婚約破棄?望むところですわ!やっと、おやつが食べられますわ!

恋の箱庭

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「……チューナ様。責任を取ってください。現在、王都中の酒場から強い酒が消えました」


宰相執務室に呼び出された私を待っていたのは、眉間に深い皺を刻んだゼノス様でした。


「あら、ゼノス様。お顔が怖いですわよ。……酒が消えた? それは、皆様が私のニシン・スプレッドを楽しみすぎた結果ですわね。素晴らしいことですわ!」


「素晴らしくありません。酔っ払った貴族たちが『酒をよこせ、さもなくばスプレッドをよこせ!』と暴動寸前なのです。……さらに悪いことに、彼らの胃袋が肥えすぎて、並のつまみでは満足しなくなってしまった」


ゼノス様は、ため息と共に一枚の古びた地図を広げました。


「そこで私は考えました。……これほどまでに高まった食の熱狂を鎮めるには、さらに上位の『究極の肴(さかな)』をぶつけるしかない、と」


(……なんですって? この食通の宰相様が、自ら『究極』という言葉を使いましたわ!)


私の目は、獲物を狙うハヤブサのように鋭く光りました。


「ゼノス様……。その『究極』、どこにありますの?」


「王都の北に広がる『魔の森』。その最深部にのみ生えるという、伝説のキノコ……『神の耳(ゴッド・イヤー)』です。……一口食べれば、酒が一樽空くと言われる禁断の食材ですよ」


「魔の森! キノコ! 酒泥棒! ……行きましょう、今すぐ! アンナ、私の登山用ドレス(一番伸縮性の高いやつ)を持ってきて!」


「お嬢様、落ち着いてください! 魔の森は魔物が出るって有名なんですよ!?」


アンナが叫びますが、私の耳にはすでに「バターでソテーされた伝説のキノコ」がジュージューと音を立てる幻聴が聞こえていました。


数時間後。私たちは魔の森の入り口に立っていました。

同行するのは、護衛という名の「毒見役(自称)」のゼノス様と、なぜか「聖女の称号を奪い返してやるわ!」と息巻くメアリー様を連れたジュリアン殿下です。


「フン、チューナ。貴様のような女に、伝説のキノコを見つけるなど不可能だ! 真実のヒロインであるメアリーこそが、森の精霊に導かれるのだ!」


「そうですわ、王子様! わたくし、キノコのような不気味なもの、本当は触りたくもありませんけど……チューナ様をギャフンと言わせるためなら!」


(……精霊に導かれるのを待つなんて、効率が悪すぎますわ)


私は地面に四いつんばいになり、鼻をクンクンと動かしました。


「……お嬢様、お願いですから令嬢としての誇りを思い出してください」


「アンナ、誇りでお腹は膨らみません。……っ! 来ましたわ! この、湿った土の香りの奥に潜む、濃厚な『出汁』の気配……! あっちですわ!」


私はドレスの裾を豪快にまくり上げ、茂みの中へ突っ込みました。


「おい、待てチューナ! そこは毒蛇が……ああっ、無視か!」


ジュリアン殿下たちが呆気にとられる中、私は巨木が立ち並ぶ闇の中を疾走しました。

そして、一本の朽ち果てた大木の根元で、私はそれを見つけました。


白く輝き、まるで天使の羽を広げたような、肉厚で巨大なキノコ。


「……これですわ。……伝説の『神の耳』!」


「……信じられん。……熟練の猟師でも数日がかりで見つけるというのに、わずか十五分か」


追いついたゼノス様が、驚愕で言葉を失っています。


「さあ、ゼノス様! 鮮度が命ですわ。ここで調理いたしますわよ!」


私は手際よく、持参した携帯用の炭火コンロをセットしました。

そして、キノコを贅沢に厚切りにし、少しの岩塩と、最高級のバター、そして隠し味にバルカス産の強い酒を一振り。


ジュワーーーーーッ!!


森の静寂を破る、暴力的なまでに食欲をそそる音が響き渡りました。


「な、なんなんだ……。この、脳を直接揺さぶるような香りは……」


ジュリアン殿下が、よだれを垂らしながら近づいてきます。


「……お待たせいたしました。伝説のキノコステーキ・森の精霊仕立てですわ!」


私は熱々のキノコを、ゼノス様に差し出しました。

ゼノス様は震える手でそれを口に運び――。


「…………っっっ!!!!」


彼の顔が、一瞬で真っ赤に染まりました。


「……これは……! キノコという概念を超えている……! 噛んだ瞬間、中に凝縮されていた旨味のスープが噴水のように溢れ出し……その後から、ナッツのような濃厚な香りと、バターのコクが波のように押し寄せてくる……!」


ゼノス様は、腰に下げていた最高級のブランデーの瓶を抜き、一口煽りました。


「……ああっ、合う! このキノコ、一口食べるごとに、酒を飲まざるを得ない魔力がある! まさに『酒泥棒』の王様だ!」


「わ、わたくしにも! わたくしにも一口くださいまし!」


メアリー様が、淑女の仮面をかなぐり捨てて奪い取ります。


「……んん~っ! 美味しい……! 王子様、これ、わたくしたちが今まで食べていたお料理は何だったのかしら!」


「本当だ……! チューナ、貴様、これを持って帰れば……いや、今ここで全部食わせろ!」


結局、伝説のキノコは森の中で、四人(と、こっそりついてきたアンナ)によって瞬く間に完食されました。


「……ふぅ。ごちそうさまでしたわ。これで王都の暴動も収まりますわね、ゼノス様」


「……いいえ、チューナ様。事態はさらに悪化しました。……これを知ってしまった私の胃袋は、もう二度と、普通の肴では満足できそうにありません」


ゼノス様は、私の手を熱い眼差しで握りしめました。


「……責任を取ってください。これからも、私にこのような『未知の快楽』を教え続けてくれると」


「ええ、もちろんですわ! 明日は海へ行って、幻の『光るウニ』でも探しましょうか!」


「……どこまでもついていきますよ。地の果てまで、胃袋が尽きるまで」


その夜。ゼノスの手帳には、もはやポエムのような言葉が連なっていました。


『報告:チューナ・フォン・グラッセ。彼女は森の女神だった。……キノコを焼く彼女の姿は、神話の一場面のように神々しく、……そしてその一口は、私の理性を完全に破壊した。……追伸、酒が足りない。彼女の隣で飲むには、王宮の地下貯蔵庫すべてを持ってきても足りないだろう』


禁断の食材ハントは大成功。

しかし、この日からゼノス様が、公務の合間に「自前のフライパン」を磨き始めるようになったのは、また別のお話です。
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