聖女転生? だが断る

日村透

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エセ聖女、逃げる

21. 再び出発

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 正午の鐘が遠くから鳴り響いて少しした頃、テントの周囲がガヤガヤと忙しくなるのが聞こえ、しばらくしてアロイスがやってきた。

「行くぞ。――エディット、あんたはすぐ後ろから付いてきてくれ」
「あいよ、なんかあったら呼びな」

 端的なやりとりが交わされるのを見ながら、私も上半身を起こし、ジゼルにブーツを履かせてもらった。
 くるぶし丈のブーツは脇に浅くスリットが入っていて自力でも履けそうだったけれど、私は昔から靴を自力で履かないのが当たり前だった。
 聖女は着替えも靴を履くのも何もかも、使用人にやってもらうもの。特に靴は自分の手で触れてはならない。
 ジゼルにもそういうイメージがあったようで、何も言わずにささっと履かせてくれたのだけれど、今後はちゃんと自分でやるように伝えなければ。

 王宮や神殿の人々には、きっと私が着替えひとつ満足にできない箱入り聖女と思われていたことだろう。
 自力でブーツを履いて家出するとは、こういう点でも想像できなかったに違いない。

 さあ立ち上がるぞと布団に手を突いたら、いきなりアロイスが私の前にしゃがみ込んだ。

「え? ……きゃっ?」

 背中と膝裏に腕を回され、ふわ、と身体が浮かび上がる。

 ――っっっきゃーきゃーきゃーっ!? こ、こ、これは……っっ!?

 憧れのお姫様抱っこ、再び!
 もう二度とないかもとあきらめていたのに!!

 自分の体温が急激に一、二度は上がった気がする。
 全身が石のように硬直しつつ、小刻みに震えるという器用な状態になってしまった。

「あー、悪いが我慢しろ。乗るまでだ」

 ちょっとバツの悪そうなアロイスの顔が近い。
 私の顔が紅潮している理由を、嫌がっていると勘違いされてしまったようだ。
 嫌だとか屈辱とかではなく、お姫様抱っこにテンションが上がっているだけですとは言えない。

 ――そ、それにしてもこれ、素面しらふですと恥ずかしいんですのね!? 実はとっても心臓に悪いのでは……!?

 とにかくアロイスの顔が近い。あの整った横顔がすぐ間近にあり、息遣いもはっきりとわかる距離だ。
 紫がかって波打つ黒髪が一本一本はっきりと見え、私を抱えている腕も密着した上半身も、これが男性であると鮮明に伝えてくる。

 聖女セレスティーヌとしてふるまうならば、「わたくしの世話をさせてあげましょう」という顔で平然とする場面かもしれない。
 だけど、素の私だとどうすればいいのだろう。遠慮なくしなだれかかるのが正解?
 などと腕の中の痴女が考えているとは露知らず、アロイスはざくざくと草地の上を歩いて行く。

 来る時にも乗っていたほろ馬車の近くまで来て、堂々巡りだった私の思考は一時的に落ち着いた。
 宿を出る時はじっくり観察する余裕なんてなかったけれど、こうして見るとあの床に人ひとりが隠れられるようには到底見えない。
 もともと人間が入ることを想定しておらず、純粋に秘密の荷物を隠して運ぶための空間だったようだ。

 エタンがほろ馬車の後部にステップを準備しており、アロイスは危なげのない足取りでそれを踏む。
 彼が馬車の中へ入ると同時に、後ろからジゼルとリュカがひょいひょいと身軽に乗り込んできた。
 内部にはかなり荷物が増えている。テント用の防水布や敷物類が、わずかなスペースを残して大量に詰まれていた。

「今度入るのはあれだ」

 アロイスが顎をしゃくった先には、どっしりとした箱。
 折りたたんだ防水布などに左右を挟まれているのは、横揺れで箱がずれないようにだろうか。
 箱の蓋は開いていて、中にはクッションが詰め込まれている……。

 予想に違わず、アロイスはその中に私をポスンと入れた。
 箱の大きさは上半身を起こしていれば胸から上が見え、丸まって頭を低くすれば余裕で蓋を閉じられる程度。
 何かあれば蓋を閉じてもらい、その上に防水布などをかければ隠すことができそうだ。

 それにしても中へぎゅうぎゅうに詰め込まれたクッション、私の身体に配慮してくれた結果なのだろうけれど、身体にものすごくフィットする感じが何かに似ている……。

 ――……あ。人をダメにするソファ……?

 いけない。
 これはこれで長く入っていると危険なものなのでは……!?

 どうしようと困り果ててアロイスを見上げたら、何やら彼は表情を消してジッとこちらを見下ろしている。
 え、どうしたのかしら?
 するとアロイスの背後からひょいと顔を覗かせたリュカが、私の姿を見てひとこと。

「…………箱入り聖女」

 アロイスが顔をそむけてぶはっと噴き出し、リュカはジゼルに頭をガツンと殴られていた。


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