獣人王と番の寵妃

沖田弥子

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逢引き 1

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 王宮との境目には石垣が組まれ、巨木が覆い隠すように植えられている。巨躯なら飛び越えられないこともないだろう。
 本当に、来てくれるのかな……。
 会いたい。でも、もしかしたら、からかわれたのかもしれない。
 明日も会いたい言ってくれたエドの言葉は、思い違いではなかったのかと思うほど天は自信をなくしていた。
 誰にも愛されたことがないから、好意を信じられなかった。
 会えても、宴のことでの礼を述べたらすぐにエドは帰ってしまうのではないかと、悪い方向にばかり考えが及ぶ。
 それでもいい。エドに、会いたい。
 彼の顔を、一目見たかった。

「助けてくださって、ありがとうございました……エドが獣人王に進言してくださったおかげで僕は後宮にいることができます感謝しています……」

 練習した御礼の台詞を口の中で呟く。
 ふと、樫の枝葉が揺れた。
 振り向くと、すぐ後ろには巨躯の長袍。

「あっ……エド……」

 いつのまに来ていたのか。
 エドは可笑しそうに、口許を手で押さえていた。

「あの、もしかして……僕の独り言、聞いてました?」 
「いや、すまない。驚かせようとしてそっと近づいたのだが、あまりにも真面目な候補生だと感心してな……ふっ」

 笑いを堪えきれずに吹き出している。天は独り言を聞かれた恥ずかしさに、頬を朱に染めた。

「ひどいです、勝手に聞くなんて! 来てるなら来てると言ってください、僕、待ってたんですから!」

 あまりの羞恥に声を荒げて、エドの厚い胸板を拳で叩く。全く効いていないらしく、エドの巨躯は揺るぎもしない。

「待たせて悪かった。会いたかった、天」

 両の拳を、大きな掌で包み込まれる。
 温かな熱に包まれれば、憤りも、待っている間の不安もすべて霧散した。

「僕も……会いたかったです。あっ、そうだ」
「うん? どうした」

 天は果たすべき目的を思い出した。今さらという感じがするが、御礼はきちんと述べなくては。

「助けてくださって、ありがとうございました。エドが獣人王に進言してくださったおかげで……」

 だが再び吹き出したエドに遮られてしまう。

「天、その台詞はもう聞いた。とても棒読みだが、おまえの誠意は充分に伝わったぞ」
「棒読みでしたか……すみません」
「何度も練習したのか?」
「はい。昨日、布団の中で。きちんと御礼を言いたかったんです」
「そうか。頑張ったのだな」

 大きな手で、髪を撫でられた。
 練習どおりにこなせたとは言いがたいけれど、褒めてくれたことが嬉しくて、天は不器用にはにかむ。
 エドは、約束を守ってくれた。
 本当に、天に会いに来てくれたのだ。もしかしたら来ないかもしれないなんて彼を疑った自分を、そっと恥じた。
 ふと見上げれば、琥珀色の瞳と目が合ってしまう。視線が絡み、妙な心地になる。ふわふわと浮き立つような気がして、心が落ち着かない。

「あの……どうして、僕を見ているのですか?」
「うん? 見てはいけないか」
「いえ、見つめられたことがないので……不思議に思いました。僕はオメガだから、両親も僕を視界に入れないように目を逸らしていましたから」

 今まで誰にも顧みられなかったのに、エドは強い眼差しでまっすぐに見つめてくる。
 まるで太陽の陽射しのように眩しいこのぬくもりを、もっと注いでほしいと願ってしまう。
 だから僕は、エドに会いたかったのかな……。

「辛かったか?」

 エドは痛ましい表情を浮かべていた。
 訊ねられたことの意味を掴みかねて瞬きを繰り返す。つい、両親に疎まれていたことを告白してしまったから、同情を誘ったのだ。
 天は慌ててかぶりを振った。
 己の過去を晒して、エドに不快な思いをさせたくない。それになにより、こうしてエドの隣にいられるだけで心は弾んでいるのだから。

「辛いことなんてありません。今は与えられた環境で精一杯できることを頑張るだけですから。それにこうして、水の流れを眺めていると落ち着きます。踊りも好きだけれど、水も好きなのです」
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