傀儡君主だと思ってたのに

紅林

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傲慢なる家臣

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 モデルナ家は帝国に四つしかない大公位を継承する由緒正しい一族である。帝国北部地域における王として北部貴族たちをまとめあげ、皇帝に仕えてきた。

 しかし、メインホールの玉座に腰かける青年はとてもそのような立派な肩書きを持つ男には見えなかった。目にかかった黒髪のせいで表情もあまり読めず、曲がった背中からは自信のなさが窺える。ちらりと見え隠れする漆黒の瞳も何かに脅えるようで頼りない。

 (ベルナール・ビュラーレ、気に食わない男だ)

 視界の端で主君であるモデルナ大公の前に立ち、貴族たちと話す男を見てルイは嫌悪感を顕にした。君主の前に立つこと自体は批判されるほどのことではないが、ベルナールには主君に対する尊重の念が感じられない

 (伯爵位の従属爵位を持つモデルナ家最大の従属君主。筆頭家臣があれでは他の家臣たちが調子に乗るのは至極当然か)

 ルイは辺りを見渡して様子を伺う

 (ベルナール・ビュラーレに賛同しているのはおそらく大公殿下の周辺にたむろしている連中、残りの何人かの家臣は彼に対して良い感情を持っていないようだ。だが、重鎮たちのほとんどがあの者に従っている以上表向きは反発できないと言ったところか)

 モデルナ大公の周辺で酒を飲みかわしている家臣たちは主君が暗い表情を浮かべるのとは対象的に豪快に笑っている

 (まだ帝国中央学院を卒業されたばかりだと言うのに……)

 モデルナ大公は帝国中央学院を卒業し、今年から本格的に大公家の職務に携わるようになったが先代が亡くなってから三年間の間で家臣たちに家を乗っ取られた。先代大公夫妻の死を理由に北部貴族定例会議を開かなかったのも家臣たちが北部貴族の介入を警戒してのことだろう

 (つまらない余興だ。大公家がここまで落ちぶれるとは)

 おそらく先代から仕えていたモデルナ家の使用人たちは解雇されたのだろう。メインホールでの立食パーティーはセッティングから給仕係の教育まで何もかも不十分であり、とても大公家の格式に見合っていない。それに加えメインホールの端で楽団とともに見世物をしている道化師もあまり質の高いパフォーマンスを披露しているようにはとても見えない

 (先代が信頼していた執事長も侍女長も解雇したのか?たった三年で北部一の栄華を誇るモデルナ家のレベルがここまで下がるとは、残念極まりない)

 ルイはパーティーが始まりら何人かと挨拶したきり特にダンスもせず、誘われたダーツも断った。何も魅力を感じないこの場から早く退席したかったからだ

 (気は進まないが挨拶だけして客室に戻ろう)

 ルイは持っていたグラスを給仕係に返し、モデルナ大公がいる方へとゆっくりと近づいた。周りにいた家臣たちはルイの接近に近づかないのかこちらに向き直ることなく会話を続けていた

「大公殿下、繰り返すようですがあのような醜態を晒されては困りますぞ。私が挨拶を促したらすぐにしてもらわないと」
「いやいやビュラーレ伯、殿下は我々を信頼してくださっているのですから我々が殿下の代わりにモデルナ家の当主代理として取り仕切らなければなりませんぞ」
「おぉ、それも確かにそうだな。では大公殿下、これからは基本的に私が殿下の代理として発言致しますゆえ殿下はごゆるりと玉座に座っておいてください。私は誰よりもモデルナ家に忠誠を誓っておりますゆえ、殿下のためならんことは致しません」
「その通り!殿下のために我々家臣がおるのです。全て我らにおまかせを。北部の王たるモデルナ家を軽んじる北部貴族共には我らからお灸を据えてやりましょうぞ」
「偉大なる大公殿下の名のもとに我らがこの北部を統治しましょうぞ!」

 大きな笑い声と共にベルナールと何人かの家臣たちが話しているのが聞こえた。彼らは一見大公に気を使っているような態度をとっているがよくよく聞けば自分たちの意見だけを通し、大公の意思は全く確認していない。それなのに都合の良い時だけ大公の名を語っている。ルイは彼らに対する軽蔑の念を強めた

「大公殿下、お話中失礼します」

 ルイは大公に向けてそういった。大公は自分に向けて言われたことに少し戸惑っているようだ

「これはこれはヴェルネティア侯、どうされましたかな?」
「部屋に戻る前に大公殿下にご挨拶をと思いましてね」
「そうでしたかそうでしたか。大公殿下、こちらは⎯⎯⎯⎯」

 横から割り込んできたベルナールを無視して進み、ルイは大公の前で膝を着いた。

「イヴ・マーレ・ドゥ・モデルナ大公殿下、お初にお目にかかります。ヴェルネティア侯爵ルイ・アドヴェックがご挨拶致します。北部貴族として北部の王であらせられる大公殿下が定例会議を三年ぶりに開催されましたことを心よりお喜び申し上げます」
「……あ、アドヴェック卿、あまり、その、かしこまらないでくれ……」

 大公改めイヴはオドオドした口調で話し、玉座から腰を浮かせて焦っている様子だ

「北部の王たる大公殿下を相手に膝を着くのは当然のことです。それに私は殿下が大公位を継承してから初めてお会いしましたので、殿下に対する敬意を表したまでのこと。殿下がお気にされることではありません」
「流石は北部貴族序列三位に名を連ねるお方、弁えていらっしゃる。そうは思いませんか?大公殿下」

 ルイは苛立ちを募らせた。何故イヴに挨拶をしたのに返事をしたのが隣に立つベルナールなのだろうか。彼がモデルナ家の筆頭家臣とはいえ従属君主に過ぎない。北部唯一の不凍港を所有する序列三位の北部貴族、アドヴェック家の当主に接する態度としては無礼極まりない。

「あ、あぁ、ありがとう…こ、侯爵。」
「すみませんなヴェルネティア侯、大公殿下は少し引っ込み思案なところがありましてな。主君に変わってお詫びを⎯⎯⎯」

「図に乗るなよ」

 ルイは怒気を含んだ声でベルナールの言葉を遮った

「先程から黙っていれば減らず口を」

 立ち上がったルイはベルナールへと近づき怒気を含んだ声色で話しかける

「貴様は大公殿下の筆頭家臣であろうが。主君を軽んじることがビュラーレ家の忠義に値するのか?」
「なっ、無礼な!いくらヴェルネティア侯といえど度が過ぎますぞ!」
「それはこちらのセリフだ。大公殿下が私とお話になられる隙を与えず会話の邪魔をするばかりか、先程まで他の者共と主君を主君とも思わぬような話をしていたな?」
「……」
「北部地域の統治?笑わせるな。モデルナ家は北部地域を率いる王ではあるが、それは建国の功臣として北部に君臨する最大勢力というだけのこと。我々北部貴族が持つ自身の領地は皇帝陛下から賜りしもの。それが分からぬのであれば今後一切貴様らと当家は交流は持たぬ」

 モデルナ大公家が北部の王と言われる所以は建国の功臣とされ、北部で最も広大な領土と街を支配下に収める皇帝一族に準ずるほどの名門一族であるからだ。北部地域全体の統治権を持っている訳では無い。

「こちらが下手にでていれば偉そうに。たかが南の侯爵家風情が」

 ベルナールは我慢ならないとばかりに口汚くルイを罵った

「モデルナ家と交流を持たぬということは北部地域で孤立するということだ!港を一つや二つ所有しているからといって調子に乗っているようだが、貴様の威勢も長くは続くまい。アドヴェック家にとってモデルナ家が最大の取引相手であろう?」

 周りの家臣たちも同調するかのように首を縦に振った

「私は貴様と縁を切ると言っているのだ、ビュラーレ伯」
「は?」
「何も私はモデルナ家と交流を絶つとは言っていないだろう」
「はっ、詭弁だ。筆頭家臣たる我がビュラーレ家と縁を切るということはモデルナ家と縁を切るということ。私は先代大公殿下の頃より仕入部門の権限を与えられている。アドヴェック家からの商品は今後一切デルナール城に入れることを禁じよう」
「……」

 今度はルイが押黙る番になってしまった。大公家の権力をこの男が掌握している以上、実質的にこの男が大公のようなものだ。あまりにも分が悪い

「客でないものに貸す客室は無い。お帰り願おうか」
「……貴様、大公殿下に対してのこの無礼な行いは必ず報いを受けることになるぞ」
「なんの事やら。ここにいる家臣一同殿下に忠誠を捧げた身、そうだろう?」

 わざとらしいその問いかけに周りにいた家臣たちはまた頷き返した

「大公殿下、このような者達を傍に置いて本当に良いのですか?」
「無礼ぞ。貴様は今から大公家と何の関係も持たない人間である。大公殿下に直接話しかける権限などない。衛兵!この者を城から追い出せ!」
「大公殿下!このままでは千年続いたモデルナ家が良いように利用され、貴方様自身も窮地に立たされるのですよ!」

 ルイはベルナールから離れて後ろの玉座に座るイヴに近づこうとして衛兵によって床に押し付けられる

「っ!離せ!何をする!私を誰だと!」
「すぐにつまみ出せ」

 ルイはベルナールを強く睨みつける

「この男の指示に従うつもりか!お前達の主が誰なのか忘れたのか!」
「早くせんか。耳が腐る」
「ビュラーレ伯、覚えておけ!我が家門なくば北部の物流など一瞬で停滞する。その時は貴様も終わりだ」
「はっ、覚えておいてやる」

 嘲笑うかのような仕草でベルナールは踵を返した。その背中を睨んでいたルイは衛兵に肩を掴まれて強制的にホールの外へと連れ出されそうになったが、意外な人物の一声で止められた、

「待て」

 声を張上げたのは先程の自信なさげな表情とは全く別の顔をしたモデルナ大公だった。背筋を伸ばして玉座から立ち上がり、目にかかっていた前髪をかきあげたその姿は先程までの大公と同一人物であるのか思わず疑ってしまう程だ。

「茶番はもう十分だ。衛兵は反逆者共を引っ捕えろ!」

 ルイを外に連れ出そうとしていた衛兵はすぐに手を離してベルナールやその側近達の方へと走って行き、瞬く間にホールにいた者達を制圧した。

「これで当家の従属貴族たちをふるいにかけることが出来たな。ようやく我が家の膿を摘出できる」
「ななっ、なな何故!なぜこのようなっ!大公殿下!私は御身の為を思い……!」

 ベルナールは拘束されている現実が受け入れられないのか、衛兵に押さえつけられたまま大公の元へと近付こうと体を動かして暴れている。

「安心しろ。サルマ・ビュラーレ伯爵夫人と子供たちに罪は無いことは調べがついている。次期ビュラーレ伯爵は私に誠心誠意仕えてくれると約束してくれている」
「なっ!まさかジュベールが!?」
「貴君はゆっくりと北の大地の果てで隠居生活を送りたまえ」

 そのまま衛兵に連れていかれたベルナールとその側近たちがホールから姿を消すと、大公は未だに状況がよく分かっていないルイの元までやって来た

「すまない。ヴェルネティア侯。当家の問題に巻き込んでしまって」
「い、いえ、とんでもない事に御座います」
「しかし、貴公のようにまだモデルナ家を深く慕ってくれている北部貴族がいてくれて嬉しいよ。アドヴェック家とは今後とも仲良くしたいものだな」
「……えぇ、もちろんです」
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