17 / 31
学園生達の噂
しおりを挟む「───ねぇ、最近の王太子殿下達はいったいどうされたのかしら。あんな非常識な令嬢と一緒にいるなんて……」
ツツェーリアがランチを取りに食堂へ来ると、並んでいた複数の生徒達が話をしていた。
ツツェーリアは普段なら護衛か友人が一緒だが、この日は護衛は席をとりに行き友人は忘れ物をしたと教室に戻っていた。
「……あのセイラって子よね。殿下と仲が良いからって最近特に態度が大きいのよね。しかも殿下の事を『アルぅ~』だなんて愛称呼びで!」
「私も聞いたわ! 殿下を愛称で呼ぶなんてあり得ないわ。それに側近のお2人もでしょう?
……正直、あの子がハルツハイム様の婚約者をやり込めていたのだけはスッとしたけれど」
ツツェーリアは黙って彼女達の話を聞いていた。彼女らは少し後ろに静かに並んだツツェーリアには気付いてはいないようだった。
……それにしても、皆よく見ている。普段は無関心なように振る舞いながら、その実彼らの一挙一動をつぶさに観察しているのだ。
しかし何といってもこの国の次代の王となるべき者の醜聞ともいえる行動なのだから、この国の貴族である生徒達が気になるのは当然といえば当然だった。
「でも、シッテンヘルム様はご自分の婚約者を取られそうで必死になっておられるけど……アルペンハイム様は冷静よね」
「アルペンハイム様は公爵令嬢であり将来の王妃よ。淑女として振る舞われるのは当然でしょう。
シッテンヘルム様が非常識過ぎるのよ。侯爵令嬢として余りにも恥晒しだわ」
「あら、確か貴女もシッテンヘルム様に攻撃されたのだったわね。……けれども、私はある意味シッテンヘルム様は正直だと思うわ。貴女や普通の方に対してはやり過ぎだし侯爵令嬢としては恥ずべき行動をされているけれど……。あのセイラって子に対しての対応は分からないでもないわ。……私も自分の婚約者にあんな風にベタベされたらとても不愉快だもの」
「まあそれはそうよね。……けれど、これからいったいどうなるのかしら。殿下達は学園を卒業されてもあの非常識な子とお付き合いをされるのかしら。……そうなると、婚約者の方々はどうなるの?」
「アルペンハイム様も平気な顔をされているけど、内心穏やかではないはずよ。婚約者となられてから10年程かしら。今更『婚約破棄』なんて言われたとしたら納得出来るはずがないわよね」
───王都の街では最近『婚約破棄』のをテーマにした物語が流行っている。パーティーで男性側が婚約者に対して自分の恋人に酷い仕打ちをしたと断罪し婚約破棄をする。その後真に愛する恋人と結婚してめでたしめでたし、というストーリーなのだそうだ。
「そりゃあそうよね! じゃあ娘を溺愛すると有名な公爵閣下にお願いして何か策でもうたれているのではない?」
「それじゃあシッテンヘルム様とやられてる事は変わらないわね! 公爵令嬢といっても憐れなものね、婚約者に軽く扱われるなんて」
……いつの間にやらその女生徒達は面白おかしく言いたい放題だ。
しかしツツェーリアは静かに彼女達の話を聞いていた。……普段は誰かが彼女の側にいるから、周囲の生の考えを聞ける機会なんて滅多にないのだ。ツツェーリアはこの際だから皆の考えを知っておこうと思っていた。
……まあ筆頭公爵家の令嬢で王太子の婚約者といえど、貴族達にとっては羨望と嫉妬の対象となり得るという事だ。
そう思って大人しく話を聞いていたのだが。
「ッ! ……これは、アルペンハイム様……!」
ツツェーリアの後ろに並ぼうとした生徒が前方で好き勝手に噂する女生徒達に気付いて声を上げる。
そして女生徒達は後ろのツツェーリアに気付き顔を青くする。
「ッ! ……あの、これは……」
「ッ私達、あのセイラって子が許せないって話をしていただけで……」
次々に言い訳じみた言葉や慌てて謝罪をし出したが、そこに冷たい言葉がかかる。
「───そうなのかな? それにしては随分と勝手気ままな言葉が並んでいたようだけど。そしてそれはそのまま我が家と敵対する意思があると判断させてもらっていいんだね」
ゴミを見るような目で女生徒達を見て先程の言葉を吐き捨てるように言いながら現れたのは、ツツェーリアの義弟アロイス。
「……ひっ! い、いいえ! 違うのです、そのような意図は全くございません!」
「そ、そうですわ! ただ私達はアルペンハイム様をお気の毒だと、そう話して……ひっ!」
アロイスはギロリと刺すような目を彼女らに向けた。
「『お気の毒』? ……随分と上からの物言ではないか? 我らに『同情』しているというのか?」
「……あ……」
女生徒達は涙目でそれ以上話す事が出来ないでいるようだった。
「……アロイス。おやめなさい。彼女達の言葉が今の学園の生徒達の考えという事なのでしょう」
ツツェーリアはそうアロイスを諌めた。
先程の女生徒以外の一部の生徒達はそれは違うと発言してきたけれど、程度の差こそあれおそらくは皆の意見は聞いた通りという事だとツツェーリアは思った。
「……姉様がそう言うならまあいいよ。……『お気の毒』と考える者の顔は覚えたから」
アロイスはため息混じりにそう言って最後にもう一度チラリと先程の女生徒達の顔を見た。
女生徒達は青ざめ立ち尽くしたのだった。
319
あなたにおすすめの小説
【完結】私のことが大好きな婚約者さま
咲雪
恋愛
私は、リアーナ・ムスカ侯爵子女。第二王子アレンディオ・ルーデンス殿下の婚約者です。アレンディオ殿下の5歳上の第一王子が病に倒れて3年経ちました。アレンディオ殿下を王太子にと推す声が大きくなってきました。王子妃として嫁ぐつもりで婚約したのに、王太子妃なんて聞いてません。悩ましく、鬱鬱した日々。私は一体どうなるの?
・sideリアーナは、王太子妃なんて聞いてない!と悩むところから始まります。
・sideアレンディオは、とにかくアレンディオが頑張る話です。
※番外編含め全28話完結、予約投稿済みです。
※ご都合展開ありです。
大嫌いな令嬢
緑谷めい
恋愛
ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。
同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。
アンヌはうんざりしていた。
アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。
そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。
半日だけの…。貴方が私を忘れても
アズやっこ
恋愛
貴方が私を忘れても私が貴方の分まで覚えてる。
今の貴方が私を愛していなくても、
騎士ではなくても、
足が動かなくて車椅子生活になっても、
騎士だった貴方の姿を、
優しい貴方を、
私を愛してくれた事を、
例え貴方が記憶を失っても私だけは覚えてる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるゆる設定です。
❈ 男性は記憶がなくなり忘れます。
❈ 車椅子生活です。
二人ともに愛している? ふざけているのですか?
ふまさ
恋愛
「きみに、是非とも紹介したい人がいるんだ」
婚約者のデレクにそう言われ、エセルが連れてこられたのは、王都にある街外れ。
馬車の中。エセルの向かい側に座るデレクと、身なりからして平民であろう女性が、そのデレクの横に座る。
「はじめまして。あたしは、ルイザと申します」
「彼女は、小さいころに父親を亡くしていてね。母親も、つい最近亡くなられたそうなんだ。むろん、暮らしに余裕なんかなくて、カフェだけでなく、夜は酒屋でも働いていて」
「それは……大変ですね」
気の毒だとは思う。だが、エセルはまるで話に入り込めずにいた。デレクはこの女性を自分に紹介して、どうしたいのだろう。そこが解決しなければ、いつまで経っても気持ちが追い付けない。
エセルは意を決し、話を断ち切るように口火を切った。
「あの、デレク。わたしに紹介したい人とは、この方なのですよね?」
「そうだよ」
「どうしてわたしに会わせようと思ったのですか?」
うん。
デレクは、姿勢をぴんと正した。
「ぼくときみは、半年後には王立学園を卒業する。それと同時に、結婚することになっているよね?」
「はい」
「結婚すれば、ぼくときみは一緒に暮らすことになる。そこに、彼女を迎えいれたいと思っているんだ」
エセルは「……え?」と、目をまん丸にした。
「迎えいれる、とは……使用人として雇うということですか?」
違うよ。
デレクは笑った。
「いわゆる、愛人として迎えいれたいと思っているんだ」
2度目の結婚は貴方と
朧霧
恋愛
前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか?
魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。
重複投稿作品です。(小説家になろう)
貴方は私との婚約を解消するために、記憶喪失のふりをしていませんか?
柚木ゆず
恋愛
「レティシア・リステルズ様、申し訳ございません。今の僕には貴方様の記憶がなく、かつての僕ではなくなってしまっておりますので……。8か月前より結ばれていたという婚約は、解消させていただきます……」
階段からの転落によって記憶を失ってしまった、婚約者のセルジュ様。そんなセルジュ様は、『あの頃のように愛せない、大切な人を思い出せない自分なんて忘れて、どうか新しい幸せを見つけて欲しい』と強く仰られて……。私は愛する人が苦しまずに済むように、想いを受け入れ婚約を解消することとなりました。
ですが――あれ……?
その際に記憶喪失とは思えない、不自然なことをいくつも仰られました。もしかしてセルジュ様は…………
※申し訳ございません。8月9日、タイトルを変更させていただきました。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる