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目指せ引退生活
36. 比類なく貴重な積荷 (3) -sideアロイス
しおりを挟むセレスティーヌが熱を出した。
頬に触れた時は冷たいぐらいだったのに。
「熱さましを飲ませてみたよ。効いたらいいんだがね」
――エディットの薬は効かなかった。
翌朝、セレスティーヌの熱は高いままだった。
「祈りのおかげなのかどうかわからんが、俺はむしろ体調がいい。エディットはどうだ」
「あたしもさ。風邪を引いている者もいないし、変な病が流行ってる兆しもないよ。この子のこれは心からきたやつじゃないかね」
「心か……」
物見遊山に出かけているわけではなく、『逃亡』している真っ最中なのだとセレスティーヌが理解していないわけもなく、その上で彼女は不満も不安も一度も見せずに明るく振る舞っていた。
加えて、慣れない旅が徐々に己を追い込み、とうとう限界に達してしまったのか。
「今日の移動は無理そうか」
「やめといたほうがいいよ。時間はたっぷり稼げたんだろ?」
ああ、と頷くも、すっきりしない気分だった。
ただの犯罪者に捕まっただけであれば、そいつは王宮か神殿のどちらかへ身代金の要求をするはずだ。
それがないということは、聖女を欲した計画的な誘拐の可能性が高い。初心な聖女をたぶらかした男がいるかもしれないと、そちらも視野に入れて捜査をするだろう。
その場合真っ先に疑われるのは、彼女が行方をくらます直前に接触していた誰かだ。
だから俺達のいる東方面に、追っ手はまだ来ないはず。
なのにどうしてか、据わりの悪さを感じる。
浄化魔法が最も必要になる最大の難所はまだ先なのに、こんな場所で足止めをされることへの、奇妙な不安のような……苛立ちを覚えているのか。
かといって、これで移動を強行したら、セレスティーヌの状態は確実に悪化してしまうだろう。
もとから荷馬車は速度を出せないのだから、焦らず今日は留まるしかないか。
ジゼルが心配そうな顔で交換した額の布を、つい睨むように見下ろしてしまった。
……そういえば、いつの間にか毛先が整っているな。
枕に広がる白髪が目に入り、今さらになって気付いた。
彼女が自力で切った髪は、毛先が不揃いになっていたはず。
ジゼルにでも整えてもらったのだろうか。みっともないと感じたことがなかったから、今の今まで気付かなかった。
女性の顧客は皆、誉め言葉次第で財布の口をゆるめる。髪型は見逃してはならないポイントのひとつなのに、セレスティーヌ相手には気にしたこともなかったなんて。
発熱のせいで歪んだ眉、赤の差した目元や頬は、彼女がちゃんと生きている人間であると証明している。
血の通わない作り物めいた聖女と嗤っていたくせに、今はこの色が早く引けばいいと思った。
「頭領、ちょっといいか」
「エタン? なんだ」
「見てもらいたいもんがある」
エタンの表情に特段の変化はないが、纏う空気がいつもより硬い。
立ち上がりざまエディットに邪魔をしたことを詫び、テントを出るなりさっさと歩き出した片腕のあとを無言で付いて行く。
エタンが俺を案内したのは荷馬車の前だ。
そこには見覚えのある木箱が置かれ、周囲に隊商の男が何人も立っている。
あの後ろ姿はヒューゴか。
リュカの姿もある。テントにいないと思っていたら、ここにいたのか。
彼らは腕組みをしたり口元に手を当てたりしながら、じっと動かずに箱を見下ろしていた。
顔が見える位置に立つ男は、何やら真剣な目をしている。
俺とエタンの接近に気付き、みな顔を上げて箱から少し離れた。
「頭領。これを」
エタンが俺を振り返り、木箱に向けて顎をしゃくった。
何の変哲もない大きな木箱。
幼児が一人ぐらいは入れそうな大きさで、彼女に言われて集めた石をその中に入れた。
川原でなるべく角が取れた石。持ち運びが容易で、なおかつ長持ちさせるにはそこそこの大きさがあったほうがいい。
そう指定され、たまたま手の空いていた者が何人か手伝い、指定通りの石を集めるのに数分もかからなかったと聞いている。
その時の俺は仲間と今後の道程について話しており、その石探しに参加はしなかったが、彼女がそれに何をしたのかは見ていた。
俺だけでなく、多くの仲間が何度も目撃しているだろう。
――セレスティーヌが毎日、浄化魔法をかけていた光景を。
無理はせず、日に一、二回。
清浄な輝きが木箱の中に満たされ、すべて石の中へ吸い込まれていった。
「……これは」
ただの川原の石ころに過ぎなかったそれらが、今や半数以上、まったく別の何かに変じていた。
水晶ほどに透明で、向こうが完全に透けて見える。
もとの形を保ったままの、いびつなガラス塊のようなそれらの中心にモヤモヤと白い煙が渦巻いて、箱の中の影をわずかに照らしていた。
白いもやは、それ自体が光っているのだ。
今は日の高い時刻だからぼやけていても、夜の帳が下りれば明るさを実感することだろう。
魔石というものによくあることだが、純度の高いものほど魔力が内部に籠もって漏れることがなく、離れた場所からその気配を察知することが困難だった。
だいたいはそれを視認するか、直に触れてみて初めてわかるようになる。
ゾワリと鳥肌が立った。
この白いもやは、セレスティーヌの魔力だ。
凝縮された、浄化の魔力。
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