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川の畔の再会 2
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「金額は問題ではない。私は、あの紗布を纏って踊る天をまた見たい。いずれ見せてくれるか?」
天の胸に喜びが、ふわりと花開く。
それは紗布をいただけたということにではなく、いずれまた、という次の機会をエドが与えてくれたことに対して、至上の安堵に似たものが胸いっぱいに広がったのだ。
エドは、また会いたいと願ってくれるのだろうか。
舞手としての腕を見込んでくれたのかもしれないが、彼がそう望むのなら応えたい。高価な紗布を纏いながら踊っても恥じぬよう、精進しようと天は心に銘じた。
「はい……ぜひ。もっと舞を磨いて、またエドにお見せしたいです」
「ぜひ。君は舞手のなかでも、ひときわ輝いていた。幼い頃から厳しい修練を積んできたのだろう」
「僕の腕前なんて師範には遠く及びません。でも、舞の練習は頑張りました」
思うように踊れなくて泣いたり、厳しい指導が辛くて逃げ出したくなったこともある。けれど翡翠の欠片を授けてくれたひとに出会ってから、挫けてはいけないと心に刻んできた。
胸元を握りしめる天の仕草を、エドは双眸を眇めて暫し見守っていた。
「……天、明日も会えるか。この時刻に、ここで」
「あ……はい。いいですよ。僕はこの時間は丁度、お昼の休憩なのです」
エドは大きな掌を差し出した。誓いの握手だろうか。
天がおずおずと手を伸ばせば、きゅっと固く握りしめられる。
なんて温かい掌だろう。まるで太陽の光を凝縮させたようなぬくもりだ。
「では、明日も楽しみにしている」
するりと掌を離したエドは腰を上げる。
彼は川辺のむこうにある王宮のほうへ去って行った。
広い背中を見送る天を一度だけ振り向いて、手を挙げてくれたので、天も手を掲げて応える。
約束してしまった。
どうしよう、という想いが胸から湧き出る。
それは王ではない獣人と密かに会うという背徳と、エドにまた会いたいと求められた喜びの双方を含んでいた。
しばらくエドの去った川辺に呆然と佇んでいた天だったが、突然駆け出して宿舎への道をひた走る。
どうしよう、どうしよう。
エドが、また会いたいと望んでくれるなんて。
あれは夢ではなかったのだろうか。
幾度もエドとの会話を脳内で反芻させるが、彼の低い声音はいつまでも天の鼓膜を優しく撫で続けた。
講義中も、舞の稽古の最中も、その日は熱に浮かされたように覚束なくて、黎にどうしたのかと心配されてしまった。
自分でもこんなに動揺するなんて、なぜなのか分からない。
けれど夜になり、宿舎の寝台に横になる頃には、天は幾分冷静に考えられた。
エドにまだ、宴で粗相をしたことに纏わる礼を述べていなかったのだと後悔した。
天が未だ後宮にいられるのも、エドがバシリオに進言してくれたおかげなのだ。もしかして明日も会いたいと願ってくれたのは、その礼を要求してのことだったのではないだろうか。
紗布を返すことばかりに気を取られて、庇ってくれた礼を忘れるなんて、なんという無作法者だろう。エドに呆れられてしまっただろうか。
染みの付いた天井を見上げながら、天はあれこれと思い悩む。
けれど最後には、ひとつの想いが核のごとく残った。
エドに、会いたい。
初めて会ったときから、また会いたいと願っていたから、それが現実になり、泡を食ってしまっている。
あの低いのにまろやかな声音や、太陽のような温かい掌に、もう一度会いたい。
「本当に会える……明日は御礼を言わなくちゃ……」
布団に潜り込みながら、天はそっと独りごちた。
翌日の同じ時刻に、天は再び川辺へ赴いた。
樫の木の傍には誰もいないようだ。首を巡らせると、遠くの茂みに人影が見えたような気がしたので目を凝らしたが、茂みは風に揺れているだけだった。見間違いだったらしい。
川辺には雑草や木々が生い茂るばかりなので、訪れるひとはいない。王宮の庭園がある川の畔は行事などにも使用されるので整地されているそうだが、天はそちらへ赴いたことはなかった。妃候補生は厳しい規律に縛られているので、勝手に王宮へ足を踏み入れてはならない。
だからエドが訪れるのを、ここで待つよりほかなかった。
天は昨日と同じ、樫の木の根元にある平たい石に腰を下ろす。
エドは王宮からやってくるのだろうか。
天の胸に喜びが、ふわりと花開く。
それは紗布をいただけたということにではなく、いずれまた、という次の機会をエドが与えてくれたことに対して、至上の安堵に似たものが胸いっぱいに広がったのだ。
エドは、また会いたいと願ってくれるのだろうか。
舞手としての腕を見込んでくれたのかもしれないが、彼がそう望むのなら応えたい。高価な紗布を纏いながら踊っても恥じぬよう、精進しようと天は心に銘じた。
「はい……ぜひ。もっと舞を磨いて、またエドにお見せしたいです」
「ぜひ。君は舞手のなかでも、ひときわ輝いていた。幼い頃から厳しい修練を積んできたのだろう」
「僕の腕前なんて師範には遠く及びません。でも、舞の練習は頑張りました」
思うように踊れなくて泣いたり、厳しい指導が辛くて逃げ出したくなったこともある。けれど翡翠の欠片を授けてくれたひとに出会ってから、挫けてはいけないと心に刻んできた。
胸元を握りしめる天の仕草を、エドは双眸を眇めて暫し見守っていた。
「……天、明日も会えるか。この時刻に、ここで」
「あ……はい。いいですよ。僕はこの時間は丁度、お昼の休憩なのです」
エドは大きな掌を差し出した。誓いの握手だろうか。
天がおずおずと手を伸ばせば、きゅっと固く握りしめられる。
なんて温かい掌だろう。まるで太陽の光を凝縮させたようなぬくもりだ。
「では、明日も楽しみにしている」
するりと掌を離したエドは腰を上げる。
彼は川辺のむこうにある王宮のほうへ去って行った。
広い背中を見送る天を一度だけ振り向いて、手を挙げてくれたので、天も手を掲げて応える。
約束してしまった。
どうしよう、という想いが胸から湧き出る。
それは王ではない獣人と密かに会うという背徳と、エドにまた会いたいと求められた喜びの双方を含んでいた。
しばらくエドの去った川辺に呆然と佇んでいた天だったが、突然駆け出して宿舎への道をひた走る。
どうしよう、どうしよう。
エドが、また会いたいと望んでくれるなんて。
あれは夢ではなかったのだろうか。
幾度もエドとの会話を脳内で反芻させるが、彼の低い声音はいつまでも天の鼓膜を優しく撫で続けた。
講義中も、舞の稽古の最中も、その日は熱に浮かされたように覚束なくて、黎にどうしたのかと心配されてしまった。
自分でもこんなに動揺するなんて、なぜなのか分からない。
けれど夜になり、宿舎の寝台に横になる頃には、天は幾分冷静に考えられた。
エドにまだ、宴で粗相をしたことに纏わる礼を述べていなかったのだと後悔した。
天が未だ後宮にいられるのも、エドがバシリオに進言してくれたおかげなのだ。もしかして明日も会いたいと願ってくれたのは、その礼を要求してのことだったのではないだろうか。
紗布を返すことばかりに気を取られて、庇ってくれた礼を忘れるなんて、なんという無作法者だろう。エドに呆れられてしまっただろうか。
染みの付いた天井を見上げながら、天はあれこれと思い悩む。
けれど最後には、ひとつの想いが核のごとく残った。
エドに、会いたい。
初めて会ったときから、また会いたいと願っていたから、それが現実になり、泡を食ってしまっている。
あの低いのにまろやかな声音や、太陽のような温かい掌に、もう一度会いたい。
「本当に会える……明日は御礼を言わなくちゃ……」
布団に潜り込みながら、天はそっと独りごちた。
翌日の同じ時刻に、天は再び川辺へ赴いた。
樫の木の傍には誰もいないようだ。首を巡らせると、遠くの茂みに人影が見えたような気がしたので目を凝らしたが、茂みは風に揺れているだけだった。見間違いだったらしい。
川辺には雑草や木々が生い茂るばかりなので、訪れるひとはいない。王宮の庭園がある川の畔は行事などにも使用されるので整地されているそうだが、天はそちらへ赴いたことはなかった。妃候補生は厳しい規律に縛られているので、勝手に王宮へ足を踏み入れてはならない。
だからエドが訪れるのを、ここで待つよりほかなかった。
天は昨日と同じ、樫の木の根元にある平たい石に腰を下ろす。
エドは王宮からやってくるのだろうか。
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