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羅刹の風神、雷神
炎帝が覚醒する
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グリップに相当する部分にわっか状にまとめた鞭を手にし、悠然と構えるライキ。豊満な女体を強調した露出の多い衣装は、悍ましいほどの凄艶さを放っていた。
「親殺し……?」
憤りとも恐れともつかない感情に圧迫されて言葉を失っているぼくの疑念を、チカが代弁してくれた。
「そうさ。こいつは十数年間もの間、他人との接触を避けて親のすねをかじり続けて生きるだけの引き籠りだった。そのくせ、ガキの頭のままで世間への不満だけは肥大化させ、ある日、爆発させた憎しみを育ての親に向けたあげく、肉切り包丁で滅多切りにして殺した」
サヨリのテレポートによって胴体を引き千切られたアン。そのアンの亡骸を見下ろすライキは、冷笑を浮かべている。
「社会に出れば只のゴミに過ぎないこいつでも、羅刹党から見れば使えそうな素材だったのさ。事件が明るみに出る前に、サイオニックとしての素質を見出したあたし自らがこいつをスカウトしに来てみたら、あっさりと食いついてくれたよ。やっとまともに遊べるゲームと出会えた、と言ってね」
ゲーム。聞いてみれば、アンの異常性は外部とのコミュニケーションから隔離された生活の中で徐々に形成されていったものであるのかもしれない。
「思い通りにならないと、与えた部下であってもすぐ殺すから、結局、あたしらとしても持て余し気味になっていたけどね。今なら初めて役立てそうだと踏んで、レイヤーズとの戦闘で素質のない人員を間引くついでに戦わせてみた結果も……これじゃあねえ」
「……五月蠅い、黙れ」
怒気を孕んだ声。サキだった。
「そんな奴の身の上話何てどうでもいい。……ライキ、殺してやる」
今にも飛びかかろうと身を乗り出すサキ。それを片手で制したのは、チカだ。
「サキ。あんたには無理。無駄死にするだけ」
「なんだよ。自分ならどうにかできるって言いたいの?」
むきになったサキに言われ、言葉を濁すチカ。チカもまた、ライキを前にして恐怖心を抱いているのかもしれない。
チカはぼくとの行為でサイパワーを増幅させているはずだったけど……それは、アユミやアンジュにだって言える。そして、アンジュの死によって暴走したアユミでさえも、ライキを相手に全く歯が立たなかったんだ。
まして、ここに居る中で、一番ライキに肉迫できる可能性があったかもしれないカナデが、茫然とした様子で立ち尽くしている今の状況では……。
「裏切り者の道化に仕切られているとは、なかなか滑稽だねぇ」
ライキが可笑しそうに表情を歪めたが、依然として冷淡な印象は拭えない。
「お前たち、その女に踊らされているって、気づいていないのかい?」
ライキの発言に、違和感を覚える。持ち上げられた鞭の先は、チカに向けられていた。
(踊らされている……?)
咄嗟にチカを見やったのはぼくだけではない。シオリもチカを凝視している。サキだけは苦虫を噛み潰したような顔のままで、ライキに対する憎悪以外のものは読み取れなかった。
「おや、その様子じゃ、知らないようだね」
チカは明らかに表情を曇らせている。逡巡する口元が、何かの言葉を紡ぐよりも早く、ライキが口を開く。
「教えてやるよ。チカはレイヤーズの直前の動向をこっちに伝えてきた。お前たち以外のレイヤーズがここに辿り着くことはない。今頃は羅刹党の精鋭部隊が迎え撃っているところだろうねぇ」
チカは……否定しない。
「そんな……」
シオリが信じられないといった様子で呟いた。
(でも……)
チカは元々、羅刹党のスパイとしてレイヤーズに潜入していたと話している。ただ、それも最終的には羅刹を欺くため。
ライキはこちらの動揺を誘っているのかもしれない。なら、そんな口車に乗せられたりしたら、駄目だ。
「チカはもう話してくれたよ、二重スパイだって。その話なら、もう」
ぼくが口を挟むと、ライキは鼻で笑った。
「そこの女……」
ライキは、今度はカナデを指さした。
「そいつが真っ先にここに攻めてくるって連絡も事前に聞かされたよ。全部こっちとの打ち合わせ通り。お前たちはね、売られたんだよ、そのチカにねぇ」
「違う!」
チカが叫んだ。先ほどまでの逡巡とは違い、全力で否定しようとする響きだ。
「……味方を欺いたのは事実だけど……何もかも、ライキ、オマエの首を討つため!」
「開き直りやがったか、この女狐め」
ライキがピシャリと鞭で地面を打った。それを合図にして、ライキの背後から複数人の戦闘員たちがぞろぞろと姿を現した。
「ち……まだこんなに居たの」
チカが姿を現した羅刹党の面々を見比べながら言った。
「チカ、お前の狙いはわかっていたよ。そこに横たわっている女の能力であたしの喉元にテレポートして、闇討ちしようだなんて、ね」
サヨリの能力。確かに、彼女の力を使えば、ライキを倒すこともできたかもしれない。ぼくは、物理的に肉体を壊されたアンの亡骸を見やりながら、そう思った。
ライキが横たわっているサヨリの傍へ、つかつかと歩み寄る。
「サヨリに近づかないで!」
チカがライキに飛びかかった。その刹那、一閃した鞭がチカの顔面を打ち付けた。
「ぎゃあ!」
チカが悲鳴を上げる。中空を鮮血が迸ると同時に、幾筋もの稲妻がチカの身体を撃ち抜いた。
「チカ!」
シオリが叫び、チカの方へ駆け寄ろうとする。
「待って」
カナデがシオリを押しとどめると、自らライキとチカの間に割って入った。そして、引き抜いた木刀を振り下ろし、チカの全身を拘束している可視化された電流を切り裂いた。
解放されたチカが、どさりと倒れ伏す。チカはもう……虫の息だった。
ライキは続けざまにカナデを狙い、鞭の先端を投げつけてきた。鞭が漆黒の蛇のようにうねり、空を割く。カナデは炎をまとった木刀で切り返し、そのまま反撃に転じようとする。しかし、同時に足元を爆走してきた特大のねずみ花火のような攻撃が、カナデの足にぶつかり、閃光が瞬く間に太ももを覆った。
「う……」
カナデは小さく呻くと、膝をついた。
ライキは動けなくなったカナデを一瞥する。
「本物の電流だったら、全身の血管が焼き切れていたところ。よく持った……と誉めてやろうか」
ライキはそう言いながら、カナデから顔を背けると、横たわっているサヨリの顔を覗き込んだ。
(サヨリ)
助けに入りたかった。でも、ぼくの両足はがたがたと震えてしまっている。下手に動く度に、誰かが傷つく……その危惧がぼく自身からも度胸をそぎ落としてしまったかのようだ。
あれほどライキに殺意を向けていたサキも、一向に動き出す気配がない。無理もない……力の差が、あり過ぎるんだ。
「こいつの能力には……正直、あたしでも驚かされたよ。物理的に次元を跳躍するなんて、前代未聞だった。生かしたまま捕らえておけば、羅刹党の研究班もさぞかし喜んだだろうね」
ライキがつま先でサヨリの顔を押し上げた。ぼくは……物を扱うような仕草に、怒りがこみ上げてきた。
「でももう、死んじまったようだね」
(え?)
ライキが興味をなくしたとでも言うように、サヨリから足を離すと、パタンと音を立て、サヨリの顔面が地に伏した。
「サヨリ……?」
すぐには信じられなかった。それまでは、サヨリは気を失っていただけに見えたから。でも、言われて見れば、サヨリからは生気が失われ、熱量が途絶えている……そんな印象があった。
「う……」
チカの声。倒れていたチカが、よろよろと立ち上がった。今にも倒れそうだったけど、何とか踏み止まって、自らの身体を支えている。
「……サヨリは」
チカが話し始めた。喋るだけでも苦しそうだったけど、ぼくはチカが話すその先を聞かなければならない気がして、止める勇気を持てなかったんだ。
「スズネと、幼い頃からの親友だった。……羅刹党のスパイとしてレイヤーズに潜入した頃、サヨリから行方不明のスズネという子の話を聞いて、ピンときたの……羅刹に拉致されたサイオニックのスズネからも、サヨリの話を聞いていたから……」
チカは小さく呻くと、また倒れそうになった。シオリが慌ててその身体を支えようと近づいたけど、チカはそんなシオリを制した。
「それで……この子がいればいける……そんな気がして、スズネを助けるという条件で、二人で羅刹を潰す計画を練った。でも、まさかあの殺人狂のアンが表に出てくるなんて……スズネがアンに殺されるなんて……誤算だった」
ごほ、ごほと咳き込むチカ。見ると、口から溢れ出た血が地面に滴っていた。
「もう、喋らないで」
ぼくは止めに入ろうとした。これ以上はもう持たない。そう確信したんだ。
「ごめん……もっと上手くいくと思ったのに……結局、私がかき乱しただけで……」
ひゅん……と空を切る音。直後、チカの身体を真紅の閃光が通過していた。
チカは……何か、言葉を紡ごうとした。でも、声にならなかった。どさ、と地に倒れ伏す。……もう、彼女が動くことはない。ぼくは……そう直感していた。
シオリの絶叫が木霊した。ライキは顔をしかめ、鞭の切っ先をシオリに向ける。バチバチと火花を散らしている先端から炎とも電光ともつかない一撃が放たれるよりも先に、ぼくは急いで、シオリの前に仁王立ちとなった。ライキはぼくに向かってそれを撃つことはせず、小さく舌打ちをした。
「もう十分聞かせてやったろ? あたしとしては、お前たちにそれ相応の敬意を表してやったつもりだよ。それだけの少人数であたしと戦おうなんて救いようのない馬鹿だけど、度胸だけは大したものだったからね。でも、いい加減、お開きにしようかい」
凄まじい熱量がライキの周囲に集まる。周りにいる羅刹の戦闘員の女性たちは、怯えた様子でライキから距離をとった。……彼女たちもまた、恐怖で支配されているに過ぎないというのが、見て取れる。
「ごたごたすんじゃないよ!」
ライキに一喝され、戦闘員たちがピシリと姿勢を正した。……彼女たちも、命令に従わなければ殺されるんだ。
「お前たちも、裏切り者がどうなるか……よくわかったろ?」
ライキはそう言うと、サキの方へ顔を向けた。サキは……蛇に睨まれた蛙のように、身動き一つできなくなってしまっている。
「残りのゴミ掃除は部下に任せようかねぇ。……ほら、長生きしたけりゃ、少しは働いて、忠誠心を見せな」
ライキの指示で、戦闘員たちがぼくたちの前に立ちはだかる。状況は絶望的だった。
ぼくは……彼女たちと戦えるだけの力はないし、サキも戦意を失いかけている。ぼくの背後にいるシオリだって、戦える状態とは到底思えなかった。
あと……。
「…………」
すーっと、歩み出るカナデ。ライキによって足を焼かれたはずだったのに、その動きには一切の迷いがなかった。
「カナデ?」
ぼくは恐る恐る、カナデの名を読んだ。カナデの様子を見て、羅刹の戦闘員たちも戸惑っているらしかった。
「……ようやく、決心がついた」
凛とした響きだった。
「サヨリが教えてくれた。相応の覚悟がなければ、サイオニックの戦いに終止符を打つことはできない……」
「カナデ、何を言って……?」
サヨリは、アンの放った斬撃をその身に受け続けた。サイオニックの基本的な攻撃手段は外傷を与えたりはしないが、サイオニックの力の中核となる精神に直接ダメージを与え、生命力さえも奪い取る。それでアンジュは命を焼き尽くされ、アユミも生死の境を彷徨ったんだ。
でも、サヨリは斬撃を耐え続けた。本物の刃であれば、何十回と即死するほどの数を、おそらくスズネを殺されたという怒りを力に変えて。そして、アンの肉体を物理的に引き千切ったあと、復讐を果たしたサヨリ自身もまた……力尽きた。
もし、カナデの言う覚悟が、それに起因しているのだとしたら……。
「カナデ、駄目だよ! 死のうだなんて……」
ぼくが伝えようとした意味が分かったのだろう。カナデは頭を振り、立ちはだかる戦闘員たちの背後にいるライキを睨みつけた。
「いいえ。私の言う覚悟は自らの死ではない。……私は真に炎帝に……なり切るんじゃない……炎帝そのものとなり、ライキを倒す」
ぶわっと、物凄い熱風が、カナデの足元から沸き上がった。あまりの熱さにぼくの身体も焼かれた……と、一瞬思ったけれど、肌で感じる熱とは裏腹に、火傷しそうな兆候はない。
炎を纏うカナデ。カナデが目の前にいる戦闘員たちを一瞥すると、皆、怯えの色を露わにしていた。
「……この炎帝と戦おうというのならば、あなたたちも相応の覚悟をしなさい」
迷いのない、厳しい物言い。明らかに……カナデの中で、何かが変わった。それが、ライキとの決戦に臨む彼女の決心によるものなのだろうか。
「親殺し……?」
憤りとも恐れともつかない感情に圧迫されて言葉を失っているぼくの疑念を、チカが代弁してくれた。
「そうさ。こいつは十数年間もの間、他人との接触を避けて親のすねをかじり続けて生きるだけの引き籠りだった。そのくせ、ガキの頭のままで世間への不満だけは肥大化させ、ある日、爆発させた憎しみを育ての親に向けたあげく、肉切り包丁で滅多切りにして殺した」
サヨリのテレポートによって胴体を引き千切られたアン。そのアンの亡骸を見下ろすライキは、冷笑を浮かべている。
「社会に出れば只のゴミに過ぎないこいつでも、羅刹党から見れば使えそうな素材だったのさ。事件が明るみに出る前に、サイオニックとしての素質を見出したあたし自らがこいつをスカウトしに来てみたら、あっさりと食いついてくれたよ。やっとまともに遊べるゲームと出会えた、と言ってね」
ゲーム。聞いてみれば、アンの異常性は外部とのコミュニケーションから隔離された生活の中で徐々に形成されていったものであるのかもしれない。
「思い通りにならないと、与えた部下であってもすぐ殺すから、結局、あたしらとしても持て余し気味になっていたけどね。今なら初めて役立てそうだと踏んで、レイヤーズとの戦闘で素質のない人員を間引くついでに戦わせてみた結果も……これじゃあねえ」
「……五月蠅い、黙れ」
怒気を孕んだ声。サキだった。
「そんな奴の身の上話何てどうでもいい。……ライキ、殺してやる」
今にも飛びかかろうと身を乗り出すサキ。それを片手で制したのは、チカだ。
「サキ。あんたには無理。無駄死にするだけ」
「なんだよ。自分ならどうにかできるって言いたいの?」
むきになったサキに言われ、言葉を濁すチカ。チカもまた、ライキを前にして恐怖心を抱いているのかもしれない。
チカはぼくとの行為でサイパワーを増幅させているはずだったけど……それは、アユミやアンジュにだって言える。そして、アンジュの死によって暴走したアユミでさえも、ライキを相手に全く歯が立たなかったんだ。
まして、ここに居る中で、一番ライキに肉迫できる可能性があったかもしれないカナデが、茫然とした様子で立ち尽くしている今の状況では……。
「裏切り者の道化に仕切られているとは、なかなか滑稽だねぇ」
ライキが可笑しそうに表情を歪めたが、依然として冷淡な印象は拭えない。
「お前たち、その女に踊らされているって、気づいていないのかい?」
ライキの発言に、違和感を覚える。持ち上げられた鞭の先は、チカに向けられていた。
(踊らされている……?)
咄嗟にチカを見やったのはぼくだけではない。シオリもチカを凝視している。サキだけは苦虫を噛み潰したような顔のままで、ライキに対する憎悪以外のものは読み取れなかった。
「おや、その様子じゃ、知らないようだね」
チカは明らかに表情を曇らせている。逡巡する口元が、何かの言葉を紡ぐよりも早く、ライキが口を開く。
「教えてやるよ。チカはレイヤーズの直前の動向をこっちに伝えてきた。お前たち以外のレイヤーズがここに辿り着くことはない。今頃は羅刹党の精鋭部隊が迎え撃っているところだろうねぇ」
チカは……否定しない。
「そんな……」
シオリが信じられないといった様子で呟いた。
(でも……)
チカは元々、羅刹党のスパイとしてレイヤーズに潜入していたと話している。ただ、それも最終的には羅刹を欺くため。
ライキはこちらの動揺を誘っているのかもしれない。なら、そんな口車に乗せられたりしたら、駄目だ。
「チカはもう話してくれたよ、二重スパイだって。その話なら、もう」
ぼくが口を挟むと、ライキは鼻で笑った。
「そこの女……」
ライキは、今度はカナデを指さした。
「そいつが真っ先にここに攻めてくるって連絡も事前に聞かされたよ。全部こっちとの打ち合わせ通り。お前たちはね、売られたんだよ、そのチカにねぇ」
「違う!」
チカが叫んだ。先ほどまでの逡巡とは違い、全力で否定しようとする響きだ。
「……味方を欺いたのは事実だけど……何もかも、ライキ、オマエの首を討つため!」
「開き直りやがったか、この女狐め」
ライキがピシャリと鞭で地面を打った。それを合図にして、ライキの背後から複数人の戦闘員たちがぞろぞろと姿を現した。
「ち……まだこんなに居たの」
チカが姿を現した羅刹党の面々を見比べながら言った。
「チカ、お前の狙いはわかっていたよ。そこに横たわっている女の能力であたしの喉元にテレポートして、闇討ちしようだなんて、ね」
サヨリの能力。確かに、彼女の力を使えば、ライキを倒すこともできたかもしれない。ぼくは、物理的に肉体を壊されたアンの亡骸を見やりながら、そう思った。
ライキが横たわっているサヨリの傍へ、つかつかと歩み寄る。
「サヨリに近づかないで!」
チカがライキに飛びかかった。その刹那、一閃した鞭がチカの顔面を打ち付けた。
「ぎゃあ!」
チカが悲鳴を上げる。中空を鮮血が迸ると同時に、幾筋もの稲妻がチカの身体を撃ち抜いた。
「チカ!」
シオリが叫び、チカの方へ駆け寄ろうとする。
「待って」
カナデがシオリを押しとどめると、自らライキとチカの間に割って入った。そして、引き抜いた木刀を振り下ろし、チカの全身を拘束している可視化された電流を切り裂いた。
解放されたチカが、どさりと倒れ伏す。チカはもう……虫の息だった。
ライキは続けざまにカナデを狙い、鞭の先端を投げつけてきた。鞭が漆黒の蛇のようにうねり、空を割く。カナデは炎をまとった木刀で切り返し、そのまま反撃に転じようとする。しかし、同時に足元を爆走してきた特大のねずみ花火のような攻撃が、カナデの足にぶつかり、閃光が瞬く間に太ももを覆った。
「う……」
カナデは小さく呻くと、膝をついた。
ライキは動けなくなったカナデを一瞥する。
「本物の電流だったら、全身の血管が焼き切れていたところ。よく持った……と誉めてやろうか」
ライキはそう言いながら、カナデから顔を背けると、横たわっているサヨリの顔を覗き込んだ。
(サヨリ)
助けに入りたかった。でも、ぼくの両足はがたがたと震えてしまっている。下手に動く度に、誰かが傷つく……その危惧がぼく自身からも度胸をそぎ落としてしまったかのようだ。
あれほどライキに殺意を向けていたサキも、一向に動き出す気配がない。無理もない……力の差が、あり過ぎるんだ。
「こいつの能力には……正直、あたしでも驚かされたよ。物理的に次元を跳躍するなんて、前代未聞だった。生かしたまま捕らえておけば、羅刹党の研究班もさぞかし喜んだだろうね」
ライキがつま先でサヨリの顔を押し上げた。ぼくは……物を扱うような仕草に、怒りがこみ上げてきた。
「でももう、死んじまったようだね」
(え?)
ライキが興味をなくしたとでも言うように、サヨリから足を離すと、パタンと音を立て、サヨリの顔面が地に伏した。
「サヨリ……?」
すぐには信じられなかった。それまでは、サヨリは気を失っていただけに見えたから。でも、言われて見れば、サヨリからは生気が失われ、熱量が途絶えている……そんな印象があった。
「う……」
チカの声。倒れていたチカが、よろよろと立ち上がった。今にも倒れそうだったけど、何とか踏み止まって、自らの身体を支えている。
「……サヨリは」
チカが話し始めた。喋るだけでも苦しそうだったけど、ぼくはチカが話すその先を聞かなければならない気がして、止める勇気を持てなかったんだ。
「スズネと、幼い頃からの親友だった。……羅刹党のスパイとしてレイヤーズに潜入した頃、サヨリから行方不明のスズネという子の話を聞いて、ピンときたの……羅刹に拉致されたサイオニックのスズネからも、サヨリの話を聞いていたから……」
チカは小さく呻くと、また倒れそうになった。シオリが慌ててその身体を支えようと近づいたけど、チカはそんなシオリを制した。
「それで……この子がいればいける……そんな気がして、スズネを助けるという条件で、二人で羅刹を潰す計画を練った。でも、まさかあの殺人狂のアンが表に出てくるなんて……スズネがアンに殺されるなんて……誤算だった」
ごほ、ごほと咳き込むチカ。見ると、口から溢れ出た血が地面に滴っていた。
「もう、喋らないで」
ぼくは止めに入ろうとした。これ以上はもう持たない。そう確信したんだ。
「ごめん……もっと上手くいくと思ったのに……結局、私がかき乱しただけで……」
ひゅん……と空を切る音。直後、チカの身体を真紅の閃光が通過していた。
チカは……何か、言葉を紡ごうとした。でも、声にならなかった。どさ、と地に倒れ伏す。……もう、彼女が動くことはない。ぼくは……そう直感していた。
シオリの絶叫が木霊した。ライキは顔をしかめ、鞭の切っ先をシオリに向ける。バチバチと火花を散らしている先端から炎とも電光ともつかない一撃が放たれるよりも先に、ぼくは急いで、シオリの前に仁王立ちとなった。ライキはぼくに向かってそれを撃つことはせず、小さく舌打ちをした。
「もう十分聞かせてやったろ? あたしとしては、お前たちにそれ相応の敬意を表してやったつもりだよ。それだけの少人数であたしと戦おうなんて救いようのない馬鹿だけど、度胸だけは大したものだったからね。でも、いい加減、お開きにしようかい」
凄まじい熱量がライキの周囲に集まる。周りにいる羅刹の戦闘員の女性たちは、怯えた様子でライキから距離をとった。……彼女たちもまた、恐怖で支配されているに過ぎないというのが、見て取れる。
「ごたごたすんじゃないよ!」
ライキに一喝され、戦闘員たちがピシリと姿勢を正した。……彼女たちも、命令に従わなければ殺されるんだ。
「お前たちも、裏切り者がどうなるか……よくわかったろ?」
ライキはそう言うと、サキの方へ顔を向けた。サキは……蛇に睨まれた蛙のように、身動き一つできなくなってしまっている。
「残りのゴミ掃除は部下に任せようかねぇ。……ほら、長生きしたけりゃ、少しは働いて、忠誠心を見せな」
ライキの指示で、戦闘員たちがぼくたちの前に立ちはだかる。状況は絶望的だった。
ぼくは……彼女たちと戦えるだけの力はないし、サキも戦意を失いかけている。ぼくの背後にいるシオリだって、戦える状態とは到底思えなかった。
あと……。
「…………」
すーっと、歩み出るカナデ。ライキによって足を焼かれたはずだったのに、その動きには一切の迷いがなかった。
「カナデ?」
ぼくは恐る恐る、カナデの名を読んだ。カナデの様子を見て、羅刹の戦闘員たちも戸惑っているらしかった。
「……ようやく、決心がついた」
凛とした響きだった。
「サヨリが教えてくれた。相応の覚悟がなければ、サイオニックの戦いに終止符を打つことはできない……」
「カナデ、何を言って……?」
サヨリは、アンの放った斬撃をその身に受け続けた。サイオニックの基本的な攻撃手段は外傷を与えたりはしないが、サイオニックの力の中核となる精神に直接ダメージを与え、生命力さえも奪い取る。それでアンジュは命を焼き尽くされ、アユミも生死の境を彷徨ったんだ。
でも、サヨリは斬撃を耐え続けた。本物の刃であれば、何十回と即死するほどの数を、おそらくスズネを殺されたという怒りを力に変えて。そして、アンの肉体を物理的に引き千切ったあと、復讐を果たしたサヨリ自身もまた……力尽きた。
もし、カナデの言う覚悟が、それに起因しているのだとしたら……。
「カナデ、駄目だよ! 死のうだなんて……」
ぼくが伝えようとした意味が分かったのだろう。カナデは頭を振り、立ちはだかる戦闘員たちの背後にいるライキを睨みつけた。
「いいえ。私の言う覚悟は自らの死ではない。……私は真に炎帝に……なり切るんじゃない……炎帝そのものとなり、ライキを倒す」
ぶわっと、物凄い熱風が、カナデの足元から沸き上がった。あまりの熱さにぼくの身体も焼かれた……と、一瞬思ったけれど、肌で感じる熱とは裏腹に、火傷しそうな兆候はない。
炎を纏うカナデ。カナデが目の前にいる戦闘員たちを一瞥すると、皆、怯えの色を露わにしていた。
「……この炎帝と戦おうというのならば、あなたたちも相応の覚悟をしなさい」
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