ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

文字の大きさ
82 / 89
そして王国へ

王国の罪 2

しおりを挟む

 レティシアがランゴーニュ王国王城の大広間に入場した時、王国の貴族達は自分を侮っているのだわと感じた。そういう空気は口に出さずとも雰囲気や人々のその目などで分かるものだ。

 ……まあ私はこの国の『元平民の子爵令嬢』だと皆が知っているものね。大国である帝国の貴族の方々にはすんなり受け入れられたのに、この王国でここまであからさまにそれを感じるのはおかしな話だけれど……。


 そして王国の主要な王侯貴族が揃うまで待っているその間にゼーベック侯爵が始めたレティシアに対する誉め言葉の数々を聞いてからは、今度は彼らは少し困惑しているようにも見えた。まさか元平民が大国ヴォール帝国の貴族にここまで受け入れられているとは思っていなかったのねと思った。


 レティシアは14歳から子爵に引き取られ3年間王立学園に通っただけで社交界デビューもしていなかった。伯父コベール子爵が事情のあるレティシアを隠す為だったのだが、そんな訳でレティシアには元々王国の貴族に知り合いは多くない。
 レティシアの知っている貴族は同じクラスになった顔馴染みとソフィアやミーナ、そしてベルニエ侯爵令嬢であるミーシャの関係者とその婚約者ランベール公爵家くらいだ。けれどレテシィアの知り合いでこの場にいるのはベルニエ侯爵とランベール公爵だけのようだった。王国の主に高位の貴族が集まっている為、まだ若い貴族は来ていないのかもしれない。


 そしてその間もゼーベック侯爵の止まらない最早もはや誉め殺し? とも言える言葉の数々を心を無にして聞いていると、大広間にやっと愛するリオネル王子が現れた。


「……ヴォール帝国の高貴な方々を歓迎いたします」


 そう言って挨拶をしたリオネルの態度はレティシアには少し他人行儀にも感じた。


 そうしてその後、父クライスラー公爵から述べられた『ヴォール帝国皇帝』の言葉。

 レティシアも『皇女に準ずる立場となる』とハンナからは聞いていたが、王国の貴族達の驚きようにそれほど重要な事なのかとこちらも少し驚いた。


 王国側と帝国側の話を聞いていると、まあやはりというか王国の貴族達はまるで当然のように自分を侮り、更に帝国を侮り甘く見ているのではないかとも感じた。

 ヴォール帝国の皇帝陛下の姪でなくても、筆頭公爵クライスラー家はこの王国の国王よりも立場は上ともされるのだ。そのクライスラー公爵家を敵に回すだけで、帝国に睨まれた状態であると言えるはずなのに。彼らはその辺りを全く考慮していないのだなとレティシアは思った。


 そしてレティシアはこの王国の王太后と同じ『帝国の皇帝の姪で公爵令嬢』だった。……が、この国の貴族達はそれを大した事はない、と思っていたのだ。今、伯父である皇帝陛下よりの『皇女と同等の立場とする』との正式な決定を聞き初めて彼らは動揺したのだから。


 その後も父クライスラー公爵とゼーベック侯爵達は、ランゴーニュ王国の貴族達を攻め立てていった。

 
 ……その息の合った2人の様子に、案外父とゼーベック侯爵は気が合うのではないのかしらとレティシアは意外に思った。


 そして今の状況はかなり王国側に劣勢。王国側の貴族達のレティシアへの対応も随分なものだしそれは即ち帝国への無礼となるのだから、父やゼーベック侯爵達の怒りやその対応は尤もで王国側が責められても仕方がない。……けれどこのままでは、リオネルとレティシアの結婚自体が危ぶまれる状況になってきていると思う。


 レティシアは何度か口を挟もうとしていたが、その度父クライスラー公爵に静かに制された。おそらく父には父なりの考えがあるのだろうが、動けないのもモヤモヤする。……が、この度の当事者であり被害者でもある自分が動くのも余計にこの国の貴族達の反感を買うという事かもしれない、とも考えレティシアは静かに彼らの様子を見守る事にした。


 ◇ ◇ ◇
 

「――では、どうすれば。我が国の誠意を分かっていただけるのか。確かに王太后へ我が国のした事は悪しき前例として言い逃れは出来ない。そして今またクライスラー公爵令嬢であり皇女と同等のお立場とされるレティシア様への不当な動きもあったのは事実。今、我が王国としてどうすれば誠意ととっていただけるのか」


 言葉だけでは信用出来ないと言われた為にほぼ全面降伏に近い言葉を述べたランゴーニュ王国国王に、王国の一部の貴族は非常に反応した。


「ッ!? 陛下ッ!? 何を仰いますか! 我が王国は『世界の食糧庫』とも呼ばれる世界的にも貴重な豊かな国! 万一ヴォール帝国の庇護がなくなったとしても十分にやっていけるだけの豊かな実りがあるのです!」

「いやむしろこれからは帝国から搾取されずに済むのですからこの際このまま断交すれば宜しいのではありませんか!?」

「そうだ! その分をこの王国の民に還元すべきだ! これ以上帝国に縛られるべきではない!」

「帝国の王妃など必要ない! リオネル王太子殿下には我ら王国貴族の尊い血を引くものを妃にされるがいいだろう!」


 宰相達の周辺の貴族が騒ぎ出した。
 ……おそらくあの辺りの一部の貴族が今回レティシアという婚約者がいるにも関わらず、リオネルに第二妃や愛妾を推し進めてきた者達。

 彼らは『世界の食糧庫』であるこの王国は一国で十分世界と渡り合えると思い込んでいる。それだけの価値のある国だと考え、他国を……帝国でさえ侮っているのだ。
 豊かな国だという事は他国に狙われ易いという事でもあるのに、今周辺国と友好関係でいられるのは、ヴォール帝国という大国の庇護下にあるからだという事に気付いていない。

 そしてその豊かな資源で自分達の懐が潤うと考え、リオネル王太子に第二妃を送り込み自分達の利権を更に増やしたいと考えているのだ。

 ……帝国が我が王国から手を引くのはむしろそれは全くの好都合、今は平和なこの世界で帝国の庇護を求めそれの対価を払い続ける事になんの意味がある? それならば、この国の民に還元すべきだ! そう彼らは本気で考えているようだった。

 『民に還元』という大義名分を掲げながら、その実彼らは自分達の懐を潤す事しか考えてはいないのだろうが。



 ――その宰相を含む一部の貴族達は騒いでいたが、大半の貴族は大いに戸惑っていた。

 今まで王太后を侮っていた彼らだが、この王国の現状は理解していた。……今、ヴォール帝国の庇護がなくなれば、この豊かな地に周辺国が手を出してくるであろうことは。
 特に諸外国と隣り合わせた地域ではいつ手を出されるかと常時緊張した状態になる事だろう。王太后が来るまではそうであったように。

 ……いやそもそも、帝国がその庇護をやめそのまま属国としようとするかもしれない。そうなれば、この王国の貴族はほぼ要らない存在。今までの自分達の立場を追われる事になるのだ。

 大半の王国の貴族達はゾッとしながらも、宰相達が騒ぐのを止める事が出来ずにいた。



 そしてその前で、クライスラー公爵とゼーベック侯爵達帝国貴族は呆れた顔をしてからレティシアを背に庇い、王国側に向き合った。


「――それでは、交渉決裂。という事で宜しいか」


 そう言って、この度連れて来た帝国の衛兵に目配せをする。帝国の選び抜かれた精鋭達が、この広間周りに『皇女』を守る為に配置されている。

 王国の貴族達は驚き、大広間は緊迫した。


「お待ちください! クライスラー公爵閣下」


 声を上げたのはリオネル王子だった。


「……何ですかな、リオネル王太子殿下。今、この状況はお分かりでしょう。そして我らヴォール帝国としてはこれ以上の無礼を許す訳にはまいりません」


 クライスラー公爵は素気無くそう答えた。


「……その者達は、我が国を裏切りし者達。国よりも自らの欲に走った愚か者達です。……衛兵!」


 リオネル王子がそう言うと、後ろからリオネルの命を受けた衛兵達が現れ宰相を始めとした騒いでいた貴族達を捕らえた。


「んなッ……! 何をなさいますか! 王太子殿下! 我らは国の為を思えばこそ今こうして正義を訴えておるのですぞ!」


 宰相達はそう言って暴れたが、衛兵たちにガッチリと捕えられ縄をかけられた。そのような目にあった事のない彼らはめちゃくちゃに暴れる者や呆然とする者に分かれたが、そんな彼らの様子を王国の他の貴族でさえ冷ややかに見詰めた。

 彼らが全員捕らえられたところで、クライスラー公爵が言った。

「……さて。王太子殿下。彼らを捕らえれば全て済むとお考えか?」


 リオネル王子は落ち着いて答えた。

「まずはヴォール帝国の『皇女』であられるレティシア様と、『皇女』殿下をお守りする貴族の方々への我が国の失礼を謝罪いたします。
……そして、事の経緯を説明をする事をお許しください」



 クライスラー公爵とゼーベック侯爵は目を見合わせた。そして不機嫌そうにゼーベック侯爵が返事をした、


「……つまらぬ言い訳ならば聞かぬぞ。簡潔に、我らにも納得出来るように話すが良い」




ーーーーー



何やらおじさま方の応酬ですみません…。
リオネル王子が頑張ります。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~

古堂 素央
恋愛
【完結】 「なんでわたしを突き落とさないのよ」  学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。  階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。  しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。  ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?  悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!  黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?

いいえ、ただ私は婚約破棄されたいだけなんです!

鏡おもち
恋愛
伯爵令嬢ロニエ・エヴァンズには、ささやかな野望があった。それは、ハイスペックすぎて重すぎる愛を持つ婚約者、第一王子アレンから「婚約破棄」を突きつけられ、実家の離れで一生ダラダラと昼寝をして過ごすこと。 ロニエは学園入学を機に、あの手この手で「嫌われる努力」を開始する。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

悪役令嬢発溺愛幼女着

みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」  わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。  響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。  わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。  冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。  どうして。  誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。 なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

処理中です...