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第二十話:加速する緑と、不器用な贈り物
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『化学肥料の粒』を土に混ぜてから、三日が過ぎた。
リーフ村は、本格的な冬の訪れを告げる、厳しい寒波に見舞われていた。夜の間に降った雪が、村の景色をうっすらと白く染め上げ、吐く息は凍てつく刃のように鋭く、肌を刺す。村人たちは、家の暖炉から離れようとせず、窓の外の厳しい景色に、これから始まる長い冬の過酷さを思って、静かにため息をついていた。
だが、そんな凍てついた村の片隅で、信じられない奇跡が、音もなく進行していた。
「……ルークス。これは、一体……」
その日も、俺と一緒に『陽だまりの家』の様子を見に来た父さんが、目の前の光景に、呆然と声を漏らした。その声は、驚きというよりも、もはや畏怖に近い響きを帯びていた。
無理もない。
三日前、まだ双葉から本葉が顔を出したばかりだった苗が、まるで魔法にでもかかったかのように、見違えるほどに成長していたのだ。その葉は、力強い生命力に満ち溢れ、まるで太陽の光を貪るかのように、生き生きとした濃い緑色をしている。成長の速度が、異常だった。この世界の、いや、自然の摂理を完全に無視した、圧倒的な成長速度。
「言っただろ、父さん。森の奥深くの、すごく栄養のある土なんだって」
俺は、何食わぬ顔でそう答えたが、内心では科学の力の絶大さに、自分自身が一番驚いていた。前世では当たり前だった化学肥料が、この世界では神の御業にも等しい奇跡を引き起こしている。
「……神の、御業か……」
父さんが、俺の心を見透かしたかのように、ぽつりと呟いた。彼は、もはや俺に何も尋ねなかった。ただ、その節くれだった手で、青々とした葉にそっと触れ、その生命力の強さに、深く、深く感銘を受けているようだった。
その日の昼過ぎには、噂を聞きつけた村人たちが、またしてもハウスの前に集まっていた。
「ひええ……本当だ!たった三日で、こんなに大きくなるなんて!」
「まるで、夏場の畑よりも育ちがいいじゃないか……」
「ルークス様は、冬という季節の理(ことわり)すら、ねじ曲げてしまわれるのか……」
村人たちの驚きは、やがて畏敬となり、ある種の信仰心へと変わりつつあった。彼らが俺に向ける眼差しは、もはやただの感謝ではない。人知を超えた存在を見るかのような、熱っぽい光を宿していた。
その状況は、正直言って、少し居心地が悪かった。俺がやっていることは、ただの知識の応用だ。決して、神様なんかじゃない。
(……まあ、いいか。結果として、みんなが笑顔になってくれるなら)
俺は、そんな村人たちの喧騒を背中で聞きながら、黙々と野菜たちの世話を続けた。間引きをして、風通しを良くしてやる。余計な脇芽を摘み取り、栄養が主茎に集中するように促す。前世で、養護施設の家庭菜園で覚えた知識が、今、この異世界で、最高の形で活かされていた。
◇
その日の午後。俺がハウスでの作業を終えて家に戻ると、暖炉の前で、フェンとマキナがじゃれ合って遊んでいた。
「フェン、おすわり!」
「クゥン?」
マキナがそう言うと、フェンは不思議そうに首を傾げる。だが、マキナが自分の黒パンを少しちぎって鼻先で見せると、途端に心得たというように、ちょこんとその場にお座りをした。
「よしよし、いい子ねー」
マキナが、得意げにフェンの頭を撫でる。その光景を、母さんが微笑ましそうに眺めていた。フェンは、もはや完全に、この家の次男坊のようなポジションに収まっていた。
俺が暖炉のそばに腰を下ろすと、フェンはマキナとの遊びをやめて、俺の足元に体をすり寄せてきた。そして、まるで「ご主人様、今日の僕はちゃんと弟の役目を果たしましたよ」とでも報告するかのように、俺の顔をじっと見上げてくる。
「ああ、偉い偉い。ちゃんと、マキナの遊び相手をしてやってたな」
俺がその頭を撫でてやると、フェンは心地よさそうに目を細めた。その、穏やかで、温かい時間。
ふと、俺の脳裏に、前世の記憶が蘇る。深夜のオフィス。冷たいデスク。一人で胃に流し込む、コンビニの弁当。あの頃の俺が、こんな温かい光景を、想像できただろうか。
(俺が求めていたスローライフは、案外、もうすぐそこまで来ているのかもしれないな)
そんな感傷に浸っていると、突然、フェンがむくりと顔を上げた。そして、玄関の扉の方を見て、くん、と一度だけ、低く鼻を鳴らした。
(…誰か来たのか?)
「どうした、フェン?」
俺がそう囁いた、まさにその時だった。
家の玄関の扉が、ほんの少しだけ、カタ、と音を立てた。まるで、誰かがそこにいて、中に入るのをためらっているかのような、ためらいがちな音。
俺は、フェンに「静かに」と目配せすると、音を立てないように立ち上がり、そっと玄関の扉に近づいた。そして、木の扉の小さな節穴から、外の様子を窺う。
そこにいたのは、ゲルトだった。
彼は、家の前で、何か意を決したように何度も扉に手を伸ばしかけては、その度に、バツが悪そうに手を引っ込める、という行動を繰り返していた。その顔には、後悔と、羞恥と、そしてほんの少しの、何かを伝えたいという切実な想いが、複雑に浮かんでいた。
やがて、彼はついに中に入るのを諦めたようだった。だが、そのまま帰るわけでもなく、何かを地面にそっと置くと、逃げるように、足早にその場を去っていった。
彼が完全に姿を消したのを確認し、俺はゆっくりと扉を開けた。
扉の前に置かれていたのは、一羽の、立派な森ウサギだった。きちんと血抜きがされ、丁寧に処理されている。その横には、彼がいつも使っているスリングショットの予備の革紐が、まるでこれが誰からのものかを示す印のように、ちょこんと添えられていた。
それは、彼なりの、謝罪のしるしであり、そして、俺が砕いた彼のプライドの代わりに、彼が差し出すことのできる、唯一の「価値」だった。
(……不器用な奴)
俺は、苦笑しながら、そのウサギを拾い上げた。ずしりと重い、命の感触。
その夜、グルト家の食卓には、いつもの豆のスープの他に、もう一品、特別な料理が並んだ。
「まあ、ルークス。このお肉、すごく柔らかくて美味しいわ……!」
母さんが、驚きの声を上げる。
俺が、ゲルトが置いていったウサギを、前世の記憶を頼りに、香草と一緒にじっくりと煮込んだ、特製のシチューだ。
「うん、美味しいね。……ゲルトにも、食べさせてやりたかったな」
俺がぽつりとそう呟くと、家族は不思議そうな顔をしたが、俺はそれ以上、何も言わなかった。
陽だまりの家の中では、緑の命が力強く育っている。
そして、家の外では、凍てついていた少年の心が、ゆっくりと、ほんの少しだけ、溶け始めている。
リーフ村の冬は、まだ始まったばかりだ。
【読者へのメッセージ】
第二十話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、ハウスの中で加速する命の成長と、家の外で起きた、ささやかで不器用な和解の兆しを描いてみました。ゲルトの行動に、少しでも何かを感じていただけたら嬉しいです。
「ウサギのシチュー、美味しそう!」「ゲルト、頑張れ!」など、皆さんの感想や応援が、キャラクターたちの次の一歩を後押しします。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
野菜たちの成長は、どこまで加速するのか?そして、ゲルトとの関係は…?物語はゆっくりと、しかし確実に進んでいきます。次回も、どうぞお楽しみに!
リーフ村は、本格的な冬の訪れを告げる、厳しい寒波に見舞われていた。夜の間に降った雪が、村の景色をうっすらと白く染め上げ、吐く息は凍てつく刃のように鋭く、肌を刺す。村人たちは、家の暖炉から離れようとせず、窓の外の厳しい景色に、これから始まる長い冬の過酷さを思って、静かにため息をついていた。
だが、そんな凍てついた村の片隅で、信じられない奇跡が、音もなく進行していた。
「……ルークス。これは、一体……」
その日も、俺と一緒に『陽だまりの家』の様子を見に来た父さんが、目の前の光景に、呆然と声を漏らした。その声は、驚きというよりも、もはや畏怖に近い響きを帯びていた。
無理もない。
三日前、まだ双葉から本葉が顔を出したばかりだった苗が、まるで魔法にでもかかったかのように、見違えるほどに成長していたのだ。その葉は、力強い生命力に満ち溢れ、まるで太陽の光を貪るかのように、生き生きとした濃い緑色をしている。成長の速度が、異常だった。この世界の、いや、自然の摂理を完全に無視した、圧倒的な成長速度。
「言っただろ、父さん。森の奥深くの、すごく栄養のある土なんだって」
俺は、何食わぬ顔でそう答えたが、内心では科学の力の絶大さに、自分自身が一番驚いていた。前世では当たり前だった化学肥料が、この世界では神の御業にも等しい奇跡を引き起こしている。
「……神の、御業か……」
父さんが、俺の心を見透かしたかのように、ぽつりと呟いた。彼は、もはや俺に何も尋ねなかった。ただ、その節くれだった手で、青々とした葉にそっと触れ、その生命力の強さに、深く、深く感銘を受けているようだった。
その日の昼過ぎには、噂を聞きつけた村人たちが、またしてもハウスの前に集まっていた。
「ひええ……本当だ!たった三日で、こんなに大きくなるなんて!」
「まるで、夏場の畑よりも育ちがいいじゃないか……」
「ルークス様は、冬という季節の理(ことわり)すら、ねじ曲げてしまわれるのか……」
村人たちの驚きは、やがて畏敬となり、ある種の信仰心へと変わりつつあった。彼らが俺に向ける眼差しは、もはやただの感謝ではない。人知を超えた存在を見るかのような、熱っぽい光を宿していた。
その状況は、正直言って、少し居心地が悪かった。俺がやっていることは、ただの知識の応用だ。決して、神様なんかじゃない。
(……まあ、いいか。結果として、みんなが笑顔になってくれるなら)
俺は、そんな村人たちの喧騒を背中で聞きながら、黙々と野菜たちの世話を続けた。間引きをして、風通しを良くしてやる。余計な脇芽を摘み取り、栄養が主茎に集中するように促す。前世で、養護施設の家庭菜園で覚えた知識が、今、この異世界で、最高の形で活かされていた。
◇
その日の午後。俺がハウスでの作業を終えて家に戻ると、暖炉の前で、フェンとマキナがじゃれ合って遊んでいた。
「フェン、おすわり!」
「クゥン?」
マキナがそう言うと、フェンは不思議そうに首を傾げる。だが、マキナが自分の黒パンを少しちぎって鼻先で見せると、途端に心得たというように、ちょこんとその場にお座りをした。
「よしよし、いい子ねー」
マキナが、得意げにフェンの頭を撫でる。その光景を、母さんが微笑ましそうに眺めていた。フェンは、もはや完全に、この家の次男坊のようなポジションに収まっていた。
俺が暖炉のそばに腰を下ろすと、フェンはマキナとの遊びをやめて、俺の足元に体をすり寄せてきた。そして、まるで「ご主人様、今日の僕はちゃんと弟の役目を果たしましたよ」とでも報告するかのように、俺の顔をじっと見上げてくる。
「ああ、偉い偉い。ちゃんと、マキナの遊び相手をしてやってたな」
俺がその頭を撫でてやると、フェンは心地よさそうに目を細めた。その、穏やかで、温かい時間。
ふと、俺の脳裏に、前世の記憶が蘇る。深夜のオフィス。冷たいデスク。一人で胃に流し込む、コンビニの弁当。あの頃の俺が、こんな温かい光景を、想像できただろうか。
(俺が求めていたスローライフは、案外、もうすぐそこまで来ているのかもしれないな)
そんな感傷に浸っていると、突然、フェンがむくりと顔を上げた。そして、玄関の扉の方を見て、くん、と一度だけ、低く鼻を鳴らした。
(…誰か来たのか?)
「どうした、フェン?」
俺がそう囁いた、まさにその時だった。
家の玄関の扉が、ほんの少しだけ、カタ、と音を立てた。まるで、誰かがそこにいて、中に入るのをためらっているかのような、ためらいがちな音。
俺は、フェンに「静かに」と目配せすると、音を立てないように立ち上がり、そっと玄関の扉に近づいた。そして、木の扉の小さな節穴から、外の様子を窺う。
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彼は、家の前で、何か意を決したように何度も扉に手を伸ばしかけては、その度に、バツが悪そうに手を引っ込める、という行動を繰り返していた。その顔には、後悔と、羞恥と、そしてほんの少しの、何かを伝えたいという切実な想いが、複雑に浮かんでいた。
やがて、彼はついに中に入るのを諦めたようだった。だが、そのまま帰るわけでもなく、何かを地面にそっと置くと、逃げるように、足早にその場を去っていった。
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扉の前に置かれていたのは、一羽の、立派な森ウサギだった。きちんと血抜きがされ、丁寧に処理されている。その横には、彼がいつも使っているスリングショットの予備の革紐が、まるでこれが誰からのものかを示す印のように、ちょこんと添えられていた。
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その夜、グルト家の食卓には、いつもの豆のスープの他に、もう一品、特別な料理が並んだ。
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母さんが、驚きの声を上げる。
俺が、ゲルトが置いていったウサギを、前世の記憶を頼りに、香草と一緒にじっくりと煮込んだ、特製のシチューだ。
「うん、美味しいね。……ゲルトにも、食べさせてやりたかったな」
俺がぽつりとそう呟くと、家族は不思議そうな顔をしたが、俺はそれ以上、何も言わなかった。
陽だまりの家の中では、緑の命が力強く育っている。
そして、家の外では、凍てついていた少年の心が、ゆっくりと、ほんの少しだけ、溶け始めている。
リーフ村の冬は、まだ始まったばかりだ。
【読者へのメッセージ】
第二十話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、ハウスの中で加速する命の成長と、家の外で起きた、ささやかで不器用な和解の兆しを描いてみました。ゲルトの行動に、少しでも何かを感じていただけたら嬉しいです。
「ウサギのシチュー、美味しそう!」「ゲルト、頑張れ!」など、皆さんの感想や応援が、キャラクターたちの次の一歩を後押しします。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
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