獣人王と番の寵妃

沖田弥子

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運命の番 3

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 首を捻ってエドを見上げる。
 今までの会話を反芻すると、天の認識とは大いに異なる点があった気がする。
 エドは平然として告げた。

「王は私だ。父王の後を受け継いだ第一二代アバスカル王、エドアルド・ラディナ・カルドナが私の真名だ。バシリオは父母を同じくする私の弟だ」

 驚愕の事実に、天は息を呑んだ。
 バシリオが王でエドは側近だと思い込んでいたが、考えてみればエドは自らを側近だと明言したわけではなく、あくまでも天が予測したことだった。

「エドが……アバスカル王なのですか?」
「そうだ。まさかとは思ったが、やはり勘違いをしていたようだな」

 ルカスはエドが獣人王だと当然知っていたわけで、おそらく黎も宮男に昇格してからはエドが王である前提で話していたのだろう。ふたりのエドに対する儀礼を思い返せば、それはやはり王へのものだ。王が自分の寵妃を訪ねるのに、なんの遠慮があろうか。後ろめたい思いを抱いて懊悩していたのは天だけである。

「申し訳ありません……数々の非礼、お詫びいたします」

 獣人王はずっと傍にいたというのに、寵妃になってからも知らずにいたなんて、自分はなんという愚か者だろうか。羞恥が込み上げ、掌で顔を覆う。
 エドは喉奥でくつくつと笑いを零した。

「いや、すまない。私も始めは王だと隠していたのだ。私がアバスカル王だと知った途端に、ひとは突然態度を変えて媚びてくる。そのような変貌を見るのに嫌気が刺していたので、宴でも玉座に座らなかったのだ。天に私は王だと告げてしまえば、もうエドとして見てもらえなくなると恐れた。おまえにだけは、ありのままの私に接してほしかったのだ」
「そうだったのですね……」

 獣人王として、彼は孤独だったのだ。だからこそ川辺での天との逢瀬を大切にしてくれた。エドが王だと始めから知っていたらやはり天も、気兼ねなく話すことはできなかったのではないかと思う。
 小路を抜けて王宮へと続く路を、エドは天を抱きながら悠然と歩む。宵の帳が緩やかにふたりを包み込んでいた。

「しかし今まで気づかなかったとはな。そんなところも可愛らしいが。夜伽の指南を受けて、おかしいと思わなかったか? 講師ならば王の寵妃に接吻はしないだろう」

 閨房でのことを指摘された天の顔は朱を刷いたように染まる。それを隠すように、エドの逞しい胸に頬を押しつけた。

「あれが正しい指南なのだと信じていました。夜伽の指南で、さらにエドへの恋心が膨らんでしまったんです。それなのに王に抱かれなくてはならないのだと、悲愴な決意を持って今宵を迎えました」
「悩ませてしまって悪かった。だが私にとっては僥倖だ。天はバシリオが王だと思っていたのにもかかわらず、私に助けを求めた。おまえは王の私ではなく、私自身を望んでくれた。これ以上の悦びは他にない。天は私だけの、寵妃だ。そして私も天だけのものになりたい。改めて訊ねるが、私の運命の番になってくれるか?」

 運命の番になることは、獣人王が他の妃を娶らないことを示す。
 僕だけが、エドの唯一の妃。
 それは途方もない幸福であり、そして国家の命運をも背負う重大な決意だった。
 王宮へ辿り着くと、居並ぶ宮男たちに出迎えられる。肌が晒されないよう丁寧に長袍で天の身体を包み直したエドは、平伏する宮男の列を泰然として通り過ぎた。
 白亜に煌めく廊下のむこうには黄金に輝く扉がある。
 重厚な扉が開かれると、そこには繊細な彫刻が施された寝台が鎮座していた。
 夜伽を行うための、王の寝所だ。
 寝台にゆっくりと身体を横たえられた天は、愛しいひとの琥珀色の双眸を見つめる。悠久を思わせる輝きから、一瞬たりとも目が離せない。

「僕を……あなたの運命の番にしてください」

 頷きを返したエドの指先が、革の首輪を解いていく。
 漆黒の髪を優しく梳かれて、うなじに零れる後れ毛を掻き上げられた。

「天……好いている。必ず幸せにする」
「僕もです。エドが、好きです」

 鋭い牙が、花蝋燭の灯に煌めいた。それが目の端を掠めたとき、うなじに鮮烈な感覚が走る。噛まれた痛みに眉根が寄るが、胸には幸福感が溢れた。
 ふたりは運命の番として結ばれたのだ。
 天の眦を一筋の涙が伝う。それは幸せの雫だった。
 宥めるようにエドは噛み痕に舌を這わせる。何度も、何度も。鉄錆めいた血の匂いが充満したが、それが霧散するまでエドは番の徴を舐め続けた。

「嬉しい……エド。僕は生涯、あなたを愛し続けます」

 ふわりと雄を誘うオメガの香りが寝所に匂い立つ。切なく眉根を寄せたエドは、乱れて額に落ちかかる天の髪を掻き上げる。
 この香りに誘惑されるのはもはや、運命の番であるエドだけだ。
 ふたりの視線が濃密に絡み合う。
 互いの瞳に映るのは、新たに契りを結んだ運命の番。

「抱くぞ。私だけの寵妃」
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