獣人王と番の寵妃

沖田弥子

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運命の番 2

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 自分でもなにを口走っているのか分からなくなる。
 このままバシリオに抱かれたくないという拒絶だけが、逸る身体とは裏腹に膨れ上がる。
 バシリオは口端を吊り上げると獰猛な笑みを刻んだ。掴まれた足首は折れそうなほど力が込められてひどく痛み、天は眉を寄せる。

「俺に逆らうな。挿れるぞ」
「いや、いや……っ」

 必死でもがき、身体を捻る。たとえ獣人王が相手でも、これがオメガの宿命であっても、抱かれることを心が拒んでいた。
 エドにしか、身体を許したくない。
 裸体に残された革紐と翡翠の欠片が首元を撫でる。天は革紐ごと翡翠を、きつく握りしめた。

「エド……、エド、お願い、たすけて……っ」

 悲痛な叫びが室内に響き渡る。
 そのときふいに、月が陰る。
 刹那の暗闇に瞳を瞬かせた天は次の瞬間、獣の咆哮を聞いた。
 足首が解放され、身体はどさりと寝台に倒れ込む。
 ふたりの獣人が呻り声を上げながら掴み合っていた。
 青褐色の影が激しく交差する。片方の獣人が纏う白銀の長袍が、月明かりに煌めいた。
 まさか。来てくれたのだろうか。
 天の胸に驚きと期待が溢れる。
 やがて頭を押さえつけられたバシリオは突っ伏した。

「バシリオ、どういうつもりだ! 私の寵妃を奪おうとした罪は重いぞ。たとえ弟だろうと容赦はしない」

 焦がれていたエドの姿を目にして、安堵と歓喜に胸が打ち震える。
 助けてくれた。エドは天の身を案じて、王宮から駆けつけてくれたのだ。
 手許を見れば、握り込んだ翡翠の欠片は仄かな光を放っていた。まるで天の危機に呼応するように。
 バシリオは忌々しげに歯噛みした。

「くそ……オメガはいくらでもいるんだ。貸してくれたって良いだろう、兄上」
「そのような問題ではない。天と私は、運命の番だ。二度と天に触れるな」

 ――運命の番。
 その言葉が、胸の中心に温かく染み込む。
 エドの面差しが、幼い頃に出会った獣人と重なる。
 ああ、そうだったのだ。
 あのひとはいつも見守ってくれていたのだ。
 天の胸に確信が広がる。もう再会できないかもしれないと諦めかけていた翡翠の獣人は、常に天の傍にいてくれたのだった。
 駆けつけた衛士にバシリオは引き立てられていく。長袍の上着を脱いで、裸の天を包んでくれたエドは安堵の息を漏らした。

「大事ないか、天。翡翠が光ったのでなにかあったのだと察し、駆けつけたのだ」
「僕は大丈夫です。……その翡翠はもしかして……?」

 エドの逞しい胸には、掌ほどの大きな翡翠が提げられていた。
 天の持つ翡翠と連動するように光っていたが、やがて収束する。互いの翡翠は沈黙し、元の宝玉としての輝きに落ち着いた。
 どうやらエドは天と同じ翡翠を所持しており、この宝玉の不思議な力によって天の危機を察知したらしい。
 エドの碧色の宝玉は台座に嵌められ、金鎖で繋がれている。翡翠には狼の横顔と月桂樹の葉が浮彫されていた。その意匠は王家の紋章だ。

「これは代々カルドナ王家に伝わる宝玉だ。アバスカル王を継ぐ者が、この翡翠を王の証として受け継ぐ。持ち主の危機に光を放つという力があり、手元から離れても、宝玉は戻ってくるという言い伝えがある」

 歴代の王に受け継がれてきた宝玉の翡翠は、端が欠けていた。天が胸元から取り出した翡翠の欠片を宛ててみると、欠けた部分にぴたりと合致する。
 離れていた翡翠は運命の導きにより、再び巡り会えた。

「あなただったのですね……。僕が幼い頃に、翡翠の欠片を授けてくださったのは」
「いつも見守っていると言ったろう。私の運命の番」

 運命の番だと言ってくれた翡翠の獣人は、エドであった。
 埋もれた伝説ではなかった。運命の番は、実在したのだ。
 エドは代々の王に受け継がれる大切な翡翠を割ってまで、天を守ってくれた。
 優しく引き寄せられ、横抱きにされる。温かな腕に包まれて、天の身体から力が抜けていく。
 けれどまだ疑問が残っていた。
 エドは先程バシリオに、私の寵妃だとか言い、弟や兄上と呼び合っていたようだが。
 それに翡翠の宝玉を持つ者は、アバスカル王ではないのか。

「翡翠が王の証ということは……バシリオさまはアバスカル王ではないのですか?」
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