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『元』聖女、出発する
114. ミュリ、ガンバル! -sideミュリエル
しおりを挟む「頼むぞ、ミュリ」
「リョーカイ! イッテキマァス」
夜行鳥のミュリエルはセレストの神殿から飛び立つと、夜空をすいすいと快適に飛んでいった。
昼間に降っていた小雨も、日が暮れる頃にはもうやんでいる。
この時間帯に飛ぶ者はミュリエルの同業者ぐらいしかおらず、襲われる心配も滅多にない。
急な悪天候などで、地上に降りねばならなくなった時が、最も緊張する時だ。
地上には獣がいる。木の枝にとまっても、そこには蛇がいるかもしれない。
人ならば安全とは限らなかった。無警戒で近付くと、それが猟師や悪者だった場合、弓矢で射落とされそうになることもある。
だから夜行鳥は原則として、目的地に到着するまでは余程のことがない限り、地上には近付かないのだ。
そのために、より長時間、長距離の飛行を苦にしない種の鳥が夜行鳥に選ばれる。
ミュリエルの場合、遠くに行く任務の時は、帰還が早くとも翌日以降になった。
これは丸一日ずっと飛行しているのではなく、相手に手紙を届けてすぐ戻ろうとすると、帰り着く前に夜が明けてしまうことがあるからだ。
それに、相手がすぐに返事を書けないこともある。
餌をもらって一旦休み、大抵は翌日の夕暮れ近くに飛び立つのが普通だった。
ミュリエル自身の限界は、以前の酷い飼い主の時に確認済みだ。
彼女は往復合わせて半日ほども休みなく飛び続け、その時はお腹がすくし疲れるし満足な餌をくれないしで、最悪なものだった。
だからたとえば、セレストの大神殿から皇宮までの距離であれば、一晩の間に往復することなど余裕も余裕なのである。
それでもすぐに帰ることができるかどうかは、相手が返事をくれる速さ次第だった。
その間はミュリエルの面倒を見てもらわねばならない。
なのでアロイス達が手紙なりなんなりを送る時、鳥や小動物を虐げる傾向のある者には、決してミュリエルには頼まなかった。
ミュリエルはアロイスも、アロイスの隊商の仲間も、そこでの生活も全部気に入っていた。
前の主人のように極悪な任務を言いつけてくることはないし、餌もお休みもしっかりとくれる。
特に任務がない時は、誰かが遊んでくれることもある。
最近加わった仲間のセレスティーヌもお気に入りだ。
彼女はよくミュリエルのことを「可愛い」と褒めて遊んでくれるし、なんでもない簡単な任務の時でも「大丈夫だった?」と心配してくれるからだ。
なのでミュリエルは今日も楽しく、快適にお仕事に精を出す。
そうして、時間としてはさほど経っていないものの、距離としてはかなり進んだ頃。
ミュリエルの前方に、それは現れた。
――エェ~? ナニアレ?
目的地が、薄暗くぼんやりとした何かに包まれていた。
……瘴気だ。
ロラン王国にあった大瘴気群ほどではない。
けれどあれは比較対象としては、規模がケタ違いすぎて比較には向かない。
目の前のぼんやりとした何かは、あちらからこちらまで、相当な範囲に及んでいた。
通常の瘴気と比べると、色がやや薄い気がする。
それでも、紛れもなく濃厚な瘴気の気配がした。
ねっとりとした黒い油のようなものではなく、もくもくと黒い雲が、その重さに耐え切れずモッタリ地上に落っこちた――ミュリエルにはそんな風に見えた。
その黒いもくもくが、目的地を中心とした地上全体を包み込んでいる。
――ヤダァ~、ナニアレ? カエリターイ。
勇猛果敢なミュリエルだったけれど、さすがに回れ右をしたくなっていた。
そんな彼女を勇気づけるように、身体にくっついた石や、鞄の中からほんのり温かい何かが伝わってくる。
セレスティーヌにたくさんもらった石だ。
それを意識すると、途端に恐怖は薄れた。
――ミュリ、ツヨイ! ニンム、スイコー!
ミュリエルは普段の強気を瞬時に取り戻し、黒いもやもやの中に突入した。
そしてミュリエルは無事、セレストの大神官を発見した。
そこだけがぽっかりと瘴気のない空間になっており、大神官以外の者も、皆そこにいるのが確認できた。
彼らだけではない。大勢の人々がその安全地帯に集まり、怯えながら過ごしていた。
その場にいる全員が、周囲をすっぽり包み込む瘴気のせいで、出られなくなっていたのだ。
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