愛のない契約結婚~絶対に離婚するつもりだったのに、年下CEOに愛されすぎておかしくなりそう~

cheeery

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お飾り妻ではいられない

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彼と同棲をはじめてからあっと言う間に1カ月が経った。
最初こそ不安に思っていたものの、案外お互いの時間が合わなかったりしてずっと一緒にいる過ような時間はない。

前のような……。

『ひゃっ……!や、やめ……』
『……オアソビが過ぎましたね』

こんな出来事もないし、ほっとしてる。

これでこそ契約結婚だ。
にしても四宮社長は忙しいようだった。

朝も私よりも先に家を出るし、休日にも会食があったりパーティに参加しないといけないだとか、人付き合いがなにかと大変そうだ。

休日夜になってようやく帰ってくると少し疲れたような顔をしていることも多い。

さすがに無視も出来ないので、お茶をいれたりくらいはするんだけど……。
そういう時は決まって彼は整った笑顔を作るんだ。

「ありがとうございます」

張り付けたような笑顔はもう見慣れた。

こういう時は笑う。こういう時は困った顔をしてみせる。
そんなことがまるでプログラミングされているかのような感情の見せ方で、彼も大概本音を隠し持っている人間だと思う。

まっ、だからと言って彼のことを探ろうとは思わないけど……。

この日は、書斎から戻ってきた彼の様子がいつもと少し違うことに気づいた。

彼は無言で私の向かいに座ると、珍しく深いため息をついた。

めずらしい……。
私がその横顔を見ていると、彼は苛立ったようにネクタイを少しだけ緩めた。

「……なにか、あったの」

思わず、そう声をかけてしまった。

彼は、私が話しかけてきたことに驚いたように目を見開く。

それから少し考えた後、ぽつり話し出した。

「……週末、資産家たちが集まるパーティーがあるんです。父の代からの付き合いの方々が集まる会で……僕が結婚したことを父が口走ったようで」

なるほど……。
なんとなく言おうとしていることは分かった。

「結婚したなら、ぜひ夫婦で出席してほしいと言われてしまったんです」

やっぱりそうか……。
公表はしないと言えども結婚したことを黙っておけるわけがない。

一人に伝えればそれはどんどん伝わって広がっていくのも無理はない。

「それでなにが問題なの?」

私がたずねると、彼は驚いたようにこちらを見た。

「行けばいいんでしょ?そのパーティに」
「でも……」

私に遠慮してるんだろうか。
彼は、私のことを公表しないから安心してくれと言っていた。

それは社内で要らぬ詮索をされないための、彼なりの配慮だった。

だから言いにくいのかもしれないけど、私だって妻としての役割は果たすつもりだ。

「……参加するわ。別にそんなの大きな問題じゃない」

正直これこそ契約結婚らしいことだ。

私は四宮くんにお金で困っていて救ってもらった。
だから彼が困った時は私がなんとかするのがフェアってものだ。

私はまだ彼にしてもらってるばかりで、なにも返せていないし……。

「服を買う。どんな服がいいのか教えてちょうだい」

「桐谷さん……ありがとうございます。ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします」

彼はほっとしたように頭を下げた。

律儀だなあ。
これくらいなら全然すぐ行ってくれればいいのに。
 
そしてパーティー当日。
私は彼が用意してくれた上品なドレスに身を包み、薬指に彼からもらった指輪をはめたて外に出た。

ドレスも自分で用意しようと思っていたんだけど、彼が私に似合うものを買ってきてくれた。

桐谷さんに負担はかけたくないと、ヘアアレンジも迷っていたら紹介してくれたし……。

全部私が困らないようにエスコートしてくれた。

「ありがとうございました」

ヘアアレンジを終えて病室を出ると、外で待っていた彼が着飾った私を見て息を呑むように目を見開いた。

「……すごい、キレイだ」

ぽつり、とそんなことをつぶやく。

「別にお世辞とかいらないし」

まあこうやって私の気持ちを盛り上げてくれるのは分かるけど。
なんて思っていると、彼は私をじっと見つめたまま言う。

「いや、お世辞とか忘れるほどでした……」

その聞きなれない言葉に私の顔がカッと熱くなった。

「な、なに言ってるのよ!」

「だってあなたのドレス姿を見たのははじめてでしたので……」

「別に、そういうのはいらないから!」

私の機嫌を取らなくたって今日はしっかりやるし、夫婦のように愛を囁き合う必要なんてないんだから。
 
それから車で会場となるホテルへ移動した。
会場は、都心に佇む歴史あるホテルだった。

その格式高い建物が、今夜のために丸ごと貸し切りにされている。

さすがセレブの集まり……。
こんな集まりに参加することなんてあるわけがないから、少し構えてしまう。

私だけ浮いたりしないかしら……。

中に入ると、赤い絨毯が敷かれたロビー。

高い天井からは豪奢な装飾が吊り下がり、クラシック音楽の生演奏が静かに響いている。
これは、浮くんじゃない?

四宮くんの妻だって言ったら笑われるんじゃ……。
そんな不安がふつふつと湧き上がる。

すると彼が落ち着く声で言った。

「なにがあったらすぐに私に……そばにいますので」

隣に立つ彼が、そっと私の腰に手を回した。

正直家だったら振り払っているところだけど、今日は妻としての任務はこなさないといけないので仕方ない。

スマートなエスコートで、私を会場の中へと導いていく。

「僕に合わせてもらえればいいですから」

耳元でそう言って私は、なんとかその場にいる人と挨拶をする。

彼が私を紹介してくれたり、困りそうな会話にはフォローを入れてくれたりして、全然困ることはなかった。

やっぱり四宮くんは仕事ができる。
それは相手をよく見ているからだ。

しばらくして人の波が途切れるタイミングがあった。

私は緊張で乾いた喉を潤そうとシャンパンを一口含んだ。

「……少し、お手洗いに行ってきてもいいかしら」
「ええ。ここで待っています」

彼にそう告げると私は一度その華やかな喧騒から離れた。

四宮くんは御曹司だけれど、名ばかりの御曹司ではないことはすぐに分かった。

お偉いさんたちと話している時だって、彼へのリスペクトが見て取れるし、彼もだけど……どんな話題が来ても返していた。

人はそういうのは、しっかり見ているもの。
彼はそうやって自分の場所をしっかり作ってきた人間なんだろう。

御曹司なんて~ってずっと偏見で思ってたのは申し訳なかったな……。

そんなことを考えながら、会場へと戻ってくると私は思わず足を止めた。

「怜様、ご無沙汰しております」

鈴を転がすような甘い声で四宮くんの元に寄っていく女性。
声の主はモデルのように美しくそして気の強そうな女性だった。

「ずっとお会いできるのを楽しみにしていたんですよ~」

彼女が四宮くんを狙っていることはすぐに分かった。

「ご無沙汰しております、彩香さん」

四宮くんが作ったような完璧な笑みで返す。
するとその女性は、彼の腕に自身の腕をするりと絡ませた。

えっ……。

「ねぇ怜様……せっかくここで会えたんですもの。今夜は私と一緒に過ごしてもらえませんか?私……上にホテルをとってるんです」

その豊かな胸をこれ見よがしに押し付けながら彼女は言う。

 す、すごいな……。
まるで獲物を狙う肉食動物。

しかも周りが見ていると言うのになにも気にせずそんなことを言う。

こうやって絡まれるから四宮くんはお飾りの妻を欲しがったのだろう。

なんとなく彼の過去が見えてきて気の毒に思えてきた……。
さてどうするか……。

このタイミングで行ってもいいが、彼の立場を悪くするのは違うし……上手く牽制できるかどうか。
そんなことを考えながら立ち尽くしていると、彼が口を開いた。

「ああ、そういえば。彩香さんにも紹介したい人がいるんです」
「えっ、誰ですか?」

……あーあ。
すごい酷なことをする。

このタイミングで私を紹介しようだなんて。
私は彼の意図を汲み取ると、すっと中に入っていった。

カツン、カツンとヒールを鳴らし、彼の元に向かうとすぐ隣に並ぶ。
すると彼は分かりやすく私の腰に手をまわした。

「実は先日結婚をしまして……彼女が私の妻の美和です」
「えっ」

その紹介に彼女の顔からさっと血の気が引いていく。

「……妻……ですって……?」 
「ええ」

彼女は信じられないとでも言うように、私を頭のてっぺんからつま先までじろりと睨みつけた。

「お、驚きましたわ、お父様ったら全然教えてくれなかったものですから……」

だが彼女はすぐに完璧な笑みを顔に貼り付けた。

「お会いできて光栄ですわ。怜様の奥様……初めまして」

そう言って彼女はそっと私の耳元で言う。
そして周りには聞こえない私にだけ聞こえる声でその耳元で毒を吐いた。

「……お前みたいな地味女が。どんな手を使ったの?」

……なるほどね。
私は目の前の女がどういう人間なのかを正確に把握した。

「では失礼」

そう言って四宮くんは私をエスコートしながら、彼女から離れた。

「すみません、困っていて……あなたを強引に呼んでしまった」
「構わないわ」

それが役目だもの。
後はあの女性が何もして来なければいいけれど……。

すると彼はポケットからスマホを取り出した。

「失礼、仕事の連絡だ」
「ええ、出てきていいわよ」

「すぐ戻ります」

彼は急いで会場を出ていった。

なにか食事でも取ろう。
四宮くんもさっきから接待続きでなにも口に入れてないだろうし。

「せっかくですから、もう少しお話しできませんか奥様」

すると、先ほどの女性がにこりと完璧な笑みを顔に貼り付けてこちらにやってきた。
きっと空がいなくなるタイミングを見計らっていたのだろう。

「先ほどはご挨拶もそこそこに失礼いたしましたわね。怜様とは昔から家族ぐるみでお付き合いがありましてよ」
「そうなんですね」

こちらも無理矢理笑顔を張り付けて対応する。

「玲様は昔から私のことを特別に思ってくれましたの。病弱だった私のために、いつもお見舞いに駆けつけてくださったり……いつも特別に思っているって伝えてくださったこともあったのよ」

そんなことを言われても……どうしたらいいのやら。
彼女はよほど四宮くんのパートナーになりたかったのだろう。

なってくれたらよかったのに!
とはいえ……この前に出たい感はさすがに……。

「ねぇ聞いてらっしゃるの!?」
「あっ、はい……もちろんです」

私の全く動じない態度が気に食わなかったのだろう。
彼女の完璧な笑みがわずかに引きつった。

「自分が勝ったと思っていい気になるなよ」

低い声が落とされたその時。
彼女が持っていたワイングラスをわざとらしく傾けた。

グラスからこぼれた真っ赤な液体が、私のドレスにかかる。

「バーカ」

彼女は小さい声で言い放ち笑った。

ドレスに広がっていく赤い染みを私はただ冷たい目で見下ろす。
よくこんなこと出来るものだ。
高価なドレスを汚すことをなんとも思ってない。
金持ちの令嬢って本当に品がないのね。

その時だった。

「美和さん」

振り返ると電話を終えた四宮くんが戻ってきていた。

彼は私の汚れたドレスと彼女の顔を交互に見比べる。

そして尋ねた。

「……どうしたんですか、それは」

彼の静かな問い。
それに答えたのは彼女の方であった。

「怜様……!奥様がお食事を見て急にはしゃいでしまって。普段こういうのはあまりお食べになる機会がないから、嬉しくなってしまったのかもしれません……」

あのねぇ!
言いたい放題でさすがに我慢が出来ない。

「妻が食事を見てはしゃいで……?」
「ええそうですわ!正直言うと少し……玲様の奥様の自覚が足りないというか……もっとお似合いな方はたくさんいると思います」

彼女がそう伝えると、四宮くんはぽつりと言った。

「可愛いな……」

「えっ」

彼女が顔を引きつらせる。

いや、私も引きつっていたかもしれない。

「普段彼女はそんな姿を見せないんですよ。それが本当なら僕も見たかったな」
「れ、玲様何なにを言って……」

「失礼。正直今は彼女の全てが愛おしいと感じてしまうんです、いけませんね」

彼はそう言うと、私のことを見つめた。

愛おしいとでも言うように、優しく微笑む姿に胸がドキっと音を立てる。

な、なによその顔……。
そんな顔、今まで見たことないけど!

そして彼女はわなわなと震えながら悔しさに歯を食いしばっている。

「ああそうだ、美和さん。なにか気に入った食事はあったのならせっかく一緒に食べましょう。まずはドレスを変えにいきましょうか」

彼はそう言うと私の手を取った。
そして唖然とする彼女のことなどもう存在しないかのようにその場をスマートに立ち去った。
 
会場から離れた静かなラウンジに着くと、彼は申し訳なさそうに口を開いた。

「申し訳ない……あなたを一人にしてしまったばかりに」
「……別に」

私は自分のドレスに落ちた赤い染みを見下ろす。

もともと私につきっきりなんて出来っこないのは分かっていた。

「にしても私がはしゃいでワインを溢すような女だと?」

私がそう言うと、彼はくすりと笑って言った。

「だと、可愛いなと思いまして……」

そのからかうような言葉に私はむっとして、彼を睨みつける。

「私は、そんな可愛い女じゃないわ」

彼は私の頬にそっと手を伸ばした。
そのあまりにも優しい手つきに、私の心臓が小さく跳ねる。

「いいえ、あなたは可愛い。でも……そうだなぁ……もっと、上品だ」

まっすぐな瞳に戸惑ってしまう。
またそうやって私の機嫌を上手に取り持とうとしてるんだろう。

そんなことしなくても、これしきで気分が悪くなるほどか弱い女性じゃない。

「替えのドレスはあるの?」
「ええ、ありますが……。でももう無理はしなくていい。そろそろ会場を抜けましょう」

彼のその優しい言葉に私は首を横に振った。

「いいえ、まだよ」

彼が私のために選んでくれたドレス。
それを平気で汚せる女には、しっかりと仕置きをしないといけない。

私は彼に用意してもらった部屋で新しいドレスに着替えた。
そして再び会場へと戻る。

なにごともなかったかのように振る舞う私を見て、彼は少しだけ心配そうな顔をした。
 
中に入っていくと案の定、すぐに彼が呼ばれてしまった。

「四宮社長。少しお話しできますかな」

本当忙しいな……。

仕事の話のようだ。
彼は私に目配せをすると、相手との会話を始めた。

私は近くにいない方がいいか……。
少し距離を取り、彼が終わってからお茶が飲めるようにウエイターにドリンクを頼んだ。

ドリンクを渡されて彼の近くへ行こうとした時。

「きゃっ」

近くのイスに座っていた綾香とかいう彼女が私が通る瞬間、足を出した。

「……っ」

足首に衝撃が走る。

体勢を崩した私は受け身も取れず、派手に床へと転んでしまった。

ガシャンとグラスの割れる音が響き渡る。

全ての視線が私へと突き刺さり、目の前の彼女には隠しきれない嘲笑が浮かんでいた。

「大丈夫ですか奥様?どうかされましたか」

彼女はそう言ってわざとらしく手を差し伸べてきた。 

あーあー。
ここまでやるわけね。

いいわ、なら私だってしっかりお返しさせてもらうもの。

私は床に手をつき自力で立ち上がる。
ドレスについたガラスの破片を払いながら私は目の前の女を真っ直ぐに見据えた。

「ありがとうございます、彩香様。ですが私は、わざと転ばせた相手に助けを求めるほど、か弱い女性ではございませんの」

「な、なにを……」

みんなの前で真実を伝えられ、彼女の完璧な笑みがひくりと引きつった。

なにも言い返して来ないと思った?
ごめんなさいね、やられたい放題は私には性に合わないの。

「それから先ほどのワインも……わざとドレスにかけてくださりありがとうございました。私のドレスの色がお気に召さなかったのなら謝罪しますわ」

私はそう言ってにこりと笑ってみせる。

「でもね、あれは私の主人が買った大切なドレスなんですよ」

追い詰められた彼女の顔がさっと青ざめていく。

周りの鋭い視線が全て彼女に突き刺さる。
そして慌てたように周りを見渡した瞬間、彼女は叫び出した。

「ち、違う……私じゃないわ!違いのよ。この女が変なことを言っているだけで……」

しかし周りは彼女を白い目で見ていた。

「なによ!こっちを見ないで!」

金切り声が会場に響き渡る。

彼女はわなわなと震えながら続けた。

「だいたいこんな女が怜様の奥さんだなんてありえない!あんたが怜様の弱みでも握ったんでしょ!」

ヒステリックに叫ぶ彼女。
そうね、本当は弱みでも握れたら良かったんだけど……彼はそんな弱みを見せることはないだろう。

「じゃなきゃあり得ないわ、こんな地味女なんかと……!」

私は彼女のいい分を黙って聞いていた。

地味女……か。
たしかにそう。

でもそう言われて悲しげな顔を見せるほど私は可愛らしい女ではなかった。
私は表情一つ変えないままゆっくりと口を開く。

「お言葉ですが……少なくとも私はあなた様のように人前で夫となる男性の腕にみっともなく絡みついたり、嫌がらせをしたりする作法は心得ておりませんので」

「なっ……!」

あなたが大人しい女性だったら。
四宮くんと距離を取ることを望む女性だったら。

彼に選ばれることがあったかもしれない。
でも真逆なんだもの。

そりゃどう考えたってあなたは選ばれない。
その時だった。

彼がすっとこちらにやってきて静かに口を開いた。

「彩香さん」

その声は、氷のように冷たい。
軽蔑の眼差しで彼女を見下ろしていた。

「れ、玲様……」
「もう今後僕には関わらないでもらいたい」

彼は私を庇うように一歩前に出る。
そして青ざめる彼女に鋭い言葉をいい放った。

「俺の妻に敵意を向けるということが、どういうことか……よくお考えになった方がいい」
「ひっ……」

彼女は身体を震わせながら四宮くんを見つめた。

「行きましょう、美和さん」
「ええ」

そして背を向け私たちは会場を後にした。
それからは戻ることなく外に出てタクシーを待った。

「良かったの?本当に帰って」
「ええ、さっき……主催の人から新婚ならもうボチボチ上がるといいって言われていたんです」
拾ったタクシーに乗り込む。

「それよりお怪我は……?足は大丈夫ですか?」
「ええ、あれくらいなんでもない」

足の方は特に問題ないのだけど、あんなに派手にやってしまって大丈夫だっただろうか。
彼のメンツは潰さない程度に仕返ししてやろうと思ったんだけど注目が集まってしまった。

「……先ほどの彼女の顔はなかなかの見ものでしたよ」

隣に座る彼が、くすくすと楽しそうに笑う。

機嫌がよさそうだ。
そんな表情を見せるのは珍しかった。

よほど鬱陶しかったんだろう。

「あんまりはっきり言うのはどうかと思ったんだけど、あそこまでされたらしっかり返さないとかなと思ってね。でも大事にしてしまって申し訳ないわね」

心配に思いながらそう言うと、彼は言った。

「いえ……彼女は父の会社の威光を笠に着るところがありましてね。内心快く思っていなかった者も多かったはずです。むしろ今日のあなたの振る舞いを見て胸がすく思いだったんじゃないでしょうか」

その言葉に私はほっと胸を撫でおろした。
彼に恥をかかせていなかったのならそれでいい。

「今日はありがとうございました。助かりました」

「……ええ、このくらいならいつでも頼って」

単純に彼の役に立てたのは嬉しかった。

もらってばかりでずっと生活をしていくのは心苦しかったし、なによりフェアじゃない。
今日は彼の手伝いが出来たことで、少しは契約結婚らしい妻の役割を果たせた気がする。

「四宮くんだって、私を上手く利用してくれたらいいの」

そうすれば四宮くんは四宮の目的を果たせる。
私は私の役目を果たして……お互いがお互いの利益を保持できる。

それが私たちの然るべき姿だ。
私はこれでいいんだと自信が持てた。

しかし、彼はそうではなかったらしい。

「……その言葉は好きではありません」
「えっ」

彼はひどく寂し気な顔をしていた。

「利用、なんて……」

なぜそんなに悲しそうな顔をするのだろう。

私たちの関係はもともとそういうものだったはずだ。
四宮くんは私の条件に答えてくれた。
だから四宮くんの条件には私が答える。
それが契約結婚というもので……。

「あなたは借金を返したら僕と離婚をしますか?」

「当然でしょう!?」

私は今、四宮くんに返せる額分お金を返していっている。
完済するまではかなり時間がかかるかもしれないけれど、絶対に返して離婚するつもりだ。

「そう、ですか……」

これは契約結婚だ。目的が果たされれば終わるのが当然だ。

私にいい条件を出してくれたのは、分かってる。
だからこそ私も妻でいるうちは出来る限り返したいと思ってる。

しかし、四宮くんのその瞳にどこか寂しげな悲しい色を浮かべていた。 

なによ。
さっきはご機嫌なのに、今はフラれたみたいな顔をして……。

彼は演技が得意だ。
さっきだって私を本当の妻かのように扱って、愛おしさに目を細める演技をしていた。
そうやって自分を作って相手に好感を持たせる。

それが四宮怜という男だ。
この男の仮面を剥がせる人間はきっとどこにも存在しないだろう。


「美和さん、愛していますよ」
「変なこと言わないで」

「今は僕の妻ですから……言う方が正しいでしょう?」
「……まあ、そうね」

どこで人が見ているかわからない。
妻との円満な生活をみせておきたのなら、私は協力しなければならない。
 


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