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消えていくまわり
しおりを挟むあれから卓也からの返信はない。
多く貰いすぎているから、お金を返したいと伝えたんだけど、返事が返ってくることはなかった。
みんなで一緒に飲むチャンスだったと思ったのに、けっきょくその縁も途切れて終わってしまった。
隼人だって、卓也のこと気にしていないのに……やっぱり本人にしか分からないことがあるのかな。
「はぁ……」
私はため息をついた。
昔から仲の良かった子たちが、気づけば離れていく。
中学の時も、高校の時も、私の関わり方に問題があるのかもしれないと思って、あまり色んなことに首を挟まないようにしたり、強い意見を言わないようにしていたり気を付けていたのに、けっきょくひとりぼっち。
昔から変わらず私の側にいてくれるのは、隼人だけだ。
って、夜に一人だからってナイーブになりすぎかな。
私は片手にビールを持ちながら、ぼーっとテレビの前でそんなことを考えていた。
今日の夜、隼人は夜勤で家にはいない。
もちろん隼人にはしっかり連絡を入れている。
彼は私がストーカーされてるかも、と伝えた時から仕事の無い日は本当に職場まで迎えに来てくれるようになった。
園の門で隼人が待っているもんだから、もう目立って目立って……。
『美羽先輩、あのイケメンは誰ですか!!』
なんて追及されたっけ。
ただの幼馴染だと伝えると、今度は『紹介してください!』ってキラキラした目で何人にも言われた。
本当に隼人ってモテるんだなぁ。
帰り道も、みんなが隼人の連絡先を聞きたがってることを伝えたけど、隼人は……。
『美羽の職場の人じゃあ気を遣っちゃうから。今は仕事に専念してるってやんわり断っといて』
なんて言って笑顔を見せた。
こんなにモテるのに、女の子に興味ないの!?
隼人は私にとって不思議な存在だ。
すると彼からメッセージが返ってきた。
【明日朝8時には帰宅出来るよ。戸締りして、温かくして寝るんだよ】
ふふっ、隼人って私のお母さんみたい。
昔の友達がいないことを嘆くよりも、今側にいてくれる人が一人でもいるんだから悲観的になることないよね。
そう思い、缶のビールをくびっと煽ると、スマホがブーブーと振動した。
あれ……着信?
誰だろう……。
画面を見てみると、そこには【多香子ちゃん】と書かれていた。
多香子ちゃんは、大学の頃のサークルの友達。
明るくて、なんでもハッキリ伝えてくれるお姉さんみたいな存在で、私は彼女のことが大好きだった。
しかし、多香子ちゃんとは卒業以来一度も連絡をとっていない。
多香子ちゃんこそ、卒業してもずっと一緒にいる関係なんだって思っていたのに。
彼女は実家のある地方で働いているため、私が実家に帰省する時に久しぶりに会わないかと連絡を送ったこともあった。
しかし、返事がくることはなかった。
そんな多香子ちゃんから、突然の連絡ってなんだろう。
少し緊張しながら、電話を出る。
『もしもし?』
多香子ちゃんの声は変わっていなかった。
「もしもし、美羽です」
『久しぶり。急に連絡してごめん。ちょっと話したいことがあって』
多香子ちゃんはすぐに本題に入った。
「どうしたの?」
「その……卓也が仕事辞めて田舎に帰って来てるの知ってる?」
「えっ」
卓也が!?
1カ月前は、東京で働いてるって言ってたのに……。
「知らなかった、こっちで働いてるんだとばっかり思ってたから」
「卓也、前働いていたところ……やめたんだって。美羽はさ、最近卓也と会ったんでしょ?」
「うん、でも1カ月前だけど……会ってから連絡取れなくなっちゃって……だから全然知らなかった。どうして突然仕事をやめたの?」
「悪いうわさが出回って居心地が悪くなったって……3日前に卓也と会ったんだけど、あんまり詳しくは話してくれなかったの。なんだか憔悴してるみたいで」
憔悴……?
あんなにいきいきと働いていた卓也が……?
すると多香子ちゃんは言った。
「ねぇ美羽。この件に隼人が絡んでるとかないよね?」
「えっ、どういうこと?」
どうして突然隼人の名前が出て来るの?
「卓也から聞いたの。美羽、隼人と一緒に暮らしてるんだって?」
「そ、そうだけど」
「やめなよ」
突然言われた言葉に、私は声が出なくなった。
「アイツは周りの人間全員を不幸にするよ」
「た、多香子ちゃん……どうして突然」
「突然なんかじゃない!三好がサークルを辞めたのだって隼人が関係してるんだから!」
多香子ちゃんは感情的に声を荒げた。
「お、落ち着いて。本当にどういう意味か分からなくて……」
「分かってないのは美羽だけ。どうしてみんなが美羽と隼人と連絡とってないか、考えた方がいい。私は……隼人がいなければ今でも美羽と仲良くしてたと思う」
「た、多香子ちゃん」
どういうことなの……。
情報量が多すぎて頭が上手く回らない。
「とにかく忠告したから。もし隼人と縁が切れたなら連絡して。そしたら全部話してあげる。隼人が今までしてきたことを……」
多香子ちゃんはそこまで言うと、電話をプツっと切った。
電話の向こうでプープープーという虚しい音が響く。
三好くんがサークルを辞めたのも、卓也が仕事を辞めて田舎に戻ったのも隼人のせいってどういうこと?
私は混乱してしまった。
久しぶりの多香子ちゃんとの電話がこんなことになってしまうなんて思いもしなかった。
「どう、しよう……」
聞かなくちゃ……隼人に。
サークルのメンバーとの間に何があったのか。
私はその日ベッドに入っても寝付けなかった。
今まで多香子ちゃんがこんなに声を荒げるようなことはなかった。
卒業してから一度も連絡を返さなかったのに、電話をしてきたということはよほど伝えておきたかったのだろう。
分からない。
どうして隼人なのか。
朝。
昨日の電話のことを考えていたらほとんど眠れなかった。
私はコーヒーの準備をして、隼人が帰ってくるのを待っていた。
「おかえり」
言っていた通り朝の8時頃に隼人は帰宅した。
玄関まで出迎えると、彼はすぐに私の異変に気付いたようだった。
「どうしたの、美羽?顔色少し悪いけど……」
「眠れなくて……」
「何かあった?」
心配そうな表情を向けてくる隼人。
こんなに優しい隼人が周りのみんなを不幸にする人だなんて思えない。
だからこそちゃんと隼人の口から聞きたい。
「ちょっと聞きたいことがあるの」
私が真剣に伝えると、隼人も何かあると理解したのか「着替えてくるね」と伝えた。
私はコーヒーをテーブルに用意して隼人を待つ。
着替えを終えた隼人がすぐにテーブルにやってきた。
「ごめんね、仕事終わりなのに」
「全然いいよ。何があったのか教えて」
「うん……」
私はうつむきながらも、しっかりと話した。
「昨日、多香子ちゃんから久しぶりに連絡があって」
「うん」
「卓也が今の仕事を辞めることになって、田舎に帰ったんだって。それに隼人が関係してるんじゃないかって」
私がおそるおそる伝えると、隼人は小さな声で「そっか」とつぶやいた。
その顔は少し落ち込んでるようにも見えた。
「あと、三好くんっていたでしょう?三好くんが辞めたのは、隼人のせいだって言ってたの」
「美羽が聞いたのはそれだけ?」
「うん、あとは詳しくは教えてくれなくて……私が隼人と縁を切ったら教えてあげるって言ってた」
「ごめんね、美羽。嫌な思いさせたね」
隼人はそう言うと、私の頭をポンポンと撫でた。
「ねぇ、隼人。本当のこと教えて!この間、卓也だって隼人が……って言ってた。それってサークル内でなにか大きなことが起こってたんじゃないの?」
私は真剣に隼人のことを見つめた。
ここで流してしまったら、この先もモヤモヤしてしまいそうで……みんなが口を合わせて「隼人のせいだ」って言うのにはなにかがあったんじゃないかって思ったんだ。
すると隼人は静かに口を開いた。
「これから先の話は、美羽が嫌な思いをするかもしれない。それでも聞く……?」
まっすぐに私を見つめる隼人。
私はコクンと頷いた。
「昔の話だ、三好と美羽が食事に行った日のこと覚えてる?」
「あっ、あの日」
「そう、美羽が三好にホテルに連れこまれそうになった日のことだ」
私は気まずさにうつむいた。
三好くんには妹の誕生日プレゼントを選んでほしいと言われて付き合った日のことだ。
お礼に食事をおごらせてほしいと言われ、食事をしてその後、三好くんの態度が急変した。
『美羽も分かってて来たんだろう?』
そう言って、私の肩を強引に抱き無理やりホテルに連れ込もうとした三好くん。
その時、隼人が来てくれたから助かったけど、本当に怖かった。
「あの時の事件。俺が三好を殴って終わったわけじゃなかったんだ」
「えっ」
「実は、卓也も多香子も三好がホテルに連れ込むことを知っていたんだ」
「う、そ……」
多香子ちゃんまで……!?
あの時はまだ多香子ちゃん仲が良かったはずだ。
当然、三好くんの妹さんのプレゼントを選んであげるという話もしていたし、「美羽はセンスがいいから私は美羽に選んでもらえばって話してたの」なんて言ってくれていたのに。
「ふたりは知っていて、三好に協力してたんだよ。計画を立てるところまで一緒にやってたらしい。それを俺は後輩から聞いて許せなくて……。
美羽には申し訳ないんだけど、もう美羽には関わらないで欲しいってきっぱり伝えたんだ」
そんなことがあったなんて……私、何も知らなかった。
しばらく言葉が出なかった。
私だけが何も知らずにお気楽に生きてきたんだ。
「嫌だったろう?だからあの時美羽に言うことは出来なかった」
「ごめん……隼人。私、疑うようなことして。隼人は私のこと守ってくれていたんだね」
隼人は首をふる。
「俺ももっとうまく出来たかもしれない。でも、美羽を傷つける人が許せなくて」
隼人はずっと私のことを大事に思ってくれていたんだ。
「わたし、そんなこととも知らずに普通に卓也と食事なんて……」
「正直気が気じゃなかった。でも、真実を伝えると美羽を傷つけることになるから」
多香子ちゃんは、どうして三好くんに協力なんてしたんだろう。
三好くんと私がいい感じだと思い込んでいたのかな。
「全部話したらスッキリした」
「隼人……」
ずっと私のことを心に隠して生きてきてくれたんだろう。
「でも隼人はそれでいいの?隼人にとっても友達だったのに、私のせいで友達も無くしてしまうなんて……」
「俺はさ、美羽が側にいてくれればそれでいいと思ってるよ」
隼人の言葉に私は救われた。
今まで去っていく人間のことを考えて悲しんでいたけれど、今はここにいる隼人のことを大事にしたいと思った。
「さあ、暗い話はやめよう」
隼人は話をかえるように言った。
「もうすぐだね、美羽の30歳の誕生日」
「そうだね」
私の誕生日はちょうどあと1週間後にまで迫ってきていた。
この1週間の間に彼氏が出来るとは思えないし……。
「あーあ、今年も隼人と一緒に過ごすことになりそう」
「僕は大歓迎だけどね?」
「私はよくないのよ!」
いつまでも成長しない私たち。
でも変わらない関係があるのも、悪くないと思った。
「じゃあ眠くなってきたから、お風呂入って寝るね」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」
隼人はリビングから去っていった。
ーーーーー。
「何年も経ってるのに……どうして美羽に連絡しようとするかな。
お前らが足掻けば足掻くほど、不利になるのに本当……バカに付ける薬はないってよく言ったもんだよ」
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