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彼氏が定着しすぎて詰んでる
しおりを挟む翌朝──。
チャイムの音がして母親に出るようにと告げられる。
気だるく玄関を開けると、そこには碧斗が立っていた。
制服姿のまま、髪はいつも通りさらりと整っていて、立ち姿も無駄がなく整っている。
相変わらずイケメンだな、コイツ……。
なんで朝からそんなに爽やかになれる?
……ってそうじゃなくて。
「え、なに……?」
まだ寝ぼけたままの頭で、状況がうまく理解できない。
……なんで碧斗がここにいるんだ?
いつもはそれぞれに学校に向かって、途中で会ったら一緒に行くって流れだった。
「迎えに来た」
「いや、見ればわかるけど。なんで?」
もう一度聞き返すと、碧斗はまっすぐ俺の目を見てさらっと答えた。
「うーん、一緒に行きたいし、彼氏だから?」
「はぁ?」
とは思ったものの。
昨日の会話を思い出す。
『俺たち付き合うわ』
あー、はいはい。昨日のやつがまだ続いてんのね。
なんとなく理解できた。
碧斗もこういうのにノってくるのはめずらしいけど、相当ハマったのか?
碧斗は俺らの誰よりも大人びていて、こういう冗談にも入らず外の方で眺めているタイプだ。
コイツのそういうところが女子にモテるんだろうけど。
まぁいい。
今日くらいは碧斗のノリに付き合ってやるか。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
俺は母親に声をかけると、玄関を出て隼人のところに向かった。
「じゃ、行こーぜ」
あーあ、ねむ。
まだ完全に目が覚めきってないな。
眠い目をこすりながら歩いていると、ふと碧斗が足を止めた。
「どした?」
俺も足を止めて碧斗を見る。
すると碧斗はなにも言わず、俺の顔をじっと見つめた。
その真剣な眼差しにどきりとする。
こいつ、本当無駄に顔がいい。
少しは分けて欲しいぜ。
「なんだよ」
「動かないで」
キレイな指が伸びてきて、俺の目元にそっと触れる。
なんだか居心地が悪くてどんな顔をしていいか分からなかった。
「まつげ。ついてた」
碧斗は小さく呟くと、取ったまつげをふっと吹き飛ばした。
「ああ、サンキュー」
朝の光もあってか碧斗が、やけにカッコよく見えた。
クッソ、俺が碧斗くらいモテモテだったら、こんなに恋愛で悩むこともなかっただろうに。
「……凪、大丈夫?」
碧斗が少し身を屈めて、真正面からのぞき込んでくる。
その時だった。
「いいこと思いついた!」
ちょうど校門をくぐったタイミングで俺は碧斗に向かって手を差し出す。
「碧斗……手、貸してみ?」
「ん?」
一瞬だけ眉を上げた碧斗だったが、素直に掌を出してくる。
「ほら、こうやってだな」
俺はわざとゆっくり指を一本ずつ絡めていき、最後にぎゅっとにぎってやった。
「……凪、なに?これ……」
「へへん、恋人つなぎ!絶対あいつらびっくりすっから」
くだらないイタズラを仕掛ける時のあのワクワク感はたまらない。
碧斗もノッてきたことだし、ひと笑いもらっちゃいますか。
手を繋いだまま廊下を堂々と歩く。
人の視線が痛くて恥ずかしくなったが、こういうのは照れたら負けだ。
ドアの前で深呼吸。
「よし、いくぞ」
俺はそのまま教室のドアを開けた。
よし、悠馬と一樹来てるな。
わざとらしくにやにやしながら2人の元へ歩いていく。
「おはよー悠馬、一樹」
さぁどんなツッコミがやってくるかな。
そんなことを楽しみにしながら反応を待っていると……。
「おう、おはよう!」
「……おはよう」
返ってきたのは、まさかの普通すぎる挨拶だった。
……え、ウソだろ?
今、俺と碧斗……ばっちり手ぇ繋いでるんだぞ?しかも恋人つなぎだぞ?
わざと机の上に腕を置き、絡めた指が目に入るようにしてみるが、悠馬はプリントをまとめ、一樹は欠伸を噛み殺しているだけ。
おいおいおいおい、おかしいだろう!
まずツッコミだろう。
手、繋いでるの見えてるよな?
もっと「うわっ!」とか「お前らなにしてんだよ!?」とかないわけ?
「おいいいい!」
思わず俺の方がツッコむ。
俺は絡めたままの手をふたりの目の前に突き出した。
「おい、突っ込めよ!手繋いでるだろ!?しかも恋人つなぎだぞ!?」
悠馬は一瞬きょとんとするが、後は気にしない様子で答える。
「あー……気づいたけど、別に」
「はぁ!?」
「いっつもそれくらい、お前らベタベタしてんじゃん」
一樹まであっさり頷くもんだから、俺の方が面食らった。
「碧斗なんていっつも凪にくっついてるし?」
「そうそう、凪の肩口に頭おいたりクッション代わりにしてるし?」
そ、そう思えば……。
『なーぎ』
朝、碧斗がなんの前触れもなく後ろから抱きついていることは何度もあるし……。
『次の授業、ダルいな』
イスに座っていると肩に頭を乗せてきたこともあった。
そういうのを思い返すと、確かに手を繋ぐくらいじゃ驚かれないのもわからなくはないが、だからと言って男同士で手繋いでるのにスルーはねぇだろ!
せっかく悪ノリに付き合ったのに、思った反応が得られなくてガッカリしてしまった。
「はぁーあ」
もういいし。
俺が手を離すと、名残惜しそうな顔をする碧斗。
お前がいつもベタベタするから失敗したんだからなぁ!
俺はふんっと鼻を鳴らしながらそのまま自分のイスに腰を下ろした。
昼休み。
騒がしい教室で、俺は次の授業の準備をしていた。
「凪」
すぐ側から声がして、顔を上げると碧斗が俺の机に手をつく。
ノートをのぞき込むように、自然に身を乗り出して肩と肩が触れ合うくらいの距離。
碧斗の匂いがふわりと香った。
確かに意識したことなかったけど、碧斗は人との距離が近い気がする。
その時。
「「キャーー!!」」
近くの席で固まっていた女子たちが、甲高い悲鳴を上げた。
え、なに?
俺が驚いて顔を上げる。
女子たちは顔を赤らめ、興奮した様子でこっちを指差していた。
「ヤバい!今の彼氏感ヤバかった」
「さっきも手繋いでたし」
「本当推せる~!」
はぁ?
「ナチュラルな距離感、最高……」
なんか、違うところで手繋ぎ効果が効いてるんですけど!
女子たちの熱っぽい視線は、明らかに俺たちふたりに向けられている。
なんかキャーキャー言われてるし……。
けど、こんな風に注目されるのは正直、悪い気はしなかった。
もしかして……。
碧斗といると、俺……モテる……!?
そう思った俺は、碧斗の肩に頭を乗せた。
「きゃあああああ」
さらに広がる黄色い声。
やっぱりそうだ。
女子からの注目を浴びた俺は、なんか悪くないなと思ってしまった。
「これでいこう」
「えっ」
「碧斗といれば、俺……モテる」
碧斗はよく分からないとでもいいたげな表情を浮かべていた。
それからホームルームが終わり、いつものように4人の元に向かった。
部活に入っていない俺らはいつも一緒に帰るのが日課だ。
「おーい、お前ら帰ろうぜー!」
声をかけると、自分の席でカバンに荷物を詰めている悠馬と、スマホを眺めている一樹の姿しかなかった。
「あれ、碧斗は?」
いつもなら一番に準備を終えているはずの碧斗がいない。
俺の問いに、悠馬がニヤニヤしながら顔を上げた。
「呼び出しだって。3組の佐々木さんから。あれ絶対告白だよ~」
「またかよ」
碧斗はまじで1週間に一度は必ず誰かに呼び出され、告白を受けている。
俺もそんな選び放題みたいな状況味わってみてぇよ……。
「まぁ、どうせすぐ終わるだろうから待ってようか」
「そうだな」
そんな話をしていると、案の定碧斗はすぐに教室に戻ってきた。
「終わったのか?」
「うん」
「なんて返したの?告白だったんでしょ?」
悠馬が興味深々に尋ねるが、碧斗はさらりと答えた。
「別に、ごめんなさいって答えただけだよ」
「えー、それだけかよ。佐々木さん、結構可愛かったじゃん」
「もったいないよね、碧斗って告白全然OKしないし」
俺の言葉に悠馬も合わせて言う。
確かに、碧斗が誰かと付き合っているところは見たことがないな。
こんなにモテるんだから美人と付き合っててもおかしくねぇのに。
「だって……興味ないし」
はぁ……モテ男がそれを言うのかよ。
つくづく女泣かせなやつだよな。
一体どんな女の子から告白されたらOKするのやら。
「ほら、もう帰ろう」
碧斗はそう言って、俺の背中を軽く押した。
「あーあ、俺も佐々木さんみたいな可愛い子に告白されてみてぇ」
「光はまず、23連敗の記録をどうにかしないと。悪いウワサになってるから誰も近づいて来ないんじゃない?」
「一樹ひでぇ!」
いつものように、俺の失恋話で盛り上がっていると、悠馬がパンっと手を叩いた。
「ごめん!俺、今日このあと用事あるんだった」
「用事?」
「そうそう。ちょっと友達と会うんだよね。ってことでお先!」
悠馬はそれだけ言うと、手をひらひらと振りながら、脇道へと入っていく。
「なんだよ、あいつ……」
俺が呆気にとられていると、今度は隣にいた一樹が立ち止まった。
「あ、僕も今日は塾があるから、ここで失礼するよ」
「え、お前もかよ!」
「じゃあまた」
一樹もあっさりと別れを告げて去っていった。
「あいつら……なんだかんだいそがしそうだよなあ」
けっきょく、俺と碧斗のふたりだけが並んで帰ることになった。
「光、歩くの疲れたー」
そんなことを言いながら碧斗は俺の肩にアゴを置く。
「おい、近いって」
ぐいっと碧斗の顔を押しのける。
またカップルごっこか?
もう悠馬と一樹もいないし、してもしょうがねぇだろ。
あのふたりにはあんまりいい反応もらえなかったしな。
「てか、凪に貸してた漫画あるよね?あれ返してもらおうかな」
「おうーいいぞ。じゃあうち来れば?」
碧斗の家と俺の家は近いこともあって、よく行き来している。
碧斗の家は母ちゃんだけで、仕事に行ってることが多くてヒマらしい。
「じゃあ、お邪魔しようかな」
家に着くと、母さんは仕事で出かけていて誰もいなかった。
俺たちはそのまま俺の部屋になだれ込む。
碧斗は慣れた様子でベッドの縁に腰掛け、俺は床に転がって漫画雑誌をめくった。
「で、貸してた漫画ってどれだっけ」
そういえば、碧斗に借りまくっててどれがどれだか分からない。
コイツ……俺が好きだって思った漫画全部持ってんだよな。
「それ」
碧斗が指差したのは、俺の本棚の一番上だった。
「あー、あれか。ちょっと待ってろ」
俺は適当に台にしてたクッションを踏み台にして、つま先立ちで手を伸ばした。
「おーし、もうちょい……」
「危ないって。俺やるからいいよ」
チッ……バカにすんな!俺だって身長は碧斗ほど高くないけど、これくらいは余裕だ。
「いけるいける。ほら、もうちょ……」
けれど指先がかすった瞬間、バランスを崩した。
「うわっ――」
踏み台にしていたクッションがずるっと滑り、俺の身体がバランスを崩す。
「危ない!」
背後から碧斗の声がして、とっさに腕を掴まれた。
だが、倒れる勢いは止まらない。
俺を支えようとした碧斗もろとも、ふたりでもつれ合うようにしてクッションの上に倒れ込んだ。
「痛……っ、」
くはない?
恐る恐る目を開けると、俺のすぐ目の前に碧斗の顔があった。
俺の上に乗り上げるようにして、碧斗が心配そうに俺をのぞき込んでいる。
俺の後頭部の下には、碧斗の腕が差し込まれていた。
どうやら、俺が床に頭を打ち付けないよう寸前で手を入れてくれたらしい。
「大丈夫?」
「お、おう……」
すげぇ構図だな。
碧斗の片腕が俺の頭のすぐ横にあって、完全に押し倒しているような。
女子が見たら失神ものだ。
「ありがと」
「うん……」
一瞬、気まずい沈黙が流れる。
「つーか碧斗……こういうの女の子にもしたことあんの?」
気まずさを紛らわすために、つい口から出た言葉だった。
碧斗ほどモテるやつだったら、こういうシチュエーションのひとつやふたつ経験していてもおかしくないだろう。
すると、俺の問いに碧斗は少しだけ目を伏せて答えた。
「どう思う?」
伏せられた長い睫毛が、その整った顔に影を落としていた。
近すぎだろこの距離。
いつもより低く聞こえる声が、やけに耳に響く。
碧斗がゆっくりと瞬きをして、再び俺の目をまっすぐに捉えた。
──ドキ。
その瞳が、なぜか熱を帯びているように見えて、なんか意味分かんねぇけどドキドキした。
「し、知らねぇし……早くどいてくれません?」
「……ああ、ごめん」
碧斗はようやく体を起こした。
イケメンはやっぱり罪ってやつだな。
そして、俺が苦戦していた本棚の一番上に、あっさりと手を伸ばす。
長い指が、簡単に数冊の漫画を掴み出した。
「じゃあこれもらっていくね」
「おお」
これで用事は済んだはずだった。
なのに碧斗は、まだ俺の机の前に突っ立っている。
「……なに?」
俺が顔を上げると。
碧斗は、真剣な目で俺を見下ろしていた。
その視線に、また心臓がうるさくなる。
「凪」
静かに名前を呼ばれた。
「好きだよ」
「……は?」
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