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恋に落ちた瞬間
しおりを挟む「……ツツェ姉様? こんな所で寝られてはお風邪を召されますよ。……姉様?」
ほぼ毎日の妃教育。そして大切さを痛感した家族との時間。
弟ハルミンがいなくなってからツツェーリアは出来るだけ公爵邸にいる時間を増やすようにしている。……しかし無理をすれば疲れは溜まる。それにもうすぐ王立学園への入学もあるので何かと多忙なのだ。
両親が夜会に出掛けアロイスと夕食後のお茶をいただいていると、ツツェーリアを不意に眠気が襲った。少しうつらうつらとしていると……。
「ツツェ姉様……。……ツツェーリア」
うたた寝しているツツェーリアの頬を何かがなぞる。そして暫くすると、ゆっくりと、頬に温かい何かが触れた。
ツツェーリアは、夢を見ているかのような不快ではないその感触にふと目を開ける。
すると、至近距離でアロイスの美しい瞳と目が合った。
「……ッ? アロイス……?」
「姉様。……ツツェーリア」
2人は暫く見つめ合った。そして、アロイスはそのまま顔を近付けて来た。
……ッ!?
ツツェーリアは驚いてアロイスの肩を押す。
アロイスはそれに抵抗せず、押されるがまま後ろに下がって俯いた。
「アロイス!? いったい……」
「僕は……! ……謝りません。僕はツツェーリアを……愛している。ツツェだって本当は僕のこと……!」
どきりとした。
ツツェーリアも気付いていた。アロイスを好意的に見るこの気持ちに、今まで感じなかった切ない想いがある事を。婚約者に対する思いとは全く違う……胸を熱くする想いを。
……けれど。
「アロイス……! 違うわ、私達は姉弟なの、……これは家族愛なのよ……!」
「ツツェーリア! 違う、コレは家族愛なんかじゃない! 僕は1人の女性としてツツェーリアの事を……」
「……!」
ツツェーリアは思わず部屋を飛び出した。……アロイスは追いかけては来なかった。
ツツェーリアだって、本当はどこかで気付いていた。アロイスに対する想いが、本当の弟とは大きく違う事に。
実の姉弟ではないから? アロイスが本当に良い子で自分に懐いてくれるからこんな気持ちになるの? 何度も何度も自分の心に問いかけた。
そんな揺れるツツェーリアに、アロイスからの愛の告白。
……彼も、同じ気持ちだったのだ。……そして、それを喜んでいる自分がいる。これで自分のアロイスへの想いも確定してしまった。
……けれどもこれは願ってはならない想い。お互い、心を封じ込まなければならない。
一晩泣き腫らしたツツェーリアは、暫く王宮に泊まり込んで王子妃教育を受ける事にした。
◇
「ツツェーリアの王妃教育はもう完璧だと聞いているのに、泊り込みとは熱心だね。私も頑張らないとね」
アルベルト王太子はそう言って微笑み、ツツェーリアの手を取りエスコートする。
「……今日の隣国との親善パーティーに向けて、ですわ。それに学園に入学したらなかなか王子妃教育の時間がとれませんもの」
「ふふ。それもそうか」
ツツェーリアを見つめる、アルベルトの美しい青い瞳。……最近また背が伸びて、身体も鍛えて姿勢も良くスラリとした美しい立ち姿。そして国王夫妻譲りのその美しい顔。更に気品も備え持つまさに『完璧な王子様』だ。
……アロイスだって、銀の髪に実家のフィッシャー伯爵家の証でもある水色の瞳。母親である男爵令嬢譲りの美貌。彼が将来公爵として立てば、女性達から大変な人気となるだろう。……そんな事を考えて、ツツェーリアの心がチクリと痛む。
アロイスとツツェーリアとの未来がない以上、アルペンハイム公爵家嫡男となったアロイスはいずれ妻を娶る。
そしてアロイスはその女性に微笑みかけて……。
ぶるぶる。ツツェーリアは思わず首を振った。
「……? どうしたの、ツツェーリア? 気分でも悪い?」
アルベルト王太子が心配そうにツツェーリアを覗き込む。
……本当に、優しい方。王太子としても婚約者としても。彼は本当に最高のお相手なのだ。……それなのに。
「……いいえ。最近少し寝不足で……。いけませんわね、体調管理もきちんと出来ないようでは」
「それだけツツェーリアがこの国の為に頑張ってくれているという証拠だよ。
……さあ、僕の腕に掴まって。ツツェーリアが寝てしまっても私が君をしっかりエスコートしていくからね」
アルベルトはそう言ってウィンクした。
ツツェーリアは思わずクスクスと笑う。
「まあ。それは頼もしい事ですわ。ではしっかりと掴まらせていただきますわね」
アルベルトとツツェーリアは2人微笑み合いながらパーティー会場へと向かう。
───そこで、2人の運命を大きく変える出逢いがあるとは知る由もなかった。
◇
ツツェーリアはアルベルトにエスコートされ、隣国との親善パーティーで人々と挨拶を交わしていた。
すでにパーティーは始まっており、あとは本日の主役ともいえる隣国の王子と王女を迎えるばかり。
「……殿下はもう隣国の王子殿下と王女殿下にお会いになられたのですか?」
「いや。先に陛下と大臣が挨拶を受けて少し会談されたらしい。……少々話は拗れたらしいが……、ツツェーリアは何も心配しなくて良い」
アルベルトはそう言ってツツェーリアに微笑んだ。
国家間の使者、しかも友好国との話が拗れるなんて珍しい。大抵はメインの王族が来られる前に大まかな会談の内容は伝えられ擦り合わせをされるものなのに。何か、どちらかが受け入れられない要求をされたという事? 今回あちらから訪ねて来たのだから、おそらくは隣国から何かしらの要求をされたのかしら。
……それに、『私が心配』?
ツツェーリアはアルベルトの顔をチラリと見た。
それに気付いたアルベルトの、自分に向けたフワリとした笑顔。
……幼い頃からの付き合いだ。私には分かる。コレは、何かを隠している……誤魔化そうとしている顔だわ。
ツツェーリアがそう思いながらアルベルトの顔を見ていると、広間の入り口がざわりと騒ついた。
「……いらしたようだな」
「そうでございますね」
そこには隣国の国旗である黄色と青の美しい衣装を纏った2人。
凛とした気品を持った黒髪に緑の瞳の美しい麗しの兄妹。
ツツェーリアが2人の気品ある姿に一瞬見惚れて……そして隣のアルベルトを見る。
……殿下はまるで隣の婚約者の存在を忘れたかのように、真っ直ぐに前を見ていた。
「……?」
ツツェーリアは不審に思いアルベルトに声をかけようとしたのだが……。
アルベルトは前を見たまま動かなかった……いいえ、違う。前にいる『ある人』を見て、身動きできなくなっているのだ。
そしてツツェーリアはその『ある人』を見る。
隣国の、麗しい兄妹。
……自分達とそう歳は変わらないであろう妹王女からアルベルトは目を離せなくなっているのだと気付いた。そして王女も殿下から目が離せないようだった。2人はお互い見つめ合っていた。
……それはきっと、ほんの一瞬の事。
それでも、ツツェーリアには分かった。
───お2人が恋に落ちる瞬間を、私は見てしまったのだわ。
しかし2人はお互いに何を感じた様子ながらも、そうではないフリをした。
それは王太子アルベルトには幼い頃から定められた婚約者がいるから。
……そしてその彼の婚約者こそは彼の横に並び、恋に落ちる2人を間近で見ていたこのツツェーリア アルペンハイムなのだから───。
「───殿下」
ツツェーリアはアルベルトに声を掛けた。彼はハッと我に返るともういつもの様子に戻っていた。ツツェーリアに頷き、麗しの兄妹に語りかけた。
「ようこそいらっしゃいました。我らヴァイドルフ王国一同麗しのご兄妹を心より歓迎いたします。私はこの国の王太子アルベルト ヴァイドルフ。
……こちらは私の婚約者ツツェーリア アルペンハイム公爵令嬢です」
アルベルト殿下の紹介に合わせてツツェーリアは王子妃教育仕込みの完璧なカーテシーをする。
「こちらこそ、歓迎大変有り難く存じます。
私はジェレミー オートロアール。隣が我が妹エディットでございます。
……そちらがアルベルト殿下のご婚約者……。お美しい方でございますね」
ジェレミー王子はツツェーリアを褒めつつその瞳は剣呑としている。
それを見たツツェーリアは確信した。
……おそらく、隣国はエディット王女とアルベルトとの縁談を持ってきたのだ。だからさっき殿下はツツェーリアに『気にしなくて良い』と言ったのだろう。
隣国のその提案は、国王と重鎮によって却下されたのだろう。そしてアルベルト殿下はその事実だけを聞いたのね。
……けれど。
アルベルト殿下は、エディット王女を見て一目で恋に落ちた。今殿下の心の中は大きく動揺しているはずだわ。……ほら、いつもよりほんの少し早口になっている。おそらく他の人は気づいていないだろうけれど。
ツツェーリアは彼のそんな様子を見ても、傷ついていない事に気付く。大切な友人が離れてしまうような少しの寂しさがある位だった。
それよりも、ツツェーリアはある可能性に気付いていた。……婚約者であるアルベルトに好きな人が出来たのなら……。しかも友好国の王女で立場的にも申し分のない相手であり隣国もそれを望んでいるのだ。
そして、私には分かる。王女もおそらくはアルベルトに惹かれている。当人同士も惹かれあっているのだ、このまま彼らが婚約しても良いのではないのか?
そうすればアルベルトと婚約を解消した自分はアロイスと……。
報われない恋とツツェーリアへの罪悪感とでかなり動揺しているアルベルト殿下の隣で、ツツェーリアはほんの少し見えてきた明るい希望の兆しに心が弾んでいたのだった。
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