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押し迫って来る闇の声に対し、美月は激しく首を振って後ずさる。
周りの暗闇よりもなお一段と暗い、凝った闇の塊――ソレがつたなく幼い声で嘆きと悲しみを伝えてきたときは、美月もまた同調し共感できた。
いや、むしろ……囚われた。
美月のその傷は、やっとふさがれたところで、癒されたわけではない。
身をもって知っているその痛みを訴える幼い声を、美月が無視できるはずもなかった。
だが、その声は一変し、今や激しく怨み辛み憎しみを訴え、まるで呪詛のような態を為してきたとすれば、話は別だ。
まして、美月はもう、己が辛かった時にもずっと傍にいてくれた大切な存在や支えてくれた周囲を思い出し、正気に戻っている。
何があっても、そちらへ行くわけにはいかなかった。
そして、正気に戻った美月は、ソレ――闇の塊が呪詛めいた何かを吐き出す度に、ソレ自身ますます暗くなり、また宙に漂う極々小さな光の粒子を吸い込み、それを黒く染めているのが視えていた。
美月は、それに対し、本能的に危機感を覚える。
やがて、どうあっても動かない美月に、ソレは切れ、そのせいか、ソレの口調はまた幼くなった。
(――――どうして?!どうして、こっちにきてくれないの……?ひとりは、イヤだ!さびしくて、さびしくて……つめたくて、さむい。……おねえちゃ…ぁ…ん)
独りの寂しさに怯え、温もりを求めるその声に、美月の心は痛くなる――――
「……ひとりは、辛いよね。寂しいよね……お父さんやお母さんが、恋しいよね。悲しいよね。それは、……わたしにも、よく分かる――」
痛みと共感のこもった美月の声に、ソレはピタリと黙った。
美月は、ソレがその後につのる憎しみを吐き出す前に、一変する前に、と急いで自分の想いを言葉に込める。
「……だけどね?恨んで、憎んで――その先に、何があるの?」
今の自分の状態にどうか気づいて欲しい、という願いが込められた美月の問いに、ソレはじっと考えるように変わらぬまま――美月は、幼子に言い聞かせるように、心を込めて言葉を続ける。
「わたしはね、お父さんもお母さんもおじいちゃんも、……大好きだった。いなくなっちゃって、悲しいし、寂しい。それに、悪いヤツにだまされた時は、苦しくて、憎くて……きみの気持ちもよく分かるよ。だけど、わたしは自分が想っていたのと同じかそれ以上に、お父さんにもお母さんにもおじいちゃんにも大切に想われていたことを、知ってる」
美月はそのまま、自分の想いを精一杯伝えようと、上手く言葉にならないことをもどかしく思いつつも懸命に言葉を紡ぐ――――
「ねぇ、きみ。……それだけ嘆き悲しむのだから、きみもきみの家族に大切に大切にされてきたんだよね?」
美月の言葉に誘われたのか、ソレはたどたどしく昔のことを語り出す。
(……おとうさん、いつもいっぱいえものをかってきた。おかあさん、ぼくときょうだいたちを、いつもぺろぺろして、きれいにしてくれるの――)
その声と共に美月の目は、ぼんやりと闇の中でうずくまる、小さな痩せた獣の輪郭を捉えていた。
(きょうだいたちは、いつもげんき。ぼくたち、いつもじゃれあってあそぶの――)
闇の中で、長いしっぽが揺れ、うずくまっていた小さな頭が少し上がる。――――が、
(――――だけど!だけど、もう、いない!ぼくだけ、ぼくだけしか――!)
闇を切り裂くような悲痛なその叫びに美月は胸を痛めつつも、今にも変調しそうなその気配に、鋭く割って入る。
「大切なきみの家族に、大切にされてきたきみ!きみの家族は、生き残ったきみに今のようになって欲しいと願ったと思う?」
美月は凛とした眼差しで、真っすぐに闇を見つめる。
「闇の中でたったひとり、怨み憎しみに囚われて過ごして欲しいと願ったと思う?…………わたしは、そうは思わない。幸せに、どうか幸せに生きていって欲しいと願ったと思う」
(……しあわ、せ…………?)
「うん。……すっごいのじゃなくても、いいんだよ?美味しいもの、食べたり、とか、元気で健康が一番、とか。きちんと、食べて、寝て、自分の好きなこと、楽しいことを探すの」
(……すきなこと?……たのしい?)
「そう。なりたい自分を想像してみるのもいいかな!……あのね、憎しみや怨みを無理に捨てなくても、いいんだよ?わたしだって――!」
美月はやおら握りこぶしを頭の上に振り上げた……。
「今度あの悪いヤツラを見つけたら、けちょんけちょんにしてやるんだからーーー!!そして、絶対に、二度とあんな手口に引っ掛かるもんか!――逆に、返り討ちにしてくれる!!」
(かえりうち……!)
「あ、でも、それに囚われるのは、ダメだよ?今のきみ、全然幸せそうじゃないもの」
(…………)
「あとね、わたし、返り討ち出来るような知識も含めて、いっぱい、いっ~ぱい勉強して、成長して、きちんと自立出来るようにするんだ~!おばあちゃんとクロと大好きな人達と一緒にたくさんお話して、美味しいもの食べて、嬉しいこと、楽しいことをいっぱい探して、幸せに生きていくって決めてるの!」
(……べんきょう。……せいちょう。……………………なかま)
少しずつ起き上がった小さな獣の頭は、最後の言葉でがっくりとまた下に落ちた――
美月のよく視える目は、闇の中の小さな獣を、もうしかと捉えていた。
美月は、ふふっと笑って手を差し伸べる――――
「――――ねぇ、きみの方が、こちらへおいでよ?」
周りの暗闇よりもなお一段と暗い、凝った闇の塊――ソレがつたなく幼い声で嘆きと悲しみを伝えてきたときは、美月もまた同調し共感できた。
いや、むしろ……囚われた。
美月のその傷は、やっとふさがれたところで、癒されたわけではない。
身をもって知っているその痛みを訴える幼い声を、美月が無視できるはずもなかった。
だが、その声は一変し、今や激しく怨み辛み憎しみを訴え、まるで呪詛のような態を為してきたとすれば、話は別だ。
まして、美月はもう、己が辛かった時にもずっと傍にいてくれた大切な存在や支えてくれた周囲を思い出し、正気に戻っている。
何があっても、そちらへ行くわけにはいかなかった。
そして、正気に戻った美月は、ソレ――闇の塊が呪詛めいた何かを吐き出す度に、ソレ自身ますます暗くなり、また宙に漂う極々小さな光の粒子を吸い込み、それを黒く染めているのが視えていた。
美月は、それに対し、本能的に危機感を覚える。
やがて、どうあっても動かない美月に、ソレは切れ、そのせいか、ソレの口調はまた幼くなった。
(――――どうして?!どうして、こっちにきてくれないの……?ひとりは、イヤだ!さびしくて、さびしくて……つめたくて、さむい。……おねえちゃ…ぁ…ん)
独りの寂しさに怯え、温もりを求めるその声に、美月の心は痛くなる――――
「……ひとりは、辛いよね。寂しいよね……お父さんやお母さんが、恋しいよね。悲しいよね。それは、……わたしにも、よく分かる――」
痛みと共感のこもった美月の声に、ソレはピタリと黙った。
美月は、ソレがその後につのる憎しみを吐き出す前に、一変する前に、と急いで自分の想いを言葉に込める。
「……だけどね?恨んで、憎んで――その先に、何があるの?」
今の自分の状態にどうか気づいて欲しい、という願いが込められた美月の問いに、ソレはじっと考えるように変わらぬまま――美月は、幼子に言い聞かせるように、心を込めて言葉を続ける。
「わたしはね、お父さんもお母さんもおじいちゃんも、……大好きだった。いなくなっちゃって、悲しいし、寂しい。それに、悪いヤツにだまされた時は、苦しくて、憎くて……きみの気持ちもよく分かるよ。だけど、わたしは自分が想っていたのと同じかそれ以上に、お父さんにもお母さんにもおじいちゃんにも大切に想われていたことを、知ってる」
美月はそのまま、自分の想いを精一杯伝えようと、上手く言葉にならないことをもどかしく思いつつも懸命に言葉を紡ぐ――――
「ねぇ、きみ。……それだけ嘆き悲しむのだから、きみもきみの家族に大切に大切にされてきたんだよね?」
美月の言葉に誘われたのか、ソレはたどたどしく昔のことを語り出す。
(……おとうさん、いつもいっぱいえものをかってきた。おかあさん、ぼくときょうだいたちを、いつもぺろぺろして、きれいにしてくれるの――)
その声と共に美月の目は、ぼんやりと闇の中でうずくまる、小さな痩せた獣の輪郭を捉えていた。
(きょうだいたちは、いつもげんき。ぼくたち、いつもじゃれあってあそぶの――)
闇の中で、長いしっぽが揺れ、うずくまっていた小さな頭が少し上がる。――――が、
(――――だけど!だけど、もう、いない!ぼくだけ、ぼくだけしか――!)
闇を切り裂くような悲痛なその叫びに美月は胸を痛めつつも、今にも変調しそうなその気配に、鋭く割って入る。
「大切なきみの家族に、大切にされてきたきみ!きみの家族は、生き残ったきみに今のようになって欲しいと願ったと思う?」
美月は凛とした眼差しで、真っすぐに闇を見つめる。
「闇の中でたったひとり、怨み憎しみに囚われて過ごして欲しいと願ったと思う?…………わたしは、そうは思わない。幸せに、どうか幸せに生きていって欲しいと願ったと思う」
(……しあわ、せ…………?)
「うん。……すっごいのじゃなくても、いいんだよ?美味しいもの、食べたり、とか、元気で健康が一番、とか。きちんと、食べて、寝て、自分の好きなこと、楽しいことを探すの」
(……すきなこと?……たのしい?)
「そう。なりたい自分を想像してみるのもいいかな!……あのね、憎しみや怨みを無理に捨てなくても、いいんだよ?わたしだって――!」
美月はやおら握りこぶしを頭の上に振り上げた……。
「今度あの悪いヤツラを見つけたら、けちょんけちょんにしてやるんだからーーー!!そして、絶対に、二度とあんな手口に引っ掛かるもんか!――逆に、返り討ちにしてくれる!!」
(かえりうち……!)
「あ、でも、それに囚われるのは、ダメだよ?今のきみ、全然幸せそうじゃないもの」
(…………)
「あとね、わたし、返り討ち出来るような知識も含めて、いっぱい、いっ~ぱい勉強して、成長して、きちんと自立出来るようにするんだ~!おばあちゃんとクロと大好きな人達と一緒にたくさんお話して、美味しいもの食べて、嬉しいこと、楽しいことをいっぱい探して、幸せに生きていくって決めてるの!」
(……べんきょう。……せいちょう。……………………なかま)
少しずつ起き上がった小さな獣の頭は、最後の言葉でがっくりとまた下に落ちた――
美月のよく視える目は、闇の中の小さな獣を、もうしかと捉えていた。
美月は、ふふっと笑って手を差し伸べる――――
「――――ねぇ、きみの方が、こちらへおいでよ?」
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