聖女転生? だが断る

日村透

文字の大きさ
99 / 251
『元』聖女、出発する

99. もしや……いや、まさか -side大神官

しおりを挟む

 大神殿を出る際に、またあの坊やが失敗したようだ。

 目撃していた神官によれば、民が王子の背後から群がり、あの布を……頭部を包んで隠していたあの布を引っ張り、取ってしまったというのだ!

 とにかくさっさと大急ぎで馬車に乗り込むか、威厳を持って下々の者など追い払えばよかったのだ。
 相手は平民。武器もなく、丸腰だったというではないか。
 日頃から粗末なものを食し、剣も槍も持たぬ貧民など、王子であればたやすく追い返せように!

「兵も兵です。守りを簡単に突破された挙句、みすみす王族へ手をかけさせるとは」

 しかもそこにいたのは、ほんの十数名程度の暴徒だったという話ではないか。
 その程度、ひとり残らず斬り捨ててしまえばよかったろう。

「陛下と殿下の迎えによこされた兵は、平民の出身であったようです」

 腹心の上位神官の言葉に得心がいきました。
 なるほど。急いで手配できる者が平民出身の一般兵だったのか。
 そしてその者どもは、同じ平民を斬るのを躊躇ためらった?

「実に愚かなことです、王族を守らずしてなんのための王宮兵でしょうか。やはり陛下や殿下の身を近くでお守りするのは、平民ではいけませんね」
「仰せの通りです」

 腹心と頷き合い、わずかながら心が慰められた。
 しかし何かが解決したわけでもない。
 その日も神殿のつとめを果たし、自室へ戻ってひとまずは休むことにする。

 どうしてか浄化の魔石のできる数がどんどん減っているために、増産の方法を考えねばならないのに。
 今は在庫を放出しているが、それも間もなく尽きるだろう。

 ――まったく、次から次へと。

 王子のあの頭が晒されてしまった。
 せっかく隠す方法が見つかっていたのに。
 あの坊やが不甲斐ないせいだ。
 まんまとセレスティーヌを奪われるような間抜けばかりを送り込んだ、あの王もいけない。

「……セレスティーヌがいれば、民衆を大人しくさせるのも簡単であったのに」

 いや。そもそも平民どもが騒いだのは、セレスティーヌが逃げたせいだった。

 思考が堂々巡りになり、鏡台の前に立って溜め息をつく。
 私の頭部にも今は布を巻いているが、これで人前に出れば、王子と同じようなことをしていると注目されてしまうだろう。
 婚儀の日とは言わず、今からでも頭巾を被っておくとしよう。

「セレスティーヌならば、を浄化できたのでしょうか? いえ、もしや……」

 セレスティーヌが、呪いをかけた張本人、などということは……

「いえ。有り得ません。まさか」

 聖女の魔法にこのようなものはない。このような呪いなど聞いたこともない。
 セレスティーヌが学んだ、どんな魔法にもなかったはずだ。
 もしや呪いではなく、あの王子が最初に『勘違い』をしたという、女神の……

「いえ。有り得ません。それこそ有り得ませんよ」

 王族などより、大神官たる自分こそ、天罰など下されてはならない。

 自分は悪事など働いていないのだ、何ひとつ。
 神官の最高位である自分こそが、この国の正義。
 セレスティーヌに埋め込んだのも、呪具などという恐ろしいものではない。ただの魔道具がそう呼ばれているだけだ。
 あれを幼い頃に埋め込んだのも、痛みの記憶が残らぬようにという思いやりだ。

 何より、実際にその作業をしたのは自分ではない。
 他の神官だ。
 命令だってしていない。
 聖女を正しくしっかりとお守りするために、このようにいたしましょう――そうしただけだ。
 自分がやったのではない。

「……いっそ引退、してしまいましょうか?」

 もう高齢だから後進に譲ると言って……しかし、王の顔がちらりとよぎった。
 引退などをしたら、あの男は口封じに刺客を送り込んできそうな気がする。

「何故私に、このような災難ばかり降りかかってくるのか……!」





 幸か不幸か、王子があのみっともない頭を晒したことで、民衆は鎮まった。
 ――あの頭はなんだったのだ、という噂が広まって。

 奴らが二度と騒げぬよう、今のうちにどうにかせねば。
 そう思っても、これといった解決策もないまま幾日かが経過したある日、国王から呼び出された。

 嫌な予感がする。
 やはりさっさと引退するのがよかったろうか?
 思い返せば、あのリリなどよりも遥かに良い子であったセレスティーヌのおかげで、大神殿の地下宝庫はもちろん、自分の部屋にもたんまりとお金がある。
 あれらは信心深い者達がこぞって『寄付』したものであり、大神官たる自分が自由に使っていいものだ。

 別邸にすべて移し替え、引退の宣言をしてしまおう。
 刺客など、用心棒を大勢雇えばきっと撃退できる。

 今回の呼び出しに応じるのを最後とするのだ。
 挨拶なども要らぬだろう。

 そう思いながら祭礼用の頭巾を被り、王宮に足を運ぶと、広い謁見の間ではなく王の私室に案内された。

「…………陛下?」
「………………」

 王の頭に、布。
 その顔はげっそりとこけ、眼球は血走っている。
 もしや、あなたも?

「……これを見よ」

 自分と違ってその布は、ギチギチに巻いたものではない。
 ゆるく被せて垂れた布の上に、王冠を被っている。
 だが前髪や左右の髪を、布に巻き込んで見えないようにしていた。

 王がおもむろにそれを外すと……

 ――うぐっ……!?

 腹から変な空気が出そうになった。


しおりを挟む
感想 294

あなたにおすすめの小説

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

処理中です...