26 / 32
発情
しおりを挟む
さらりと真紅の紗布が舞い落ちる。
己の息遣いと、激しく脈打つ鼓動だけが耳に届いた。
拍手と共に、エドの低い声音が降りかかる。
「素晴らしい舞だった。これほどの舞を見たのは、初めてだ」
天はゆっくりと顔を上げた。その額には汗が滲んでいる。
悲恋の舞は哀しい結末だが、楽しさや幸せを享受するために恋愛するわけではない。
ただ、愛しさを貫くため。
その覚悟が必要なのだ。たとえ己の身を犠牲にしても。
「完成しました……。エドのおかげです」
天は恋する者が抱く、ひとつの境地に達した。
エドと結ばれなくても、胸に抱いた愛情は永遠に継続していく。たとえ天が姫のように炎に焼かれて蝶になってしまっても、恋心は消えてなくならないのだ。
王の仮面を外したエドは舞台の中央に歩み、倒れたままの天の手を取る。
「この紗布も、とてもよく似合っていた。さあ、立つがよい」
「ありが……う、んっ」
びくりと身体が跳ねてしまう。
手が震え、浅い息を継いだ天の顔は上気していた。
なぜか身体が火照っている。踊りのあとだからだろうか。それにしては、身体の芯に疼きを覚えた。
「どうした、天」
「いえ……なんだか、身体が……」
「とにかく宮殿に戻ろう」
エドに横抱きにされて、すぐ傍にある宮殿へ戻る。宮殿の門前にはすでに迎えの馬車が待機していた。天を抱いて戻ってきたエドの姿に、待っていた黎とルカスは驚きの声を上げる。
「天、どうかしたのか? もしかして具合悪いのか?」
「どういたしました、天妃さま!?」
門扉の脇に置かれた長椅子に、身体を横たえられた。
エドは慎重に天の様子を推し量る。
「どうやら、発情期が訪れたようだな」
「え……そんな……」
今まで発情期が訪れたことはないので、具体的にどんな症状なのか体感したことはなかった。妃候補のときは支給される抑制剤を服用していたが、妃に昇格すると抑制剤は処方されないきまりなので飲んでいない。それも王の子を孕みやすくするためという宮廷の規律なのだが、まさか初夜に初めての発情を迎えてしまうなんて。
耐えがたいほどの衝動が込み上げて、くらりと酩酊する。
エドは動けない天を再び抱き上げようとしたが、ルカスが素早く制止をかけた。
「天妃さまをなんといたします」
「この状態では王宮まで連れていけまい。宮殿で休ませる」
「なにを仰います。これは懐妊の好機です。一刻も早く王宮の褥にお連れしましょう」
馬車には妃がひとりで乗り、王宮の寝所に向かう。宮男は連れていけないのが掟だ。到着すれば出迎えがあるが、天は自力で歩けないほど発情していた。
「では俺が連れて行こう」
「それはいかにあなたさまであろうとも、まかり成りません。宮廷の規律にお従いなさいませ」
「なんだと? この状態で、ひとりで行かせるというのか」
「馬車に乗るまでのことでございます。我々が天妃さまをお乗せしますから、あなたさまは王宮へお行きなさいませ」
頑として規律を守ろうとするルカスとエドの間で押し問答が交わされる。
ぐったりと身を横たえた天の身体から、雄を誘う濃密な香りが、ぶわりと舞い上がる。
呻り声を上げたエドは不承不承の呈で、天から手を放した。
「では、頼んだぞ。おまえたちの務めを果たせ」
「お任せくださいませ」
立ち上がったエドは身を翻して、宮殿の門を出て行った。おそらく歩けない天を王宮で出迎えるために先回りしてくれるのだろう。
ルカスと黎に抱えられながら、どうにか宮殿の外で待機する馬車に乗り込む。
壮麗な馬車の周りには提灯が巡らされ、煌々と闇夜を照らしていた。寵妃のために王が用意させた特別な馬車は内装も豪華で、天鵞絨張りの座席には背を凭れさせるのに充分な数の柔らかい手枕が置かれている。お仕着せを纏う御者は慇懃な仕草で扉を閉めると、御者台で手綱を取る。
天は熱に浮かされたような潤んだ瞳で物見窓から顔を出した。
「行って……参ります……」
見送るルカスと黎に手を振ると車輪が回り出し、深々と頭を下げるふたりの姿が遠ざかる。
もうとうに覚悟は決めていたはずなのに、獣人王に抱かれるということが現実味を帯びると、ひどく心が軋む。
妃としての責務を全うしなければならない。ルカスを始めとした宮廷の人々は、天が獣人王の子を孕むことを期待している。エドが夜伽の指南をしてくれたのも、そのためなのだから。
己の息遣いと、激しく脈打つ鼓動だけが耳に届いた。
拍手と共に、エドの低い声音が降りかかる。
「素晴らしい舞だった。これほどの舞を見たのは、初めてだ」
天はゆっくりと顔を上げた。その額には汗が滲んでいる。
悲恋の舞は哀しい結末だが、楽しさや幸せを享受するために恋愛するわけではない。
ただ、愛しさを貫くため。
その覚悟が必要なのだ。たとえ己の身を犠牲にしても。
「完成しました……。エドのおかげです」
天は恋する者が抱く、ひとつの境地に達した。
エドと結ばれなくても、胸に抱いた愛情は永遠に継続していく。たとえ天が姫のように炎に焼かれて蝶になってしまっても、恋心は消えてなくならないのだ。
王の仮面を外したエドは舞台の中央に歩み、倒れたままの天の手を取る。
「この紗布も、とてもよく似合っていた。さあ、立つがよい」
「ありが……う、んっ」
びくりと身体が跳ねてしまう。
手が震え、浅い息を継いだ天の顔は上気していた。
なぜか身体が火照っている。踊りのあとだからだろうか。それにしては、身体の芯に疼きを覚えた。
「どうした、天」
「いえ……なんだか、身体が……」
「とにかく宮殿に戻ろう」
エドに横抱きにされて、すぐ傍にある宮殿へ戻る。宮殿の門前にはすでに迎えの馬車が待機していた。天を抱いて戻ってきたエドの姿に、待っていた黎とルカスは驚きの声を上げる。
「天、どうかしたのか? もしかして具合悪いのか?」
「どういたしました、天妃さま!?」
門扉の脇に置かれた長椅子に、身体を横たえられた。
エドは慎重に天の様子を推し量る。
「どうやら、発情期が訪れたようだな」
「え……そんな……」
今まで発情期が訪れたことはないので、具体的にどんな症状なのか体感したことはなかった。妃候補のときは支給される抑制剤を服用していたが、妃に昇格すると抑制剤は処方されないきまりなので飲んでいない。それも王の子を孕みやすくするためという宮廷の規律なのだが、まさか初夜に初めての発情を迎えてしまうなんて。
耐えがたいほどの衝動が込み上げて、くらりと酩酊する。
エドは動けない天を再び抱き上げようとしたが、ルカスが素早く制止をかけた。
「天妃さまをなんといたします」
「この状態では王宮まで連れていけまい。宮殿で休ませる」
「なにを仰います。これは懐妊の好機です。一刻も早く王宮の褥にお連れしましょう」
馬車には妃がひとりで乗り、王宮の寝所に向かう。宮男は連れていけないのが掟だ。到着すれば出迎えがあるが、天は自力で歩けないほど発情していた。
「では俺が連れて行こう」
「それはいかにあなたさまであろうとも、まかり成りません。宮廷の規律にお従いなさいませ」
「なんだと? この状態で、ひとりで行かせるというのか」
「馬車に乗るまでのことでございます。我々が天妃さまをお乗せしますから、あなたさまは王宮へお行きなさいませ」
頑として規律を守ろうとするルカスとエドの間で押し問答が交わされる。
ぐったりと身を横たえた天の身体から、雄を誘う濃密な香りが、ぶわりと舞い上がる。
呻り声を上げたエドは不承不承の呈で、天から手を放した。
「では、頼んだぞ。おまえたちの務めを果たせ」
「お任せくださいませ」
立ち上がったエドは身を翻して、宮殿の門を出て行った。おそらく歩けない天を王宮で出迎えるために先回りしてくれるのだろう。
ルカスと黎に抱えられながら、どうにか宮殿の外で待機する馬車に乗り込む。
壮麗な馬車の周りには提灯が巡らされ、煌々と闇夜を照らしていた。寵妃のために王が用意させた特別な馬車は内装も豪華で、天鵞絨張りの座席には背を凭れさせるのに充分な数の柔らかい手枕が置かれている。お仕着せを纏う御者は慇懃な仕草で扉を閉めると、御者台で手綱を取る。
天は熱に浮かされたような潤んだ瞳で物見窓から顔を出した。
「行って……参ります……」
見送るルカスと黎に手を振ると車輪が回り出し、深々と頭を下げるふたりの姿が遠ざかる。
もうとうに覚悟は決めていたはずなのに、獣人王に抱かれるということが現実味を帯びると、ひどく心が軋む。
妃としての責務を全うしなければならない。ルカスを始めとした宮廷の人々は、天が獣人王の子を孕むことを期待している。エドが夜伽の指南をしてくれたのも、そのためなのだから。
2
あなたにおすすめの小説
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
ノエルの結婚
仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。
お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。
生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。
無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ
過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。
J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。
詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。
婚約者変更で傲慢アルファの妃になりました
雨宮里玖
BL
公爵令息のハルは突然の婚約者変更を告げられ戸惑う。親同士の約束で、ハルは第一王子のオルフェウスと婚約していた。だがオルフェウスの病気が芳しくないため王太子が第二王子のゼインに変更となり、それに伴ってハルの婚約者も変更になったのだ。
昔は一緒に仲良く遊んだはずなのに、無愛想で冷たいゼインはハルのことを嫌っている。穏やかで優しいオルフェウスから、冷酷なゼインに婚約者が変わると聞いてハルは涙する。それでも家のために役に立ちたい、王太子妃としてゼインを一途に愛し、尽くしたいと運命を受け入れる覚悟をする。
婚礼式のときからハルに冷たく傲慢な態度のゼイン。ハルは負けじと王太子妃としての役割を果たすべくゼインに迫る。初夜のとき「抱いてください」とゼインに色仕掛けをするが「お前を抱く気はない」とゼインに一蹴されてしまう——。
白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです
まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。
そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。
だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。
二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。
─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。
受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。
拗らせ両片想いの大人の恋(?)
オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。
Rシーンは※つけます。
1話1,000~2,000字程度です。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
【完結済】「理想の恋人 〜タイムリープしたので、全財産貢いだダメ猫と別れます
かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中
BL
30歳の警察官、オメガの貴弘(たかひろ
)は、猫獣人の不実な恋人・アルファの猫井司(ねこいつかさ)に裏切られたショックで家出をした矢先、埼玉山中の交通事故で事故死してしまう。
ところが、気付けば猫井と出会う前に時間が戻っていた。
今度の人生では猫井に振り回されるのをやめようと決心するが……。
本編「理想の結婚 俺、犬とお見合いします」のスピンオフです。
全く話が繋がっていないので、単体で問題なく読めます。
(本編のコミカライズにつきましては、日頃より有難うございます)
昨日まで塩対応だった侯爵令息様が泣きながら求婚してくる
遠間千早
BL
憧れていたけど塩対応だった侯爵令息様が、ある日突然屋敷の玄関を破壊して押し入ってきた。
「愛してる。許してくれ」と言われて呆気にとられるものの、話を聞くと彼は最悪な未来から時を巻き戻ってきたと言う。
未来で受を失ってしまった侯爵令息様(アルファ)×ずっと塩対応されていたのに突然求婚されてぽかんとする貧乏子爵の令息(オメガ)
自分のメンタルを救済するために書いた、短い話です。
ムーンライトで突発的に出した話ですが、こちらまだだったので上げておきます。
少し長いので、分割して更新します。受け視点→攻め視点になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる