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第5章 クラーレスカ正教国の聖女
第5章第032話 アライさん
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第5章第032話 アライさん
・Side:ツキシマ・レイコ
セネバルの街のガッカリ・プリン、まぁこれはもう忘れましょう。
関で教えてもらったお奨め宿屋は、この通りを進んで南門近くにありますので。そのまま繁華街を進んでいくことになります。
通りを進んでいると… 店の前に繋がれたけっこう大きい動物が一匹。…タヌキ? レッサーパンダ? いや、手の形からするとアライグマ? しましまモフモフの尻尾はまさにという感じで、見た目はまさにそれっぽい動物という感じですが。身長は私よりちょっと低いくらいで、頭も大きく。子供が入った着ぐるみって言われても納得してしまう外見です。
あと、ぼろきれを腰に巻いていますが。これは自分で巻いている?
地球のアライグマと比べると、相当でかい動物ですね。小さい熊と言った方がぴったりかも。
耳の間が広いというか、お鉢が広いというか。子猫とか仔犬とかは顔のバランスが大人より頭がでかく見えますが、そんな感じですね。その分、頭身が低くなって頭でっかちな感じですが、かわいらしくも見えます。
そう言えば。人類は類人猿が幼体固定した姿…って仮説があるって話をお父さんが話してくれたのを思い出しました。チンパンジーにしてもゴリラにしてもオランウータンにしても、大人より子供の方が人に似ている…って話なのですが。幼体の形状のまま頭蓋が大きく成長するから、脳の容積が増える…ということです。
まぁ。幼体のまま成長したから脳が大きくなったのか、脳が大きくなる進化の結果として幼体に似た姿になったのか。この辺は謎ですけどね。
脳のサイズが知能に直結するとは言いませんが。このアライグマさんの脳のサイズを推測するに、頭の良さは期待できます。
結構な大店という雰囲気の店の前。革の首輪に、紐が繋がっていて。店の前程度の範囲なら移動できるようだけど。ホウキとちりとりで器用に店前の掃除をしてます。…そういう見世物なんでしょうかね? 結構器用に掃除しています。
檻…と言うより、犬小屋みたいなのも置かれています。夜はここで一人で過ごしているのでしょうか?
これが地球なら、良く躾けられたペットだなぁ…で済むところですが。レッドさんが反応しているんですよ。そこらの動物にしてはマナ密度が高い?
いろいろ経験してきたところでは。知能の高さとマナ密度には、相関関係がありそうです。もっとも、人間クラスの知的生命体なら、マナの多い少ないで頭の良い悪いの差は出てこないですが。動物でマナが多いと、覿面に頭が良くなります。マナが多すぎると魔獣になってしまいますが。いや、頭が良いからマナが溜まるが正解? 因果関係は気になるところです。
トゥーラさんがアライグマさんを見て、なわなわしています。トゥーラさん、モフモフスキーですからね。
リシャーフさんには、レッドさんがこの子に反応していることを耳打ちします。出来れば引き取りたいのですが…
「おい。こちらのゴミも拾っておけよ。枯れ葉がどこかから飛んできやがる」
「キュル」
店員が指示すると、アライグマさんがゴミ入れ篭を持って、トテトテとゴミを取りに歩いて行きます。
「おじさん、この子、人の言葉が分るの?」
「うーん? うぉっとっ! 犬だって多少は人の言うこと聞くだろ? そいつにはゴミ拾いを教え込んだだけだよ…にしても凄いな、その犬?いや狼か? 北の山脈に住んでいるって銀狼か?」
店員さん、セレブロさんにびっくりしながらも、説明してくれます。セレプロさんの種を知っているようですね。
「でもその子、返事してたよね? 言葉理解してるんじゃないの?」
「もっと南西の国には人の言葉を真似る鳥も居るだろ。一羽この店にも居るけどな。でもあれは真似ているだけで会話しているわけじゃないだろ?」
色鮮やかなでかい鳥が、篭の中に鎮座しております。まさにオウムですね。なんか木の実を器用に脚で掴んで、囓っています。
この店、動物メインではないですが、そういう珍しい動物も扱っている店…ってことでしょうか?
「その小熊は、西方の国の船が東方諸島との交易の途中に寄った無人島で捕まえたっていっていたけど。凶暴な気配はないしそこそこ賢いんで、客寄せになってもらっているってわけだ。まぁ拾った手ぬぐいを自分で巻いているから器用だとは思うけどな」
レッドさんが、私の肩越しにそのアライグマさんを見てます。 その店員が、そんなレッドさんを見つけました。
「おいその赤いの…角に…それは翼か? まるでドラゴンじゃないか。いったいどこで…」
ん? レッドさんは売り物では無いですよ?
「まるでじゃなくて、本物の小竜神様だ」
「…東の国に赤竜神の巫女様が小竜様と降臨されたって噂は聞いたけど。まさか本物? そういや、巫女様は黒い髪の少女って…」
「そのまさかだぞっ!」
なぜかトゥーラさんが胸を張ります。膝をつく…ってより跪きそうになる店員さん。
「あーあーあー、そういうのは止めてください。そう、これはお忍びです! 目立たないようにお願いします!」
騎士服姿のリシャーフさんがお偉いさんに見えるのか。私ではなくそちらに、それでいいのか?という感じで目配せする店員さん。
「うむ。巫女様は気さくなお方で、街中を普通に見て回りたいとの仰せだ。そちらも畏まる必要は無いぞ。普通の接客と同じでかまわん」
「は…はい、承りました」
まぁ。隠すのもかわいそうなので、レッドさんはフードの中に潜ってもらっているか、セレブロさんの首筋に埋もれているかしてもらってるだけなので、見つけてびっくりしている人もたまに居るようですが。これが地球なら、うわー本物ですか? 握手して下さい!、サイン下さい!、一緒に写真撮って下さい!とかなるのでしょうが。例えば貴族とかにそんなことしたら日には、護衛に強制排除されるか、下手すれば手討ちされそうなこの世界。びっくりしても遠巻きにするだけで、実際に絡んでくる人はほとんどいません。
まぁそれでも、巫女様の行進!小竜神様ここにあり!…だなんて大げさに喧伝するつもりもありませんが。教都側には、私達がどこに居て何を見ているか?くらいは把握しておいてもらいたいもんです。…知っていて放置しているのか、知ろうとしていないだけなのか。その辺の判断基準にもなりますよね。
「レイコ、レッドさんも、普段はクーってくらいしか言わないわよね。どうやってお話ししているの?」
「言葉じゃなくて、頭の中に直接この子の言いたいことが伝わる感じかな。ほら、普段自分で考えているときって、全部言葉にして考えているわけじゃ無いでしょ? それが頭に浮かぶ感じで」
「それは便利ね。 …私もセレブロとお話ししたいな。まぁ言いたいことは普段から大体分る…つもりだけどね」
マーリアちゃんがセレブロさんの首をナデナデしてます。セレブロさんも答えるように頭をスリスリしています。
…レッドさんから、なんかひらめいた!という概念が。本当に出来るかどうか分らないので、あとで相談…だそうです。
さて。このアライグマさんとのやり取りには、そこはかとなく知性の雰囲気を感じます。いくら賢い動物でも、手ぬぐい縛るのは出来ないでしょ? チンパンジーやオランウータンでそれが出来るなんて話は、聞いたことが無いので。
この子は、人間に匹敵する知能があるのでは。そう認識したとたん、あるフレーズが頭に浮かびました。
『私の名前はレイコです。あなたの名前を教えて欲しいです』
発音としては、キュルキュルクークー…って感じですか。彼らの喉と口で出せる音のみになりますが、文法もきちんと存在する音声です。
それを聞いたアライグマさんの目が大きく開かれます。びっくりしたようですね。
『私の名前は"キュルックル"です。あなたは私と話が出来ますか?』
おお。わかりますっ! この子の言っていることがわかりますっ!
『はい。私はあなたの話が分ります』
『驚き。"人"の言葉、少し覚えたけど、話は出来なかった』
この子が大陸の言葉を喋っても、その声質から"話している"とは思われなかった…ということのようですね。
とりあえず、コミュニケーションが取れたと言うことで、肝心なことを聞いておきます。
『あなたはここに居たいですか? どこか行きたいところはありますか?』
『…私は国へ帰りたい。家族に会いたい。漁に出た、嵐来た、流された。何日も何日も。私だけ生き残った。島に流れ着いて、"人"に捕まった。国がどこなのか、遠いのか近いのかも分らないけど。帰りたい』
「レイコ!、その子と話が出来るの?」
マーリアちゃんもびっくりしています。
「漁に出て嵐で遭難してこの子だけ助かったんだって。家族の居る国に帰りたいって言っている」
「ははは、まさか。私にはキューキュークルクルとしか聞こえないですけど。最近は片言で人の言葉を真似るようになったけど、そんな程度でしょう?」
店員さんは半信半疑ですね。
「そりゃこの子の国での言葉だから、人には聞き取り辛いだけですよ。私は先ほど、この子の言葉を理解できるようになりました。私がこの子の言葉を"知っていた"ってことは、赤竜神もこの子が会話が出来る生き物だと認識しているってことにほかならないんですけど。…ねぇおじさん、この子私に下さいな」
「…おいおい。これでも結構な金払ったんだよ。巫女様に払えるのかい?」
ここでこの子を買うってのは奴隷売買のような気がして、あまり気乗りしませんが。放置しておくという選択肢もありません。お金で解決するのなら、今までの"保護費用"として払いたい…ところですが。
「…巫女様は、この国の奴隷制度に大変心を痛められておられる。近々、教会に対しても奴隷制の撤廃を要求されるだろう」
「そんなむちゃな…奴隷の労働力が無いとこの国は立ち行きませんよ、騎士様」
「しかし、巫女様が降臨された東のネイルコード国では、奴隷制はないのに経済規模は正教国を越えるほどだぞ。奴隷に依存しなくてもやっていけるのだ。それに、奴隷制を廃さない場合、正教国は巫女様と敵対することになる。巫女様が大岩を砕くって話しは聞いたこと無いか?」
ギャラリーが少し集まってきていますが。その中の一人が手を上げます。
「崖崩れで街道を塞いでいた巨大な岩を巫女様がマナ術で一撃で砕いたって話なら、ネイルコードから帰ってきた商人から聞いたことがあるぞ」
リシャーフさんが目配せするので、ちょっとデモンストレーション。落ちていた小石を拾うと、手の中でバキンっと。
「その岩砕きをここで実演するわけにも行かぬがな。私も巫女様のマナ術を目撃してきた。街道工事の邪魔になる巨大な岩を噂通り一撃で砕かれていたぞ。…そんな巫女様が奴隷制を不快だと仰っている。受け入れねば、天罰が下る」
うーん。奴隷が皆無な商会というのも無いんでしょうかね。みなさん青くなっています。
「奴隷を解放する手順については、ダーコラ国でどうなったか調べると良いだろう。巫女様とて商会や農場が全部潰れてしまえば良いとまでは思っておられない。ただ、彼らにも働いた分豊かになる権利を与えろというだけの話だ」
「そこで、その子のことなんですけど。今まで"保護"してきた費用はこちらでお支払いする用意はあります。その子の解放、承知していただけませんか?」
「…そりゃこれでも珍しい動物だからな。百万スピノ、大金貨十枚は出して貰わないと…」
元々いくらで買ったのかも妖しいけど、取り合えず吹っかけてみたって感じですが。百万スピノなら、日本円で1000万円くらい?
ともかく。ホモサピエンス以外で初めての知的生物です! そりゃ三千万年もあれば、新しい知性生物が発生するくらいありえるでしょう! 1000万円なら安いくらいです。
ともあれ。助けないという選択肢はありません。
実は、レイコ・ナックルナイフの鞘には見えないところに小ポケットが付けてあります。今回の遠征の備えて、ベルトとかカバンとかの見えないところにも金貨を各種隠していますが。とりあえず、羊皮紙に包まれたある金貨を一枚、取り出して見せます。
「これでどう?」
「おいおい、一枚じゃ足りませんよ…」
と言いつつ。丁重に包まれていることに意味があると察したのか、店員さんも緊張した雰囲気でその金貨を手に取ります。
渡したのは、いつぞやジャック会頭が大騒ぎした東の大陸の帝国金貨です。虎の子の一枚ですよ?
「ん? 見たことの無い金貨だな… ってこの女性の横顔のレリーフ…まさかこれっ! 帝国金貨か?!」
「ネイルコード国の商会の人は、存在するだけで十倍、これだけの美品なら三十倍の価値があるって言っていたけど。どうします?」
「ほんものか?これ… 本物だとしたらすごいぞ…」
「レイコ殿、どこでこれを?」
「赤竜神が私に当座の生活費にってくれたんですよ。ネイルコードの人達にも何枚か売っちゃったけど。これだけ記念に残しておいたんです」
本当はまだ何枚かギルドの方に預けてありますけど。ダーコラ国の国境の街での出来事以来、非常用に一枚持っておくことにしたのです。
「…鑑定に何日かくれないか?」
「私達これでも急いでいるんですよ。少なくともそれが"金"だってのは分るでしょ? 帝国金貨でないとしても地金の価値は大金貨相当、本物なら数十倍。もともといくらでその子を手に入れたのかは知らないけど、まだ足りないですか?」
「私にはその金貨の真贋は分らないが。私はこの方が本物の巫女様だと信じているからな。赤竜神様から下賜されたという金貨なら、教会で…いや私が買い取っても良いいくらいだぞ」
と、聖騎士団のゴルゲットを見せつつリシャーフさんも担保してくれます。
…赤井さんのところで死蔵されていたわけですから、"流通していた金貨"か?と言われると微妙ですが。ジャック会頭曰く、本物と区別が付かないとのこと。唯一、美品過ぎるところに突っ込まれるかもしれないと言ってました。
「…分りました。これでいいです。こいつ連れていってくださいな」
「あっと。領収書下さい」
「え?」
そりゃ数千万円の取引ですから。アイリさんにも報告しないと行けないし。
領収書、あるよね?この世界にも。 ん?取引契約書? それでいいです。
「…だな。赤竜神の巫女様からぼったくったとなれば、末代まで誇れるぞ」
トゥーラさんがなんかニヤニヤしています。
ん? 店員かと思ったら、若旦那と呼ばれていますね、おじさん。他の店員に、取引契約書の作成の指示をしています。
まぁ、ぼったくったとは思わないであげます。この子の価値は、金貨一枚ぽっちでは量れません。
「レイコ殿。無人島に寄ったという西方の国の船とかは調べなくてよろしいので?」
「私も気になるけど。その辺はネイルコード国に帰ってから、ローザリンテ殿下やネタリア外相に相談してみます。今下手に話を振ると、強欲なのが押し寄せてきそうで。この子の仲間が狩られるなんてことは避けたいですから。まぁその辺を後で調べられるようにここの店の身上書ってことで」
取引契約書をぴらぴらします。納得していただけましたか?
・Side:ツキシマ・レイコ
セネバルの街のガッカリ・プリン、まぁこれはもう忘れましょう。
関で教えてもらったお奨め宿屋は、この通りを進んで南門近くにありますので。そのまま繁華街を進んでいくことになります。
通りを進んでいると… 店の前に繋がれたけっこう大きい動物が一匹。…タヌキ? レッサーパンダ? いや、手の形からするとアライグマ? しましまモフモフの尻尾はまさにという感じで、見た目はまさにそれっぽい動物という感じですが。身長は私よりちょっと低いくらいで、頭も大きく。子供が入った着ぐるみって言われても納得してしまう外見です。
あと、ぼろきれを腰に巻いていますが。これは自分で巻いている?
地球のアライグマと比べると、相当でかい動物ですね。小さい熊と言った方がぴったりかも。
耳の間が広いというか、お鉢が広いというか。子猫とか仔犬とかは顔のバランスが大人より頭がでかく見えますが、そんな感じですね。その分、頭身が低くなって頭でっかちな感じですが、かわいらしくも見えます。
そう言えば。人類は類人猿が幼体固定した姿…って仮説があるって話をお父さんが話してくれたのを思い出しました。チンパンジーにしてもゴリラにしてもオランウータンにしても、大人より子供の方が人に似ている…って話なのですが。幼体の形状のまま頭蓋が大きく成長するから、脳の容積が増える…ということです。
まぁ。幼体のまま成長したから脳が大きくなったのか、脳が大きくなる進化の結果として幼体に似た姿になったのか。この辺は謎ですけどね。
脳のサイズが知能に直結するとは言いませんが。このアライグマさんの脳のサイズを推測するに、頭の良さは期待できます。
結構な大店という雰囲気の店の前。革の首輪に、紐が繋がっていて。店の前程度の範囲なら移動できるようだけど。ホウキとちりとりで器用に店前の掃除をしてます。…そういう見世物なんでしょうかね? 結構器用に掃除しています。
檻…と言うより、犬小屋みたいなのも置かれています。夜はここで一人で過ごしているのでしょうか?
これが地球なら、良く躾けられたペットだなぁ…で済むところですが。レッドさんが反応しているんですよ。そこらの動物にしてはマナ密度が高い?
いろいろ経験してきたところでは。知能の高さとマナ密度には、相関関係がありそうです。もっとも、人間クラスの知的生命体なら、マナの多い少ないで頭の良い悪いの差は出てこないですが。動物でマナが多いと、覿面に頭が良くなります。マナが多すぎると魔獣になってしまいますが。いや、頭が良いからマナが溜まるが正解? 因果関係は気になるところです。
トゥーラさんがアライグマさんを見て、なわなわしています。トゥーラさん、モフモフスキーですからね。
リシャーフさんには、レッドさんがこの子に反応していることを耳打ちします。出来れば引き取りたいのですが…
「おい。こちらのゴミも拾っておけよ。枯れ葉がどこかから飛んできやがる」
「キュル」
店員が指示すると、アライグマさんがゴミ入れ篭を持って、トテトテとゴミを取りに歩いて行きます。
「おじさん、この子、人の言葉が分るの?」
「うーん? うぉっとっ! 犬だって多少は人の言うこと聞くだろ? そいつにはゴミ拾いを教え込んだだけだよ…にしても凄いな、その犬?いや狼か? 北の山脈に住んでいるって銀狼か?」
店員さん、セレブロさんにびっくりしながらも、説明してくれます。セレプロさんの種を知っているようですね。
「でもその子、返事してたよね? 言葉理解してるんじゃないの?」
「もっと南西の国には人の言葉を真似る鳥も居るだろ。一羽この店にも居るけどな。でもあれは真似ているだけで会話しているわけじゃないだろ?」
色鮮やかなでかい鳥が、篭の中に鎮座しております。まさにオウムですね。なんか木の実を器用に脚で掴んで、囓っています。
この店、動物メインではないですが、そういう珍しい動物も扱っている店…ってことでしょうか?
「その小熊は、西方の国の船が東方諸島との交易の途中に寄った無人島で捕まえたっていっていたけど。凶暴な気配はないしそこそこ賢いんで、客寄せになってもらっているってわけだ。まぁ拾った手ぬぐいを自分で巻いているから器用だとは思うけどな」
レッドさんが、私の肩越しにそのアライグマさんを見てます。 その店員が、そんなレッドさんを見つけました。
「おいその赤いの…角に…それは翼か? まるでドラゴンじゃないか。いったいどこで…」
ん? レッドさんは売り物では無いですよ?
「まるでじゃなくて、本物の小竜神様だ」
「…東の国に赤竜神の巫女様が小竜様と降臨されたって噂は聞いたけど。まさか本物? そういや、巫女様は黒い髪の少女って…」
「そのまさかだぞっ!」
なぜかトゥーラさんが胸を張ります。膝をつく…ってより跪きそうになる店員さん。
「あーあーあー、そういうのは止めてください。そう、これはお忍びです! 目立たないようにお願いします!」
騎士服姿のリシャーフさんがお偉いさんに見えるのか。私ではなくそちらに、それでいいのか?という感じで目配せする店員さん。
「うむ。巫女様は気さくなお方で、街中を普通に見て回りたいとの仰せだ。そちらも畏まる必要は無いぞ。普通の接客と同じでかまわん」
「は…はい、承りました」
まぁ。隠すのもかわいそうなので、レッドさんはフードの中に潜ってもらっているか、セレブロさんの首筋に埋もれているかしてもらってるだけなので、見つけてびっくりしている人もたまに居るようですが。これが地球なら、うわー本物ですか? 握手して下さい!、サイン下さい!、一緒に写真撮って下さい!とかなるのでしょうが。例えば貴族とかにそんなことしたら日には、護衛に強制排除されるか、下手すれば手討ちされそうなこの世界。びっくりしても遠巻きにするだけで、実際に絡んでくる人はほとんどいません。
まぁそれでも、巫女様の行進!小竜神様ここにあり!…だなんて大げさに喧伝するつもりもありませんが。教都側には、私達がどこに居て何を見ているか?くらいは把握しておいてもらいたいもんです。…知っていて放置しているのか、知ろうとしていないだけなのか。その辺の判断基準にもなりますよね。
「レイコ、レッドさんも、普段はクーってくらいしか言わないわよね。どうやってお話ししているの?」
「言葉じゃなくて、頭の中に直接この子の言いたいことが伝わる感じかな。ほら、普段自分で考えているときって、全部言葉にして考えているわけじゃ無いでしょ? それが頭に浮かぶ感じで」
「それは便利ね。 …私もセレブロとお話ししたいな。まぁ言いたいことは普段から大体分る…つもりだけどね」
マーリアちゃんがセレブロさんの首をナデナデしてます。セレブロさんも答えるように頭をスリスリしています。
…レッドさんから、なんかひらめいた!という概念が。本当に出来るかどうか分らないので、あとで相談…だそうです。
さて。このアライグマさんとのやり取りには、そこはかとなく知性の雰囲気を感じます。いくら賢い動物でも、手ぬぐい縛るのは出来ないでしょ? チンパンジーやオランウータンでそれが出来るなんて話は、聞いたことが無いので。
この子は、人間に匹敵する知能があるのでは。そう認識したとたん、あるフレーズが頭に浮かびました。
『私の名前はレイコです。あなたの名前を教えて欲しいです』
発音としては、キュルキュルクークー…って感じですか。彼らの喉と口で出せる音のみになりますが、文法もきちんと存在する音声です。
それを聞いたアライグマさんの目が大きく開かれます。びっくりしたようですね。
『私の名前は"キュルックル"です。あなたは私と話が出来ますか?』
おお。わかりますっ! この子の言っていることがわかりますっ!
『はい。私はあなたの話が分ります』
『驚き。"人"の言葉、少し覚えたけど、話は出来なかった』
この子が大陸の言葉を喋っても、その声質から"話している"とは思われなかった…ということのようですね。
とりあえず、コミュニケーションが取れたと言うことで、肝心なことを聞いておきます。
『あなたはここに居たいですか? どこか行きたいところはありますか?』
『…私は国へ帰りたい。家族に会いたい。漁に出た、嵐来た、流された。何日も何日も。私だけ生き残った。島に流れ着いて、"人"に捕まった。国がどこなのか、遠いのか近いのかも分らないけど。帰りたい』
「レイコ!、その子と話が出来るの?」
マーリアちゃんもびっくりしています。
「漁に出て嵐で遭難してこの子だけ助かったんだって。家族の居る国に帰りたいって言っている」
「ははは、まさか。私にはキューキュークルクルとしか聞こえないですけど。最近は片言で人の言葉を真似るようになったけど、そんな程度でしょう?」
店員さんは半信半疑ですね。
「そりゃこの子の国での言葉だから、人には聞き取り辛いだけですよ。私は先ほど、この子の言葉を理解できるようになりました。私がこの子の言葉を"知っていた"ってことは、赤竜神もこの子が会話が出来る生き物だと認識しているってことにほかならないんですけど。…ねぇおじさん、この子私に下さいな」
「…おいおい。これでも結構な金払ったんだよ。巫女様に払えるのかい?」
ここでこの子を買うってのは奴隷売買のような気がして、あまり気乗りしませんが。放置しておくという選択肢もありません。お金で解決するのなら、今までの"保護費用"として払いたい…ところですが。
「…巫女様は、この国の奴隷制度に大変心を痛められておられる。近々、教会に対しても奴隷制の撤廃を要求されるだろう」
「そんなむちゃな…奴隷の労働力が無いとこの国は立ち行きませんよ、騎士様」
「しかし、巫女様が降臨された東のネイルコード国では、奴隷制はないのに経済規模は正教国を越えるほどだぞ。奴隷に依存しなくてもやっていけるのだ。それに、奴隷制を廃さない場合、正教国は巫女様と敵対することになる。巫女様が大岩を砕くって話しは聞いたこと無いか?」
ギャラリーが少し集まってきていますが。その中の一人が手を上げます。
「崖崩れで街道を塞いでいた巨大な岩を巫女様がマナ術で一撃で砕いたって話なら、ネイルコードから帰ってきた商人から聞いたことがあるぞ」
リシャーフさんが目配せするので、ちょっとデモンストレーション。落ちていた小石を拾うと、手の中でバキンっと。
「その岩砕きをここで実演するわけにも行かぬがな。私も巫女様のマナ術を目撃してきた。街道工事の邪魔になる巨大な岩を噂通り一撃で砕かれていたぞ。…そんな巫女様が奴隷制を不快だと仰っている。受け入れねば、天罰が下る」
うーん。奴隷が皆無な商会というのも無いんでしょうかね。みなさん青くなっています。
「奴隷を解放する手順については、ダーコラ国でどうなったか調べると良いだろう。巫女様とて商会や農場が全部潰れてしまえば良いとまでは思っておられない。ただ、彼らにも働いた分豊かになる権利を与えろというだけの話だ」
「そこで、その子のことなんですけど。今まで"保護"してきた費用はこちらでお支払いする用意はあります。その子の解放、承知していただけませんか?」
「…そりゃこれでも珍しい動物だからな。百万スピノ、大金貨十枚は出して貰わないと…」
元々いくらで買ったのかも妖しいけど、取り合えず吹っかけてみたって感じですが。百万スピノなら、日本円で1000万円くらい?
ともかく。ホモサピエンス以外で初めての知的生物です! そりゃ三千万年もあれば、新しい知性生物が発生するくらいありえるでしょう! 1000万円なら安いくらいです。
ともあれ。助けないという選択肢はありません。
実は、レイコ・ナックルナイフの鞘には見えないところに小ポケットが付けてあります。今回の遠征の備えて、ベルトとかカバンとかの見えないところにも金貨を各種隠していますが。とりあえず、羊皮紙に包まれたある金貨を一枚、取り出して見せます。
「これでどう?」
「おいおい、一枚じゃ足りませんよ…」
と言いつつ。丁重に包まれていることに意味があると察したのか、店員さんも緊張した雰囲気でその金貨を手に取ります。
渡したのは、いつぞやジャック会頭が大騒ぎした東の大陸の帝国金貨です。虎の子の一枚ですよ?
「ん? 見たことの無い金貨だな… ってこの女性の横顔のレリーフ…まさかこれっ! 帝国金貨か?!」
「ネイルコード国の商会の人は、存在するだけで十倍、これだけの美品なら三十倍の価値があるって言っていたけど。どうします?」
「ほんものか?これ… 本物だとしたらすごいぞ…」
「レイコ殿、どこでこれを?」
「赤竜神が私に当座の生活費にってくれたんですよ。ネイルコードの人達にも何枚か売っちゃったけど。これだけ記念に残しておいたんです」
本当はまだ何枚かギルドの方に預けてありますけど。ダーコラ国の国境の街での出来事以来、非常用に一枚持っておくことにしたのです。
「…鑑定に何日かくれないか?」
「私達これでも急いでいるんですよ。少なくともそれが"金"だってのは分るでしょ? 帝国金貨でないとしても地金の価値は大金貨相当、本物なら数十倍。もともといくらでその子を手に入れたのかは知らないけど、まだ足りないですか?」
「私にはその金貨の真贋は分らないが。私はこの方が本物の巫女様だと信じているからな。赤竜神様から下賜されたという金貨なら、教会で…いや私が買い取っても良いいくらいだぞ」
と、聖騎士団のゴルゲットを見せつつリシャーフさんも担保してくれます。
…赤井さんのところで死蔵されていたわけですから、"流通していた金貨"か?と言われると微妙ですが。ジャック会頭曰く、本物と区別が付かないとのこと。唯一、美品過ぎるところに突っ込まれるかもしれないと言ってました。
「…分りました。これでいいです。こいつ連れていってくださいな」
「あっと。領収書下さい」
「え?」
そりゃ数千万円の取引ですから。アイリさんにも報告しないと行けないし。
領収書、あるよね?この世界にも。 ん?取引契約書? それでいいです。
「…だな。赤竜神の巫女様からぼったくったとなれば、末代まで誇れるぞ」
トゥーラさんがなんかニヤニヤしています。
ん? 店員かと思ったら、若旦那と呼ばれていますね、おじさん。他の店員に、取引契約書の作成の指示をしています。
まぁ、ぼったくったとは思わないであげます。この子の価値は、金貨一枚ぽっちでは量れません。
「レイコ殿。無人島に寄ったという西方の国の船とかは調べなくてよろしいので?」
「私も気になるけど。その辺はネイルコード国に帰ってから、ローザリンテ殿下やネタリア外相に相談してみます。今下手に話を振ると、強欲なのが押し寄せてきそうで。この子の仲間が狩られるなんてことは避けたいですから。まぁその辺を後で調べられるようにここの店の身上書ってことで」
取引契約書をぴらぴらします。納得していただけましたか?
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思わず、頷いた桜間トオルはもう一人の自分の最後を看取った。
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「私のことがわかるか? 13人の桜間トオル?」
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