陣の風が吹き、戦闘員の一人を宙へ浮かばせ、遠くの方へと運んでいった。ライキの力が振るわれている領域の外へ向かって……。
カナデは少し戸惑っていたらしい。でも、すぐにシオリの働きに礼をした。
「感謝します、シオリさん」
凛とした声。それを聞いたシオリは強く頷いて見せた。
「わたしの能力はこれだけだから……どうか、あなたはあのライキを」
カナデもまた仕草で応え、ライキと正面から対峙する。
「その能力……」
ライキが呟いた。ぼくは、ライキの炎が倒れた者たちの救助に走るシオリを呑み込みはしないかとヒヤヒヤしていたのだけど、不思議なことに、ライキの攻撃の手が緩められている――そんな気がしたんだ。
「風を操るって言うのかい? 忌々しい……」
ライキの発言には、何か困惑とも驚きともつかない感情から出ているような印象がある。
「忌々しいが……一考の価値があるかもね」
ライキはクククっと含み笑いをした。
「何がおかしい?」
カナデの問い。ライキはそれには答えを出しはしなかった。
「これから死ぬ奴に、わざわざ教えてやんないよ」
ライキの力が爆炎となって四方からカナデを襲う。カナデは瞬時に木刀を回転させ、自らの周囲に結界と思しき赤光を生み出してそれを防いだ。
炎がカナデの肌に触れることはなかったものの、カナデは防戦一方だ。ライキはシオリに対しては一切の攻撃を行っておらず、既に一番危険な位置で気を失っていた戦闘員たちは非難させられているので、カナデが周囲に気を遣う必要ななくなっていた。それでも戦況がは圧倒的に不利であるのは、素人目のぼくにも理解できた。
カナデのサイオエナジーは着実に削られている。それに比べ、ライキにはほとんど消耗がない。アユミの時と同じで、当初のサイパワーの総量はカナデが上回っていたと思われたけど、実際に戦ってみると、ライキの方が実力者であるのを思い知らされる結果となってしまう。
(やっぱり……ぼくの力が加わっただけじゃダメなんだ。このままじゃ……)
不意に、ぼくの背中に手が添えられた。サキだ……と思った瞬間には、ぼくの全身が硬直していた。
「う……かぁ……」
言葉を紡げない。発声器官も半ば麻痺してしまったらしい。
「ライキ!」
サキが怒声を上げた。カナデを一方的に苦しめていたライキの顔が、こちらへ向けられる。
「動くんじゃない! 動いたら……こいつを殺す!」
サキはそう宣言した。
そうか。サキは、ぼくを人質にとるつもりなんだ。羅刹党にとっても利用価値のあるという、ぼくを……。
羅刹党の戦闘員たちは、カナデを取り巻いたままじっとしている。幾人かがカナデの佇まいに気圧されたのか、たじろいだ。カナデがさらに距離を詰め、すーっと木刀を振り上げると、戦闘員たちが驚いた様子で後ずさりをする。
「馬鹿が」
ライキが吐き捨てる。鞭を地面に向かって叩きつけた。バシッと鈍く大きな音が響くと、戦闘員たちが一斉に姿勢を正す。
「見ていたよ。あれが次元跳躍で飛び込んで来た時、アンから逃げ出したのをさ。臆病な負け犬さ、てめえは」
鼻で笑って見せるライキ。でも、そんなライキの傲慢な振る舞いを前にしても、カナデには、全く動じる様子はない。
「ええ、そうね」
カナデがおもむろにそう言った。途端、ライキが不機嫌そうに舌打ちをする。
「あなたの言う通り……私は、アンという子に全く歯が立たず……完全に打ちのめされた」
言葉とは裏腹に、カナデの全身からは揺らめく炎のような青白い闘気が沸き上がっているのが、ぼくには見えた。当然、ライキもそれを感じ取っているのだろう。
「そう……私には、覚悟が足りなかった。自分の力を過信しているのに、土壇場で自らの力が及ばないと恐れ、唯一の闘争心の要を折った……」
「勿体ぶるんじゃないよ」
鞭が一閃し、カナデの顔面すれすれのところで空を切った。カナデは微動だにしない。
「どっちみち、お前は死ぬんだ。ここで殺されてね」
ライキの言動には、明らかな苛立ちがあった。
ライキが目配せをすると、戦闘員たちが肩をびくりと震わせ、各々の構えをとった。素手のまま、腰を僅かに落として何かを掴み折るように腕を伸ばした姿勢は、堂々たる姿勢のライキとは対照的に素人のものに見えるけど、サイオニック特有のあのオーラが溢れ出ている。
「やれ」
ライキが命じると、戦闘員たちが鬨の声を上げ、カナデに向かって一斉に飛びかかった。
「カナデ!」
ぼくは危機感を感じ、思わず叫んでいた。
カナデの整った顔面を目掛けて、爪を突き出して引っかこうとする戦闘員。カナデは寸でのところでひらりとかわした。
もしあの爪で引っかかれていたら、サイパワーによって刃状に形成された斬撃によって、カナデの綺麗な顔がズタズタになっていたかもしれない。でも、カナデは不自然なほどに落ち着き払っている。
「…………」
カナデが相手を一瞥する。それだけで迫力に気圧されたのか、戦闘員の少女はたじろいだ。
「……倒れろ!」
彼女は切羽詰まった様子で叫ぶと、再びカナデに襲い掛かる。刹那、カナデが刀の切っ先を相手に突きつけた。戦闘員の表情がひきつる。
「う……あ……」
戦闘員の少女の顔が青ざめ、両足を硬直させた。カナデが手にしているのは木刀だったけれど、サイパワーが宿れば本物の刀を上回る武器になり得る。当然、同じサイオニックである敵にだってそれはわかっているはずだった。
「ちッ」
ライキが舌打ちし、地面を鞭で打った。その瞬間、周囲にいる戦闘員たちの腹部の辺りに、次々とこぶし大の赤光が灯っていった。
それが何であるのか、ぼくはすぐに理解した。
(火種だ……)
視覚化された、サイパワーによって形成された炎。戦闘行為を部下に強制するために、それぞれの子宮に仕込まれた時限爆弾。冷酷なライキは……この場にいる戦闘員たちすべてに、アンジュを死に追いやったものと同じ火種を、植え付けているんだ。
戦闘員たちの苦悶の表情。前にライキが同様のことをした時よりも火勢は弱いものらしいけど、カナデによって削がれた部下の闘志を、絶対服従せざるを得ない恐怖心で補うという役目は果たしている……。
「間引きだって言ったろう。お前たちだって、例外じゃないよ」
ライキが苦しむ部下たちに言い放った。
「その女を始末できたものにだけ、生き延びる権利を与えてやる」
サイオニックとして目覚めたから……いや、羅刹党に目をつけられたから、闘争の義務を背負わされた者たち。ぼくたちが敵対する理由なんて、到底理解できるものじゃない。
それでも、戦闘を強制された少女たちは、再度カナデへ向かって突撃する。
カナデが木刀を振りかざした。
「カナデ」
躊躇うことのない動きに、言い知れぬ不安を覚えた。ぼくが止める間もなく、カナデの木刀が横一文字に一閃される。
炎が青白い閃光となって空間を割いた。強烈な残像が網膜に焼きつけられ、視力が奪われる。
ぼくは思わず瞳を閉じていた。続けざまに全身を打ち付けてきた衝撃波に、身体が震撼する。慌てて目を開けるも、視界が潰れてしまっていて、視力が回復するのに時間を有した。
すぐには状況を呑み込めなかった。徐々に浮かび上がってきたのは……カナデの周囲に倒れている者たちの姿。
ライキを除いた羅刹党の人たちは、全員が地に伏していた。先の戦闘でアンの手にかかった者、それにカナデが打ち倒した者。皆が一様に横たわっていたんだ。
「そんな、まさか……」
ぼくは急にわき上がってきた不安と焦燥感に突き動かされるように、声を上げていた。
「みんな、死……」
「いいえ」
カナデがぼくの言葉を中断させた。
「私の刀剣は一人の命も奪いはしていない……彼女たちを戦いに駆り立てる悪しき火を取り払っただけ」
カナデはぼくの不安を払拭してくれた。その為に言ってくれたんだというカナデの気遣いが、ぼくには瞬時に理解できたんだ。
カナデは木刀をライキの方へ向ける。切っ先にはちろちろと仄かな炎の揺らめきが踊っているのがわかる。残滓ではなく、これから真に燃え上がる前兆であるのだろう。
「ライキ、覚悟しなさい」
カナデが言い放つ。かつてないほどの気迫だ。
「ち……」
ライキはまた、あの人の気を逆なでする舌打ちをすると、丸めた鞭を正面に翳した。火花がバチバチと音を立てている。
「偽善者が」
ライキは熱い炎を纏いながら、冷徹に言い放った。
「てめえのその自信、引っ剥がしてやるよ」
バシン、と地を打つ鞭。途端、地面上に火柱が吹きあがった。人の背丈ほどもある火柱は高速で回転し、竜巻となってカナデに向かって走り出す。
カナデは木刀を構えたまま動かない。火炎の竜巻はカナデの隙を伺うように、彼女の周囲でグルグルと回っている。
不意に、竜巻が地面との接点から離れて宙を浮き、カナデに覆いかぶさるようにして倒れ込んだ。
ぼくが悲鳴を上げたのと、カナデが木刀を突き上げたのはほぼ同時だった。竜巻が綺麗に真っ二つに割れ、カナデの左右の地面へと没した。炎の竜巻は、先ほどまでの勢いが嘘であるかのように、消え去ったんだ。
「す、すごい……」
カナデはライキの技を軽々と捌いて見せた。これなら……今のカナデなら……ライキにだって勝てる。ぼくはそう思った。
だけど。
「……はぁ……はぁ」
カナデが息を切らしている。先ほどまで、変化を見せなかった表情に僅かな変化があった。それだけで判別するには情報が不足していると言えたかもしれないけど、加速的に高まっていたぼくの動揺は、ある望ましくない直感を物語っていた。
ぼくは口にしたくなかった。だけど。
「駄目た……あれじゃ」
代弁したのはサキだ。サキはライキに気圧されて意気消沈としていたのだと思っていたけど、薄っすらと上がるサイパワーのオーラに、何か、感情の昂ぶりが吐露されていた。
「へえ、能無しでも見る眼はある様子だねぇ」
ライキの発言に、サキは一瞬だけ身を震わせたけど、すぐに己の意識の矛先をある一点に集中させるかのようにライキを睨み返した。サキの憎悪が、苦しいくらいに伝わってきた。
カナデは何も言わない。ただ、木刀を構え、ライキに斬りかかろうとする姿勢を維持する。多分……冷静さを保つだけで精一杯なんだ。
「じゃあ、望み通り、終わらせてやるよ」
ライキが皮肉たっぷりにそう言うと、鞭を振るい、猛烈な勢いで地面を連打した。
大地がどろどろの溶岩になってしまったのかのようにグラグラと蠢いている。火山の噴火の如き爆炎が起ちあがり、幾つもの火柱が生み出されていく。
(こんなことって……)
まさしく、天変地異だ。サイオニックはこんなこともできるのか。
「本当に、幻覚なの……?」
恐る恐るといった様子で、シオリが呟いていた。
幻覚――いや、確かにこの火柱は周辺の樹々を焼いていないから物理現象とは全く異なるものであるに違いないけど、ライキによって現出した天災は明確な殺意と威力を伴って膨大な熱量を発散させているんだ。
「あ、危ない!」
シオリの叫び声。見ると、火柱の一つがカナデの一撃で気を失っている戦闘員の一人に接近しているところだった。
カナデがライキに向けていた切っ先を九十度回転させ、その火柱の方へ向けた。
一閃。中ほどで真っ二つに分れた火柱は霧散し、中空へ消えていく。
「覚悟と言っても、相変わらずの甘ちゃんだったようだね」
カナデの心意気をあざ笑うライキの発言に、ぼくの内から、またあの激しい怒りがわいてきた。
「この……卑怯者!」
「卑怯?」
ライキがわざとらしく首をかしげて見せた。
「馬鹿だね。転がっているゴミに一々気をつけるなんて面倒な真似、するわけないだろう?」
ライキはそう言って、鞭を左右に振る。それに呼応して、無数の炎の竜巻が地面を疾走した。
確かに、ライキは倒れた自分の部下を意図的に狙って攻撃しているわけではないらしい。でも、全く意に関せずであるのは、敵の命も救いたいと思っていたカナデにとって不利な状況を作っているのに間違いなかった。
「わたしが……」
シオリの声。「え?」と聞き返すと、シオリが己を縛り付ける枷を振り払うかのように、力強く足を踏み出した。
「あの人と戦えるのは、カナデさんだけ……だから、せめてわたしが役に立てるのは」
シオリが走り出す。それまで見せることのなかった彼女の決意は、とても強い意志に根差した覚悟の行動だった。
火柱を掻い潜り、倒れている戦闘員の傍に駆け寄った。そのまま、戦闘員の身体を抱き上げる。全く予想外の迅速さだった。
シオリが左腕を天にかざすと、緑色に可視化された一陣の風が吹き、戦闘員の一人を宙へ浮かばせ、遠くの方へと運んでいった。ライキの力が振るわれている領域の外へ向かって……。
カナデは少し戸惑っていたらしい。でも、すぐにシオリの働きに礼をした。
「感謝します、シオリさん」
凛とした声。それを聞いたシオリは強く頷いて見せた。
「わたしの能力はこれだけだから……どうか、あなたはあのライキを」
カナデもまた仕草で応え、ライキと正面から対峙する。
「その能力……」
ライキが呟いた。ぼくは、ライキの炎が倒れた者たちの救助に走るシオリを呑み込みはしないかとヒヤヒヤしていたのだけど、不思議なことに、ライキの攻撃の手が緩められている――そんな気がしたんだ。
「風を操るって言うのかい? 忌々しい……」
ライキの発言には、何か困惑とも驚きともつかない感情から出ているような印象がある。
「忌々しいが……一考の価値があるかもね」
ライキはクククっと含み笑いをした。
「何がおかしい?」
カナデの問い。ライキはそれには答えを出しはしなかった。
「これから死ぬ奴に、わざわざ教えてやんないよ」
ライキの力が爆炎となって四方からカナデを襲う。カナデは瞬時に木刀を回転させ、自らの周囲に結界と思しき赤光を生み出してそれを防いだ。
炎がカナデの肌に触れることはなかったものの、カナデは防戦一方だ。ライキはシオリに対しては一切の攻撃を行っておらず、既に一番危険な位置で気を失っていた戦闘員たちは非難させられているので、カナデが周囲に気を遣う必要ななくなっていた。それでも戦況がは圧倒的に不利であるのは、素人目のぼくにも理解できた。
カナデのサイオエナジーは着実に削られている。それに比べ、ライキにはほとんど消耗がない。アユミの時と同じで、当初のサイパワーの総量はカナデが上回っていたと思われたけど、実際に戦ってみると、ライキの方が実力者であるのを思い知らされる結果となってしまう。
(やっぱり……ぼくの力が加わっただけじゃダメなんだ。このままじゃ……)
不意に、ぼくの背中に手が添えられた。サキだ……と思った瞬間には、ぼくの全身が硬直していた。
「う……かぁ……」
言葉を紡げない。発声器官も半ば麻痺してしまったらしい。
「ライキ!」
サキが怒声を上げた。カナデを一方的に苦しめていたライキの顔が、こちらへ向けられる。
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