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ついに皇国へ
83. 今になって合点がいくエピソード
しおりを挟むあの小説の中で、アロイスは主人公の少女に故郷のことを好きだと語りながら、その故郷に戻ることはなかった。
彼らが旅をするのは、常に別の国。読んでいる時は特に何も思わなかったけれど、改めて考えてみれば、自慢の故郷だけ案内してあげなかったなんておかしいことだったかもしれない。
いくら継承権がなくとも、愛情はあっても、アロイスにとっては長居しないほうがいい故郷なのだ。
きっとグレゴリーもそう。
二人ともマティス陛下との関係が悪いわけじゃなく、火種になりそうな条件も既に手放している。
それでも多分、あんまり居座ると、いろいろ不都合があるんだろうな……。
前世の母がこれをどこまで設定していたか、なんてことは考えても意味がなかった。
母が見せてくれなかった部分に関しては、どんなに想像したところで、今から確かめる方法なんてないのだから。
何より、この世界の人々を一人残らず、細部まで設定できていたわけがない。
……そういえばそもそもこの世界、深い関わりがあるのは原作小説と漫画版、どちらなのだろう?
漫画は原作を一部変更することはあっても、ストーリーに影響するほどのオリジナル設定をいきなり出してくることなんて、あんまりなかったと思うのだ。
ああでも、原作小説では主人公の愛読書がライトノベルだったのに、漫画版ではコミックになっていたっけ。
それに原作では登場の少なかったキャラクターが、漫画では大活躍なんてこともあった。
漫画はそのシーンを『絵』で表現する必要があるから、文章では詳しく書かれなかったキャラの姿形もデザインする必要がある。
そうやって動かしてみると思いがけず人気が出て、登場シーンが増やされた……なんてケースもあったみたいだ。
――双方の差異で判断が付けられそうなものですけれど。わたくし『物語など知ったことではありませんわ!』と早々に王宮を出てしまいましたし、筋書きやセリフなど、もはや比べようも…………あっ? そうですわ、ありましたわ差異が! もう、こんな簡単なことですのに、うっかりしていましたわね。
うっかりというより、どこかにぶち捨てて消し去りたい記憶だったから、ろくに考えなかったのだけれど。
『セレスティーヌ、なんとあなたは美しいのだろう。聖女であるあなたを我が妻に迎えられるとは、自分は幸福な男だ』
ありし日のオーギュスト王子が、二人のお茶会の席で私に言ったセリフ。
これは原作小説にもしっかり書かれていた。
悪役聖女セレスティーヌが、王子へのどろどろとした執着心とともに回想するシーン。
漫画では、このセリフ部分が変わっている。
『セレスティーヌ、なんとあなたは美しいのだろう。あなたを妻に迎えられる私は幸福な男だ』
フキダシの中に収めるため、セリフをできるだけ短くしていたのだ。
私の記憶の中の王子のセリフは、原作のものと完全に一致している。
ならほぼ間違いなく、この世界が沿っている流れは、原作のほうと見ていいだろう。
「して、そなたの今後の身の振り方だが」
さあ、陛下が何か心臓に悪いことを言ってくるぞ! と身構えた。
だってこの陛下、話の運び方が本当に掴めないんだもの。
私が考え込んでいた時間は決して長くなかったはずだけれど、どこかで何か聞き落としでもしていないかと不安になる話の運び方だった。
「グレゴリーとアロイスを通じ、そなたの希望を聞いた。神殿へ入ることは望まぬそうだな?」
「仰せの通りにございますわ」
「ならば、そなたを皇宮に迎え入れる準備がある。望みの地位、身分があるならば遠慮なく申してみるがよい」
……やっぱりそう来ますか。
このお姫様っぽい服を着せてもらった時点で、半ばそう言われそうな気はしていました。
位の高い侍女か、なんなら形だけの側室か。私みたいな立場の女には定番の、とても現実的なお話ですよね。
グレゴリーはずっと飄々としていて、いまいち彼の思惑はわからない。
アロイスはさっきまでの不機嫌さを消し、まるで他人事のような表情で湯呑みに視線を落としている。
けれど彼は、悪いようにはしないと約束してくれた。
私がどういう性格で、何を望みそうなのか、彼はよく知っているはず。
じっと見据えてくるマティス陛下に、私はにっこりと作り笑顔を向けた。
「光栄にございますわ、陛下。ですけれど、謹んで遠慮させていただきたく存じます」
神殿が嫌なら皇宮へ入れてあげてもいいよ?
お断りです。
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