婚約破棄?望むところですわ!やっと、おやつが食べられますわ!

恋の箱庭

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婚約破棄から一夜明けた朝。

私は、人生で最高に爽快な目覚めを迎えました。


「お嬢様、おはようございます。……って、もう起きてステーキを焼かせていらっしゃるのですか!?」


アンナが部屋に飛び込んできた時、私の手元には、こんがりと焼き色のついた厚切りベーコンと、半熟の目玉焼きが三つ載った皿がありました。


「おはようアンナ。朝の空気は、脂の香りが混じっている方が健康的だと思わない?」


「思いません。それより大変ですわ! 王宮から使いの者が来ております。ジュリアン殿下より『昨日の件について、改めて話がある。メアリーも同席するお茶会へ来い』とのことです」


私はフォークを口に運ぶ手を止めました。

ジュリアン王子。メアリー様。

正直、顔を思い出すだけでお腹の虫が「そいつらより飯をよこせ」と鳴くような相手です。


「……お茶会、ですって? 王宮の?」


「はい。恐らく、公式に婚約破棄の手続きを勧告しつつ、メアリー様を見せびらかして嫌がらせをするつもりでしょう。お断りしましょうか?」


「いいえ、アンナ。王宮のお茶会といえば……あの伝説の『白銀のパティシエ』が作る、季節限定のタルトが出るはずですわ」


「お嬢様、論点がズレすぎています」


「行くわよ、アンナ! 戦闘服(一番ウエストの緩いドレス)を用意してちょうだい!」


私は一気にベーコンを飲み込むと、期待に胸……いえ、胃袋を膨らませて立ち上がりました。


王宮の空中庭園。

そこには、これ見よがしにイチャつくジュリアン王子とメアリー様の姿がありました。


「遅かったな、チューナ。婚約破棄のショックで寝込んでいたのか? まあ、無理もないがな」


ジュリアン王子が、鼻で笑いながら私を迎えました。

その隣で、メアリー様が扇子で口元を隠しながらクスクスと笑います。


「チューナ様、そんなに顔色を悪くして……。やはり、王子の愛を失うのは耐えがたかったのですね。でも、愛は無理強いするものではありませんわよ?」


(……顔色が悪いのは、さっきの朝食がまだ消化しきれていなくて、少し眠いだけですわ)


私は優雅に一礼して、二人の向かい側に座りました。

視線はすでに、テーブルの中央に置かれた三段重ねのティースタンドに釘付けです。


「お気遣いありがとうございます。それより殿下、本日の主旨は『お茶会』ということでよろしいですね? つまり、このお菓子をいただいても?」


「フン、相変わらず可愛げのない女だ。好きにしろ。どうせ食欲など湧かないだろうがな」


王子が合図を送ると、侍従が私に紅茶を注ぎました。

しかし、その紅茶の色を見た瞬間、周囲の貴族たちがザワつき始めました。

泥のように濁った、見るからに不気味な黒い液体です。


「あら……? チューナ様の紅茶、随分と変わったお色ですこと。それは私が特別に用意させた『苦渋の茶』ですの。殿下に捨てられた悲しみにぴったりだと思って」


メアリー様が勝ち誇ったような笑みを浮かべます。

明らかな嫌がらせです。

普通の令嬢なら、屈辱に震えて席を立つか、涙を流す場面でしょう。


しかし、私の鼻はその液体から漂う「ある香り」を逃しませんでした。


(……この香ばしさと、奥深い苦味……。まさか、東方諸国でしか手に入らないという伝説の豆『極上の珈琲(コーヒー)』!?)


私は震える手でカップを取り、一口飲みました。


「……っ!!」


「あら、やっぱり苦すぎて飲めませんわよね? ごめんなさい、お口に合わなくて」


メアリー様がわざとらしく謝ります。

しかし、私は目を見開き、恍惚とした表情で叫びました。


「……美味しい!! なんて深みのある苦味! そしてこの後味のキレ! これ、最高級の豆を贅沢に使い、さらに炭火で丁寧に焙煎していますわね!?」


「……は?」


メアリー様の笑顔が凍りつきました。


「この苦味があるからこそ、隣のスコーンの甘みが引き立つのですわ! ああ、この組み合わせを考えた人は天才です! メアリー様、ありがとうございます! こんな高価なものを嫌がらせに使うなんて、なんて太っ腹な方なの!」


私は夢中でスコーンにクロテッドクリームを塗りたくり、口へ放り込みました。


「おい、チューナ! 貴様、嫌がらせをされているのが分からないのか!?」


ジュリアン王子が机を叩いて立ち上がります。


「嫌がらせ? いえいえ殿下。こんなに美味しいお茶とお菓子を出しておいて嫌がらせだなんて、王宮のホスピタリティが疑われますわよ? ほら、殿下も飲んでみてください。この『苦渋の茶』、中毒性がありますわ!」


「な、なめるな! 私はそんな泥水など飲まん!」


「あら、もったいない。では、私が全部いただきますわね」


私は王子の分のカップまで引き寄せ、幸せそうに「嫌がらせ」を完食していきました。

周囲で見守っていた貴族たちは、もはや軽蔑ではなく、恐怖に近い眼差しで私を見ています。


「……くっ、ふざけるな! もういい、今日の話は終わりだ! 退室しろ!」


「ええっ、まだタルトが残っていますのに……。分かりましたわ。では、この包み紙を借りて……」


「持って帰るな! 見苦しい!」


結局、私は半分ほどの菓子を胃に収め、満足感に浸りながら庭園を後にしました。


その帰り道。

柱の陰で一部始終を見ていた宰相ゼノスが、思わず壁に頭を打ち付けていました。


「……理解不能だ。あの男爵令嬢が用意した毒に近い苦茶を、あそこまで喜んで飲むとは。彼女の味覚はどうなっているんだ?」


ゼノスは手帳に書き込みます。

『報告:チューナ・フォン・グラッセ。精神攻撃に対する耐性が異常。あるいは、食欲がプライドを完全に凌駕している可能性あり。……非常に危険(面白い)』


「……それにしても、あんなに美味そうに食われると、こちらまで腹が減ってくるな」


ゼノスは自分の腹が小さく鳴ったのを隠すように、足早に立ち去りました。


一方、私は馬車の中で決意していました。

(……あの豆、どこで売っているのかしら。これからは自分で焙煎して、毎日『嫌がらせ』を楽しみたいわ!)


チューナの自由な食生活は、皮肉にも嫌がらせによって加速していくのでした。
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