獣人王と番の寵妃

沖田弥子

文字の大きさ
29 / 32

運命の番 3

しおりを挟む
 首を捻ってエドを見上げる。
 今までの会話を反芻すると、天の認識とは大いに異なる点があった気がする。
 エドは平然として告げた。

「王は私だ。父王の後を受け継いだ第一二代アバスカル王、エドアルド・ラディナ・カルドナが私の真名だ。バシリオは父母を同じくする私の弟だ」

 驚愕の事実に、天は息を呑んだ。
 バシリオが王でエドは側近だと思い込んでいたが、考えてみればエドは自らを側近だと明言したわけではなく、あくまでも天が予測したことだった。

「エドが……アバスカル王なのですか?」
「そうだ。まさかとは思ったが、やはり勘違いをしていたようだな」

 ルカスはエドが獣人王だと当然知っていたわけで、おそらく黎も宮男に昇格してからはエドが王である前提で話していたのだろう。ふたりのエドに対する儀礼を思い返せば、それはやはり王へのものだ。王が自分の寵妃を訪ねるのに、なんの遠慮があろうか。後ろめたい思いを抱いて懊悩していたのは天だけである。

「申し訳ありません……数々の非礼、お詫びいたします」

 獣人王はずっと傍にいたというのに、寵妃になってからも知らずにいたなんて、自分はなんという愚か者だろうか。羞恥が込み上げ、掌で顔を覆う。
 エドは喉奥でくつくつと笑いを零した。

「いや、すまない。私も始めは王だと隠していたのだ。私がアバスカル王だと知った途端に、ひとは突然態度を変えて媚びてくる。そのような変貌を見るのに嫌気が刺していたので、宴でも玉座に座らなかったのだ。天に私は王だと告げてしまえば、もうエドとして見てもらえなくなると恐れた。おまえにだけは、ありのままの私に接してほしかったのだ」
「そうだったのですね……」

 獣人王として、彼は孤独だったのだ。だからこそ川辺での天との逢瀬を大切にしてくれた。エドが王だと始めから知っていたらやはり天も、気兼ねなく話すことはできなかったのではないかと思う。
 小路を抜けて王宮へと続く路を、エドは天を抱きながら悠然と歩む。宵の帳が緩やかにふたりを包み込んでいた。

「しかし今まで気づかなかったとはな。そんなところも可愛らしいが。夜伽の指南を受けて、おかしいと思わなかったか? 講師ならば王の寵妃に接吻はしないだろう」

 閨房でのことを指摘された天の顔は朱を刷いたように染まる。それを隠すように、エドの逞しい胸に頬を押しつけた。

「あれが正しい指南なのだと信じていました。夜伽の指南で、さらにエドへの恋心が膨らんでしまったんです。それなのに王に抱かれなくてはならないのだと、悲愴な決意を持って今宵を迎えました」
「悩ませてしまって悪かった。だが私にとっては僥倖だ。天はバシリオが王だと思っていたのにもかかわらず、私に助けを求めた。おまえは王の私ではなく、私自身を望んでくれた。これ以上の悦びは他にない。天は私だけの、寵妃だ。そして私も天だけのものになりたい。改めて訊ねるが、私の運命の番になってくれるか?」

 運命の番になることは、獣人王が他の妃を娶らないことを示す。
 僕だけが、エドの唯一の妃。
 それは途方もない幸福であり、そして国家の命運をも背負う重大な決意だった。
 王宮へ辿り着くと、居並ぶ宮男たちに出迎えられる。肌が晒されないよう丁寧に長袍で天の身体を包み直したエドは、平伏する宮男の列を泰然として通り過ぎた。
 白亜に煌めく廊下のむこうには黄金に輝く扉がある。
 重厚な扉が開かれると、そこには繊細な彫刻が施された寝台が鎮座していた。
 夜伽を行うための、王の寝所だ。
 寝台にゆっくりと身体を横たえられた天は、愛しいひとの琥珀色の双眸を見つめる。悠久を思わせる輝きから、一瞬たりとも目が離せない。

「僕を……あなたの運命の番にしてください」

 頷きを返したエドの指先が、革の首輪を解いていく。
 漆黒の髪を優しく梳かれて、うなじに零れる後れ毛を掻き上げられた。

「天……好いている。必ず幸せにする」
「僕もです。エドが、好きです」

 鋭い牙が、花蝋燭の灯に煌めいた。それが目の端を掠めたとき、うなじに鮮烈な感覚が走る。噛まれた痛みに眉根が寄るが、胸には幸福感が溢れた。
 ふたりは運命の番として結ばれたのだ。
 天の眦を一筋の涙が伝う。それは幸せの雫だった。
 宥めるようにエドは噛み痕に舌を這わせる。何度も、何度も。鉄錆めいた血の匂いが充満したが、それが霧散するまでエドは番の徴を舐め続けた。

「嬉しい……エド。僕は生涯、あなたを愛し続けます」

 ふわりと雄を誘うオメガの香りが寝所に匂い立つ。切なく眉根を寄せたエドは、乱れて額に落ちかかる天の髪を掻き上げる。
 この香りに誘惑されるのはもはや、運命の番であるエドだけだ。
 ふたりの視線が濃密に絡み合う。
 互いの瞳に映るのは、新たに契りを結んだ運命の番。

「抱くぞ。私だけの寵妃」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結済】「理想の恋人 〜タイムリープしたので、全財産貢いだダメ猫と別れます

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中
BL
30歳の警察官、オメガの貴弘(たかひろ )は、猫獣人の不実な恋人・アルファの猫井司(ねこいつかさ)に裏切られたショックで家出をした矢先、埼玉山中の交通事故で事故死してしまう。 ところが、気付けば猫井と出会う前に時間が戻っていた。 今度の人生では猫井に振り回されるのをやめようと決心するが……。 本編「理想の結婚 俺、犬とお見合いします」のスピンオフです。 全く話が繋がっていないので、単体で問題なく読めます。 (本編のコミカライズにつきましては、日頃より有難うございます)

星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~

大波小波
BL
 鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。  彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。  和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。  祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。  夕食も共にするほど、親しくなった二人。  しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。  それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。  浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。  そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。  彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです

まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。 そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。 だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。 二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。 ─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。 受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。 拗らせ両片想いの大人の恋(?) オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。 Rシーンは※つけます。 1話1,000~2,000字程度です。

ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果

SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。  そこで雪政がひらめいたのは 「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」  アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈  ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ! ※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。

夢のヒモ生活

異謎児遠理
BL
主人公、紫野夕希は将来αと結婚してヒモになることが夢……というのは冗談で、しかして楽な人生を歩みたいとは考えていた。仲のいい高校のクラスメイトから、別のクラスのαとΩのカップルの話を聞かされて、いやいや自分はβだしなと言いつつも羨ましいと感じていた。さて、そんな話を聞いた帰り道、親友兼幼馴染にして最も身近なαでもあった大崎啓斗に、例のカップルの話をしたところ微妙な反応をされて……? 昔書いて放置していた作品のお焚き上げ&他サイト様からのお引越し投稿になります。 一応、オメガバースものですが、設定はふんわりめ。 あと純愛。でもえちちは軽め。 なによりシンプル。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

処理中です...