稲妻の契り~生贄に出された娘は雷神様から一途な溺愛を受ける~

cheeery

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崩壊

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村外れの倉庫。
厚い板の扉は、固く錠で閉ざされていた。

中からは、米俵や麻袋を引きずる音がかすかに響く。

私は息を潜め、柱の影から覗き込む。

「……やっぱり」

積み上げられているのは、村人たちが一年かけて育てた米や野菜、干した魚、染め上げた布まで。

おそらく天王寺家に雇われた男たちが動いているのだろう。

それらを馬車に積み込んでいる。

「お前たち、急げ!夜明けまでに運び出すぞ!」

怒鳴る声が響き、私は胸がざわめく。

あの布も、あの米も……すべて、みんなの生活を支えるものなのに。

足元の土を強く踏みしめる。

怖い。
でも、ここで黙って見ていたら、また村は飢える。

「やめてください!」

声を張り上げ、影から飛び出した。

男たちの動きが一瞬止まる。

「……なんだ、小娘が」

「返してください。それは、村のみんなのものです!」

睨みつける私に、笑いが返ってきた。

「なにかと思ったら生贄に出された娘じゃないか。お前になにができる?捨てられた娘ごときが」

「それがないと村のみんなが飢えて死んでしまいます」

「それがどうした。俺は与えられた役割をまっとうするまでだ。金ももらえるしな」

俵を抱えた男の腕にしがみつく。
必死に引き止めようとした瞬間――。

「邪魔だ!」

ごつい手が私の肩を乱暴に押し払った。

身体が弾かれるように地面へ倒れ込み、背中に鈍い痛みが走る。

「痛……っ」

見上げた視界の先で、俵は次々と馬車に積み込まれていく。

「お願いします、返してください!」

男たちは私を一瞥するだけで、荷物を入れ終えるとその場を去っていった。

馬車の車輪が軋む音が、容赦なく遠ざかっていく。

握った拳が小さく震える。

ダメだ……私一人ではなにも出来ない。

やっぱり村の人に信用してもらって、みんなで訴えかけないと変わらないかもしれない。

山道を下り、久しぶりに村の入り口が見えてきた。

夏草の匂いが風に混じり、土の道を踏みしめる足音がやけに大きく響く。

広場では、男たちが大きな桶を担ぎ、女たちが畑で摘んだ作物を仕分けていた。

けれど、みんなの目に生気はない。

そして私の姿が視界に入った瞬間、空気が変わった。

手を止めた村人たちが、ゆっくりとこちらを振り向く。

汗で濡れた額、土で汚れた手。
その表情は驚きではなく、冷ややかな拒絶だった。

「……お前」

誰かの低い声が広場に落ちる。
次の瞬間、年配の男が言い放った。

「まだここにいたのか!出ていけ!呪いの子が!!」

静かなはずの言葉が、胸に重く突き刺さる。

ざわめきが広がり、作業をしていた者たちが次々と私から距離を取った。

私は胸の奥から声を絞り出す。

「村の今の状況を聞きました……このままではみな、冬を越すことが出来ません。だから……天王寺家の元にみんなで行きませんか?みんなで訴えかければ、きっと……!」

そこまで告げた瞬間、それを遮るような高い声が聞こえてきた。

「……なにを言ってるんだ今更!こうなったのは、お前のせいだろ」

「そうだ!あんたが呪われているせいで俺たちの暮らしが奪われたんだ!」

胸が締めつけられる。
すると、誰かが地面の小石を拾い上げた。

──カツン。

乾いた音とともに、小石が私の足元を転がる。
続けざまに、肩に冷たい衝撃が走った。

「痛……っ」

「出ていけ!」

「お前なんか信じられるか!」

避けきれず、頬にかすった痛みと熱が広がる。

それでも、諦めちゃダメだ。
お母様はそうやって村の人と向き合ってきたのだから。

「呪いなんてこの世には存在しないのです……私は本当にただ村を……村のみんなを助けたいだけなんです!」

お母様が神話守をしていた時代。
こんな風に村人がボロボロになるまで使われることはなかった。

みんながいがみ合い、汚い言葉をぶつけ合うことなんかなかったんだ。

「出て行け!」

村人がもう一度小石を振りかぶった時。
小さな声が群衆の中から響いた。

「……やめろよ」

皆がそちらを振り向くと、まだ十にも満たない少年太一が、一歩前に出ていた。

太一は村の様子を見に来ていた頃、よく懐いていてくれた子だ。

か細い腕を震わせながら、それでも私をまっすぐ見ている。

「美鈴は……ずっと村のことを気にしてくれてた。毎日、村の様子を見にきては……俺たちの話を聞いてくれて、村を守ってくれてたじゃないか」

太一……。
その声は次第に強くなっていく。

「ずっと……村のことを考えてくれたのは美鈴だけだ」

太一は声を張り上げる。

「式典に失敗しただけで、こんな……こんな扱いを受けなくちゃいけないのか?今までしてくれていたことが、全部なかったことになっちゃうのか?」

私の胸の奥が熱くなり、喉がきゅっと締めつけられた。

太一の声は、今にも途切れそうなほど震えていた。

「そんなのおかしいよ!」

潤んだ瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちる。

「神話守が麗羅様に受け継がれてから……村の様子を一度でも見に来たことがあったか?村の植物に水をあげたり……食料を分け与えたり……してくれたことがあったか?」

小さな拳をぎゅっと握りしめ、頬を濡らしながらも太一は必死に言葉を紡ぐ。

「美鈴は、俺たちのために……ずっと動いてくれてたのに。なのに、どうして……悪者扱いするんだよ!」

その声に押されるように、周囲の村人たちは互いの顔を見合わせた。

腕を組んでいた男が、ふっと視線を逸らし、別の女が小さくつぶやく。

「……そういえば、美鈴様は嵐の日も……畑の様子を見に来てくれてたな」

「病気のときも、薬草を持ってきてくれた」

ぽつり、ぽつりと声が広がっていく。

さっきまで握っていた石が、ひとつ、またひとつと地面に落ちた。

「俺たちは間違っていたのかもしれない」

「……すまなかった」

その声は、決して大きくはない。

けれど、その一言が合図になったかのように、他の村人たちも次々と石を置き、うつむいた。

「俺たち……あんたに助けられたこと、たくさんあったのに」

「式典が全てだと思って……大事なものが見えてなかったのかもしれない」

握られていた拳が開かれ、硬く閉ざされていた表情がゆるんでいく。

私は、太一の元に向かって柔らかく微笑んだ。

「……太一、ありがとう」

太一は照れくさそうに首を振る。

村の人は私のしていることを見てくれていた。

お母様……やっぱりお母様の言っていたことは正しかったです。

してきたことは必ず自分に帰ってくる。

優しく出来る人だけが温かい村を作ることが出来るのね。

冷たかった村の空気が、ようやく雪解けを迎えたかのように柔らかく変わっていった。

するとその時、焼け焦げたような空気を裂いて、村の広場にどよめきが走る。

それは、ひとりの若者の叫びから始まった。

「……みんな!この名簿を見てくれ!天王寺の倉にあったんだ!」

「……村の作物、みんな献上じゃなく、売り飛ばされてる!しかも金は村に落ちちゃいない!」

たちまち、人々の顔が怒りに染まる。

「なんだと……!」

「もう許さねぇ、アイツら……俺らが苦しい思いをしてる中、好き勝手しやがって……」

「おかしいと思ってたんだ!俺たちは貧しい暮らしをしているのに、天王寺家は豪華のものを食い、服をいくつも変えて……」

「天王寺家を潰しに行こう!!もうそれしか俺たちが生き延びる手段はない」

「そうだ!!これ以上、黙ってられるか!!」

怒号が響き渡った。

村人たちはそれぞれの手に、鍬や鎌、棒を握りしめ、天王寺家の屋敷に向かって走り出す。

土煙を上げながら、怒りに燃えるその背中はまるで火がついたようだった。

「待って、みんな落ち着いて!」

怒りのまま天王寺家に突撃するなんて、ダメだ。

私は必死に叫びながら追いかけた。

「待ってください、ダメです……」

こんなこと、誰も幸せにはならない。

いがみ合い、戦い合いの果てに待っているのは幸せなんかじゃないんだ。

けれど、誰の耳にもその声は届かない。

彼らの目は、怒りと絶望で真っ赤に染まり、もはや復讐以外の感情を失っていた。

握りしめた農具や松明が、夜気の中で揺れるたび、橙色の火が荒々しく人々の顔を照らす。

村の中央を抜け、天王寺家へと続く坂道を進む。

行列を作り、村人たちは天王寺家を目指して進み続けた。


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