《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜

本見りん

文字の大きさ
18 / 31

アロイスの思い

しおりを挟む



 ツツェーリアとアロイスはその日屋敷に帰ってから居間のソファーに座り2人で話をしていた。


「……アロイス。今日私は周囲の考えを知るためにわざと黙って聞いていたのよ? それに人の話なんてあんなものよ。王宮でもそうだったし……、私は気になんかしていないのに」


 ツツェーリアは子供の頃から王太子の婚約者として羨望と嫉妬で何かと色々と言われて来た。それと比べれば今日の話はそれほど酷い訳ではないのだ。
 そう思って自分を庇ってくれたアロイスに語りかけた。


「───あれが、当たり前? ツツェ、もしかして王宮でずっとあんな酷い扱いをされて来たの!?」

「酷い扱いなんてされていないわ。……ただ、どこでもどんな立場でも……いえ、むしろそれなりの立場になればなる程余計に嫉妬ややっかみで足を引っ張ろうとする人はいて余計な噂などをされるものなのよ。……とても、残念なのだけれどね」


 ツツェーリアはそう言って力無く微笑んだ。

 そんな愛する人を見て、アロイスは心の底から憤っていた。


 ──アロイスはツツェーリアから一年遅れて学園に入学してから、他の女性には一切目を向けず義姉ツツェーリアだけに愛を捧げている。
 ……周りには義父から義姉を守るようにと厳命されている、ということにしながら。

 アロイスが義姉ツツェーリアを女性として愛している事など知るはずもない周囲の人々は、娘を溺愛する義理の父からの命令に逆らえないのだな、と同情的だった。


「なんて事だ! 殿下はそれらからツツェを守ってくださらなかったのか!? やはり殿下は信用ならない。今もツツェをこのような立場に追い込んで! ……それにこの様な事で本当に『婚約解消』が出来るのだろうか。義父上も大変心配されている」


 怒りの収まらないアロイスにツツェーリアは困ってしまう。

 
「殿下はいつも私を気遣ってくださっていたわ。……ただ、人の口に戸は立てられないもの。今日だってそう。さっきの彼女達は思った事を口にしているだけ。勿論そこに色んな思惑も入ったりもするのだろうけれど……。その全てを封じる事なんて出来ないわ」


「それはそうなんだろうけれど……! でも今ツツェがこんな風に言われるのは間違いなく殿下のあの行いのせいだ。……目的を聞いているから義父上も僕も何とか耐えているけれど、本当の所は憤死寸前だよ! 
ッ! ……ごめん。こんな事ツツェに言っても困るだけだよね」


 途中で困った顔をするツツェーリアに気付いたアロイスは最後に謝った。


「……いいえ。2人の気持ちは痛い程分かっているわ。ありがとう、私の為にそんなに怒ってくれて」


 そう言って優しく微笑まれて、アロイスはホッとした顔をした。


「……とりあえず今回の事が成功するよう祈りながらこの経緯を見守るしかないんだけれど……。あぁ、でも本当にヤキモキするよ。傍観している事しか出来ないなんて」


 そう言って大きくため息を吐くアロイスに心配をかけないように、それでもこれからも続くであろうこの騒ぎを思ってツツェーリアも心の中で大きなため息を吐いた。


 ◇


「殿下。……少しお時間をいただけますか」


 王立学園での移動教室の途中でアロイスはたまたま出会ったアルベルトを呼び止めた。ちょうど殿下と2人の側近だけだ。


「アロイスか……。……構わない。ブルーノ、マルクス。済まないが少しだけ席を外してくれるか」


 アルベルトはそう言って近くの空き教室にアロイスと共に入り、ブルーノ達を教室の前で待機させた。


「ご配慮、痛み入ります。……殿下は今のこの状況をどうお考えか、お聞かせくださいますでしょうか」


 単刀直入に切り込んできたアロイスに、アルベルトは彼のその険しい表情からこちらも本気で応えねばと覚悟する。


「勿論、良い事だとは思っていない。しかしどうあっても叶わなかった我らの願いを叶える為ならば致し方ない部分もあるのだ」


「しかし……! その為にツツェーリアは学園で『婚約者に浮気された憐れな令嬢』と言われているのですよ!? そしてよく話を聞けば王城でも何かと噂されるような状況であったとの事……。殿下は余りにもツツェーリアを軽んじておられるのではありまさんか!?」
 

「……! ……色々と、言われているのは知っている。しかしそれは我らも同じ。人々は王家や高位の貴族を敬い慮る様子を見せながらも、その実色々と好き勝手な噂を流す。……アルペンハイム公爵家でもそうではないのか」

「ッ! それは……そうです。……ですが、これまでも王妃候補として散々嫉妬されて来た彼女は、今殿下からこのような扱いを受ける事で更に嘲笑の的となっています。
義父も……私も! このような不当な扱いをとてもではないが許す事は出来ません!」


 アロイスの強い想いの籠もった真っ直ぐな目を見たアルベルトは、彼のツツェーリアへの深い愛を感じた。


「アロイス……。本当に、彼女を愛しているのだな」


 思わずアルベルトがそう口にすると、アロイスは「なっ……!」と唸りバッと顔を赤くした。


「…………そうです、愛しています誰よりも彼女を! そして私は愛する人を蔑ろにする貴方を許せない!」


「それは……本当に申し訳ないと思っている。だからこそ、今度こそ確実に婚約の解消を成し遂げなければならない。……だがこの方法は諸刃の剣。下手をすれば私の失脚もあり得る。その場合、私はどこかに幽閉でもされ『私の想い人』との婚約は叶わない。……しかしその場合、ツツェーリアは私から解放される」


 アロイスはハッとする。


「……その時は、彼女をくれぐれも頼む。
無いとは思いたいが、もしかすると陛下は歳の離れた未熟な弟の側にツツェーリアを置こうとする可能性もある。私との婚約が解消となれば、彼女と出来るだけ速やかに婚約をして欲しい」


「……殿下、貴方は……」


「陛下はツツェーリアを高く買っておられる。この国の『将来の王妃』は彼女をおいて他にいないとそう考えておいでなのだ。……万一私が失脚したならば、必ず彼女を守りその願いを叶えてやってくれ」


「アルベルト殿下。……貴方は……本当はツツェーリアの事を愛しているのではありませんか?」


「ッ……私は……彼女をこの国を共に守っていく同志として友として……愛している。幼い頃から厳しい王妃教育を受け血の滲むような努力をしてくれたツツェーリアには、必ず幸せになって欲しいのだ」



 そう言って哀しげな笑顔を見せるアルベルトに、それ以上は言えなくなったアロイスだった。





しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】私のことが大好きな婚約者さま

咲雪
恋愛
 私は、リアーナ・ムスカ侯爵子女。第二王子アレンディオ・ルーデンス殿下の婚約者です。アレンディオ殿下の5歳上の第一王子が病に倒れて3年経ちました。アレンディオ殿下を王太子にと推す声が大きくなってきました。王子妃として嫁ぐつもりで婚約したのに、王太子妃なんて聞いてません。悩ましく、鬱鬱した日々。私は一体どうなるの? ・sideリアーナは、王太子妃なんて聞いてない!と悩むところから始まります。 ・sideアレンディオは、とにかくアレンディオが頑張る話です。 ※番外編含め全28話完結、予約投稿済みです。 ※ご都合展開ありです。

半日だけの…。貴方が私を忘れても

アズやっこ
恋愛
貴方が私を忘れても私が貴方の分まで覚えてる。 今の貴方が私を愛していなくても、 騎士ではなくても、 足が動かなくて車椅子生活になっても、 騎士だった貴方の姿を、 優しい貴方を、 私を愛してくれた事を、 例え貴方が記憶を失っても私だけは覚えてる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるゆる設定です。  ❈ 男性は記憶がなくなり忘れます。  ❈ 車椅子生活です。

二人ともに愛している? ふざけているのですか?

ふまさ
恋愛
「きみに、是非とも紹介したい人がいるんだ」  婚約者のデレクにそう言われ、エセルが連れてこられたのは、王都にある街外れ。  馬車の中。エセルの向かい側に座るデレクと、身なりからして平民であろう女性が、そのデレクの横に座る。 「はじめまして。あたしは、ルイザと申します」 「彼女は、小さいころに父親を亡くしていてね。母親も、つい最近亡くなられたそうなんだ。むろん、暮らしに余裕なんかなくて、カフェだけでなく、夜は酒屋でも働いていて」 「それは……大変ですね」  気の毒だとは思う。だが、エセルはまるで話に入り込めずにいた。デレクはこの女性を自分に紹介して、どうしたいのだろう。そこが解決しなければ、いつまで経っても気持ちが追い付けない。    エセルは意を決し、話を断ち切るように口火を切った。 「あの、デレク。わたしに紹介したい人とは、この方なのですよね?」 「そうだよ」 「どうしてわたしに会わせようと思ったのですか?」  うん。  デレクは、姿勢をぴんと正した。 「ぼくときみは、半年後には王立学園を卒業する。それと同時に、結婚することになっているよね?」 「はい」 「結婚すれば、ぼくときみは一緒に暮らすことになる。そこに、彼女を迎えいれたいと思っているんだ」  エセルは「……え?」と、目をまん丸にした。 「迎えいれる、とは……使用人として雇うということですか?」  違うよ。  デレクは笑った。 「いわゆる、愛人として迎えいれたいと思っているんだ」

2度目の結婚は貴方と

朧霧
恋愛
 前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか? 魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。 重複投稿作品です。(小説家になろう)

貴方は私との婚約を解消するために、記憶喪失のふりをしていませんか?

柚木ゆず
恋愛
「レティシア・リステルズ様、申し訳ございません。今の僕には貴方様の記憶がなく、かつての僕ではなくなってしまっておりますので……。8か月前より結ばれていたという婚約は、解消させていただきます……」  階段からの転落によって記憶を失ってしまった、婚約者のセルジュ様。そんなセルジュ様は、『あの頃のように愛せない、大切な人を思い出せない自分なんて忘れて、どうか新しい幸せを見つけて欲しい』と強く仰られて……。私は愛する人が苦しまずに済むように、想いを受け入れ婚約を解消することとなりました。  ですが――あれ……?  その際に記憶喪失とは思えない、不自然なことをいくつも仰られました。もしかしてセルジュ様は………… ※申し訳ございません。8月9日、タイトルを変更させていただきました。

【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから

よどら文鳥
恋愛
 私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。  五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。  私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。  だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。 「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」  この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。  あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。  婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。  両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。  だが、それでも私の心の中には……。 ※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。 ※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。

【完結】私の婚約者の、自称健康な幼なじみ。

❄️冬は つとめて
恋愛
「ルミナス、すまない。カノンが…… 」 「大丈夫ですの? カノン様は。」 「本当にすまない。ルミナス。」 ルミナスの婚約者のオスカー伯爵令息は、何時ものようにすまなそうな顔をして彼女に謝った。 「お兄様、ゴホッゴホッ! ルミナス様、ゴホッ! さあ、遊園地に行きましょ、ゴボッ!! 」 カノンは血を吐いた。

処理中です...