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キケンな同棲生活
しおりを挟むそれから引っ越しの準備は2週間ほどで終わった。
もともとあまり荷物がないこともあってか、彼が車を出してくれて私の荷物を運ぶことになった。
四宮くんは会社に結婚指輪を付けていくらしい。
それが彼が結婚を条件に出したメリットの部分だから、付けるのは分かるけれど、彼が突然結婚したなんて言ったら、社内はおおごとになるんじゃないかしら。
「結婚相手が桐谷さんであることは、周りには言わないようにするので安心してください」
「それならいいけど……」
詮索は始まるだろうな。
まぁ、別に私と四宮社長が結婚したなんて誰も考えないからいいか。
「桐谷さんも、これ……家では付けていてくださいね」
「分かってるわよ」
彼のそのこだわりはよく意味が分からなかった。
家なんて誰も見ないのに、わざわざ付けるなんて……。
荷物を運び終えた頃には窓の外はすっかり夜の帳が下りていた。
今日からここが私の家になる。そう思うとまだどこか現実味がない。
「夕食どうしますか。食べに行きますか、それともなにか作りましょうか」
ソファに座り寛いでいた彼がごく自然にそう尋ねてくる。
一緒に食べるんだ……。
まぁ、でもそうか。
今日は四宮くんも私の引越しのために予定を空けてくれたようだし……。
でも一気に夫婦ぽくするのは私には無理だ。
「今日……食欲、あまりないから……」
「そうですか。ではなにか温かいものでも飲みますか。ハーブティーでも淹れましょう」
彼はそう言うと慣れた様子でキッチンへと向かう。
私はその大きな背中をただぼんやりと見つめていた。
一人でいることに慣れすぎてしまった私にとって誰かが自分のために何かをしてくれるという状況がひどく落ち着かない。
やがて彼が二つのカップを手に戻ってきた。
「あ、あの……っ!」
ふわりとカモミールの優しい香りが漂う。
「ありがとう。でも……気を遣わなくていいから……これは普通の結婚じゃないから、四宮くんも家に一緒にいても自由にしてくれていい。私のことはいないものだと思って……」
そう言いかけた瞬間、彼は私の言葉を遮るように言った。
「自由にしていいのなら……僕が桐谷さんと一緒にいるのも自由ということだ」
「──え?」
返す言葉が見つからなかった。
てっきり彼はそれなら、と言って私に構うようなことはしないと思っていたから。
沈黙が気まずい。
なにか話さなければと思うのにどんな言葉を選べばいいのか分からない。
すると四宮くんはその空気を立ち切るかのように言った。
「……まあ、ゆっくり慣れていきましょうか。時間はたくさんある」
たくさん、か……。
お金は出来るだけ最短で返す方法を考えなきゃいけない……。
「それ飲んだらそろそろ休みましょうか」
「え、ええ……」
明日からは仕事もある。
私がソファから立ち上がろうとした時、彼が私の手首をそっと掴んだ。
「桐谷さん」
「……な、なに?」
まっすぐに見つめる彼の目がわずかに鋭い気がしてドキっとしてしまう。
「また唇を噛んでる」
彼の親指が私の下唇にそっと触れた。
「ちょっ、なにして……」
「桐谷さんはなにか考えごとをする時、そうやって唇を噛みますよね」
私がいつもしてしまうクセ……。
見られていたのかと思うと気恥ずかしくなる。
「せっかくのキレイな唇が傷ついてしまいますよ」
四宮くんはこうやって女性を落とすのだろう。
でも私はそんな言葉になびかないから。
ぱしんと彼の手を振り払うと、彼はそんな私を見て満足そうに微笑んだ。
「今度は噛む前に僕に相談してくださいね。では……おやすみなさい」
彼はそう告げると、静かに寝室へと向かった。
一人残されたリビングで私はその場に立ち尽くす。
「はぁ……」
分からない。
四宮くんは、ビジネスのお飾り妻が欲しいんじゃないの?
だったら家の中では、私たちは関わりを持たなくてもいいはずだ。
それなのに、なにかとこっちに構ってきて……彼はなんだか夫婦生活を楽しんでいるようだった。
この、イツワリの夫婦生活。
正直不安しかない……。
でも、夫婦として生活している以上は彼が求めたことは受け入れないとダメだ。
抜け出すには借金を払いきることだけ。
やっぱり仕事よね……。
仕事量を増やして契約を多く勝ち取って給与をあげていくしかない。
翌朝。
私はふかふかのベッドで目を覚ました。
四宮くんの家のベッドはさすがとでもいいべきか……寝心地は最高でぐっすりと眠ることが出来た。
私は身支度を終えるとドレッサーの引き出しから、あの指輪の箱を取り出した。
薬指からするりと抜き取り、箱にしまう。
会社では意地でもつけていかないから!
私と四宮くんが結婚したってことは会社には秘密だ。
周りに不自然に思われないよう出勤も、時間をずらして別々に家をでることにした。
と言っても四宮くんの方が仕事量が多いからいつも先に出てしまうのだけど……。
「おはようございます」
私がオフィスに着くとフロアはいつもとは違う奇妙な熱気に包まれていた。
社員たちがなにやら興奮した様子でひそひそと囁き合っている。
……なに?
そんなことを思いながら中に入っていくと、女性社員が興奮を隠しきれない様子で言った。
「ヤバいですよね!社長の左手の薬指に指輪があるなんて……!」
その言葉に私の心臓がどきりと大きく跳ねた。
まさか。
もうバレてるの……!?
さすが女性社員の視線はあなどれない。
最初に誰かが気づいてじわじわ広がっていくのかと思っていたら、まさか朝一でバレてここまでもう広がっているなんて。
「相手誰なんだろう?」
「めっちゃショック……」
「でも分からないよ?もしかしてたら、牽制用のフェイクリングって可能性もあるし」
「それならいいけど……でも彼女はいるってことだよね?あー!気になって仕事どころじゃないよ」
四宮くん、ずいぶんモテるんだなぁ……。
それもそうか。
彼はもともと私の部下だった時から女性人気が高かった。
来たばかりだと言うのに、仕事も出来るし立ち振る舞いもスマート。
欠点と呼べるものもなく、通りがかると全女性社員がうっとりと見惚れてしまうほど……。
そこにさらに最近御曹司社長という地位が付き、女性社員たちの目は獲物を捉えるような鋭い視線に変わった。
そんなわけで……女性が放っておくわけがないのは当然だ。
本当、羨ましい人生だわ。
生まれながらにして全てを持っていて、何不自由ない暮らし。
たとえ私と離婚することになってバツがついたとしても、幸せに生きていくんだろうな。
そして私のことなんてすっかり忘れて、カウントすらされなかったりね……。
まぁ別にそれでいいのだけど。
その日の夜。
仕事を終えると私は四宮くんの家に帰宅した。
ぼーっとしていると、うっかり自分の家に帰りそうになってしまった。
「ただいま」
家に帰り、どさりとバッグを置く。
靴はあるが彼の姿は見えない。
おそらく書斎でまだ仕事をしているのだろう。
仕事なら先に入ってもいいよね。
私は、帰宅するなりすぐにバスルームへと向かった。
洗面所のドアを開け、明かりをつける。
そして、その場で凍りついた。
「──え」
バスルームの扉が、ちょうど内側から開く。
湯気と共に現れたのはたくましい、四宮くんの身体で……。
「きゃあああああっ!」
私は思わず叫んだ。
「ちょっ、桐谷さん!?」
次の瞬間、大きな影が私に覆いかぶさってくる。
ふわりと、石鹸のいい香りがした。
「……静かに」
耳元で彼の低い声が囁いた。
──ドキン、ドキン、ドキン。
大きな手のひらが、私の口を優しく塞ぐ。
「もう夜ですから」
気づけば、私の背中は洗面所の冷たい壁に押し付けられていた。
「ちょっ、は、放して……」
四宮くんの鍛えられた胸板も、引き締まった腹筋もあまりにも生々しくて、私はどこを見ていいのか、分からなかった。
彼の濡れた髪からぽたり、と一滴の雫が落ちる。
その雫が彼の鎖骨を、ゆっくりと滑り落ちていくのを私は目で追っていた。
「こういうの、桐谷さんだって経験あるでしょう?もう子どもでもないですし」
彼がどの程度恋愛経験があるのか、そんなのは聞いてみたこともないけれど慣れているのは明確だった。
そしてそれが彼に勝てるわけないことも。
「……そ、そりゃね。別にこんな状況どうってことない」
強がってそう伝えようとしたが、声は自分でも分かるほどに上ずってしまう。
「へぇ、そう」
あまりにも分かりやすい虚勢。
それに、彼が気づかないはずもなかった。
彼は私の両手を掴み頭上で壁に片手で押さえつけたまま、ふっと、その整った顔を私の耳元へと近づけてきた。
「ならもっと、近づいても?」
吐息と共に低く甘い声が直接耳に注ぎ込まれる。
「ひゃっ……!」
ぞくぞくと、背筋に甘い痺れが走った。
駄目だ。もう、駄目!
こんなことをされて、平気でいられるわけがない。
強がろうとすればするほど、私の体は正直に反応してしまう。
「慣れているのでは?」
意地悪く彼は囁く。
そして、そのまま私の首筋にちゅ、と啄むような優しいキスを落とした。
「こ、こんなの……許されないわ!」
強い口調で伝えても、彼は言う。
「僕たちは夫婦ですから」
その言葉がまるで免罪符であるかのように彼は私の耳たぶを甘く食んだ。
「ひゃっ……!や、やめ……」
抗うための思考が彼の吐息で溶かされていく。
壁に背中を預けていなければ立っていることすらできなかっただろう。
そんな私の姿を見て四宮くんは小さくつぶやいた。
「……オアソビが過ぎましたね」
「ふ、ふざけないで……!」
私はドンっと彼を押すと、その場から逃げるように立ち去った。
なんのためにこんなことするのよ……。
法律上だけの夫婦なんだから、こんな甘い生活はいらない。
必要最低限の会話に必要最低限の関わり。
それでいいはずだ。
それなのに……鏡に映った自分の顔が耳まで真っ赤に染まっているのを見て私は言葉を溢した。
「最悪……」
慣れてるなんてウソ、つかなきゃよかった……。
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