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制裁
しおりを挟むどうしよう……誰も私の声を聞いてくれない。
やがて、鬱蒼とした竹林を抜け、天王寺家の高い塀が視界に現れた。
そして。
誰かの叫びとともに、屋敷の門が叩き壊された音がした。
「燃やしてしまえ!!」
そう言って天王寺家の家に火を投げつける。
「天王寺家なんか……跡形も残すな!!」
ばちばちと木のはぜる音とともに、屋敷の一角から黒い煙が立ち上り、炎が窓から噴き出した。
火を放った……!?
赤く揺れる炎が、夜の闇を照らす。
人々の怒りの影を、怪物のようにゆらゆらと地面に落とした。
「ダメです!こんなことをしてもなんの解決にもなりません。話し合いを……話し合いをするのです……!」
私は喉が裂けるほどに叫んだ。
しかし、誰もそれを聞くことはない。
木材で建てられた家はみるみるうちに燃えていった。
そのとき。
黒い煙の向こう、崩れ落ちかけた玄関の戸を力任せに開けて、お父様たちが出てきた。
「なんなの、これは……いやぁ!!」
「たす、助けて……!」
その後ろから、母が咳き込みながら娘の麗羅の手を引き、裸足のままで現れる。
「お前ら、何をしてるんだ!」
お父様が強い口調で言った。
「うるせぇ!今まで好き勝手してきた報いだ!!」
「返せよ……俺たちの作物を!!」
「返せ!!貧困で死んでいった村のものを……!」
怒鳴り声と罵声が飛び交う。
父は、必死に手を振り上げて叫んだ。
「なにを考えてる!すべては村のためだ!それがどうして分からぬ。俺たちが村を守ってるからお前らが生きているんだろうが!」
「村のため!?ふざけるな!」
「てめえらの懐を肥やすために、搾取しつづけたんだろう」
「そうだ!与助が見つけたんだ、この名簿を……村の作物を売り飛ばし、自分たちだけ裕福な暮らしをしていたな」
「そ、それは……」
お父様がじりじりと後ずさりする。
「お前らふたりもそうだ!神話守になって……村の様子を見に来たことなんか一度もなかった。いつも派手な服を着て、遊び歩いて……俺たちはもう我慢の限界だ」
「ち、違うのよ……わたしはただ……っ!」
「そうよ、村のために……」
母の顔が蒼白に染まり、麗羅は恐怖で唇を噛みしめていた。
「おい、火を……火を消さないとうちが消えてしまう」
お父様は焦ったように言う。
「まだ自分の心配か!」
轟々と燃え盛る炎が、夜の空気を熱く歪める。
火の回りが早い……。
今夜は風がある。
このままだと……。
そう思い見上げた瞬間、天王寺家を包み込んでいた火が隣の大きな大木に燃え移った。
火の粉が降り、稲穂は一瞬で黒く変わっていく。
まずい……!
「みなさま、このままじゃキケンです!水を……井戸から水を運んで消火活動をしてください!」
必死に叫ぶが、耳を貸す者はいない。
皆、天王寺家の屋敷に向かって石や棒を投げ、怒号を浴びせることに夢中で、背後の炎など気づきもしなかった。
やがて――。
枝先の炎は太い幹へと燃え移り、その熱は空気を歪め、周囲の木々へ次々と飛び火した。
赤い舌が枝を舐めるたび、火は勢いを増し、煙が空を覆っていく。
「……っ、みんな!」
誰かがようやく振り返った時には、林全体が火に包まれかけていた。
「な……っ、火が!」
村人たちは一斉に顔色を変え、桶や鍋、何でもいいから水を汲み始める。
「急げ!このままじゃ村が丸ごと燃えるぞ!」
「子どもを奥へ避難させろ!」
怒号が恐怖に変わり、混乱の中で消火活動が始まった。
私も出来る限り水を火元にかけた。
ダメだ……全然消えない。
水をまくたび、白い蒸気が立ち上り、視界を奪う。
だが炎はそれを嘲笑うかのように、次から次へと広がっていく。
「……お願い、消えて……!」
腕はもう感覚がなく、呼吸は煙で焼けるように痛い。
「はぁ……はぁ」
その時――。
乾いた破裂音とともに、大木の幹が音を立てて崩れ始めた。
炎に包まれた大木が、私の方へゆっくりと傾き始める。
「ウソ……」
足が動かない。
ああ、ここで終わるんだ――。
ぎゅうっと目をつぶった瞬間。
──ゴロゴロゴロ……ッ!
頭上から大きな音とともに、大粒の雨が降り注ぐ。
そして、ゆっくりと目を開けると、そこにはライエン様が大木を手に持ち立っていた。
雨に濡れた逞しい腕が、燃え盛る木を受け止めている。
「ライエン、さま……」
「……怪我はないか」
低く、確かな声。
私は、首を縦に振った。
来てくれたんだ……っ。
ライエン様は木を横へと押しやり、そのまま片腕で支えながらゆっくり地面に横たえる。
炎の赤が水に打たれ、じゅうっと音を立てて黒く沈んでいった。
彼の顔を見たら心がほっとした。
すると彼は言う。
「雨を降らせればいいか?」
私は目を丸める。
「お前の願いはよく分かっている」
とても優しい顔をしてそう告げると、ライエン様は槍を天へ向け、ぐっと掲げた。
柄を握る指先から青白い稲光が走り、空を貫く。
次の瞬間、雲が裂け、大粒の雨が滝のように降り注いだ。
冷たい雨粒は、炎を沈めていく。
「あ、雨が……」
「すごいぞ……」
ぱちぱちと音を立てて火がしぼみ、白い水蒸気がもくもくと立ちのぼった。
村の家屋や木々を飲み込もうとしていた炎も、激しい雨に息を奪われていく。
豪雨がしばらく降り続き、炎はほとんど鎮まっていった。
赤々とした残り火が、雨粒に打たれてじゅう、と音を立てる。
……もう、大丈夫かもしれない。
そう思った時。
「……あ、あなたは……?」
私の隣にいるライエン様に視線が集まった。
水滴が彼の髪先から滴り落ち、肩や腕を濡らす。
金色の瞳が静かに村を見渡していることにみんなは驚いていた。
あ……みんながライエン様の姿を認識してしまった。
ライエン様はその問いに答えるように告げた。
「我が名は――雷神」
「雷神、さま……?」
その名を耳にした瞬間、空気が変わった。
村人たちは一斉にひざまずき、雨に濡れた地面に額をこすりつける。
「雷神様……そうか、雷神様が助けてくれたのか」
「村神様が……助けてくださった……!」
「ありがとうございます!ありがとうございます……!」
口々に感謝を伝える。
中には嗚咽を漏らしながら頭を下げる者もいた。
雷神は頭を下げる村人を見て静かに告げた。
「我輩は、美鈴を助けるために雨を降らせただけだ。お前らの言う村神様などではない」
「雷神様……?」
みんながぽかんと口をあける。
よく分かっていないようだった。
みんなは村神様である雷神様がこの村を守ってると思っている。
「お前らは勘違いをしている」
「へ……?」
「誰が村を守っているのか、それは神などではない。それを心にとめておけ」
そう、私たちは神様が全てを決めると長い間から信じてきた。
でもそうじゃない。
私たちはこの村を自分たちの力で守ってきたんだ。
やがて、炎の色は完全に消え、残るのは白い湯気と、雨に濡れた黒焦げの木々だけだった。
村人たちは安堵の息を漏らし、互いの無事を確かめ合う。
そして天王寺家はというと……。
「捕まえろ!」
その声と同時に、3人は捉えられた。
縄で体を巻き付けられ、もう逃げることは出来ない。
そして村の人が言った。
「これから全てなにをやってきたのかを尋問してやる。お前たちが今の地位にまた戻れることはない」
縄で縛られた天王寺家の人々は、村の中央の広場へと引き立てられた。
広場の中央には、太く硬い竹のむちが無造作に置かれている。
村人がそれを手に持ち、竹むちが振り上げられた。
しなった竹が空を裂く音が耳を刺し、麗羅たちの肩に赤い線が走った。
「いっ……!」
悲鳴とともに、麗羅の身体が大きく震える。
もう一度、むちが振り下ろされる気配に、彼女は必死に顔を上げた。
「……美鈴っ!たすけて……お願いよ」
かすれた声で必死に助けを求める麗羅。
「お願い……私はあなたの大事な妹でしょう?」
まっすぐな視線。
確かに大事な妹だった。
「そうだ、お前は俺たちの家族じゃないか」
お父様も必死で伝える。
家族……か。
本当にそう思っていたのなら、もっと早くにそれを聞きたかった。
生贄へと差し出されなければ、毒を盛られることがなかったら庇うことができたかもしれない。
でも今は……。
「自分の罪を償ってほしいです……」
私はまっすぐに伝えた。
もうこれ以上、自分たちのことだけを考えないでほしい。
もう一度ムチが振りかざされる。
するとその時、麗羅が言った。
「ま、待って……!言う……言うから……」
かすれた声が、広場のざわめきに紛れて震える。
「私が……なにをしてきたのか……全部、言うから……私だけでも解放して……」
その言葉に、囲んでいた村人たちの視線が一斉に鋭くなる。
「なにをしたんだ、吐け!」
一人の男が手にしていたむちを高く振り上げ、雨の中でぴしゃりと地面を叩いた。
水しぶきと共に、湿った音が響く。
麗羅はびくりと肩を震わせながら告げた。
「……わ、私が……毒を……盛った……」
その声は、最初は小さく、聞き取れないほどだった。
「わ、私……は、神話守の式典の時に……美鈴に毒を盛りました」
「どういうことだ!」
お父様が驚いたようにたずねる。
「私が神話守になりたくて、お姉様が失敗する毒を持ったのよ!」
空気が凍った。
「うそ……だろ」
みんなが信じられないという口調で麗羅を見た。
「コイツのせい、だったのか……!」
一人の若い男が低く唸るように言い、握り締めた拳を震わせる。
さらにムチの音が響いた。
「痛い……っ。助けてくれるって言ったでしょ?私だけは解放してくれるって……」
「なにを言うか!お前がやった罪は到底許されるものではない」
ざわめきが雨音に混じり、やがて怒号となって広場を包み込んでいく。
麗羅は縛られたまま身を縮めたが、もはや逃げ場はなかった。
ムチの音は夜が明けるまで続けられた。
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