ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第三十一話:運命の三日間と、令嬢の涙

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辺境伯レオナルドによる絶対的な宣告が下された後、俺は騎士ギデオンに促され、謁見の間を退出した。重々しい樫の扉が背後で閉ざされると、張り詰めていた緊張の糸が切れ、全身からどっと力が抜けていくのを感じた。

「……こっちだ」

ギデオンは、それだけを短く告げると、長い廊下を無言で歩き始めた。俺は、腕の中のフェンを抱きしめ直し、その後に続く。俺たちの後ろからは、小さな絹の靴が、ためらいがちに石の床を叩く音がついてきた。エレナ様だ。彼女は、父の命令に背くことへの恐れと、自らの愛花の運命を案じる気持ちとの間で揺れ動きながらも、必死に俺たちの後を追ってきているようだった。

やがて、俺たちは分厚い扉を抜け、城の中庭へと出た。ひんやりとした冬の空気が、火照った頬に心地よい。中庭は、一面の銀世界だった。手入れの行き届いた植木は雪の帽子を被り、石造りの噴水は、時の止まった氷の彫刻のように凍てついている。

その中庭の一角、城壁が作る日陰になった場所に、俺が要求したものが全て、完璧に用意されていた。

山と積まれた、汚れていない新雪。馬小屋から運ばれてきたであろう、乾燥して匂いも少ない上質な馬糞。そして、調理場の暖炉から集められた、サラサラとした薪の灰。それらが、まるでこれから始まる儀式の供物のように、静かに並べられていた。

「……本当に、こんなもので……この子は……」

エレナ様が、不安を隠しきれない震える声で呟く。その手には、今にも事切れそうな雪中花の鉢が、大事そうに抱えられていた。

俺は、彼女の不安には答えず、ただ黙って作業に取り掛かった。まず、マーサさんがくれた温かい外套を脱ぎ、腕まくりをする。

「ギデオンさん、その鉢を、雪の上に」

俺が指示すると、ギデオンは無言で頷き、エレナ様からそっと鉢を受け取ると、雪山の頂上に、まるで祭壇に捧げるようにして置いた。

次に、俺は用意されていた空の植木鉢を手に取ると、底に小石を数個敷き詰めた。水はけを良くするためだ。前世の、養護施設の家庭菜園で最初に教わった、基本中の基本。

そして、ここからが本番だ。俺は、雪と、馬糞と、灰の前に膝をつくと、まるで稀代の料理人が秘伝のスパイスを調合するかのように、それらを慎重に、最適な比率で混ぜ合わせていく。

指先で、雪の温度と水分量を確かめる。
鼻を近づけ、馬糞の発酵具合と、それに含まれるアンモニアの濃度を嗅ぎ分ける。
手のひらに乗せ、灰の粒子の細かさと、それに含まれるカリウムの量を推測する。

ブラック企業で培った、五感をフル活用した情報収集能力と分析力。養護施設で身につけた、土と対話する農業の知識。その全てが、今、この八歳の子供の小さな手の中で、完璧なハーモニーを奏でていた。

その、あまりにも手際が良く、一切の無駄がない俺の作業風景を、ギデオンとエレナ様は、息を殺して見守っていた。腕の中から降ろされたフェンも、何やらただ事ではない雰囲気を察したのか、俺の足元で大人しく丸くなり、金色の瞳でじっと作業の様子を見つめている。彼らの目には、子供の土遊びなどではなく、何か神聖で、侵しがたい儀式が執り行われているように映っているのかもしれない。

(窒素、リン酸、カリウム……。そして、雪の冷気が根の活動を一度リセットし、生命力を呼び覚ます。完璧だ)

俺は、完成した「特製の土」を、新しい植木鉢にふわりと盛り付けると、いよいよ、弱り切った雪中花の移植に取り掛かった。

古い鉢から、そっと根を傷つけないように抜き出す。案の定、根は水を吸いすぎたせいで黒ずみ、腐りかけていた。俺は、懐から救急セットに入っていた小さなハサミを取り出すと、傷んだ部分を、外科手術のように丁寧、かつ迅速に切り落としていく。

「あ……!」

エレナ様が、悲鳴に近い声を上げた。彼女にとっては、愛花の体を切り刻む、残虐な行為にしか見えなかっただろう。

「大丈夫です、お嬢様」

俺は、彼女を安心させるように、穏やかに言った。

「病気になった葉っぱを、そのままにしておくと、他の元気な葉まで病気になってしまうでしょう?それと同じです。少しだけ痛い思いをさせてあげれば、この子は、もっともっと元気に、綺麗に咲くことができます」

俺の、子供に言い聞かせるような、しかし絶対的な確信に満ちた言葉に、エレナ様はぐっと唇を噛みしめ、それ以上何も言わずに、ただ祈るように両手を胸の前で組んだ。

移植を終え、新しい土の上に、最後の仕上げとして、もう一度、雪をふわりとかぶせてやる。それは、厳しい冬から身を守るための、天然の温かい毛布だ。

全ての作業を終えた時、俺の額には、うっすらと汗が滲んでいた。

「……終わりました。あとは、この子が、自分の力で目覚めるのを待つだけです」

俺がそう宣言すると、エレナ様は、おずおずと雪の上の植木鉢に近づいた。

「本当に……これで、あの子は……」
「はい。三日後の朝には、きっと、見違えるようになっていますよ」

俺の言葉には、もう一片の迷いもなかった。



運命の三日間は、静かに、しかし着実に過ぎていった。

一日目の午後。エレナ様は、いてもたってもいられない様子で、何度も中庭に足を運んだ。その度に、俺も彼女に付き合い、雪中花の様子を見守った。変化は、まだない。

二日目の朝。俺たちが中庭を訪れると、雪中花の姿に、わずかな、しかし確実な変化が現れていた。ぐったりと首を垂れていた茎が、ほんの少しだけ、本当にミリ単位で、空に向かって持ち上がっているように見えたのだ。

「あ……!」

その変化に、誰よりも先に気づいたエレナ様が、歓喜の声を上げた。

「ルークスさん!見てください!茎が、少しだけ……!」
「ええ。この子が、生きようとしている証拠です」

その日以来、エレナ様の俺に対する態度は、明らかに変わった。「ルークス」と呼び捨てにしていたのが、いつの間にか「ルークスさん」と、敬称をつけるようになっている。彼女が俺に向ける眼差しには、もう不安の色はなく、代わりに、未知の知識を持つ少年への、純粋な尊敬と、そして淡い憧れのような光が宿り始めていた。

彼女は、俺に様々なことを尋ねるようになった。リーフ村のこと。家族のこと。そして、どうしてそんなに植物のことに詳しいのかということ。俺は、当たり障りのない範囲で、彼女の質問に答えていった。貴族の令嬢と、辺境の農民。住む世界が全く違う二人の間には、雪中花という小さな命を通じて、不思議な絆が芽生え始めていた。

その様子を、騎士ギデオンは、常に数歩離れた場所から、黙って見守っていた。彼の鉄仮面のような表情の裏で、何を思っているのかは分からない。だが、時折、俺とエレナ様が笑い合うのを見て、その厳しい口元が、ほんの僅かに緩むのを、俺は見逃なかった。

そして、運命の三日目の朝が、来た。

空は、雲一つない、凍てつくような快晴。俺と、エレナ様と、そしてギデオンは、約束の刻限である日の出と共に、中庭へと向かった。俺たちの後ろからは、報告を受けたであろう、執事のセバスチャンも、固い表情でついてきている。

俺の心臓が、ドクン、ドクンと大きく脈打つ。勝算は、あった。だが、万が一ということもある。もし、失敗していれば、俺の首は、文字通り、飛ぶ。

俺たちは、雪中花が置かれた場所へと、たどり着いた。

そして、目の前の光景に、そこにいた誰もが、言葉を失った。

「……あ……」

最初に声を発したのは、エレナ様だった。その声は、もはや言葉にならず、ただ、吐息のような感嘆となって、白い朝の空気の中に溶けていった。

そこにあったのは、三日前の、あの見る影もなくうなだれていた、瀕死の植物の姿ではなかった。

雪の中から、まるで冬の厳しさを嘲笑うかのように、一本の茎が、まっすぐに、力強く、天を衝くように伸びている。その葉は、まるで磨き上げられたエメラルドのように、生き生きとした緑の輝きを放っていた。

そして、その頂点で。

純白の、一点の曇りもない花びらが、朝日を浴びて、神々しいほどの輝きを放ちながら、誇らしげに、咲き誇っていたのだ。

それは、絶望の淵からの、完全な復活。

小さな鉢の中で起きた、静かで、しかし偉大な、生命の奇跡だった。

エレナ様の、美しい青い瞳から、ぽろり、ぽろりと、大粒の涙がこぼれ落ちた。それは、悲しみの涙ではない。純粋な、心の底からの、歓喜の涙だった。

彼女は、俺の方を振り返ると、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、満面の笑みを浮かべた。

「……ありがとう、ございますっ……!ルークスさん……!」

その、一点の曇りもない、純粋な感謝の言葉。

その瞬間、俺の脳内に、あの聞き慣れた電子音が響き渡った。

【称号『リー-フ村の救世主』の効果範囲外です。通常ポイントとして、貴族からの極めて強い感謝を検知しました。500ポイントを獲得しました。】

(……ごひゃく、ポイント……!)

村人からの感謝ボーナスが10ptだったことを考えれば、破格の数字だ。エレナ様の純粋な感謝の心が、これほどの価値になったのか?それとも、相手の身分が、ポイントの算出に影響しているのか?……いや、今はそんな分析など、どうでもよかった。

目の前で、心からの笑顔で泣いている、美しい少女。
背後で、息を呑み、己の常識が覆される瞬間を目の当たりにしている、執事と騎士。

そして、玉座で報告を待つ、あの厳しい辺境伯。

俺の戦いは、まだ終わっていない。むしろ、ここからが、本当の始まりなのだ。



【読者へのメッセージ】
第三十一話、お読みいただきありがとうございました!
運命の三日間、そして雪の中で起きた小さな奇跡。ルークスの知識が、凍てついた花だけでなく、令嬢の心をも溶かしていく様子に、ドキドキしていただけましたでしょうか。
「奇跡の瞬間、鳥肌が立った!」「エレナ様、可愛い!」「500ポイントはデカい!」など、皆さんの感想や応援が、ルークスが次なる試練に立ち向かうための力になります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
ついに王の試練を乗り越えたルークス。辺境伯の反応は?そして、彼に与えられる次なる運命とは?物語は、大きな転換点を迎えます。次回、どうぞお見逃しなく!
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