42 / 52
第6章・桜の正体
第42話
しおりを挟む
「ねぇ、桜。僕、考えたんだ。さっき君が言っていた、生まれてきた意味ってものを」
考えたけど、やっぱり正解は分からなかったよ。そう、正直に告げる。すると桜は寂しげに目を伏せた。
「だけど、僕なりの答えは出せたよ」
桜が顔を上げた。
「君は、生まれたときからずっと、お姉さんを助けなきゃって……そう思って生きてきたんだよね」
だけど、助けられなかった。
お姉さんを助けることを使命だと信じてきた桜のその苦しみは、僕にはとても計り知れない。
……だけど。
「君の手は、お姉さんには届かなかったかもしれない。だけど、手を差し伸べてたのは、君だけじゃないと思うんだ」
「……どういうこと?」
桜が困惑気味に窓に近付いてくる。
「君と同じように、お姉さんも君に手を差し伸べてたんじゃないかな。……こんなふうに」
僕は、目の前に立つ桜の手にじぶんの手を合わせる。ぴったりと重なり合う手を、桜は見つめる。
桜は苦しげに顔を歪ませて、僕の手を離した。
「……違うよ。お姉ちゃんを助けるのは私の役目だけど、お姉ちゃんはべつに……」
やっぱり、と思った。
桜はお姉さんの死に自責の念を強く感じている。そして、桜はじぶんも守られるべき側だという概念がない。
ないなら、教えるしかない。僕が。
「桜は、お姉さんを助けられなかったんじゃない。お姉さんに助けられたんだよ」
桜が目を見張る。
「助け……られた……?」
桜は僕の言葉が理解できない子どもみたいに、ぽかんとしている。
「私が……?」
「うん、そうだよ」
桜は、じぶんは守るべき側で、守られるべき側であるだなんて、考えもしなかったのだろう。
桜は、生まれながらにじぶんが姉にとっての特効薬であると思い込んできた。いや、思わされてきた。
こんな閉鎖的な環境で生きていれば、その考えは大抵のことでは覆らないだろう。
「お姉さんは、君を守るために手を伸ばした。そして、じぶんがいなくなったあとは、蝶々さんに託したんだ。ねぇ、桜。お姉さんと過ごしたときのことをちゃんと思い出してみて。桜はずっと愛されてるし、守られてるんだよ。今も、ずっと」
そういうと、桜はまた顔をくしゃっと歪め、泣き顔を作った。その瞳に、みるみる涙の膜が張っていく。
「違うよ……お姉ちゃんは……私のせいで死んだんだよ……」
呟く声は、ひどく震えていた。
「違う。君のお姉さんは、愛する妹を助けたんだ。桜がお姉さんの死をそんなふうに思ってしまったら、お姉さんきっと悲しむよ」
「……お姉ちゃん……」
「お姉さんは、命を懸けることもいとわないほど、君のことを愛してたんだ」
「あい、されてた……私、お姉ちゃんに……っ」
桜は再び泣き出した。今度は、わんわんと声を上げて。
姉の死を受け入れているように見せかけて、しかし本当のところはずっと、その悲しみから目を逸らしていたんだろう。
桜には、お姉さんを失った悲しみを打ち明けられる相手がいない。
どれほど孤独だっただろう。
桜は、姉の死としっかり向き合うこともできないまま、ずっと孤独のなかで生きてきたのだ。
必死に上を向いて、花を見上げてきたのだ。
じぶんのせいで姉が死に、じぶんだけが生きているという現実をその身に背負いながら。
ひとりで抱えるには、少々大き過ぎる荷物だ。
じぶんが何者か、なんのために生まれたのか、生きる意味が分からなくなってしまうのも無理はない。
たしかに桜はふつうとは違うかもしれない。
ふつうのひとは、桜の存在を否定するかもしれない。
だけど、そんなことは僕にはどうだっていい。
僕がどう行動するか、その決定権を持つのは僕だけだ。
だから僕は桜に向き合う。そして、桜にとっていちばん最善の選択をする。
「……ねぇ桜。僕が出した答え、聞いてくれる?」
子どものように泣きじゃくる桜の目元を、僕は指の腹で優しく拭ってから、目を合わせた。
「桜が生まれてきたのはね、お姉さんに愛されるため。蝶々さんに守られるため。……それから、僕と出会うためだよ」
続けて、はっきりとした声で言う。彼女の心に、届くように。
「君と……出会うため……?」
「僕は君と出会って救われた。だから、今度は僕が君を守るよ」
すると、さっきまで泣いていた桜は、今度はくすくすと笑い出した。
「ふふっ……」
「おい……なんで笑うんだよ。ひとがせっかくいいことを言ってるのに」
「ふふっ……ごめん。なんか、らしくないからさ」
桜の顔に笑顔が咲く。ようやく見られた桜の笑顔に、僕はほっと息をついた。
桜は目元を拭いながら、僕に訊ねた。
「ねぇ……汐風くん。私は……生きていてもいいのかな?」
「……当たり前じゃん」
桜は少し顔を俯け、恥ずかしそうに微笑んだ。そして、顔を上げてまっすぐに僕を見た。
「……私、生きたい。気持ち悪いって思われても、みっともないって思われても、生きたい。私は、お姉ちゃんが大好きだったから。汐風くんに……好きなひとに出会えたから」
蒼ざめた深水のような瞳には、ただひとり、僕だけが映っていた。
「錦野汐風くん。私は、汐風くんのことが好きです」
生まれて初めて、受けた告白だった。
嬉しくて、飛び上がりそうになるのを必死でこらえ、負けじと言う。
「僕も、好きです」
桜は心底嬉しそうにはにかんだ。
僕はポケットをまさぐって、あるものを取り出す。
「ねぇ、これ……今度こそもらってくれるかな?」
取り出したのは、あの日突き返されてしまった、黒猫と桜のキーホルダー。
桜はほんの少し申し訳なさそうに、僕の手のなかで揺れるキーホルダーを見つめた。
「つまりその……付き合ってくれませんかってことなんだけど」
桜は一度僕を見てから、手のなかのそれへ視線を移す。そして、僕の手ごと、両手でぎゅっと包み込んだ。
「はいっ!」
桜が笑う。雨が止み、雲の隙間から覗いた太陽のような、とても晴れやかな笑顔だった。
こうして僕たちは、恋人同士となった。
考えたけど、やっぱり正解は分からなかったよ。そう、正直に告げる。すると桜は寂しげに目を伏せた。
「だけど、僕なりの答えは出せたよ」
桜が顔を上げた。
「君は、生まれたときからずっと、お姉さんを助けなきゃって……そう思って生きてきたんだよね」
だけど、助けられなかった。
お姉さんを助けることを使命だと信じてきた桜のその苦しみは、僕にはとても計り知れない。
……だけど。
「君の手は、お姉さんには届かなかったかもしれない。だけど、手を差し伸べてたのは、君だけじゃないと思うんだ」
「……どういうこと?」
桜が困惑気味に窓に近付いてくる。
「君と同じように、お姉さんも君に手を差し伸べてたんじゃないかな。……こんなふうに」
僕は、目の前に立つ桜の手にじぶんの手を合わせる。ぴったりと重なり合う手を、桜は見つめる。
桜は苦しげに顔を歪ませて、僕の手を離した。
「……違うよ。お姉ちゃんを助けるのは私の役目だけど、お姉ちゃんはべつに……」
やっぱり、と思った。
桜はお姉さんの死に自責の念を強く感じている。そして、桜はじぶんも守られるべき側だという概念がない。
ないなら、教えるしかない。僕が。
「桜は、お姉さんを助けられなかったんじゃない。お姉さんに助けられたんだよ」
桜が目を見張る。
「助け……られた……?」
桜は僕の言葉が理解できない子どもみたいに、ぽかんとしている。
「私が……?」
「うん、そうだよ」
桜は、じぶんは守るべき側で、守られるべき側であるだなんて、考えもしなかったのだろう。
桜は、生まれながらにじぶんが姉にとっての特効薬であると思い込んできた。いや、思わされてきた。
こんな閉鎖的な環境で生きていれば、その考えは大抵のことでは覆らないだろう。
「お姉さんは、君を守るために手を伸ばした。そして、じぶんがいなくなったあとは、蝶々さんに託したんだ。ねぇ、桜。お姉さんと過ごしたときのことをちゃんと思い出してみて。桜はずっと愛されてるし、守られてるんだよ。今も、ずっと」
そういうと、桜はまた顔をくしゃっと歪め、泣き顔を作った。その瞳に、みるみる涙の膜が張っていく。
「違うよ……お姉ちゃんは……私のせいで死んだんだよ……」
呟く声は、ひどく震えていた。
「違う。君のお姉さんは、愛する妹を助けたんだ。桜がお姉さんの死をそんなふうに思ってしまったら、お姉さんきっと悲しむよ」
「……お姉ちゃん……」
「お姉さんは、命を懸けることもいとわないほど、君のことを愛してたんだ」
「あい、されてた……私、お姉ちゃんに……っ」
桜は再び泣き出した。今度は、わんわんと声を上げて。
姉の死を受け入れているように見せかけて、しかし本当のところはずっと、その悲しみから目を逸らしていたんだろう。
桜には、お姉さんを失った悲しみを打ち明けられる相手がいない。
どれほど孤独だっただろう。
桜は、姉の死としっかり向き合うこともできないまま、ずっと孤独のなかで生きてきたのだ。
必死に上を向いて、花を見上げてきたのだ。
じぶんのせいで姉が死に、じぶんだけが生きているという現実をその身に背負いながら。
ひとりで抱えるには、少々大き過ぎる荷物だ。
じぶんが何者か、なんのために生まれたのか、生きる意味が分からなくなってしまうのも無理はない。
たしかに桜はふつうとは違うかもしれない。
ふつうのひとは、桜の存在を否定するかもしれない。
だけど、そんなことは僕にはどうだっていい。
僕がどう行動するか、その決定権を持つのは僕だけだ。
だから僕は桜に向き合う。そして、桜にとっていちばん最善の選択をする。
「……ねぇ桜。僕が出した答え、聞いてくれる?」
子どものように泣きじゃくる桜の目元を、僕は指の腹で優しく拭ってから、目を合わせた。
「桜が生まれてきたのはね、お姉さんに愛されるため。蝶々さんに守られるため。……それから、僕と出会うためだよ」
続けて、はっきりとした声で言う。彼女の心に、届くように。
「君と……出会うため……?」
「僕は君と出会って救われた。だから、今度は僕が君を守るよ」
すると、さっきまで泣いていた桜は、今度はくすくすと笑い出した。
「ふふっ……」
「おい……なんで笑うんだよ。ひとがせっかくいいことを言ってるのに」
「ふふっ……ごめん。なんか、らしくないからさ」
桜の顔に笑顔が咲く。ようやく見られた桜の笑顔に、僕はほっと息をついた。
桜は目元を拭いながら、僕に訊ねた。
「ねぇ……汐風くん。私は……生きていてもいいのかな?」
「……当たり前じゃん」
桜は少し顔を俯け、恥ずかしそうに微笑んだ。そして、顔を上げてまっすぐに僕を見た。
「……私、生きたい。気持ち悪いって思われても、みっともないって思われても、生きたい。私は、お姉ちゃんが大好きだったから。汐風くんに……好きなひとに出会えたから」
蒼ざめた深水のような瞳には、ただひとり、僕だけが映っていた。
「錦野汐風くん。私は、汐風くんのことが好きです」
生まれて初めて、受けた告白だった。
嬉しくて、飛び上がりそうになるのを必死でこらえ、負けじと言う。
「僕も、好きです」
桜は心底嬉しそうにはにかんだ。
僕はポケットをまさぐって、あるものを取り出す。
「ねぇ、これ……今度こそもらってくれるかな?」
取り出したのは、あの日突き返されてしまった、黒猫と桜のキーホルダー。
桜はほんの少し申し訳なさそうに、僕の手のなかで揺れるキーホルダーを見つめた。
「つまりその……付き合ってくれませんかってことなんだけど」
桜は一度僕を見てから、手のなかのそれへ視線を移す。そして、僕の手ごと、両手でぎゅっと包み込んだ。
「はいっ!」
桜が笑う。雨が止み、雲の隙間から覗いた太陽のような、とても晴れやかな笑顔だった。
こうして僕たちは、恋人同士となった。
10
あなたにおすすめの小説
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】
remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。
佐倉ここ。
玩具メーカーで働く24歳のOL。
鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。
完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。
【完結】ありがとうございました‼
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました
吉乃
恋愛
美しさと華やかさを持ちながらも、「賢くない」と見下されてきたカタリーナ。
格式ある名門貴族の嫡男との結婚は、政略ではないはずだった。
しかし夫はいつも留守、冷たい義家族、心の通わない屋敷。
愛されたいと願うたび、孤独だけが深まっていく。
カタリーナはその寂しさを、二人の幼い息子たちへの愛情で埋めるように生きていた。
それでも、信じていた。
いつか愛される日が来ると──。
ひとりの女性が静かに揺れる心を抱えながら、
家族と愛を見つめ直しながら結婚生活を送る・・・
******
章をまたいで、物語の流れや心情を大切にするために、少し内容が重なる箇所があるかもしれません。
読みにくさを感じられる部分があれば、ごめんなさい。
物語を楽しんでいただけるよう心を込めて描いていますので、最後までお付き合いいただけたら光栄です。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる