ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第十二話:最初の敵意と、森の片隅の鳴き声

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父アルフレッドからの、無言だが何よりも力強い信頼。それは、俺の新たな挑戦への道を、一点の曇りもなく照らし出す光となった。

次なる目標は、ビニールハウス――いや、この世界で言うならば『スライムレザー・ハウス』の建設。その第一歩は、素材となるクリスタルスライムの粘液を、十分な量、確保することだ。

「ルークスお兄ちゃん、森に行くの? 私も行く!」

俺が、森へ出かけるための小さな麻袋を肩にかけたのを見て、家の手伝いをしていたリサが駆け寄ってきた。井戸の一件以来、彼女は俺の熱烈なファン兼、自称・一番弟子として、俺の行くところにはどこへでもついて来たがるようになっていた。

「今日は、ちょっと危ない魔物を探しに行くんだけど……」
「大丈夫! 私、足手まといにならないように、ちゃんとお兄ちゃんの後ろをついて歩くから! ね?」

きゅっと俺の服の裾を掴み、キラキラとした瞳で見上げてくる。その純粋な好意を、無下に断ることなどできはしなかった。それに、クリスタルスライム自体は最弱の魔物だ。俺が側にいれば、危険はないだろう。

「……分かったよ。でも、絶対に俺から離れないって約束してくれるかい?」
「うん、約束!」

元気いっぱいの返事を聞いて、俺たちは連れ立って森へと足を踏み入れた。ひんやりとした空気が、土と枯れ葉の匂いを運んでくる。リサは、珍しい形の木の葉や、色鮮やかなキノコを見つけるたびに、小さな歓声を上げた。その無邪気な姿は、俺の心を和ませてくれた。

俺は、スキル『鑑定』と前世の知識を組み合わせ、クリスタルスライムが生息していそうな、湿度の高い場所を予測して進んでいく。そして、三十分ほど歩いた頃だろうか。苔むした大きな倒木の陰で、ゼリーのように透き通った小さな塊がぷるぷると震えているのを、ついに発見した。

「あ、いた! あれだ、リサ!」
「わあ、ぷるぷるしてる! きれい!」

俺たちは、音を立てないように、そっとそれに近づく。クリスタルスライムは、俺たちの存在に気づく様子もなく、ただ無心に震えているだけだ。俺は、その辺に落ちていた先の尖った石を拾い上げ、スライムの核(コア)を狙って、慎重に振りかぶった。

まさに、その石を投げつけようとした、その瞬間だった。

――ピュンッ!

乾いた鋭い風切り音と共に、俺の右手に持っていたはずの石が、まるで不可視の鉄槌にでも撃ち抜かれたかのように、弾け飛んだ。

「……え?」

何が起きたのか、一瞬、理解できなかった。じんじんと痺れの残る右手を開くが、そこには何も無い。

驚いて音のした方向を振り返ると、そこには、俺たちとそう歳の変わらない、見慣れない少年が立っていた。着ている服はあちこちが擦り切れ、俺がこの村に来たばかりの頃を思い出させるような、貧しい身なり。だが、その目に宿る光は、決して貧しさには屈しない、飢えた狼のような鋭さを持っていた。その手には、使い込まれた粗末なスリングショット(投石器)が握られている。

「……お前ら、何してんだ。そいつは、俺の獲物だぞ」

少年は、敵意を隠そうともせず、低い声で俺たちを威嚇した。その視線は、獲物であるクリスタルスライムではなく、真っ直ぐに俺――リーフ村の「救世主」に向けられていた。

「だ、だって、私たちが先に見つけたもん!」

俺の後ろに隠れながらも、リサが果敢に反論する。だが、少年はリサを一瞥しただけで、フンと鼻を鳴らした。

「うるせえな。俺は、こいつをもう半日も追いかけてたんだ。お前らが横取りしようとしただけだろうが」

その言葉に、俺は冷静に状況を分析した。少年の言っていることが本当かどうかは分からない。だが、事実として、彼はスリングショットで、俺の手の中にある小さな石を寸分の狂いもなく弾き飛ばすほどの腕前を持っている。

(……ゲルト、か)

村の大人たちが、時々噂話をしていたのを思い出す。「ゲルトん所の息子は、親の手伝いもせずに森にばかり入り浸って……」。あの噂の少年か。どうやら、俺の前に現れた、最初の明確な敵意、となりそうだ。

ゲルトは、俺を値踏みするように、下から上までじろりと見た。

「……なんだよ。井戸を掘り当てて、村の英雄になった“救世主様”は、言うことも違うらしいな」

その言葉には、隠しようのない嫉妬と、棘のある皮肉が込められていた。

「ルークスお兄ちゃんは、そんなんじゃない!みんなのために、すごいことをしたんだから!」
「うるさいって言ってんだろ、チビ!」

リサの抗議を、ゲルトは怒鳴り声で遮った。その瞳の奥に、彼が抱える鬱屈とした感情が渦巻いているのが見えた。努力が報われず、認められない焦燥感。そんな彼にとって、突如現れて村の英雄になった俺の存在は、面白いはずがなかった。

俺は、静かに息を吸い込んだ。ここで彼と争うことのコストを計算する。得られる利益は、スライム一体分の粘液。失うリスクは、時間、労力、そして無用な敵意。どう考えても割に合わない。俺の目的は、このクリスタルスライム一体の確保ではない。その先にある、農業革命という巨大プロジェクトの完遂なのだから。

「分かったよ、ゲルト」

俺は、両手を軽く上げて、降参の意を示した。

「そのスライムは、君に譲る。俺たちは、他のを探すから」

「……は?」

俺の言葉に、今度こそゲルトは完全に虚を突かれたという顔をした。拳を振り上げたのに、殴る相手が目の前から消えてしまったかのような、間の抜けた表情だ。

「……なんだよ、それ。気味の悪い奴だな。施しのつもりか、“救世主様”?」
「違うよ。君がずっと追っていた獲物なんだろ?なら、君が手に入れるのが筋だ。俺は、ただそう思っただけだ」

俺は、ゲルトに背を向けると、リサの手を引いた。「行こう、リサ」

「で、でも、ルークスお兄ちゃん……」
「いいんだ。喧嘩するより、新しいのを探す方が、ずっと早いから」

俺たちは、呆然と立ち尽くすゲルトをその場に残し、森のさらに奥へと歩き始めた。背中に、ゲルトの戸惑いと、そして、より一層深まったような、屈辱的な視線が突き刺さるのを感じながら。



あの日以来、ゲルトの陰湿な妨害が始まった。

俺がクリスタルスライムを見つけて近づこうとすると、どこからともなくスリングショットで撃った小石が地面を叩き、スライムを驚かせて逃がしてしまう。それらは全て、「偶然」や「他の獲物を狙っただけ」を装って行われるため、文句を言うことさえ難しかった。

だが、俺は彼の挑発には乗らなかった。前世のブラック企業で、他人の足を引っ張ることでしか自分の価値を見出せない、残念な人間は嫌というほど見てきた。感情的になったら、相手の思う壺だ。俺はゲルトを完全に無視し、スキルと知識を駆使して、彼が知らないような新たな生息地を次々と開拓していった。

数日後、俺はハウスの壁を作るのに十分な量のスライムの粘液を集めることに成功した。平たい木の板の上に、粘液を薄く、均一に伸ばしていく。あとは、これを風通しの良い場所で、数日間乾燥させるだけだ。俺は、家の裏手にある、日当たりの良い軒下に、何枚もの木の板を並べた。

これで、プロジェクトは大きく前進する。そう思った矢先のことだった。

翌朝、俺がいつものように粘液の乾燥具合を見に行くと、ある異変に気がついた。

「……なんだ、これ……」

並べておいたスライムレザーの試作品が、見るも無惨な状態になっていた。半透明の膜の、その至る所に、小石ほどの大きさの鋭利な穴が開けられているのだ。その数、数十箇所。これでは、もうハウスの素材としては使えない。

俺は、その穴の形を見て、全てを察した。スリングショットで、至近距離から執拗に撃ち抜かれた跡だ。犯人は、ゲルト以外にありえない。

「ひどい……」

俺は、怒りに燃える拳を、強く、強く握りしめた。前世で、理不-尽な上司に何度この感情を抱いたことだろう。だが、感情に任せた行動が、事態を好転させたことなど一度もなかった。俺は、ゆっくりと息を吐き出し、燃え盛る怒りの炎を、思考という名の氷で冷静に押し殺していった。

(……これは、警告だ。次は、もっとひどいことをしてくるに違いない。ハウスそのものを壊される前に、防衛策が必要だ)

番犬でもいればいいが、そんな余裕はない。ならば、俺にできることは一つ。前世の、子供の頃にアニメや漫画で見たような、原始的な仕掛けを作るしかない。誰かが近づいたら、大きな音が鳴る、簡単な警報装置だ。

その日の午後、俺は警報装置の材料となる丈夫なツタを求めて、一人で森に入っていた。ゲルトにこれ以上嗅ぎつけられないよう、いつもとは違う獣道を選ぶ。

森の奥は、シンと静まり返っていた。乾いた落ち葉を踏む自分の足音だけが、やけに大きく聞こえる。

(この辺りのツタなら、丈夫で切れにくい。これを使って、ハウスの周りに……)

俺が、木の幹に絡みつく太いツタに手を伸ばした、その時だった。

――クゥン……。

どこか遠くから、か細い、獣の鳴き声が聞こえた。

それは、助けを求めるような、痛みに満ちた声だった。俺は、思わず足を止める。関わるべきではない。森の獣に、下手に近づくのは危険だ。そう頭では分かっている。だが、あの『クゥン…』という声が、病院のベッドで最後に聞いた、後輩の弱々しい呼吸の音と重なって聞こえた。気づけば、足が勝手に声のする方へと向かっていた。

後輩を救えなかった、あの日の記憶。俺は、目の前の「助けて」というサインを、どうしても見過ごすことができなかったのだ。

俺は、音を立てないように、慎重に茂みをかき分けて進んでいく。鳴き声は、だんだんと近くなってくる。

そして、一本の大きな樫の木の下で、俺はそれを見つけた。

「……!」

そこにいたのは、子犬ほどの大きさの、全身が真っ黒な獣だった。艶のある漆黒の毛皮を持ち、狼の子にも似ている。だが、その生き物は、明らかに苦しんでいた。

その右前足が、無慈悲な鉄の牙に挟まれていたのだ。

(……密猟者の、罠か!)

罠は、子犬の足に深く食い込み、地面は血で赤黒く染まっていた。子犬は、俺の存在に気づくと、最後の力を振り絞るように、唸り声を上げて威嚇してきた。だが、その瞳の奥には、恐怖と、そして諦めの色が浮かんでいる。もう、長くは持たないだろう。

俺は、ゴクリと唾を飲んだ。助けたい。だが、どうやって?この罠は、子供の力でこじ開けられるような代物ではない。

子犬は、再び「クゥン……」と悲しげな声を漏らすと、ぐったりと地面に頭を伏せた。その金色の瞳が、潤んでいるように見えた。

俺は、覚悟を決めた。

(見捨てることなんて、できるもんか……!)

俺は、腰に下げていた小さな手斧を握りしめ、罠と、そして、瀕死の子犬へと、一歩、踏み出した。



【読者へのメッセージ】
第十二話、お読みいただきありがとうございました!
ついに現れた、ルークスの前に立ちはだかる最初の壁、ゲルト。そして、森の奥で待っていた運命の出会い。物語が大きく動き出しました!
「ゲルト、許せん!」「黒い子犬、助けてあげて!」など、皆さんの熱い感想、お待ちしています!下の評価(☆)やブックマークが、黒い子犬の運命を左右する……かもしれません!
ルークスは、この小さな命を救うことができるのか?次回、緊迫の救出劇が始まります。ご期待ください!
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