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街への視察 2
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自分にも子どもたちのために、なにかできることはないだろうか。
「エド……僕にも、お役に立てることはありませんか? 子どもたちに、なにかしてあげたいんです」
「それなら、この子たちに踊りを見せてあげてくれないか。天の舞を見た子たちが触発されてくれれば、将来に役立つかもしれないぞ」
「ええ、ぜひ」
エドに国一番の舞手だと大仰に紹介されてしまった天は、お行儀良く座る子どもたちの前でもっとも得意な舞を披露した。
それは王が異国の姫と恋に落ちる物語の一場面で、天は王に会いたいと恋い焦がれる姫を演じる。音楽も衣装も用意していなかったけれど、恋の舞は切なく、そして恋する悦びを濃密に魅せた。
舞を終えると子どもたちは「きれい!」と絶賛してくれた。無垢な笑顔が、なによりの褒美だった。
僕は、誰かを喜ばせることができるんだ。
天は初めて、己のやってきたことに意義を見出した。懸命に励んだことはなにひとつ無駄ではなく、いつか報われるのだと知った。
また訪れることを約束して孤児院を出ると、エドはしっとりと汗ばんだ天の手を取る。
繋いだ手は、柔らかなぬくもりを孕んでいた。
「視察に連れてきていただいて感謝します。また子どもたちとかかわる活動を行いたいです」
「今日の天の笑顔はとても輝いていた。国の事業に興味を持ってくれて、私も嬉しい」
清々しい爽快感に包まれていた。
こんな気持ちになれたのも、視察に誘ってくれたエドのおかげだ。
そのままふたりは石畳の敷かれた路を歩いた。後ろでは護衛の衛士が隊列を組んで見守っているのだが、それを気にしなければ、寵妃と側近という立場を忘れてしまいそうになる。
手を繋いで街を散策するなんて、まるでふつうの恋人同士のよう。
とある小間物屋の前を通りかかったとき、店先に飾られた豪奢な簪や櫛のむこうに陳列されている革紐に目が留まる。
そういえば、翡翠に結んでいた革紐が切れたままだ。革紐はむかし自分で購入したものだったので、この機会に新調しようか。
天の目線を追ったエドは小間物屋に足をむけた。
「気に入ったのか。では店の商品すべて買い上げよう」
「ええっ!? すべてだなんて、とんでもありません。革紐をひとつだけでいいんです」
「天は相変わらず慎み深いな。遠慮することはないのだぞ」
遠慮なんてしていない。天にとって大切な物は、獣人がくれた翡翠の欠片だけだ。
けれど、運命の番かもしれない彼を捜し当てようという気持ちは薄れていた。
天の心には、エドがいるから。
数ある革紐のなかから、今までに付けていたものに似た唐茶の品を手に取る。
「この革紐を、ひとつだけいただきます。翡翠を首から提げていたいので」
だから翡翠の思い出は、諦めない印として大切に胸の裡に仕舞っておこう。
エドは革紐を買い上げると、天の首元に緩く巻いてくれた。いつも胸元に収めている翡翠の欠片を取り出して、紐の先端から括り、宝玉を包み込む。翡翠の欠片は元通り、首から提げられた。
「ありがとうございます。大切にしますね」
見上げた天の瞳を、琥珀色の双眸が見つめ返す。
ふたりの視線が甘く絡み合う。濃密な蜂蜜のようなエドの瞳のなかには、天だけが映されていた。エドは微笑みを浮かべながら、身を屈めて天の瞳を覗き込む。
「天の瞳には、いつも青褐色の獣人が映っているな。これは誰だろうか」
見つめ合えば、互いの姿が瞳に映り込む。
ふたりが結ばれることはないけれど、こうして瞳を覗き込めば、エドは黒鳶色の瞳に入ってくれるのだ。そして天の姿も、エドの琥珀色の瞳に収められる。
僕の身体は今、好きなひとと繋がれている。
それはとても奇蹟的なことで、嬉しくて切なくて、胸を締めつけた。
きっと今日のことは、永久に天の心のなかに生き続ける。辛いことがあったとき、ふと空を見上げたとき、くりかえしくりかえし、美しい思い出として脳裏を駆け巡るだろう。
だから、平気だ。獣人王に望まれても、笑顔で初夜を迎えることができる。
天は涙が込み上げるのを必死に堪えた。視界がぼやけて、エドの顔が霞んでしまう。
「……天。どうした?」
泣いては怪訝に思われてしまう。折角エドと楽しい時間を過ごしているのに、最後に壊したくない。
無理に笑顔を形作る。天は胸元に飾られた翡翠の欠片を革紐ごと握りしめた。
「今日は、楽しかったです。僕は今日のことをずっと忘れません」
「また来よう。子どもたちともまた踊りを見せると約束したのだからな。さあ、王宮へ帰って休もう。今日は疲れただろう」
肩を引き寄せられ、守るようにエドの胸に抱き込まれる。待機していた馬車に乗り込み王宮へ戻るまでずっと、エドは天を離さなかった。
「エド……僕にも、お役に立てることはありませんか? 子どもたちに、なにかしてあげたいんです」
「それなら、この子たちに踊りを見せてあげてくれないか。天の舞を見た子たちが触発されてくれれば、将来に役立つかもしれないぞ」
「ええ、ぜひ」
エドに国一番の舞手だと大仰に紹介されてしまった天は、お行儀良く座る子どもたちの前でもっとも得意な舞を披露した。
それは王が異国の姫と恋に落ちる物語の一場面で、天は王に会いたいと恋い焦がれる姫を演じる。音楽も衣装も用意していなかったけれど、恋の舞は切なく、そして恋する悦びを濃密に魅せた。
舞を終えると子どもたちは「きれい!」と絶賛してくれた。無垢な笑顔が、なによりの褒美だった。
僕は、誰かを喜ばせることができるんだ。
天は初めて、己のやってきたことに意義を見出した。懸命に励んだことはなにひとつ無駄ではなく、いつか報われるのだと知った。
また訪れることを約束して孤児院を出ると、エドはしっとりと汗ばんだ天の手を取る。
繋いだ手は、柔らかなぬくもりを孕んでいた。
「視察に連れてきていただいて感謝します。また子どもたちとかかわる活動を行いたいです」
「今日の天の笑顔はとても輝いていた。国の事業に興味を持ってくれて、私も嬉しい」
清々しい爽快感に包まれていた。
こんな気持ちになれたのも、視察に誘ってくれたエドのおかげだ。
そのままふたりは石畳の敷かれた路を歩いた。後ろでは護衛の衛士が隊列を組んで見守っているのだが、それを気にしなければ、寵妃と側近という立場を忘れてしまいそうになる。
手を繋いで街を散策するなんて、まるでふつうの恋人同士のよう。
とある小間物屋の前を通りかかったとき、店先に飾られた豪奢な簪や櫛のむこうに陳列されている革紐に目が留まる。
そういえば、翡翠に結んでいた革紐が切れたままだ。革紐はむかし自分で購入したものだったので、この機会に新調しようか。
天の目線を追ったエドは小間物屋に足をむけた。
「気に入ったのか。では店の商品すべて買い上げよう」
「ええっ!? すべてだなんて、とんでもありません。革紐をひとつだけでいいんです」
「天は相変わらず慎み深いな。遠慮することはないのだぞ」
遠慮なんてしていない。天にとって大切な物は、獣人がくれた翡翠の欠片だけだ。
けれど、運命の番かもしれない彼を捜し当てようという気持ちは薄れていた。
天の心には、エドがいるから。
数ある革紐のなかから、今までに付けていたものに似た唐茶の品を手に取る。
「この革紐を、ひとつだけいただきます。翡翠を首から提げていたいので」
だから翡翠の思い出は、諦めない印として大切に胸の裡に仕舞っておこう。
エドは革紐を買い上げると、天の首元に緩く巻いてくれた。いつも胸元に収めている翡翠の欠片を取り出して、紐の先端から括り、宝玉を包み込む。翡翠の欠片は元通り、首から提げられた。
「ありがとうございます。大切にしますね」
見上げた天の瞳を、琥珀色の双眸が見つめ返す。
ふたりの視線が甘く絡み合う。濃密な蜂蜜のようなエドの瞳のなかには、天だけが映されていた。エドは微笑みを浮かべながら、身を屈めて天の瞳を覗き込む。
「天の瞳には、いつも青褐色の獣人が映っているな。これは誰だろうか」
見つめ合えば、互いの姿が瞳に映り込む。
ふたりが結ばれることはないけれど、こうして瞳を覗き込めば、エドは黒鳶色の瞳に入ってくれるのだ。そして天の姿も、エドの琥珀色の瞳に収められる。
僕の身体は今、好きなひとと繋がれている。
それはとても奇蹟的なことで、嬉しくて切なくて、胸を締めつけた。
きっと今日のことは、永久に天の心のなかに生き続ける。辛いことがあったとき、ふと空を見上げたとき、くりかえしくりかえし、美しい思い出として脳裏を駆け巡るだろう。
だから、平気だ。獣人王に望まれても、笑顔で初夜を迎えることができる。
天は涙が込み上げるのを必死に堪えた。視界がぼやけて、エドの顔が霞んでしまう。
「……天。どうした?」
泣いては怪訝に思われてしまう。折角エドと楽しい時間を過ごしているのに、最後に壊したくない。
無理に笑顔を形作る。天は胸元に飾られた翡翠の欠片を革紐ごと握りしめた。
「今日は、楽しかったです。僕は今日のことをずっと忘れません」
「また来よう。子どもたちともまた踊りを見せると約束したのだからな。さあ、王宮へ帰って休もう。今日は疲れただろう」
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