嘘はいっていない

コーヤダーイ

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25出立

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 婚約していたヴァスコーネス王国の第一王女が20歳で結婚することになった。準備期間はあるのだが、隣の国へと嫁ぐため早めに向こうで生活し慣れておきたいと、年内にご出立なされるのだという。
 隣国の第二王子へと嫁ぐのだが、何でも隣国の第二王子はヴァスコーネス王国の学園へと遊学に来ていたそうで、王城のパーティで知り合って恋に落ちたのだとか。王族といえば政略結婚が多いのだが、王子と王女ながら恋愛結婚とは羨ましい限りである。

 王都では早くも王子と王女の馴れ初めを綴った創作本が発売され、続巻を待たれる読み物として人気になっているそうだ。市井の人々には知り得ない煌びやかな貴族のパーティの様子が詳細に描かれており、もしかして作家は貴族の一人なのではと噂されている。
 特に王女の気持ちを吐露する場面ではまるでその場に居合わせたかのような描写で綴られており、貴族令嬢たちにも新たな恋物語として受け入れられていた。

 新作を書き進めていた筆を置き貴婦人は金色の髪をそっと撫でつけて息をついた。こんなものつまらないわと心の中で思う、わたくしの書きたいものはこれではない。
 今はもう遠く手の届かない場所へと行ってしまった美しい人のことを思う、そしてその人との約束をじっと耐えて何年も待つもう一人の美しい子供のことを。

 貴婦人はふっと微笑むと筆をとった、ほつれた金色の髪をもう一度撫でつける。誰にも見せずとも構わない、わたくしが楽しむためにわたくしのための物語を紡げば良いのですわ。想いをのせて筆は進んだ、夫の目にすら一度も触れさせることのない貴婦人の書き記した壮大な絵巻物は長く細く紡がれていった。

 やがて待望の王子と王女の恋物語続編が発売され、世の女性たちは皆夢中になった。貴族と噂される作家はやはり一度も表舞台に出てくることはなく、第一王女は隣国へとご出立された。もちろん隣国でもすでに恋物語は人気を博しており、背の高い金色の髪をした王女は隣国の国民たちに熱狂的に受け入れられたという。

 娘の門出をこのように明るいものにしてくれたくだんの作家君には、いつかぜひお会いしたいものだねえと微笑みを浮かべて話すエーヴェルトに、王妃はそうですわねありがたいことですわと微笑みを返して、金色の髪をそっと撫でつけた。





 季節は幾度か巡り、街路樹の葉も色を変え吹く風が冷気をまとうようになった頃、サキは14歳を迎えていた。真っ直ぐな黒髪は背中あたりまで伸びて、相変わらず眉のところで切り揃えた前髪はもうサキを子供らしく見せることはなくなっている。丸みを帯びていた頬と顎もすっと引き締まり、優しく甘い雰囲気を持つラミに比べると、涼しい目元の美人という風に育っていた。

 心やましい者に狙われ幾度か危ない目にもあったが都度乗り越え、今では魔力も精気も完全に安定し暴走することもない。誰かに守ってもらわずとも武術と魔法を使い、自力で身を守れるまで成長している。もちろんマティアスの造った結界ピアスも改良を重ね、常に耳元で輝き揺れている。

 城下街に獣人が住み通りを歩き店で働くのが当たり前になった昨今、かつて王城に滞在していた一人の黒豹の獣人がいたことなど人々の記憶から徐々に薄れていった。
 冒険者ギルドには時折北の情報も入っており、狼人が新しい国を興した話題も聞こえてきている。

 サキの元へはムスタから何の便りも届かない。冒険者ギルドでギルド長エフに尋ねても黒豹の獣人ムスタの噂話すら入ってこないということだった。一体どこで何をしているのか生死もわからず、それでもサキは諦めず日々鍛錬を積み今自分にできる最大限の努力をし続けてきた。

(いつか会ったときに、ムスタに一目惚れさせてやる)

 もう子供とは言わせないとこれがサキの目標なのだが、それが一人の男性のみに効く魔法ならばともかく、サキの努力の結晶は内から外へと溢れ他の人間たちにも効いてしまうのだから困ってしまう。今日もそんなサキの魅力に堕ちた一人の人間が恋の病から覚めずにいた。



サキは王城の一角で見知らぬ騎士らしき男につかまっていた。つかまったとはいっても身体に触れられているわけではない、少し離れた位置で両膝を付いて床に手を付き男は頭を下げていた。

「いや、だから、無理ですって」
「おねがいしますっ!」
「頭を上げてください」
「……ではっ!」
「いや、だから、それはむ……「おねがいしますっ!」」

(しつこいなあ)

 サキはいい加減いらいらし始めた。最初から無理だと断っている、それなのにとにかく土下座で頼むの一点張りなのだ。

 同僚の白マントたちと昼食を摂ろうと食堂へ行く途中に、この騎士らしき男に声を掛けられ足止めされている。白マントたちには先に行っておいてくれと話し、サキ一人でお腹を空かせて先ほどからこちらの話を一切聞かずに自分の頼みを一点張りの男と、押し問答しているのである。

「いい加減にしてもらえませんか、だいたい僕の名前を知っているあなたはどなたですか?」

 はっとした表情で顔を上げた男は、これは大変な失礼をしましたと謝ると自らの素性を明かした。

「第三騎士団所属のルートと申します。どうかサキ殿、私と結婚を前提にお付き合いをしてください」
「僕まだ成人していませんし、好きな人ならいますから無理です。どうしてもと言うのなら、」
「言うのなら?」
「白のマティアスから許可を取ってください」
「ぐふぅっ!」

 そもそもそれができないから、このようにサキに直接頼みに来ているのだろう。ではそういうことで、と項垂れたルートを捨て置いてサキは食堂へと急いだ。

 食堂へ着くと白マントたちが席を確保して、自分たちも食べずに待っていてくれた。サキは定食を受け取るとテーブルに着き、白マントたちに待たせた詫びと席の礼を言う。

 食事をしている最中に少しいいだろうか、と声を掛けられた。何でしょうか、それは食べながら伺っても失礼のない話ですか、と尋ねると構わないと返事がきた。

「自分は第二騎士団のソリュブルと言う」
「僕はサキと言います」
「実はサキ殿にまだ決まった方がおられぬようなら、私と真剣な交際をしてもらいたいという話なのだが」
「好きな人ならいるのでごめんなさい、お断りします。どうしてもというなら、白のマティアスに許可を取ってください」
「ぐむっ」

 話がそれだけでしたらこれで失礼します、と食べ終えた食器をカウンターへと返却して美味しかったです、と礼を言う。
 白マントたちとぞろぞろ歩いて魔法研究室に戻る途中、待ち伏せしていた第一騎士団の騎士にも声を掛けられたサキは近衛騎士までも、とその足でマティアスの元へ行きそのままエーヴェルトの執務室に向かった。昼の時間だけで3人からの告白である、急にどうしたというのだろうか。

 話を聞いたエーヴェルトは今年の一番人気はサキかぁ、と面白そうな顔をして笑った。

「そろそろ年の瀬だからね騎士たちも順番に長期休暇に入るし、新年を好きな人や婚約者と仲良く過ごしたいのじゃない」
「僕好きな人がいるってこれだけ言っているのに、何なのでしょうか。あとまだ未成年なんですけど」
「真面目だねぇサキは、まだムスタのこと待っているの。結婚の証明ができないだけで付き合う分には別に自由なんだよ?」

 サキはじとりとした目でエーヴェルトを睨む。そうだった、この世界は性に関して結構奔放なのである。一方のサキはムスタが北へと旅立って以来、誰との触れ合いも持たず清い身を保っていた。

「騎士の方たちってそんなに出会いとかないんですか、慰労会とかいうのに誘われたりするんですが」
「あぁ、騎士たちも休暇中にそれぞれの騎士団で一年の息災を感謝する会をしているようなんだけど、それの事かな。毎年自分のお目当ての子を呼ぶみたいなんだよねぇ」
「それで慰労会というのは、出し物とかあるんですか?」
「出し物?」
「歌わせたり、踊らせたり、お酒のお酌を強要したり、酔った勢いで身体を触られたり?」

 サキの話を聞いたエーヴェルトは本当に君は想像力が豊かだねと爆笑した。それ面白いから全部騎士たちにさせたら良いのじゃない、と笑いながら涙を流した。実は結構な笑い上戸なのである。マティアスはそんなエーヴェルトを見て鼻を鳴らしている。

 慰労会に呼ばれた女性というのは、誘った騎士からドレスをプレゼントされて着飾り、華のように可憐に微笑んで一緒にご飯を食べていれば良いらしい。誘われた女性たちにしても出会いのチャンスである、皆喜んで参加してくれるそうだ。

(ドレスに食事か、僕じゃなくて女性を選べばいいじゃない)

 ムスタと着飾ってご飯を食べるというのならともかく、なぜ知らない他人と慰労会に出なくてはならない。サキは口をへの字に曲げた。だいたい4年待つと言ったのはムスタだ、もう約束の4年目に突入しているのに無事の便りも何一つ届いたことがない。 

(遠くにいる僕のことなんて、忘れちゃったのかなあ)

 突然サキのなかの哀しいスイッチが入ってしまった。4年待つから励めよと言われたから真面目にやってきた。ムスタの言ったのは丸々4年間だったのだろうか、それとも本当にサキのことなど忘れて北の地で誰かと過ごしているのだろうか。久しぶりに精気が乱れそうになり、周囲に影響を出す前に花畑に籠ることにする。マティアスに伝魔法で花畑に向かうと伝え、サキは飛んだ。



 花畑で一人ゴロゴロと転がる。小さな白い花の香りを吸い込んで目を閉じていれば、心が穏やかになっていく。寂しさも哀しさも嫉妬も怒りも、溢れるような会いたいという気持ちも、ここにいると全てがフラットになっていく。深く考え過ぎることもない、涙が流れて眠れないこともない、煩わしさからも解放されてサキは眠った。

 優しく優しく包まれて覚醒する、父さんだ、子供のときに抱きしめてもらったような温かさに微笑んでサキは呼び寄せられるままにマティアスの元へ飛んだ。
 
 転移先は自邸ではなくエーヴェルトの執務室のソファーであった。ゆったりと目を開けて身体を起こしたサキにエーヴェルトが気遣うように微笑む。その違和感にサキはマティアスを仰ぎ見る、マティアスの眉間には深い皺が寄せられている。

「……何があったんですか」

 再び視線をエーヴェルトに向けて問えば、エーヴェルトにしては歯切れの悪い答えが返ってきた。

「ムスタの話でまだ確認はとれていないのだけれど」
「っ、ムスタ師匠がどうかしたんですか」

 ソファーから飛び跳ねて執務机に身体を寄せれば、エーヴェルトの頬がひくりと引き攣った。

「やはりきちんと確認してからにするよ」
「………何があったんですか」
「サキ」

 珍しくマティアスにたしなめられて、サキは執務机から離れるとその場に立って待った。

「まだ未確認なんだけれども、北でムスタが結婚したという話が入ってきているんだ」
「え………」
「ムスタが正式に声明を出したわけじゃなくてね、ムスタの妻と名乗る獣人女性の親というのが北では古くからの部族の纏め役とかで、そこが結婚したと発言しているらしいんだ」
「そんな……」
「騒ぐわりにムスタの姿を一向に見かけないからどこかきな臭い、北で国を興した新進派が証明を見せ確認させろと言っているらしい」
 
 ぐらりぐらりと暗くなって目まいがした、頭の中が揺れる。横からやってきたマティアスに身体を支えられて初めて自分が倒れかけていたことに気づく。

「父さん僕、行かなくちゃ……」
「うむ、どちらにせよ確認はすべきだ、私も行こう」
「……マティアスはいいとして、サキは大丈夫?」

 エーヴェルトの目は真剣でそれは真実を知ってサキが傷つくかもしれないことを示唆していた。サキは軽く頷いて僕が行きますと答えた。長い間音沙汰がなかったのはもしかしたら連絡など取れない事態に陥っていたのかもしれない。心配をしても今更仕方がないのかもしれないが、不安のままここで待つよりは行動を起こすことをサキは選んだ。

「北へ行くならばすぐ出発する、雪が降っては厄介だ」

 マティアスの宣言ですぐに出立が決まる、飛べるところまでは転移で飛びその後は徒歩での移動となる。そういえばムスタと狼人タルブたちが出発したのも同じ時期だった、とサキは思い出した。

 人選はエーヴェルトに任せたが、北がどのような状況かわからないため大人数で行くことは避けたい。結局マティアス、サキ、クラースの三人で旅立つこととなった。

「僕が未だに他の人を苦手に思っているから、クラースに大変な役目を負わせちゃてごめんね」
「いやぁ俺、北の方行ってみたかったんだー。いい機会をありがとな」

(クラースまじいいやつっ)

 サキが無言でクラースに抱きつけば、へへぇ役得とクラースが笑った。

 旅支度があるので出立は二日後と決定し帰路に着いた。サキは一旦魔法研究室へと戻り同僚の白マントたちに簡単に説明をし、アウトドア用品を確認して『空間』へと収納する。その足で冒険者ギルドへも赴きギルド長エフに事情を説明し、様々な道具を購入して『空間』へと収納していく。

「北へ行くならついでに手紙を運ぶ依頼とか受けていってもらえない?」
「いいですよ、預かります」
「あとこれ、こっちのギルドからの手紙。一応向こうにもギルドがあるから、何かあればこの手紙を持って尋ねるといいよ」
「ありがとうございます」

 無表情なギルド長エフに頭を下げて礼を言えば、今日くらいはいいよねと呟いた後でぎゅっと抱きしめられた。耳元で白熊の獣人にだけは気を付けるんだよ、と囁かれた。何をどう気を付けるのか聞く前に、じゃあ気を付けていってらっしゃいと見送られてしまい、結局あやふやなままギルドを出て来てしまったのだった。

 翌朝いつも通り武術の鍛錬に参加し、北へ行くのでしばらく留守にするという話をした。イェルハルドは心配しながらも気を付けて無事に戻るようにと言った。ひろきが御守袋ちゃんと持ってる?と聞くのでペンダントと一緒に胸元から出して見せる。イェルハルドも私もクラースもお揃いで持っていますよ、と腰ひもの小さな袋を嬉しそうに揺らして見せた。
 気を付けて戻ってねと笑顔で見送られ、翌朝早くに三人は王都を出立した。 
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