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第7章・さよならのあとで
第43話
しおりを挟む桜と想いを通わせた次の週末の夕方、僕は紫之宮神社に足を運んだ。
朱色に満ちた神社は、どことなく異世界に来てしまったような錯覚を覚える。いつもの場所へ行くと、桜の木の下に愛おしいシルエットを見つけて、頬がほころぶのを実感する。
「桜」
名前を呼ぶと、桜が振り返った。
「汐風くん!」
桜は、白い生地に紫陽花と金魚があしらわれた浴衣を着ていた。白のなかに咲く紫陽花の青や紫が涼しげで、色白な桜の肌をより美しく際立たせていた。
夏祭りには少し早いが、今日は久しぶりに涼太や志崎さんも誘っているし、せっかくだから浴衣で出かけようという話になったのである。とはいっても、僕と涼太はいつもどおりの私服だが。
桜は僕のもとへやってくると、嬉しそうに声を弾ませた。
「今日は誘ってくれてありがとう!」
桜はかごバッグを両手で持ったまま、ぺこりと頭を下げた。かごバッグには、僕があげた黒猫のキーホルダーがついていた。少しむず痒い気持ちになる。
「ねえねえ、この浴衣どう? 先生がプレゼントしてくれたんだ! 似合う?」
桜は楽しげに両手を広げてくるりと回る。袖が空気をふくんで、ふわりと僕の脳裏に残像を刻む。
「……うん。似合ってる」
恋人同士なら何気ない会話。だけど、僕にとってはこの何気ない会話がなにより愛おしく感じた。
本音を言えば、ふたりきりで会いたかったのだが……。
「なんか反応悪いなぁ」
不満そうな声に、ハッと我に返る。
「え、似合ってるって言ってるじゃん」
「それはそうだけど……もっと褒めてくれるかなって思ってたからさ」
「…………」
本当はすごく似合っているけれど、そんなこと、恥ずかしくて本人を前に言えるわけがない。しかし、言葉を濁した僕に桜は不満そうだ。
しゅんと肩を落とす桜に、僕は慌てる。
「いや、そんなことないから!」
「じゃあ、可愛い?」
「えっ」
「可愛い?」
半ば、詰め寄られていた。
「……う、うん。……可愛い……よ」
逃げきれず、本音を呟くと、桜の顔がみるみる赤くなっていく。
「って、なんで君が恥ずかしがるのさ」
「だ、だって……」
桜の表情が移ったように、僕の頬も熱くなった。
気まずいような、気恥ずかしい沈黙が流れた。先に沈黙を破ったのは、桜だった。
「……あ、あれ。そういえば、今日はネコ太郎いないな」
気まずさから話を変えたのは明らかだったが、からかう余裕はなかった。
「う、うん。どこかに遊びに行ってるのかもね」
「あ、猫の集会に行ってるのかも」
「猫の集会って、君……」
小さく笑う僕に、桜も嬉しそうにした。
「それにしても、今日はずいぶんご機嫌だね」
「えへへ。そりゃ嬉しいよ。夜にお出かけなんて初めてだし。それに涼太くんや彩ちゃんに会えるんだよ!」
桜は、あれから一度も学校には来ていない。というより、桜はもう学校には存在しないことになっている。体調的にも、桜が高校に通えることはもうないだろうから、と、蝶々さんは今月初めに転校手続きを済ませたのだ。
桜が転校してしまったと知ると、涼太と志崎さんは落ち込んでいた。そして、それは桜も同じだった。
さよならもできないままお別れとなってしまったことに落ち込む桜に、僕は提案をしたのである。
最後に一度だけ、四人で出かけようと。
涼太と志崎さんにも話してみたら、ふたりともすごく喜んで了承した。
どこに行こうか、と話すなかで、涼太や志崎さんはそろってテーマパークに行きたいと声をあげたが、桜の体調を考えると遠出はできない。
ふたりに勘づかれることなく桜でも楽しめる場所を探すのは、なかなか骨が折れた。
結局、僕が選んだのは――。
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