深夜一時、それは衝動。

文月

文字の大きさ
1 / 1

それは衝動。

しおりを挟む
適当なバラエティを眺めながら酒を嗜んでいると、兄が風呂場から出てきてそのままキッチンへと向かっていった。俺はそれを横目で見て、良い具合に酔いが回ってきたなあ、などとどうでも良いことを考える。
兄は戸棚からコップを取り出した。冷蔵庫にいつからだったか居座っている牛乳を注ぐ兄を見て、そんなに喉が乾いているのかと問うと、そうではない、と返事が返ってきた。

「なんていうか、衝動、みたいな」
「風呂上がりに牛乳を飲みたくなる衝動?随分まあ人間らしいな」
「違う」

兄は俺を一瞥したのち、背を向けて今度は戸棚の下のほうから缶珈琲を取り出した。

「ああ、珈琲牛乳」
「うん」

━━━━日付の変わった深夜一時。
兄名義で契約されたマンションの一室。兄弟揃って遅い時間の入浴後、リビングにて俺達はささやかに羽を伸ばす。これは習慣のようなもので、毎週金曜は必ずそうだった。
今日は金曜。…日を跨いでいるから土曜なのだけれど。故に人目を気にして気を揉むことを今だけ忘れる。俺は兄との、この時間を気に入っている。

「じゃあなに、珈琲牛乳が飲みたい衝動なの」

ぷし、とプルタブの開く音が兄の立つキッチンから聞こえる。やはり随分と人間らしい行為だ。衝動などと獣に向けるような言葉を使っておいて、社会の営みにすっかり飼いならされている。
風呂上がりの珈琲牛乳。よく銭湯なんかで目にする組み合わせだ。飲みたくなるのも理解できる。俺は勝手に解釈を広げて兄の言葉に同調した。

「そう、馬鹿みたいにキンキンに冷えてて歯が溶けるくらい甘いやつ。目指してるのはそれ。…たぶん、再現しきれないけど」
「…なんだって、単に美味い珈琲牛乳を目指さないの」
「美味いモンが飲みたいってより、理由も無いんだけど、とにかくそんな調子のモンが飲みたいんだよ。言ったろ、衝動っていうか…。とにかくそんな感じなんだ」

それで、衝動。なんとなく腑に落ちて兄の言葉に頷く。

「でもほら、缶珈琲入れるとぬるくなるんだよな」
「あー、冷たいの目指してるんだっけ。牛乳多めに入れたら」

冷蔵庫の中で冷えた牛乳の割合を増やせば常温の珈琲の温度も誤魔化せるんじゃないか。そう言うと兄は、珈琲牛乳を求めてる時点で何をと思うかもしれないけれど牛乳多めは不味いんだよ、とのたまった。面倒くさいな。
俺は珈琲も牛乳もあまり好まない。酒の方が余程よく思える。であるから兄の拘りが分からない。そういうものなのかと納得したそぶりでもって兄の顔を眺める。黒の長い前髪が目に掛かっている。風呂上がりであるが故に濡れて、普段より一層深みを増した黒髪は見ているこっちが鬱陶しくなる。

「…なんだよ」
「別に。兄ちゃんって変な拘り多いよな」
「変」

兄は俺の言葉を反芻してから目を瞬かせる。

「変だろ。まさか自覚無いの。…セックスとかさぁ、絶対キスから始めるじゃん」

兄の身体が明らかに強張った。持っている缶珈琲からパキ、と小さく音が鳴る。それは夜の静寂に波紋を広げるようにキッチンどころかリビングまで響いて、俺の耳に届く。

「…キス、大事じゃん」
「なんで。いるかよそんなモン。恋人じゃねぇんだから」

溜息。
兄はそれから押し黙ってしまった。粉糖を適当なスプーンで掬ってコップの珈琲牛乳へといれていく。さらさら、と小さい粒が流れていく様から目が離せなくて俺は兄の手元を見つめ続けた。兄は俺の目線を憚るでも気にするでもなく続けてもう一度砂糖を掬った。そんなにいれるんだ。
兄の言葉を思い出す。歯が溶けるくらい甘い。
今度は、数度飲んだだろうかというくらい少ない記憶の中から市販の珈琲牛乳の味を思い出す。そんなに甘かっただろうか。

「で、今日もするんだろ。というか、俺はしたいんだけど」

兄は言葉を返すどころか俺に見向きもせずに出来た珈琲牛乳を口に含んだ。キッチンで立ったまま飲むほど、その衝動は大きかったのかといえば、そうでもないだろう。

「…違うんだよな、悪かないんだけど」

呟いて、コップに残ったそれを一気に流し込んだ。喉仏が上下に揺れる。俺はただ眺める。この後の行為に思いを馳せる。
━━━━金曜のド深夜、俺達は二人で羽を伸ばす。毎週そうだ。俺が兄の部屋へと向かう。兄は何も言わない。代わりにキスをする。いつだってそう。それが合図なのだ。

「先にベッド、行ってるから」

相手しろよ、お前の可愛い弟だろ。
兄は黙って俺を見る。肩につく程の黒髪。顔の半分を隠す鬱陶しい前髪。辛うじて見える双眼も前髪が影を落としてしまって暗い色をしている。穴ぼこみてぇ、と失礼にも少しだけ考えてしまった。
今日もキスからなんだろうな。これも、兄の言う衝動にあたるのだろうか。無性にキスをしたい衝動。或いはやはり拘りなのか。
血液みたいな甘い液体と珈琲の匂いのするキスを想像して、俺は足早に兄の部屋へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

Memory

yoyo
BL
昔の嫌な記憶が蘇って、恋人の隣でおねしょしてしまう話です

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

処理中です...