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告白、本気にされすぎて詰んでる
しおりを挟む玄関のドアを開けると、ひやりとした朝の空気が頬を撫でた。
そして、今日もそこには……。
「おはよう、凪」
俺の家の門に寄りかかって、碧斗が立っていた。
今日も、だ。
なんでか急にこいつは律儀に俺を迎えに来るようになった。
今まではこんなこと一切なかったのに、なにを考えてるかは分からない。
昨日の……。
『好きだよ』
あのまっすぐにこっちを見て言ってくる言葉もまじで意味が分からない。
冗談っぽく言ってくれればいいものをあいつはまるで本気みたいに伝えてくる。
隼人のやつ……時々、こういう突拍子もないことをして驚かす節があるんだよな。
住宅街を抜けて坂をのぼる。
その時、俺は碧斗にたずねた。
「今日の宿題やった?」
「うん。やったよ」
「よっしゃ、今日も見せて~」
「いいけど、凪。勉強ついていけてるの?」
「そんな母ちゃんみたいなこと言うなって」
碧斗は優しいからいつも宿題を見せてくれる。
あいつらふたりにはめちゃくちゃ怒られるんだけどな。
ふとスマホの通知が気になって、つい歩きながらポケットを探る。
そのときだった。
角を曲がった先から、エンジン音が唸るように近づいてくる。
想像より速いスピードで、真っ赤な車が突っ込んできた。
やべ、避けねぇと……。
足を動かそうとするが、とっさのことで動かない。
このままじゃ轢かれる!
そう思った瞬間──。
「っ……!」
ぐい、と腕を力強く引かれた。
すぐ横から伸びてきた碧斗の手が、俺の体を引き寄せる。
引っ張られた勢いで少しよろけて、気づけば碧斗の腕の中にいた。
「よかった……」
車が目の前を風のように通り過ぎていく。
「……あっぶな」
我に返って、思わずそうつぶやいた。
心臓がバクバクしているのに、腕を掴んだ碧斗の手は驚くほど落ちついていた。
「平気だった?」
「ああ、なんとか……」
碧斗の手が離れていく。
つーか、碧斗って胸板の筋肉すげぇな。
けっこう固かったし、服越しでも分かるこの厚み?
俺と全然タッパが違う泣。
俺もちゃんと鍛えたら、あのレベルの胸板になれんのか?
いや、あいつは生まれつき体格いいし……そもそも身長も足りてねぇし……。
どう頑張っても俺が碧斗くらいになるのは無理(泣)
「……やっぱり神様は残酷なんだな」
「陽?」
女子は絶対がっちりした男が好きだよなあ。
俺がモテないのは必然……。
「とりあえず筋トレだけするわ」
そんなことを考えていると、俺の腕を碧斗が再び掴んだ。
「しなくてもいいよ」
「は?」
そう言って碧斗は有無を言わさず、俺の体をぐいと歩道側に押しやる。
そして、自分が当たり前のように車道側に立った。
「俺がいつでも守ってあげるから」
──ドキ。
いや、ドキってなんだよ!ドキって。
こういうの女子にやるやつだろ!!
見せつけかよ!!
「……嫌いだ、碧斗なんて!」
俺が睨みつけると、碧斗は不思議そうに首を傾げた。
「凪?」
西日が差し込む放課後の教室。
「あー疲れた」
もう半分以上の生徒が帰り、イスを引く音だけがまばらに響いている。
さてと、今日はさっさと帰って昨日のゲームの続きでもするかな……。
一樹は塾だし、悠馬のやつは隣のクラスのダチとカラオケに行くって言ってたしな。
俺がカバンを肩にかけようとした、その時だった。
「あのさ、凪くん」
クラスの女子に呼び止められ、俺は振り向いた。
そこに立っていたのは、佐藤さんと鈴木さんだった。
ふたりとも、クラスでは目立つグループにいる女子だ。
「今日この後、暇だったりする?」
「おう、ヒマだけど……」
なになに?
なんかお誘いがありそうな雰囲気じゃね?
「駅前に新しくできたアニメグッツが売ってる中古屋さんに行ってみたくて……ただ女子ふたりだとちょっと入りにくいかなと思ってね」
「お願い凪くん。一緒に来てー」
佐藤さんと鈴木さんが隣で手を合わせた。
うお、マジか……!
キター!!
密かに佐藤さんのこと、ちょっといいなと思ってたんだよな。
俺は内心ガッツポーズをした。
これを機に、佐藤さんと仲良くなれるチャンスじゃね?
これは神様が俺にくれたプレゼントだ!
「お、いいぜ! 俺もちょうどそこ行ってみたいと思って……」
「悪い」
すると俺の返事を遮るように、低い声が降ってきた。
スッと、机に影が落ちる。
いつの間にか、碧斗が俺の真横に立っていた。
そして、なんの躊躇もなく俺の肩に腕を回す。
「ごめん。碧斗と俺……今日俺と先約あるんだ」
碧斗は、俺を抱き寄せたまま。
女子ふたりに完璧な笑顔を向けた。
「あっ……そうだったんだ!なら仕方ないね」
「邪魔しちゃったね!ごめん!」
ふたりは「楽しんでね~」と言葉を残して教室を出ていった。
「あ、ああ……待って……」
俺の情けない引き留める声は、ふたりの耳には届かない。
パタパタという軽い足音は、あっという間に廊下の喧騒に紛れて消えた。
……行っちまった。
佐藤さんとの淡い期待が、音を立てて砕け散る。
俺はふたりが消えた教室のドアを、呆然と見つめるしかなかった。
むなしさが胸に広がる。
「なんで……」
全ての原因は、こいつだ!
「おい碧斗……俺と約束なんてしてなかっただろ!せっかく佐藤さんたちが誘ってくれたのに……!」
俺が睨みつけると、碧斗は急につまらなそうな顔をして言った。
「だって、なんか凪……あわよくばって思ってそうで嫌なんだもん」
「あわよくばって思うだろ!」
思うに決まってるだろ!
佐藤さんと仲良くなれるチャンスを碧斗のせいで失ったんだぞ!?
もっと反省した顔しろよな!
「あのなぁ……お前はなにもしなくても女子が寄ってくるから分かんねぇかもしれねぇけど!ああいうチャンスを逃すと一生俺にチャンスは巡って来ないの!」
俺が必死にいい聞かせる。
しかし、碧斗は落ち着き払った態度でつぶやいた。
「……なんで」
その態度が余計俺をイラつかせる。
なんでだと?
あーそう、イケメンには分かりませんってか?
「なんで、俺がいるのにそんなチャンスが必要なの?女子とあわよくばなんて思ってる凪みたくないよ」
「は……?」
「俺じゃ不満?」
なに言ってるんだ……。
不満とか、そういう話じゃねえだろ!
今は本気で怒ってるつーのに、またノリであの彼氏ムーブしやがって……。
「いい加減にしろよ、碧斗」
俺は苛立ちを隠さず、吐き捨てた。
「いつまでその彼氏ごっこを続けるつもりだ?もうそれはとっくに終わってんの!」
ハッキリといい放った時。
「……ごっこ?」
碧斗の表情が、初めて強張った。
えっ……。
なんだよその顔……。
空気がピンと張り詰める。
「ああ、そうだよ!ごっこだろ!あの日からずっと続いてるけど、さすがにもう長いつーの」
俺の言葉を聞いた碧斗はゆっくりと、目を伏せた。
そして静かな声で俺に尋ねた。
「俺、ごっこしたつもりはないけど……」
「えっ」
どういうこと?
「ごっこだろ……朝とかも迎えに来てるわけだし?もういいだろ、他の誰も食いついてないんだからさ」
俺が碧斗の反応を見ながら告げる。
しかし碧斗は意味がわからないといいだけな顔をしていた。
えっ?
なにこの反応……。
なんかおかしくねぇか。
も、もしかしてコイツ……あの言葉、本気だと思ってるのか!?
『じゃあ俺……碧斗と付き合うわ』
いや、待て。 待て待て。 あの時の碧斗の返事。
『うん、いいよ。付き合おうか』
俺はてっきりヤケクソな俺のノリに、あいつも合わせてくれたんだと思っていたが……。
「……お前、まさか……本気で俺と付き合った?」
俺の言葉に碧斗はこくんと頷く。
う、ウソだろ……。
どういうことだ!?
なぜ俺と碧斗がガチで付き合ってんだよ。
「本気にしたのに」
「え」
もしかして……毎朝、律儀に迎えに来たのも、車道側を歩いて俺を守ったり「好きだ」とか急にいってきたりしたのもなんて言ったのも、さっき佐藤さんたちを追い払ったのも……全部、俺と付き合ってると思ったから……?
「えーっと。その……だな」
状況は分かったが、冷静になることは出来ない。
いやいやいや、だっておかしいだろ!
「俺、男だぞ!?」
「知ってるよ」
なんでだ。
なんで俺なんだ?
学校でも一番モテる碧斗が選んだ相手が俺……?
ないないないない。
状況は正直全く掴めていないが、これは言っておかないといけない。
「……あのさ、碧斗」
俺は、どうにかこの最悪な勘違いを解こうと口を開いた。
「悪かった。俺、完全にノリだったんだわ」
頭をバツが悪くかきながら告げる。
「…………」
「だから、その……なんだ。お前の気持ちは、嬉しい、けど……」
言葉がうまく出てこない。
だって碧斗がまっすぐに俺を見ているから。
あーもう、そんな目で見るな!
「とにかく!あれはナシだ!なかったことにしてくれ!」
俺は勢いに任せて、そう言い放った。
まぁここまで言えば分かってくれるよな?
俺たちは、全てはノリであったと片付けられる関係だ。
頼む、分かってくれ。
そう思っていると、やがて碧斗はゆっくりと口を開いた。
「……無理」
「は?」
「それは無理だよ、凪」
碧斗は、淡々と伝えた。
「だって凪の方が告白してきたのに」
「う“……」
たしかに俺の方が碧斗と付き合うって言ったもんな。
それだけ聞くと俺は最低なやつだが……。
この件はどう考えても本気だとは思わねぇだろ!
「あ、碧斗。冷静に考えてくれ」
「考えてるよ。凪はさぁ……俺の気持ち弄んだってこと?」
「ち、違うそうじゃなくて……」
う、う……。
なんか立場が悪いぞ。
「凪はそんなことする子じゃないよね」
「は、はい……」
言い負かされてしまった俺。
碧斗は俺の机に置いてあったカバンもひょいと掴み、俺の手に押し付けた。
(……詰んだ)
やべぇ。
ノリで付き合うって言っただけなのに、本気にされちまったんだけど!?
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