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『元』聖女、出発する
99. もしや……いや、まさか -side大神官
しおりを挟む大神殿を出る際に、またあの坊やが失敗したようだ。
目撃していた神官によれば、民が王子の背後から群がり、あの布を……頭部を包んで隠していたあの布を引っ張り、取ってしまったというのだ!
とにかくさっさと大急ぎで馬車に乗り込むか、威厳を持って下々の者など追い払えばよかったのだ。
相手は平民。武器もなく、丸腰だったというではないか。
日頃から粗末なものを食し、剣も槍も持たぬ貧民など、王子であればたやすく追い返せように!
「兵も兵です。守りを簡単に突破された挙句、みすみす王族へ手をかけさせるとは」
しかもそこにいたのは、ほんの十数名程度の暴徒だったという話ではないか。
その程度、ひとり残らず斬り捨ててしまえばよかったろう。
「陛下と殿下の迎えによこされた兵は、平民の出身であったようです」
腹心の上位神官の言葉に得心がいきました。
なるほど。急いで手配できる者が平民出身の一般兵だったのか。
そしてその者どもは、同じ平民を斬るのを躊躇った?
「実に愚かなことです、王族を守らずしてなんのための王宮兵でしょうか。やはり陛下や殿下の身を近くでお守りするのは、平民ではいけませんね」
「仰せの通りです」
腹心と頷き合い、わずかながら心が慰められた。
しかし何かが解決したわけでもない。
その日も神殿のつとめを果たし、自室へ戻ってひとまずは休むことにする。
どうしてか浄化の魔石のできる数がどんどん減っているために、増産の方法を考えねばならないのに。
今は在庫を放出しているが、それも間もなく尽きるだろう。
――まったく、次から次へと。
王子のあの頭が晒されてしまった。
せっかく隠す方法が見つかっていたのに。
あの坊やが不甲斐ないせいだ。
まんまとセレスティーヌを奪われるような間抜けばかりを送り込んだ、あの王もいけない。
「……セレスティーヌがいれば、民衆を大人しくさせるのも簡単であったのに」
いや。そもそも平民どもが騒いだのは、セレスティーヌが逃げたせいだった。
思考が堂々巡りになり、鏡台の前に立って溜め息をつく。
私の頭部にも今は布を巻いているが、これで人前に出れば、王子と同じようなことをしていると注目されてしまうだろう。
婚儀の日とは言わず、今からでも頭巾を被っておくとしよう。
「セレスティーヌならば、これを浄化できたのでしょうか? いえ、もしや……」
セレスティーヌが、呪いをかけた張本人、などということは……
「いえ。有り得ません。まさか」
聖女の魔法にこのようなものはない。このような呪いなど聞いたこともない。
セレスティーヌが学んだ、どんな魔法にもなかったはずだ。
もしや呪いではなく、あの王子が最初に『勘違い』をしたという、女神の……
「いえ。有り得ません。それこそ有り得ませんよ」
王族などより、大神官たる自分こそ、天罰など下されてはならない。
自分は悪事など働いていないのだ、何ひとつ。
神官の最高位である自分こそが、この国の正義。
セレスティーヌに埋め込んだのも、呪具などという恐ろしいものではない。ただの魔道具がそう呼ばれているだけだ。
あれを幼い頃に埋め込んだのも、痛みの記憶が残らぬようにという思いやりだ。
何より、実際にその作業をしたのは自分ではない。
他の神官だ。
命令だってしていない。
聖女を正しくしっかりとお守りするために、このようにいたしましょう――そう提案しただけだ。
自分がやったのではない。
「……いっそ引退、してしまいましょうか?」
もう高齢だから後進に譲ると言って……しかし、王の顔がちらりとよぎった。
引退などをしたら、あの男は口封じに刺客を送り込んできそうな気がする。
「何故私に、このような災難ばかり降りかかってくるのか……!」
幸か不幸か、王子があのみっともない頭を晒したことで、民衆は鎮まった。
――あの頭はなんだったのだ、という噂が広まって。
奴らが二度と騒げぬよう、今のうちにどうにかせねば。
そう思っても、これといった解決策もないまま幾日かが経過したある日、国王から呼び出された。
嫌な予感がする。
やはりさっさと引退するのがよかったろうか?
思い返せば、あのリリなどよりも遥かに良い子であったセレスティーヌのおかげで、大神殿の地下宝庫はもちろん、自分の部屋にもたんまりとお金がある。
あれらは信心深い者達がこぞって『寄付』したものであり、大神官たる自分が自由に使っていいものだ。
別邸にすべて移し替え、引退の宣言をしてしまおう。
刺客など、用心棒を大勢雇えばきっと撃退できる。
今回の呼び出しに応じるのを最後とするのだ。
挨拶なども要らぬだろう。
そう思いながら祭礼用の頭巾を被り、王宮に足を運ぶと、広い謁見の間ではなく王の私室に案内された。
「…………陛下?」
「………………」
王の頭に、布。
その顔はげっそりとこけ、眼球は血走っている。
もしや、あなたも?
「……これを見よ」
自分と違ってその布は、ギチギチに巻いたものではない。
ゆるく被せて垂れた布の上に、王冠を被っている。
だが前髪や左右の髪を、布に巻き込んで見えないようにしていた。
王がおもむろにそれを外すと……
――うぐっ……!?
腹から変な空気が出そうになった。
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