傀儡君主だと思ってたのに

紅林

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傀儡君主

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 社交の季節が終わり、帝国貴族が帝都から所領へと戻る極寒の季節にヴェルネティア侯爵のルイ・アドヴェックは馬車に揺られ自領よりさらに北にあるモデルナ大公領へとむかっていた。三年前に先代夫妻が事故死し、幼い息子が大公になってから初めて開かれる北部の重要な定例会議に参加するためだ。喪にふくすために自粛されていた会議がようやく開催されるのだ。ルイ自身も三年前に家督を継いだばかりであり北部貴族の定例会議に参加するのは初めてであるため、多少なりとも緊張していた。

「閣下、到着でございます」

 モデルナ大公家が居城を構える領都デルナール市の中心にある城の前に到着すると、御者が声をかけてから扉を開けた。ルイは壁に寄りかかっていたために崩れてしまった美しい金色の髪を軽く整え、襟元も少し整えてから馬車から降り立った。

「……素晴らしい」

 北部の王とまで言われるモデルナ家の居城、デルナール城は白く輝く美しい城で見上げるほどの高さがある。平野に作られた町であるため見張り台の役割も果たしているであろう塔もいくつか見られ、建築技術の高さが伺える。アドヴェック侯爵領の領都ヴェルネティア市にあるルイの居城もそれなりの規模を誇るが、デルナール城をみれば迎賓館のような規模にしか見えないかもしれない。それに北部最大の港湾都市でもあるため潮風も強く、鉄骨がすぐに錆び付くため美しい外観を保つことも難しい。

「ようこそデルナール城へ。招待状を拝見致します」

 馬車から降り立つとすぐに近づいてきた執事は招待状を受け取り、それを確認してから先導して会議室までルイを案内した。

「閣下のお席は左側の奥から二番目でございます」
「承知した」

 アドヴェック家は北部貴族の序列三位に名を連ねる。そのため左側の最奥が序列一位、右側の最奥が序列二位の席なのだろう。そして中央に用意された玉座に北部の王、モデルナ大公が腰かけるのだろう

「これはこれはヴェルネティア侯、久しぶりですなぁ」

 ルイが席に着くと三番目の席に座っていた初老の男が穏やかな口調で話しかけてきた

「サラマンブルグ侯、お久しぶりでございます」

 アドヴェック家と昔から交流のある北部貴族序列五位に名を連ねるサラマンブルグ侯爵のドノヴァン・ミュウランだった。序列五位といっても同じ侯爵位であるためあまり権力や財力に大きな差は無い。

「お元気でしたか?今年は社交界でお見かけしなかったので気になっていたのです」
「今年は腰を痛めましてな。もう馬車に乗るのもやっとなのです。来年には皇帝陛下に願い出て、息子に爵位を譲ろうと思っておるくらいです」
「ご冗談を仰る。まだまだお元気そうに見えますよ」
「いやいや、この歳になると慣れたはずの冬の寒さも堪えるものです。我が領地はここより北西にありますゆえ、気温はさらに低いですからね」

 ミュウラン領は人が住める地域に限定すると最北端に位置する。言うまでもなくここデルナール市よりも寒い地域だ

「その代わり春になると雪解け水で良質な商品作物が育ち、美しい自然が生まれると豪語しておられたではありませんか」
「もちろん領主をする上では良いのですが、腰痛持ちの年寄りに優しい環境ではありませんね」

 そう言ってドノヴァンは笑った

「……無駄話もこの辺にしておかねばなりませんな。そろそろ主役のお出ましのようだ」
「……」

 ドノヴァンの言葉に耳を傾けていると会議室の扉が開かれた。部屋に入ってきたのは数人の男とその者達に囲まれた背中が曲がった頼りなさそうな青年だった。彼らは部屋の奥へ進み、青年は玉座に腰かけた。男たちはその左右後ろに控える

 (彼が三年前に家督を継いだ新たな大公。そして後ろがモデルナ家家臣の従属貴族たちか)

「皆様、北部貴族定例会議へのご参加に伴いデルナール城へと足を運んで下さったことに感謝いたします。本日進行を努めさせていただくモデルナ家傘下のベルナール・ビュラーレと申します。どうぞよろしくお願い致します」

 従属貴族の一人がそう言って話し始める。どうやら最初に大公からの挨拶は無いらしい。ルイが怪訝に思っていると他の貴族たちもそう思ったのかボソボソと何やら呟いているのが聞こえてきた

「失礼、本題に入る前に新たな大公殿下にご挨拶したいのだが?」

 北部貴族の一人が手を挙げてそういうとベルナールはあたかも忘れていたかのように振舞った

「私としたことが大変失礼致しました。大公閣下、よろしいでしょうか?」
「あっ、えと……」

 急に横から話を振られた青年は酷く戸惑っているよう見える。
 その後もベルナールを始めとした家臣の従属貴族たちによって操り人形のように座らされている青年は会議中にほとんど発言もせずにいた。北部貴族の中には気を使ってなのか何度か話題を青年に振るものもいたが、彼自身が答える様子がないため諦めたようだ。力関係が目に見えてわかるが特に干渉する気は無いらしい。触らぬ神に祟りなしと言うやつだろう

「では以上で今年の北部貴族定例会議を閉会とさせて頂きます。皆様、ありがとうございました。メインホールにおもてなしのご準備がございます。もし宜しければご参加になってからお帰りください」

 ベルナールはそう言って会議を締めくくった

「私は結構。失礼する」

 北部貴族序列一位のバルチェル公爵は早々に興味をなくしたのか会議室から我先にと退出した。それに序列二位のルノテア公爵も続き、会議室からはどんどんと人が減って行った。家臣に良いように扱われる大公をみて幻滅すると共に、ここに残っても利益はあまりないと判断したのだろう

「ヴェルネティア侯はどうするのです?私もこれで失礼しようと思うが……」

 ドノヴァンが椅子から立ち上がりながらそうルイに問いかけた

「……私は残ります。ヴェルネティアまで半日以上かかるので明日経つ予定なのです」
「あぁ、そうでしたな。貴公が北部唯一の不凍港を所有しているのを忘れていました」
「ミュウラン領とは反対方向ですから」
「ははっ、そうですな。また貴公の領地にも伺いたいものです。ではまた」
「はい、次は王都でお会いしましょう」

 アドヴェック家の所領は北部と呼ばれる地域で最も南に位置する場所にある。皇帝が強い影響力を持っている中央部と接する場所であるためここからは少し遠い位置にある

 (……参加するのはこれだけか)

 ルイは辺りを見渡してため息をついた。五十人近く居た面々のうち会議室に残っているのは十人程度の末端の貴族のみ。つまり大公家に対してあまり大きく出れない下級貴族だけが残っている。高位貴族で席に着いているのはルイだけだ

「で、では皆様、メインホールにご案内致します」

 引きつった笑みを浮かべたベルナールの言葉により北部貴族たちはメインホールへと移動したのだった
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