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第百三十一話:鉄槌の代償と、凡人の本気
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「貴様……! 何をデタラメをッ!!」
カストロの絶叫が、凍てつく広場を切り裂いた。
脂ぎったその顔は、今や熟れすぎたトマトのように赤黒く充満し、目玉は血走って今にもこぼれ落ちんばかりに剥き出しになっている。
図星を突かれた人間の、典型的な、そして最も醜悪な反応だ。
俺――ルークス・グルトは、寒風に揺れる銀髪をそっと払い、わざとらしく小首を傾げてみせた。
「デタラメじゃないですよぉ。だって、本物の王様のお手紙なら、魔力の印章からもっとすごーく高貴で、お花の香りがするような魔力が漂っているはずだもん。僕、辺境伯様の屋敷で本物を見たことがあるんです。でもその紙、端っこがちょっと波打ってる……。冬の湿気で歪んじゃうような、町の安物屋で売ってる羊皮紙ですよね?」
「黙れッ! 黙れ黙れ黙れぇ!! このクソガキがあああッ!!」
カストロは激昂し、手に持っていた偽造令状を、汚らわしいゴミを捨てるように地面に叩きつけた。
雪の上に落ちた羊皮紙が、泥にまみれて汚れていく。
それは、彼が自ら「この紙には王命としての重みなど欠片もない」と認めたも同然の行為だった。
沈黙を守っていた村人たちが、一斉にざわつき始める。
「おい……まさか、本当に偽物なのか?」
「俺たちの冬の蓄えを、あいつ、自分たちの懐に入れるために奪おうとしてたのか!?」
不安が、確信を伴った猛烈な怒りへと変わり、広場の温度が僅かに上昇する。
だが、カストロは怯むどころか、その瞳に濁った、狂気じみた殺意を宿らせた。
「……ふん、小賢しい知恵を回したつもりだろうがな。このリーフ村のような最果てのゴミ溜めで、何が真実かなど誰が決める? 王都から遠く離れたこの場所で――私が王命だと言えば、それが真実なのだ!」
カストロは、雪の上に跪いたままの俺の父、アルフレッドの頭を、泥だらけの靴でさらに強く踏みつけた。
「ぐっ……あああ……っ!」
「父さん!!」
父さんの、喉を押し潰されたような呻き声。
それが、俺の理性の最後の一線を、音を立てて焼き切った。
前世の俺は、耐えることしか知らなかった。
不条理な納期、理不尽な叱責、後輩の命すら救えない低賃金。
「社会とはそういうものだ」「波風を立てるな」と自分に言い聞かせ、胃に穴を開けながらも愛想笑いを浮かべ続けた。
その結果が、深夜のオフィスでの孤独な死だ。
だが、今の俺は、ルークス・グルトだ。
俺を信じてくれる村人がいて、俺を愛してくれる家族がいて、そして、これから共に「温かなスープ」を囲むはずだった未来がある。
こいつは、俺の十四万二千ポイントという名の「執念」を、そしてこの村の平穏を、その汚れた足で踏みにじった。
「……兵士ども! そのガキを捕らえろ! 舌を引き抜き、王命を侮辱した罪で即刻処刑しろ! 他の農奴どももだ、抵抗する者はすべて殺して構わん。略奪だ! 好きなだけ奪え!」
カストロが冷酷に言い放つ。
十五人の傭兵崩れたちが、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、剣や槍を抜き放った。
「ルークス、逃げろおおおッ!」
父さんの必死の叫び。
「お兄ちゃん! 逃げてぇ!!」
マキナの、引き裂かれるような悲鳴。
だが、俺は一歩も動かなかった。
ただ、脳内のウィンドウを、指先ではなく、意識の加速だけで操作する。
「……購入。発動」
[ 身体能力強化【初級】(Lv.1):50,000 pt を消費します。よろしいですか? ]
[ YES ]
[ 残りポイント:92,000 pt ]
瞬間。
心臓が、まるで爆薬を詰め込まれたかのように激しく、重厚に打ち鳴らされた。
ドクン、という鼓動と共に、全身の毛細血管を沸騰するような魔力の奔流が駆け抜ける。
視界が水面のように揺らぎ、色彩が鮮明になり、五感の解像度が極限まで跳ね上がった。
五歳の小さな、しかし鍛えられた身体から、薄い水色のオーラが静かに、そして力強く立ち上る。
「な、なんだぁ……!? ガキの身体が光って……っ!」
最寄りの兵士が、困惑を怒声で掻き消しながら、錆びた剣を俺の頭上へ振り下ろす。
――遅い。
世界がスローモーションに見えた。
前世で、締め切り間際に脳内物質が溢れ出し、周囲の音が消えた時の、あの極限の集中(ゾーン)。
それの数千倍も研ぎ澄まされた感覚の中で、俺は流れるように、一歩だけ横に滑った。
空を切る剣。
俺は回避と同時に、手に持っていた、父アルフレッドに贈ったはずの『高品質な鍬』を、最短距離で振り抜いた。
「……邪魔だ」
ガンッッッッ!!!!
という、肉を叩く音とは思えない重低音が広場に反響した。
フルプレートを着た大人の男が、まるで巨大なトラックに撥ね飛ばされたかのように、十メートル以上も後方へ舞い上がった。
彼は広場の石壁に激突し、沈黙した。
「は……? え……?」
カストロが、理解の及ばない光景を前に、間抜けな声を漏らした。
他の兵士たちも、振り上げた武器を止めたまま、氷の彫像のように固まっている。
五歳の子供が、ただの農具を一振りしただけで、装備を整えた傭兵を紙屑のように吹き飛ばしたのだ。
俺は、返り血一つ浴びないまま、カストロの目の前に「転移」に近い速度で移動していた。
「……ひ、ひぃぃぃぃぃっ!?」
カストロが、腰を抜かして無様に雪の上に尻もちをついた。
その顔面からは急速に血の気が引き、先ほどの傲慢さは欠片も残っていない。
俺は、鍬の銀色に輝く刃先を、カストロの脂ぎった喉元にピタリと突きつける。
震えるカストロの喉仏が、冷たい刃に触れるたび、彼はヒッと悲鳴を上げた。
「カストロさん。前世で、僕は学んだんですよ」
俺はカストロの耳元で、彼にしか聞こえない、氷点下の風よりも冷徹な声で囁いた。
「『契約書に不備があるなら、力ずくで有利な条件を引き出せ。そして、無能な担当者はその場で切り捨てろ』……ってね。君、自分の立場、わかってる?」
「あ、あ、ああ……っ」
「これだけの兵士を使い、偽の王命で略奪を働いた。……これは反逆罪だ。このまま君の首をここで跳ねても、辺境伯様は僕を褒めてくれるだろうね。でも、それじゃ僕の気が済まないんだ。――僕が失った、七千八百ポイント分の『未練』と、家族のスープを冷まされた『慰謝料』。きっちり、君の全財産で払ってもらうよ?」
俺の瞳の奥で揺らめく、人外の光。
カストロは、恐怖のあまり股間を濡らし、ガチガチと歯を鳴らして震えることしかできなかった。
蹂躙される側から、蹂躙する側へ。
ブラック企業の底辺で喘いでいた凡人が、異世界で積み上げたポイントという名の「暴力」で、理不尽を粉砕した瞬間だった。
雪降る広場に、かつてない静寂が訪れる。
だが、俺の戦いは、まだ終わっていない。
俺は、呆然と俺を見上げる父さんと村人たちの視線を背中に感じながら、冷たく笑った。
---
**【読者へのメッセージ】**
第百三十一話、お読みいただきありがとうございました!
「校閲_ポイント」先生のご指摘を反映し、五万ポイントの重みと、鍬を使った圧倒的な「わからせ」描写を濃密に仕上げました。
理不尽な上司(徴収官)を、ロジックと暴力の合わせ技で完膚なきまでに叩き潰す。これぞ「なろう」の醍醐味、スカッと展開をご堪能いただけたでしょうか。
しかし、これだけの力を村人たちの前で見せてしまったルークス。
次話、第百三十二話「勝利の代償と、村人の眼差し」。
英雄として崇められるのか、それとも「バケモノ」として恐れられるのか……。ルークスのスローライフの行方をお見逃しなく!
評価や感想をいただけますと、ルークスの身体強化がLv.2になるかもしれません。ぜひよろしくお願いします!
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