ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第十話:救世主のささやかな食卓革命

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井戸が村にもたらした最大の恩恵は、言うまでもなく「水」そのものだった。だが、その副産物として生まれた「心の余裕」は、人々の生活に、予想もしなかった彩りを与え始めていた。

水汲みの重労働から解放されたことで、人々は畑の手入れに、家の修繕に、そして何より、家族と過ごす時間に、より多くの心を配れるようになった。俺たちの食卓からも、干ばつ中のような切迫感は消え、毎日の食事は、穏やかで満ち足りた時間へと変わっていった。

だが、そんな平穏な日々の中で、俺の心には新たな、しかし極めて贅沢な「欲」が芽生え始めていた。

(……美味しい。確かに美味しいんだが……毎日だと、さすがに少し飽きてくるな)

その日の夕食も、食卓に並んだのは、たっぷりの水で煮込まれた豆のスープと、硬くて酸味のある黒パン、そして塩漬けの干し肉だった。井戸の水のおかげで、スープの味は以前よりずっとまろやかになった。だが、味付けの基本は、村で手に入る粗末な岩塩と、庭で採れるハーブだけ。どれだけ食材に恵まれても、味付けのバリエーションには限界があった。

前世の日本。コンビニに行けば、世界中の料理が温めるだけで食べられたあの飽食の時代。その記憶を持つ俺にとって、この単調な食生活は、幸福であると同時に、どこか物足りなさを感じるものだったのだ。

母リリアは、少ない調味料の中で、毎日必死に工夫を凝らしてくれている。父アルフレッドも、妹マキナも、文句一つ言わずにその食事を美味しそうに食べている。

(いや、違う。文句がないんじゃない。彼らは、これ以上に美味しいものを、知らないだけなんだ)

脳裏に、前世でスマホの画面越しに見た、あのソロキャンプ動画が蘇る。男が焚き火で焼いていた、分厚い肉。ジュウ、という音と共に立ち上る、香ばしい煙。あるいは、自給自足の夫婦が食べていた、朝露に濡れた瑞々しいトマト。

(俺が本当に求めていたスローライフは、ただ飢えを凌ぐだけの日々じゃない。自分で育てた採れたての野菜を、自分で料理して、大切な家族と笑いながら囲む、温かくて、そして最高に美味しい食卓……。それこそが、俺の理想なんだ!)

その理想を実現するためなら、俺は努力を惜しまない。そして、俺にはそのための切り札があった。

俺は、自分のステータスウィンドウを開き、ポイントアイテムリストを呼び出す。狙いは、二つ。

『だしの素 (200pt)』
『精製された砂糖 (100pt)』

醤油や味噌といった、あまりに異質な調味料はまだ早い。だが、この二つなら、きっとこの世界の食文化にも、革命的な、しかし自然な形で受け入れられるはずだ。

俺は、貯まっていたポイントから三百ポイントを消費し、二つのアイテムを交換した。手の中に、見慣れた顆粒の入った小袋と、純白の輝きを放つ粉末の入った袋が、ふわりと現れる。

問題は、これをどうやって家族に説明するかだ。俺は、子供らしい言い訳を考えた。

「母さん!森ですごいの見つけたよ!」

俺は、台所で夕食の準備をしていた母さんのもとへ駆け寄った。

「これは、キノコを乾燥させて作った粉なんだって!旅の薬師さんが、物々交換で少しだけ分けてくれたんだ!スープに入れると、すごく美味しくなるって!」
「こっちは、カエデの木から採れる、すごく甘い樹液を煮詰めたものなんだって!」

俺の必死の説明に、母さんは「まあ、そうなの?」と半信半疑といった顔をしていたが、「救世主様」の言うことだからか、あるいは息子の手柄を信じたいという親心か、それ以上深く追求することはなかった。

食卓革命の準備は、整った。



革命の第一弾は、いつもの豆のスープから始まった。

「母さん、僕も手伝うよ」

俺は、母さんが野菜を切る隣で、鍋の番を申し出た。そして、母さんが少し目を離した隙を狙い、懐から取り出した『だしの素』の小袋を、煮立つ鍋の中に、さっと振り入れた。

金色の顆粒が、スープの中に溶けていく。途端に、ふわりと、今までの野菜と塩だけではありえなかった、深く、そして複雑な旨味を含んだ香りが立ち上った。

(よし……!)

俺は何食わぬ顔で鍋をかき混ぜ、証拠を完全に隠滅した。

そして、運命の夕食の時間。食卓に並んだスープは、見た目はいつもと何も変わらない。父さんも、マキナも、何も知らずに木のスプーンを手に取った。

一口、スープをすする。

その瞬間、父さんの動きが、ピタリと止まった。以前、俺が塩をすり替えた時と同じ反応だ。だが、今回は、その時の比ではなかった。

「……ん?」

父さんは、信じられないというように、もう一度、今度はじっくりと味わうようにスープを口に運んだ。そして、いつもは細められている目を、驚愕に大きく見開いた。

「……リリア。今日のスープは……なんだ、この深い味は。ただの塩味じゃない。豆と、野菜の一つ一つの味が、何倍にも濃く感じられる……。まるで、森の恵みを丸ごと煮込んだようだ」

寡黙な父さんからの、詩的ですらある最大級の賛辞だった。母さんは、きょとんとしている。

「え?そうですか?あなたが森で見つけてきたという、あの不思議な粉を入れただけですけれど……」

そう言いながら、母さんも自分のスープを一口。そして、父さん以上に、ハッと息を飲んだ。

「……本当だわ……!なんて優しい味なの……!野菜の甘みが、口の中にふわっと広がる……。今まで私が作っていたスープは、何だったのかしら……」
「おにいちゃん、これ、だあいすき!」

まだうまく喋れない妹のマキナまでもが、そう言って、満面の笑みでスプーンを口に運び続けていた。

三人の、驚きと、喜びに満ちた顔。

俺は、スープの湯気の向こうで、その光景をただじっと見ていた。胸の奥から、じわりと熱いものが込み上げてくる。二百ポイントで交換した、一袋の『だしの素』。それが、こんなにも家族を笑顔にしている。

この温もり。この幸福感。これこそが、俺が本当に欲しかったものなんだ。



スープの革命から数日後。俺は、第二の革命に着手した。

「ねえ、母さん。井戸ができたお祝いと、村の畑が元気になったお祝いに、僕が特別なお菓子を作ってあげようか?」
「お菓子?あなたがかかい?」

俺の提案に、母さんは目を丸くした。だが、スープの一件で俺の「森で見つけた食材」への信頼度は急上昇しており、面白がって許可してくれた。

俺が作るのは、前世で何度もレシピサイトを見ては、いつか作ってみたいと憧れていた、あの黄金色に輝くお菓子――『カスタードプリン』だ。

材料は、村で手に入る鶏の卵と、井戸のおかげで交流が復活した隣村から行商人が運んでくるようになったヤギの乳。そして、俺の切り札である『精製された砂糖』。

『料理の極意』スキルはまだ持っていない。だから、頼りになるのは、前世のうろ覚えの記憶だけだ。

「ええと、まず卵を割って……砂糖と混ぜて……牛乳、じゃなくてヤギの乳を温めて……」

慣れない手つきで、俺は調理を進めていく。最大の難関は、火加減だった。カラメルソースを作ろうとして、砂糖を焦がしすぎてしまう。蒸し器などないため、鍋にお湯を張って代用するが、温度が高すぎて、プリンの表面に「す」が入ってしまう。

何度も失敗を繰り返し、その度に母さんから「あらあら」と苦笑された。だが、俺は諦めなかった。

そして、夕食後。ついに、俺の努力の結晶が、食卓に並んだ。

形は少し不格好で、表面も完璧に滑らかとは言えない。だが、琥珀色のカラメルソースを纏ったそれは、紛れもなくプリンだった。

「……ルークス、これは、何という食べ物なんだい?」

母さんが、不思議そうに尋ねる。

「プリン、っていうんだ。冷たくて、甘くて、ぷるぷるしてるんだよ」

家族は、初めて見るそのデザートを、おそるおずるといった様子でスプーンですくった。そして、一口。

次の瞬間、グルト家に、衝撃が走った。

「…………っ!」

父さんは、言葉を失っていた。ただ、目を見開き、口の中で起きた未知の体験を、全身で味わっているようだった。

「……あ……あまい……!なんて、なんて優しい甘さなの……!舌の上で、とろけるようだわ……!」

母さんの目からは、感動のあまりか、うっすらと涙が浮かんでいる。

「ぷるぷる!おいちい!おにいちゃん、もっと!」

マキナは、歓声を上げ、あっという間に自分の分を平らげてしまった。

家族の、満面の笑顔。心の底から「美味しい」と感じている、幸福な表情。

前世で、俺はいつも一人だった。コンビニで買った弁当を、無機質なオフィスのデスクで、あるいは狭いアパートの一室で、ただ胃に流し込むだけの日々。誰かと食卓を囲んで、「美味しいね」と言い合う、そんな当たり前の光景を、俺は知らなかった。

だが、今はどうだ。

目の前には、俺が作った料理を、世界で一番幸せそうな顔で食べてくれる家族がいる。

ああ、そうか。

ポイントでも、スキルでもない。俺が、この世界で本当に手に入れたかったものは、これだったんだ。この、温かくて、かけがえのない笑顔だったんだ。

俺は、込み上げる感動を噛み締めながら、自分の作った、少し不格好なプリンを、ゆっくりと、大切に味わったのだった。

そして、俺はまだ知らない。この、家族のためだけに作ったささやかなお菓子が、やがて『奇跡のカスタードプリン』として村中に広まり、俺の運命を、そしてこの村の未来を、大きく動かすことになるということを。

【読者へのメッセージ】
第十話、お読みいただきありがとうございました!
ルークスのささやかな食卓革命、いかがでしたでしょうか?家族の笑顔のために奮闘する彼の姿に、ほっこりしていただけたら嬉しいです!
「プリン、食べたくなった!」「お父さんの反応が好き(笑)」など、皆さんの感想をお待ちしています!下の評価(☆)やブックマークが、次の「食卓革命」の原動力になります!
ついに生まれた『奇跡のカスタードプリン』。この小さな奇跡が、次なる物語の扉を開きます。次回もご期待ください!

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