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エセ聖女、逃げる
18. キャンプ地
しおりを挟むぱちりと瞬きをした瞬間、天はすっと消え去った。
その向こうにあるのは幌馬車の天井部分だった。防水布と革を組み合わせているのか、陽射しはほとんど入ってこない。
あんなに眩しいと感じたのは何だったのだろう。一瞬だけ夢でも見たのだろうか?
アロイスだけでなく、リュカやジゼルも私の顔を覗き込んでいるけれど、反応する余裕がまったくない。
もう気力が尽きてしまって、体力もどうやら限界なのだ。
「くそっ」
アロイスが舌打ちして、私の全身を床の穴から引っ張り上げた。
そして背中と膝裏に腕を回し、ぐいと力を入れて持ち上げる。
身体がふわりと床から離れるのを感じた。力の入らない頭と上半身が、勝手にアロイスの胸へぽすんと寄りかかり、頬に彼の髪の感触がある。
……あ、これは…………もしや、お姫様だっこ……!?
きゃーきゃー…………うっぷ。
こんな時にはしゃぐなんてと我ながら呆れるけれど、転生前から転生後まで、生まれて一度も経験がなかったのである。
前世からずっと密かに憧れていた、お姫様抱っこ。だというのに、しっかりはしゃげる余裕がこれっぽっちもない。
アロイスは私を抱えたまましっかりした足取りで移動し、身軽に馬車の中から降りた。
その瞬間、世界が切り替わったかのように眩しい光が辺りに満ちる。
土と、緑の草と、向こうに見える木立。遠くに連なる山。
今はもう夜明けではなく、やはり太陽はだいぶ高くまで昇り、世界を鮮やかに照らしている。
昼にはまだ遠いけれど、何時ぐらいなのだろう。
風が心地いい……。
「……ここ、は……」
「喋るな。俺らの野営地だ」
丈の短い草の広がる大地に、無数の大きなテントが張られている。四角錐のテントもあれば、小屋の形のテントもあった。
向こうには何台もの荷馬車と、繋がれた何頭もの馬。
着物のような服を着た褐色の肌の人々が、アロイスの姿を見つけてわらわらと寄ってくる。
都で会った人々もいれば、見覚えのない顔もたくさんあった。
「エディットのテントは?」
「こっちだ、頭領」
仲間の誰かに案内され、アロイスはざくざくと丈の短い草を踏んでいく。
ひときわ大きな小屋型のテントを見つけると、彼は片手で入り口の垂れ幕を開けながら、奥にいる女性を呼んだ。
「エディット! こいつを診てくれ!」
「あいよ、こっちへ寝かせな!」
用意されていた布団の手前でゆっくりしゃがむと、アロイスは私の頭や身体に響かないようにか、その上へ丁寧に丁寧におろしてくれた。
ああ……さらば、憧れのお姫様抱っこよ……なんて、こんな状況なのに惜しんでしまうおバカな自分をしばきたい。
残念ながら指一本ろくに動かせなくて、しばくのは無理なのだけれど。
「唇まで真っ白だ。せめて箱に入れて運びゃあ、ここまで酷くなんなかったろうに」
「箱の中身も全部検めてやがったんでな。床を使うしかなかった」
「ああそりゃ、仕方ないね。仕掛けに引っかかったんじゃなかったのかい?」
「引っかかったぞ。そっちに数を割いていたから、こっち方面は手薄で余裕だった。門兵の奴らは『念のために調べろ』とだけ命じられていたみたいでな、何を探せばいいのかも奴ら自身わかってはいなかった。……ここに着いたら一旦こいつを出して、またすぐに移動するつもりだったんだが」
「難しいね」
布団の傍であぐらをかいたアロイスの言葉に、同じようにあぐらをかいたエディットという女性が、私の顔を見おろして首を横に振った。
二人は地面に直接座っているのかと思いきや、ござのような敷物の上に座っている。
私の寝かせてもらっている布団も、敷物の上にあった。
エディットは四十歳前後のふくよかな女性で、この人も小説では見たことがない。あらかじめ準備しておいたらしい湯桶の中で布を絞り、私の顔や手を拭いてくれるのが心地よかった。
「擦り傷と、あざもできてそうだ。まずは手当てして、明日出発にしたほうがいいと思うけどね。急いだほうがいい感じかい?」
「……ここからはまだ都が見える。昼過ぎには出たいが、いけるか」
「わかったよ、そんくらいなら持ち直してるだろ。あっちからも、ひと休憩終えて出発したように見えるだろうしね」
「頼む」
それだけを言うと、アロイスは立ち上がった。
「あ……」
私が声をかける間もなく、彼はさっさと出入口の幕の向こうに消えてしまった。
お世話になっているお礼や、迷惑をかけているお詫び、いろいろ言いたいことがあったのに。
「おやおや、心配いらないよ。あいつはどっかへ行ったりしないからね」
私はよっぽど不安そうな顔をしていたのだろう、エディットは頭を撫でながらそんな風になぐさめてくれた。
子供扱いをされて顔が熱くなりそうなのに、母親みたいな手やまなざしが嬉しい。
彼女も私が聖女だと知っているはずなのに、こんな接し方ができるなんて、この女性こそ聖母なのでは? と思ってしまう。
「エディットさん、あたしもなんか手伝うことある?」
「そうだね。そろそろ顔色が持ち直してきたから手当てしちまおう。リュカ、男は邪魔だ。出ていきな」
「へぇい」
リュカが肩をすくめて退散し、ジゼルだけがエディットの助手として手当てをしてくれることになった。
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