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第百三十二話:冷めたスープと、温め直された絆
しおりを挟む静寂が、広場を支配していた。
つい先刻まで響いていた怒声や軍靴の音は消え、残っているのは、降り積もる雪がすべてを覆い隠そうとする、冷たくも静かな音だけだ。
俺の目の前では、さっきまで傲慢に振る舞っていた徴収官カストロが、腰を抜かしたまま、自身の股間から広がる温かなシミを雪に染めて震えていた。俺の手に握られた『高品質な鍬』の刃先が、その脂ぎった喉元に、薄皮一枚の距離で静止している。
「……ひ、ひぃ……っ。た、助けて……」
カストロの喉が、ヒクりと動く。
俺は、視界の隅で明滅する『身体能力強化【初級】』のオーラをゆっくりと霧散させた。
五万ポイントの代償によって得た「人外の感覚」が去り、代わりに、冬の容赦ない寒さと、右手に残る鍬の重みが現実のものとして戻ってくる。
[ 残りポイント:92,000 pt ]
脳裏をよぎるのは、削られたポイントへの執着ではなく、背後に立ち尽くす村人たちの視線だった。
怯え、困惑、そして――「畏怖」。
五歳の子供が、武装した大人を、農具一振りで吹き飛ばしたのだ。当然の反応だろう。
「……兵士の皆さん」
俺は、カストロに喉元を指したまま、まだ広場に残っていた傭兵たちに声をかけた。
彼らはすでに戦意を喪失し、雪の上に転がった仲間を抱えて後退りしている。
「この令状が偽造であることは、今カストロさんが身をもって証明しました。王命を騙り、略奪を働いた罪……本来なら、辺境伯レオナルド様に突き出すべきですが、この吹雪です。道中で皆さんが凍死しても寝覚めが悪い」
俺は冷徹に、しかし子供らしい舌足らずさを混ぜた声で告げる。
「そこに並んでいる荷車三台。積んである穀物と、皆さんが持っている金目のものをすべて『慰謝料』として置いていくなら、見逃してあげます。……拒否するなら、次は鍬の背ではなく、刃を使いますけど」
「お、置く! 置いていく! だから、その化け物をどけろ!!」
カストロの叫びを合図に、兵士たちは這う這うの体で武器や金貨の入った袋を放り出し、吹雪の向こうへと逃げ去っていった。
――勝った。
だが、俺の心には爽快感よりも、重い澱のような不安が溜まっていた。
「ルークス……」
低く、震える声。
振り返ると、雪の上に座り込んだままの父アルフレッドが、信じられないものを見るような目で俺を見つめていた。その隣では、マキナが母リリアに抱きつき、震えている。
やってしまった、という後悔が胸を突く。
家族を守るためとはいえ、彼らの知る「可愛い息子」の枠を、俺は大きく踏み外してしまったのだ。
「……父さん。ごめん。驚かせたよね」
俺は鍬を置き、駆け寄ろうとして――その足が止まった。
父さんが、一瞬だけ、身体を強張らせたからだ。
「……っ」
胸の奥が、氷を詰め込まれたように冷たくなる。
前世で、どれだけ仕事を完璧にこなしても「不気味な奴」と敬遠された記憶。
結局、俺はどこへ行っても、誰かと「温かな食卓」を囲む資格なんてないのかもしれない。
「いいえ。――よくやってくれたわ、ルークス」
沈黙を破ったのは、母リリアだった。
彼女は震えるマキナを優しくハンス村長に託すと、一歩、また一歩と雪を跳ね除けて俺に近づき、その細い腕で俺の小さな身体を強く、壊れそうなほどに抱きしめた。
「怖かったでしょう。一人で、こんな重いものを背負わせて……。ごめんなさい、不甲斐ない母親で」
「……母、さん?」
「貴方が何を隠していようと、どれほど特別な力を持っていようと、貴方は私の、私たちのルークスよ。……そうでしょう、貴方!」
リリアの叱咤に、アルフレッドがハッとしたように顔を上げた。
彼は自分の不甲斐なさを恥じるように顔を歪めると、立ち上がり、俺の頭を大きな、土の匂いのする手で包み込んだ。
「……すまない、ルークス。情けない父親だ。お前を怖がったんじゃない。……お前に、こんな真似をさせてしまった自分が、情けなくて……」
父さんの手の温もりが、張り詰めていた俺の心を一気に溶かしていく。
視界が、急激に滲んだ。
五歳児の涙腺は、大人の理性よりもずっと脆いらしい。
「……う、うわあああああん!」
俺は、前世でも流したことのないような大声で、母さんの胸に顔を埋めて泣いた。
ポイントも、分析も、論理も、今はどうでもよかった。
ただ、この温もりの中に居場所があることが、何よりも救いだった。
しばらくして、俺が泣き止むのを待っていたかのように、村長ハンスさんが村人たちを引き連れて近づいてきた。
「ルークス、すまなかった。お前にばかり辛い役目を押し付けて……。皆、ルークスに感謝を! この子が、俺たちの冬を守ってくれたんだ!」
ハンスさんの音頭で、村人たちが次々と「ありがとう」「助かったよ」と声をかけてくる。
畏怖の視線は、いつの間にか、純粋な感謝と敬意へと変わっていた。
「……村長。置いていかせた荷車には、奴らが他の村から奪ったものも混じっているはずです。まずは皆でそれを分け合いましょう。それから――」
俺は、ポイントウィンドウの『料理の極意(8,000pt)』を睨みつけた。
本来なら、中盤以降に取得する予定だった高級スキルだ。
[ 料理の極意(Lv.1):8,000 pt を消費します。よろしいですか? ]
[ YES ]
もう、出し惜しみはやめだ。
冷え切った村人たちの心。凍えそうなマキナの身体。
それらを温めるのは、暴力でも論理でもない。「美味しい料理」の力だ。
「今日は、僕が全部作ります。――ハウスの野菜と、カストロたちが置いていった極上の肉で、最高のスープを作りましょう。皆で、温め直すんです」
雪はまだ降り続いていた。
けれど、リーフ村の広場には、確かに春のような温かな光が灯り始めていた。
---
**【読者へのメッセージ】**
第百三十二話、最後までお読みいただきありがとうございました!
「校閲_ポイント」先生の提言に基づき、戦闘の後の「心のケア」を重点的に描写いたしました。
ルークスが一人で抱え込もうとする癖に対し、母リリアが放った「貴方は私たちのルークスよ」という言葉。書いていて、ルークスがようやくこの世界に本当の意味で「転生」できたような気がしました。
そして、8,000ptを投じた『料理の極意』。これが村にどんな「奇跡」を起こすのか。
次話、第百三十三話「奇跡の炊き出しと、語られる決意」。
ルークスの料理が、村人たちの絆をどう変えていくのか……。ぜひご期待ください!
評価や感想、ブックマークをいただけますと、ルークスのスープがさらに美味しくなるかもしれません。ぜひよろしくお願いします!
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