聖女転生? だが断る

日村透

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エセ聖女、逃げる

6. もう一人のヒーロー

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 侍女はリリ達のふるまいを思い出しては怒り、私はそのたびにたしなめるはめになった。
 優しい口調で注意しているだけなのに、侍女は毎回、強く叱責されたかのようにうつむく。
 最近少しずつわかってきたけれど、彼女は私自身の怒りが怖いのではなく、私の信奉者に睨まれることを恐れているのだ。
 もしかしてこういうことの積み重ねも、セレスティーヌが悪役になってしまった原因なのだろうか。

 ともかくあの召喚聖女の正体については、もうどうでもいい。
 リリはオーギュスト王子を気に入り、聖女の役目についても前向きだった。
 ならば彼女に聖女をやってもらえばいいじゃないの。
 本人がやる気に満ちているのだから、やる気のある人に任せるのが一番だ。

 召喚された直後は、まだ彼女の『力』が発現していない。
 けれどもう少ししたら、強力な浄化能力が少しずつ表れるようになる。

 この世界では、人体に有害な『瘴気』がどこかから漏れ出ることがあって、それを浄化できるのは神殿に伝わる浄化魔法と、本物の聖女の力だけだった。
 よくある物語と違う点は、自然現象だから根絶させることはできないということ。
 世界には血液みたいに魔力の流れがあり、いい流れもあれば悪い流れもある。それ自体が毒になるほどの悪い流れが、瘴気と呼ばれるものの正体……と、前世の母は言っていた。

 地面から突然噴き出てきた瘴気だまりが、何もせずとも自然に消滅してくれることさえある。
 ただし、人や生き物が被害を受ければ、浄化魔法でなければ治すことができない。

 長年聖女をやっているだけはあり、一応、私はそこそこの使い手だ。
 けれど召喚聖女の力は女神エステルに授けてもらう力だから、当然ながら私とは桁違いに強い。彼女一人いれば、私がいなくとも神殿は充分にやっていけるだろう。

 王子は……うん、どうでもいい。
 最後にお会いしたの、いつでしたかしら? とんと記憶にございませんわ。

 こっそり王宮から抜け出す方法については、それほど時間がかからず頭に浮かんだ。
 私は赤ん坊の頃から国と神殿に仕えるように刷り込まれて育ったから、自分で逃げる可能性をほとんど心配されていない。
 警備兵は外から侵入する者には厳しく目を光らせているけれど、私自身の足で出ていく分には、監視がかなり甘いのだ。

 私が動く気になりさえすれば、意外と自由に動くことができる。だから異世界の乙女への嫌がらせも、いろいろ仕込むことができた。
 どこをどう通れば聖女『ルリ』の部屋に忍び込み、こっそり不吉な印を描くことができるかも私は知っている。

 問題は王宮を出たあとだ。
 自力で逃げ続けることなんて無理だし危険だから、誰かを頼るしかない。
 私の信奉者の貴族にお願いするのは、聖女に選ばれたと勘違いをされそうな怖さがある。
 なら誰を頼るのがいい?

 アロイス・オベールだ。

 この人物以外に浮かばない。
 私を匿い、密かにこの国から出す能力のある唯一の人物。
 私より五歳上の二十三歳。褐色の肌に、印象的な紫の瞳。
 紫がかった黒髪はゆるく波打ち、背の半ばまで伸ばして、適当にまとめている。

 彼はロラン王国の人間ではない。長年敵対関係にあり、現在は停戦中であるウェルディエ皇国の人間なのだ。
 彼はたまたま仕事でロラン王国に滞在中、追放された異世界の乙女を拾う。そして何かと彼女の世話を焼いてやるうちに、次第に淡い想いを抱くようになるのだ。

 けれど最終的に彼女が選ぶのは王子。
 つまり彼は、当て馬として登場するキャラクターなのである。

『ねえママ? 私、結婚するならこっちのほうがいい』
『奇遇ね。ママもよ』

 何故あの主人公は、このアロイスより王子を選んだのだろう? 絶対こっちのほうがいい男なのに。
 主人公の無実を信じてあげずに、その後も全然フォローをしてあげなかったあの王子とくっつく意味がわからない。

 ――それは、『レーベルに合わないので変更してください』という天の声が轟いたから、だったそうだ。

 ヒーローは王侯貴族や騎士でなければいけない。
 そんな縛りのあるレーベルだったらしい。

 しかしアロイス・オベールは、商人だった。


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