聖女転生? だが断る

日村透

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目指せ引退生活

38. 比類なく貴重な積荷 (5) -sideアロイス

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 長旅において心配になることのひとつは、身体がなまることだ。
 体力は常に使っていても、肉体は日常の動作に応じて変化する。
 だから食料や体力に余裕のない日以外は、なるべく鍛錬を欠かさないようにしていた。
 体術と棒術、木剣を使った軽い打ち合い。それを一日の間に短時間だけでも行えば、実戦向けに作り上げた身体が弱ってしまう事態は防げる。

 どことなくひりついた空気が漂い、その日も次の日も、全員がどこかしらの時間で木剣を振るう姿を見かけた。
 鳥に食われていない木の実や、食用に適した野草をそこらじゅうで見かけ、幸いにも食べ物には困っていない。
 エディットのテントで看病されている一名を除き、全員の身体の調子がよく、体力も充実していた。
 まるで何かが、備えろと言っているような……。


 二日後の早朝。セレスティーヌの熱は下がらなかった。
 エディットとジゼルがつきっきりで看病しても、症状は一向によくならない。
 その代わり、悪くもならなかった。
 一定の高熱が出て、それ以上は上がらない。昼間はちゃんと意識があり、水は飲めるし食事もできる。
 死なない程度に、弱らされている?

「出るぞ。急げ」

 俺の号令とともに、全員が速やかに動き始めた。
 セレスティーヌはいつもと違い、今回はエディットの馬車に乗せる。
 いつも彼女を入れている箱は、今回ばかりは使えない。
 関所を通過する時だけ蓋を閉じ、その上に防水布を重ねて隠すようにしていたが、ものに通用するイメージが湧かなかった。

 両脇に荷を寄せて中央に空間を作り、そこに布団を敷いて彼女を寝かせ、エディットとジゼルが傍についた。
 念のために夜行鳥もその馬車に入れておく。病人の傍に鳥はよくないと聞いているが、この二人が逃げ延びた時、仲間と連絡を取るのに使えるだろう。

「エディット、頼んだ」

 踏み込まれれば見つかるのは、どの馬車でも変わらない。
 ――その時は逃がせ。
 暗にそう伝えれば、エディットは瞳の奥に強い力をみなぎらせ、表面上いつもと変わらぬ顔のまま頷いた。そしてまばたきひとつでそれを隠し、呼吸の荒い病人へ視線を戻す。

 この場で余計な言葉は必要がない。
 何より、セレスティーヌが気にしてしまうだろう。
 寝床から翡翠の瞳がこちらを見ていそうな気配を感じたが、気付かなかったふりをした。

 ――あんたのせいじゃない。留まると決めたのは俺だ……などと言っても、彼女は気に病んでしまいそうだ。
 
 俺はこの選択がミスだったとは感じていない。
 強いて言うなら、どちらを選択しても同じ結果になった気がしている。

「おまえら、剣は外しとけ。多分、を使うぞ」
「おう」
「へぇい」

 ヒューゴは先頭の馬車に乗り、俺とエタン、リュカはしんがりの馬車の荷台に乗りこんだ。
 エタンはあぐらをかいて腕組みをし、瞼を閉じて耳だけを澄ましている。
 俺とリュカも後方に神経を尖らせた。

 そう、俺が出発を延ばすと決めた時、リュカは俺に何も言わなかった。
 こいつも勘が鈍ることぐらいたまにはあるだろうが、分岐した道を前にした時、それを間違えないことでは俺よりも信頼がある。

 だが、何故だ?

 昨日、一昨日よりも強まる後方からのプレッシャーが、単なる考え過ぎではないと伝えてくる。
 最後にみやこの仲間から連絡が来た時から、それほど日数は経っていない。
 神殿も王宮も、誰も俺達に注目していなかったはずだ。
 それに……。





 じりじりと休憩を入れつつも前進した。
 気はいても、定期的に馬を休ませねば完全に動けなくなる。
 岩場の多い場所を抜け、両脇を森で挟まれた道に入った。
 この空の色だと、そろそろ太陽が向こうの山に隠れる頃か。
 そんな時だった。
 後方の空に、土煙らしきものを見つけたのは。

「本当に来やがったか……」
「来ちまったすね。でも頭領、なんで? 早過ぎる」
「知らん」

 こちらは確かに足の遅い荷馬車の行列だ。
 だからこそ簡単には追い付けないよう、日数も距離も稼ぎまくったんだ。

 ――無関係の奴であればいいんだがな……。

 まったく期待してはいなかったが、ロラン王国の旗が見えてきて、くだらない希望は捨てた。

「騎兵すね。それはいいけど、なんか速いな……」

 リュカの言葉を聞きながら、俺も眉をひそめていた。
 遠くにうっすら土煙が見え始めた時点から、ずっと馬が速度を落としていない。
 数は……二十騎ほどか。
 ロラン王国正規兵の服に交じり、神官服が見える。
 神官が馬を駆って来たのか?
 大神官ではなく、そこそこ若い神官が四名。うち、上位神官の服が一人、あとは下位神官だ。
 それから……。

「……おいおい。王子様のお出ましか」
「げ。俺らを退治にでも来たんすかね?」

 闇の中でも発光していそうな黄色の髪と、鮮やかすぎる青い瞳。
 きらきらしい王族の衣装に身を包み、前衛の兵に守られながら、騎乗したオーギュスト王子がこちらを睨み付けていた。 


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