ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第百二十三話:雪解けの街道と、潮騒の予感

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 旅立ちの朝。
 リーフ村は、抜けるような青空に包まれていた。
 数日前に降り積もった大雪が、朝日に照らされてダイヤモンドダストのようにキラキラと輝いている。吐く息は白いが、不思議と寒さは感じない。胸の奥に、新たな冒険への期待という熱い火が灯っているからだろうか。

 村の入り口には、見送りのために多くの村人が集まっていた。
 村長のハンス、鍛冶屋のゴードン、マーサ婆さん、そしてリサたち子供の姿もある。

「ルークス、本当に……本当に行っちゃうの?」

 リサが、真っ赤になった目をこすりながら俺の厚手のコートの裾をギュッと掴んだ。
 その手には、俺が別れ際に渡したプレゼント――『雪中のルビー』を一粒、特殊な氷魔法で永遠に溶けない氷の中に閉じ込めたペンダント――が握りしめられている。

「ああ。でも、すぐに帰ってくるさ。南の海には、このイチゴよりも甘くて、もっと不思議な『海の幸』があるらしいからな。それをリサに一番に食べさせてやるよ」
「ほんと? ……絶対だよ? 嘘ついたら、ハウスのイチゴ全部、こっそり食べちゃうからね!」
「ははは、そいつは怖いな。約束するよ」

 俺はしゃがみ込み、リサの頭を撫でた。彼女の髪からは、微かにイチゴの甘い香りがした。
 俺は立ち上がり、ハンス村長の方を向いた。

「村長、ハウスの管理は頼みましたよ。温度管理と水やりは全自動ですが、燃料の補充と、異常があった時の緊急停止ボタンだけはお願いします」
「ふん、わかっておるわ。若造が年寄りに説教か? ……お前が帰ってくるまでに、わしの手でもっと甘くして、ぎゃふんと言わせてやるから、安心して行ってこい」

 ハンス村長はぶっきらぼうだが、その目尻には光るものがあった。
 ゴードンが、ニカっと白い歯を見せて笑い、親指を立てた。

「武器のメンテナンスは完璧だ。俺の最高傑作『疾風』を持ってけ。海だろうが山だろうが、そいつはお前を守ってくれる。……折れたら承知しねぇぞ」
「ああ、大切に使うよ。相棒としてな」

 俺は腰に差した短剣――ゴードンが魂を込めて打った『疾風』の柄を撫で、背負い袋(カモフラージュ用で、中身はほとんど空だ。荷物は全て『収納魔法』に入っている)を背負い直した。
 そして、隣に控えるフェンの背中に手を置く。

「行くぞ、フェン」
『うむ。風が呼んでいるぞ、主よ。南の風は、ここよりもずっと軽やかだ』

 フェンが一声、長く高い遠吠えを上げた。
 次の瞬間、彼の身体が一回り大きく膨れ上がり、四肢に風のマナが纏わりつく。背中には、俺を乗せるための「風のクッション(エア・サドル)」が形成された。
 俺はそれに跨る。
 視界が高くなる。見慣れた村の景色、愛すべき人々の顔が、少しだけ遠く感じられた。

「行ってきます!」

 俺は大きく手を振り、フェンは地面を蹴った。

 ドンッ!!

 爆発的な加速。
 景色が後方へとすごい勢いで流れていく。
 村人たちの姿が一瞬で小さくなり、やがて白い地平線の彼方へと溶けていった。

 寂しさがないと言えば嘘になる。
 ここは俺の故郷であり、守るべき場所だ。
 だが、今の俺には振り返ることは許されない。
 スマホの画面に映る、南の海の「赤い点」。あれを放置すれば、この村の平和もいずれ飲み込まれてしまう。
 背負った期待と、その先に待つ未知への使命感が、俺の視線を南へと固定させていた。

---

 道中(旅路)。
 それは、俺の想像を遥かに超える快適さと、驚異的なスピードで進んでいった。

 フェンリルであるフェンの移動速度は、馬車の比ではない。
 時速百キロ近い速度で雪原を疾走しても、風魔法による結界(エア・シールド)のおかげで、俺には春のそよ風程度の風圧しか感じられない。路面の凹凸も風のサスペンションが吸収し、振動は皆無。まるで、高級セダンの後部座席に乗って、雪景色を眺めているようだ。

「フェン、腹は減ってないか? 少し休憩するか?」
『主よ、我を誰だと思っている。この程度の走りでバテるものか。……だが、口寂しいのは事実だな』

 俺たちは走りながら食事を摂った。
 ポイント交換した『高カロリー・エナジーバー(チョコ&ナッツ味)』や、『温かい缶コーヒー(微糖)』を、フェンが風魔法で器用に空中に固定し、並走させながらシェアする。
 雪煙を上げて疾走しながらの優雅なランチタイム。
 前世の満員電車での移動とは、天と地ほどの差だ。

 一日目が終わる頃には、難所と言われる「冬の峠」を越えていた。
 普通の旅人なら、吹雪や雪崩のリスクと戦いながら、命がけで数日かけて越える場所だ。だが、俺たちは雪の上を滑るように駆け抜け、あっという間に反対側へと降りてしまった。

 その夜は、峠の中腹にある洞窟でキャンプをした。
 ポイント交換で出した『極厚ダウンシュラフ』と『カセットコンロ』で、熱々の「キムチ鍋」を作って食べた。
 外は氷点下の世界だが、辛くて熱い鍋をハフハフと言いながらつつく時間は、何にも代えがたい贅沢だった。

 二日目。
 山を下るにつれて、景色が劇的に変化し始めた。
 真っ白だった世界に、徐々に土の茶色と、針葉樹の深い緑が混ざり始める。
 雪解け水が流れる音が聞こえ、空気の匂いが「冷たくて乾いたもの」から、「湿り気を帯びた温かいもの」へと変わっていく。

 三日目の朝。
 俺たちは完全に雪国を抜けていた。
 周囲には広葉樹の森が広がり、道端には黄色い花が咲いている。気温は十五度前後だろうか。上着がいらないほどの陽気だ。

「……暖かいな」

 俺は厚手の防寒着を脱ぎ、リネン製のシャツに着替えた。
 南風が頬を撫でる。その風には、どこか懐かしい、そしてこの世界では初めて嗅ぐ独特の香りが混じっていた。
 潮の香りだ。

『主よ、なんだこの湿った風は? 少ししょっぱい味がするぞ』
「これが『海』の匂いだ。俺たちの目的地が近い証拠だよ」

 フェンは不思議そうに鼻をヒクヒクさせている。
 山育ちの彼にとって、海は未知の領域だ。

 そして三日目の昼過ぎ。
 俺たちは最後の丘を越えた。

 視界が一気に開ける。
 その瞬間の感動を、俺は一生忘れないだろう。

「……うわぁ」

 俺は思わず息を飲んだ。
 目の前に広がっていたのは、視界の全てを埋め尽くすほどの、圧倒的な「青」だった。
 空の青よりも深く、宝石のサファイアよりも鮮やかな群青色。
 水平線が緩やかな弧を描き、太陽の光を浴びて無数の波がダイヤモンドのようにキラキラと輝いている。白いカモメが空を舞い、遠くには白い帆を張った船が行き交っている。

 海だ。
 アトランティス大洋。
 この大陸の南に広がる、広大無辺の世界。

『……ほう。これが海か。でかい水溜りだな』
「水溜りってレベルじゃないだろ」

 フェンの素っ気ない、しかし少し興奮したような感想にツッコミを入れつつ、俺は丘を駆け下りた。
 その先に、白い石造りの建物が斜面にへばりつくように立ち並ぶ、美しい港町が見えたからだ。

 大陸最南端の交易都市、「潮騒の街(ポート・メリル)」。
 赤レンガの屋根、白亜の壁、そして港を行き交う人々の熱気。
 活気に満ちた喧騒と、潮騒の音が、風に乗ってここまで聞こえてくるようだ。

---

 街に入ると、そこは圧倒的な「生命力」に溢れていた。
 辺境伯領の静かで厳かな雰囲気とも、王都の洗練された貴族的な空気とも違う。もっと雑多で、野太く、太陽の匂いがするエネルギーだ。

 肌を小麦色に焼いた漁師たちが大声で笑い合い、市場には見たこともない色とりどりの魚介類が、氷(魔道具で作られたものだろう)の上に所狭しと並べられている。

「いらっしゃい! 新鮮なカツオだよ! 今朝あがったばかりだ! 刺身で食えるぞ!」
「こっちの巨大エビはどうだい? 殻ごと炭火で焼くと最高だぜ! 味噌がたっぷり詰まってる!」
「お兄さん、旅の人かい? ウチの海鮮スープを飲んでいきな! 精がつくよ!」

 飛び交うダミ声。焼ける魚の香ばしい匂い。ニンニクとオリーブオイル、そして潮風の混ざった香り。
 俺の胃袋が、強烈に反応した。

「……フェン、まずは腹ごしらえだ。情報収集は、胃袋を満たしてからにしよう」
『賛成だ。あの串焼きになっている巨大なイカのようなもの、我の鼻を刺激してやまない。よだれが出そうだ』

 俺たちは市場の屋台ストリートに引き寄せられるように足を運んだ。
 フェン(大型犬サイズに縮小済み)も、屋台の匂いに尻尾を振っている。

 **【スキル『鑑定』発動】**

 **【名称:バレット・スキッド(弾丸イカ)】**
 **【レア度:C】**
 **【詳細:高速で泳ぐイカの魔物。筋肉質で歯ごたえがあり、噛めば噛むほど濃厚な旨味が出る。肝は珍味中の珍味】**

 **【名称:サン・マッケレル(太陽サバ)】**
 **【レア度:D】**
 **【詳細:背中に金色の太陽のような模様を持つサバ。脂の乗りが非常に良く、滴る脂で火が消えると言われるほど。塩焼きにすると絶品】**

 すごい。
 山国育ち(転生後)の俺にとって、ここは食材の宝庫だ。
 俺は屋台の親父に銀貨を渡し、イカの姿焼きと、サバのサンドイッチ(バゲットに焼いたサバとレモン、香草を挟んだもの)を購入した。

 ガブリ。

 まずはイカを齧る。
 プリッ! という弾力のある音がして、身が歯を押し返す。次の瞬間、濃厚な旨味が口の中に爆発した。醤油に似た魚醤のタレが炭火で焦げた香ばしさが、鼻に抜ける。
 肝の苦味がアクセントになり、これは……。

「うまい……! なんだこれ、ビールが欲しい! いや、冷えた白ワインか!」

 思わず本音が漏れる。
 フェンも、自分の顔ほどもある巨大な焼き魚を骨ごとバリバリと噛み砕き、至福の表情で目を細めている。

『うむ、海というのも悪くないな。この魚、森の川魚とは違って、血の味が濃くて力強い。生命(いのち)を食っている感じがするぞ』

 俺たちは市場を食べ歩きながら、港の方へと向かった。
 腹が満たされると、少しずつ周囲の様子が見えてくる。

 活気はある。
 だが、その活気の中に、どこか「焦り」や「不安」、そして「諦め」のようなものが混じっている気がした。

 港の桟橋には、多くの漁船が停泊している。
 天気は良い。波も穏やかだ。絶好の漁日和のはずだ。
 なのに、出航準備をしている船は極端に少ない。
 多くの漁師たちが、陸(おか)に上がって網の手入れをしたり、海を指差して何やら深刻な顔で話し込んだりしている。

 俺は『気配察知』と、最近取得した『聴覚強化』をさりげなく発動し、彼らの会話に耳を傾けた。

「……今日もダメか?」
「ああ。沖の色がおかしい。いつもの青じゃない、もっとどす黒い……『底なしの闇』みたいな色をしてやがる」
「昨日は西の漁場で、ベテランのトムがやられたって話だ。船ごと何かに引きずり込まれたって」
「クラーケンか?」
「いや、もっとタチが悪い。『歌』が聞こえたって生き残りが言ってた」
「歌……まさか、人魚の呪いか?」

 人魚の呪い。
 その単語が出た瞬間、漁師たちの間に重苦しい沈黙が流れた。
 恐怖と、忌避の感情。

(……やはり、何か起きている)

 俺は眉をひそめた。
 懐からこっそりとスマホを取り出し、レーダーアプリを起動する。
 画面上の、禍々しく脈動する赤い点。
 それは、この港から南へ数十キロ。まさに漁師たちが恐れている沖合、「黒い海」の方角を指し示している。

 設定資料集によれば、人魚族は「世界の記憶を守る者」であり、基本的には人間に不干渉、むしろ困っている人間を助けることもある種族のはずだ。
 人間を襲い、船を沈めるような真似をするだろうか?
 もしそうなら、それは彼らの意志なのか、それとも……「何か」に狂わされているのか。

 ズキリ。

 左目の奥が痛んだ。
 北の森で感じた、あの「システム警告」の前兆だ。
 俺は海を見つめた。
 キラキラと輝く美しい水面。その下には、光の届かない深淵が広がっている。
 そこにあるのは、俺たちの知らない巨大な悪意。

「……行くぞ、フェン」
『うむ。食後の運動にはちょうど良い気配がするな』

 俺たちは市場を抜け、「船」を探すために、さらに港の奥へと進んだ。
 普通の漁船では、あの海域には近づけないだろう。漁師たちも出してはくれないはずだ。
 俺が必要としているのは、荒れ狂う海にも、魔物の襲撃にも耐えうる、頑丈で特別な船だ。
 あるいは――俺自身が「船」になる必要があるかもしれない。

 潮騒の音が、歓迎のファンファーレではなく、戦いのゴングのように聞こえ始めていた。
 南の楽園は、既に戦場の入り口だったのだ。



【読者の皆様へ】
雪山を越え、ついに到着した南の港町ポート・メリル!
初めて見る海の美しさ、絶品の海鮮グルメ、そして市場の活気……と思いきや、漁師たちの口から語られる不穏な噂。
「人魚の呪い」とは? そして赤い点の正体は?
次回、ルークスはいよいよ禁断の海へ乗り出します!
「海鮮美味しそう!」「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ↓の★★★★★評価とブックマーク登録で応援をお願いします!
皆様の応援が、ルークスの羅針盤になります!
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