ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第百二十四話:荒くれ者の挽歌と、魔改造された小舟

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 潮の香りと魚の焼ける匂い、そして男たちの怒号と笑い声が充満する港町、ポート・メリル。
 活気ある市場で腹を満たした俺とフェンは、その足で港の管理事務所――通称「船乗りギルド」の門を叩いた。

 建物は古く、潮風で塗装が剥げた看板には、錨(いかり)とカジキのマークが描かれている。
 重い扉を押し開けると、中には紫煙と酒の臭いが立ち込めていた。
 昼間だというのに、屈強な男たちがテーブルを囲み、賭けカードやサイコロに興じている。

 俺が入った瞬間、店内の空気が一変した。
 よそ者。それも、海を知らない内陸の若造。
 そんな値踏みするような視線が、数十対の目から突き刺さる。

「……何の用だ、坊主。ミルクなら他所で売ってるぜ?」

 カウンターの中にいた、右目に眼帯をした巨漢――ギルドマスターと思われる男が、低い声で威嚇した。

「船を探しています。南の沖合……漁師たちが『黒い海』と呼んで恐れる海域へ向かうための船と、腕利きの案内人を」

 俺が用件を告げた瞬間。
 ザワザワとしていた店内が、水を打ったように静まり返った。
 カードを配る手が止まり、ジョッキを傾けていた手が空中で凍りつく。

「……はぁ? 『黒い海』に行きたいだって?」

 ギルドマスターが、信じられないものを見る目で俺を見た。

「正気か、兄ちゃん。あそこは今、人魚の祟(たた)りで荒れに荒れてる。近づいた船は一隻残らず引きずり込まれて、木っ端微塵だ。昨日も腕利きの船が二隻、戻ってこなかったんだぞ」
「知っています。だからこそ、普通の船ではダメなんです」
「ダメもクソもあるか! あそこは死神の寝床だ。金貨を積まれても行きたがる奴はいねえよ」
「金ならあります」

 俺は懐から革袋を取り出し、カウンターに叩きつけた。

 ドサッ。
 金属特有の重い音が響く。
 俺は袋の紐を緩め、中身を少しだけ見せた。
 薄暗い店内で、黄金色の輝きが怪しく光る。金貨五十枚。この港町なら、小型船が一隻買える額だ。

 男たちの目が欲望に揺れた。ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえる。
 だが。
 ギルドマスターは、苦渋の表情で首を横に振った。

「……悪いな。命あっての物種だ。悪いことは言わねえ、陸(おか)で美味いもんでも食って、母ちゃんの元へ帰りな」

 取りつく島もない。
 その後、何人かの船長に直接声をかけてみたが、結果は同じだった。「死にたくねえ」「あの歌が聞こえたら終わりだ」「金貨で棺桶は買えても、命は買えねえ」と、皆一様に怯えている。
 海の男たちがここまで恐れるとは、よほどの事態らしい。

「困ったな……」

 ギルドを出た俺は、港の隅にある木箱に腰を下ろし、途方に暮れた。
 泳いで行くことも可能だが、荷物(イチゴの苗や交易品)があるし、何より海上で休息できる拠点は必須だ。

『主よ、あの薄汚れた船はどうだ?』

 フェンが鼻先で示したのは、港の最奥。
 煌びやかな商船や漁船が並ぶメインの桟橋から遠く離れた、ゴミや流木が吹き溜まるドブ川のような場所。通称「船の墓場」。
 そこに、一隻の古びた小舟が係留されていた。

 全長は十メートルほどの一本マストのスループ船。
 塗装は剥げ落ちて地肌が露出し、帆は畳まれたままカビが生えているように見える。船体にはフジツボがびっしりと付着し、喫水線は低く、今にも沈みそうだ。
 だが、その船首で、一人の老人が安酒の瓶を煽っていた。

 ボサボサの白髪混じりの髪、潮風と日差しで革のようになった肌。薄汚れたシャツの袖からは、歴戦の古傷が見え隠れしている。
 そして何より目を引いたのは、彼の右足が、木製の義足であることだった。

「……行ってみるか」

---

 俺とフェンが近づくと、老人は虚ろな目でこちらを一瞥し、すぐに興味を失ったように酒瓶に口をつけた。

「船を出せ? ヒック……帰んな、坊主。俺の『酔いどれカモメ号』は、もう飛べねえよ。羽が折れちまってる」
「あんたが、この港で一番『海を知っている』船乗りだって聞いたんだがな(直感だ)」
「ハンッ、おべっかなんざ、この安酒の肴にもなりゃしねえ。……俺は引退したんだ。あの海で、息子と片足を失った時にな」

 老人は義足をコツンと甲板に叩きつけ、濁った目で南の沖合を睨んだ。
 その瞳の奥には、恐怖よりも深い、燃え尽きることのない「憎悪」と「後悔」の残り火が見えた。
 なるほど、因縁持ちか。
 ならば、交渉の余地はある。

「じゃあ、この酒もいらないか?」

 俺は『収納魔法』から、一本のガラス瓶を取り出した。
 ポイント交換品、『最高級ヴィンテージ・ダークラム(オーク樽熟成30年)』。
 ラベルには金箔が押され、瓶の中で琥珀色の液体がトロリと揺れている。
 俺はコルク栓を、ポンッ、と小気味良い音を立てて抜いた。

 その瞬間。
 甘く、濃厚で、そして鼻腔をくすぐるスモーキーな芳香が、潮風とドブの臭いを切り裂いて広がった。

「ッ!?」

 老人の鼻がピクリと動く。
 濁っていた瞳に、強烈な光が宿った。
 彼は吸い寄せられるように身を乗り出し、震える手で瓶を掴もうとした。

「な、なんだその香りは……! 王都の貴族が飲むような……いや、それ以上の……!」
「あんたが舵を取ってくれるなら、これを報酬につける。もちろん、金貨も弾む」

 俺はラム酒を目の前で揺らしてみせた。
 老人はゴクリと喉を鳴らし、乾いた唇を舐めた。

「条件がある。『黒い海』のど真ん中まで連れて行ってくれ。……あんたの息子さんを奪った、あの海へ」
「……悪魔みてぇなガキだ」

 老人は低く唸り、俺を睨みつけた。
 数秒の沈黙。
 やがて、彼はニヤリと笑った。その顔は、ただの酔っ払いから、かつて海と戦っていた「海の男」の顔に戻っていた。

「上等だ。俺の名はドレイク。……死んでも文句言うなよ?」

---

 契約は成立した。
 ドレイクは早速、係留ロープを解こうとしたが、俺はそれを止めた。

「待ってくれ。このまま出る気か?」
「あ? 行くんだろ?」
「この船じゃ、港を出る前に沈むぞ。……少し『手入れ』をさせてもらう」

 俺は船体に触れた。
 板は腐りかけ、隙間からは水が染み出している。帆はボロボロで風を受けられない。舵もガタついている。
 まさに、沈没寸前の幽霊船だ。

「手入れだと? 修理に一週間はかかるぞ。船大工を呼ぶ金があっても、時間は買えねえ」
「一週間も待てない。……今ここで、俺がやる」

 俺は腕まくりをして、ウィンドウを開いた。
 農民のDIY精神と、圧倒的なポイント(現代技術)の力を見せてやる。

「フェン、誰も近づけるなよ」
『心得た』

 俺はドレイクが目を丸くする前で、次々とアイテムを購入し、実体化させた。

 **【アイテム『超強力補修テープ(水中対応・軍用)』×10巻を購入しました】**
 **【アイテム『FRP補修キット(速乾性樹脂・ガラスマット)』×5セットを購入しました】**
 **【アイテム『防水・防腐コーティング剤(ナノテク仕様)』×3缶を購入しました】**
 **【アイテム『船外機(電動・静音ハイパワー・バッテリー付・80馬力)』を購入しました(消費:100,000pt)】**
 **【アイテム『高効率ソーラーパネル(フレキシブル型)』×4枚を購入しました】**
 **【アイテム『高性能魚群探知機(ソナー・海底地形マッピング機能付)』を購入しました】**

「お、おい坊主、何をしてる!? なんだその銀色のベタベタした布は!」

 ドレイクが叫ぶのを無視し、俺は作業を開始した。
 まずは船体の補修だ。
 腐りかけた板の上に、現代の化学の結晶である『FRP(繊維強化プラスチック)』を塗りたくる。ガラス繊維のマットを貼り、その上から速乾性の樹脂を染み込ませる。
 数分で硬化が始まる。
 木造のボロ船が、鋼鉄よりも硬く、軽い「複合素材の船」へと生まれ変わっていく。

 次に、浸水を防ぐために『超強力補修テープ』で隙間を塞ぎ、仕上げに『ナノテクコーティング剤』を船全体に散布する。
 古ぼけた木材が、濡れたような光沢を帯び、水を弾く最強の装甲となった。

「……じいさん、マストはいらない。邪魔だ」
「はぁ!? 帆がなきゃどうやって進むんだ!」
「これを使う」

 俺は船尾に移動し、舵の横に、黒く流線型の美しい機械――『電動船外機』を取り付けた。
 80馬力。このサイズの船にはオーバースペック気味だが、魔物の海を突破するにはこれくらいのパワーが必要だ。
 燃料はいらない。甲板に貼り付けた『ソーラーパネル』と、予備の魔石(ポイント交換した変換器使用)で、半永久的に稼働する。

 最後に、操舵席の横に『魚群探知機(ソナー)』のモニターを設置した。
 電源を入れると、液晶画面に海底の地形と、魚の影が映し出される。

「よし、完成だ。名付けて『酔いどれカモメ・改(カスタム)』」

 所要時間、わずか二時間。
 見た目はツギハギだらけのボロ船のままだが、その中身は現代の巡視艇並みだ。

「……お前、船大工か? いや、ドワーフの魔導技師か?」

 ドレイクは、新しく取り付けられた黒い機械と、硬化した船体を撫で回しながら、呆然と呟いた。

「農民だよ。畑を耕すのも、船を直すのも似たようなもんだ(道具を使うという意味で)」

 俺はドレイクにウィンクし、ラム酒の瓶を投げ渡した。
 ドレイクはそれを受け取り、栓を抜いて豪快に一口煽った。

「プハァッ! ……へっ、最高だ。こんな美味い酒と、こんなイカれた客は初めてだぜ!」

 彼は義足で甲板を強く踏み鳴らし、新しくなった(しかし使い慣れた)舵を握った。
 その顔には、先ほどまでの絶望はない。あるのは、未知への興奮と、挑戦者の笑みだ。

「野郎ども、出航だ! 地獄の底まで付き合ってやるよ! 錨(いかり)を上げろォ!」

 ドレイクの怒号が港に響く。
 俺は船外機のスイッチを入れた。

 ヒュイィィィィィ……。

 爆音はない。
 ただ、空気を切るような高周波の音が微かに響くだけだ。
 スクリューが水を噛み、船体がグンッと前に押し出される。

「な、なんだこの加速は!?」
「ワンッ!」
『主よ、この船、生きているみたいだぞ!』

 フェンが興奮して甲板を走り回る中、俺たちは港を出た。
 見送る者はいない。ただ、ギルドの連中が、遠くから「あいつら死にに行ったぞ」と指差しているのが見えただけだ。

 滑るように海面を進む小舟。
 その速度は、風を受ける帆船を遥かに凌駕していた。
 俺たちは、夕闇の迫る水平線――赤黒く染まり始めた不吉な「黒い海」へと、一直線に舳先(へさき)を向けた。

 風が出てきた。
 潮騒に混じって、どこからか女性の啜り泣くような、哀しげな歌声が聞こえてくるような気がした。

 ソナーの画面に、巨大な影が映り込む。
 深度200メートル。
 深淵からの歓迎が、もうそこまで来ていた。



【読者の皆様へ】
荒くれ者の老船長ドレイクと、魔改造されたボロ船で、いざ出航!
「FRP補修」に「80馬力電動モーター」、「最新ソナー」……ポイントの力でオーバーテクノロジーの塊となった小舟。男のロマンを感じていただけましたでしょうか?
しかし、向かう先は呪われた海域。ソナーに映る巨大な影の正体とは?
「船の改造ワクワクする!」「ドレイク爺さん渋い!」「いよいよ海戦!」と思った方は、ぜひ↓の★★★★★評価とブックマーク登録で応援をお願いします!
皆様の応援が、ルークスの航海の灯台になります!
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