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第百三十六話:辺境伯レオナルドの眼差しと、響く不協和音
しおりを挟む馬車の重厚な車輪が、ランドール城の滑らかな石畳を規則正しく叩く。
高く聳え立つ白亜の城壁は、沈みゆく夕陽を浴びて、まるで古戦場の跡のように血のような朱色に染まっていた。城門をくぐるその瞬間、俺の脳内には、先ほど全ポイントを注ぎ込んで取得したばかりのスキルの感覚が、冷たい毒のように、しかし確かな手応えを持って馴染んでいくのを感じていた。
[ 嘘見破り (Lv.1 / 150,000pt) :常時発動型。相手の言葉に虚偽が含まれる場合、不協和音を伴う感覚として知覚する ]
前世のブラック企業で、上司の「君の将来を期待しているよ」という言葉の裏にある「骨の髄まで使い潰してやる」という本音を見抜けず、過労死という名の破滅まで突き進んでしまった俺。その無念と後悔が、今、この異世界で最強の「盾」へと形を変えた。この感覚……一度でも嘘を耳にすれば、脳が警告を発するこの不快な音こそが、俺が最も信頼すべき相棒となる。
「……着いたぞ。降りるがいい、ルークス殿」
騎士ギデオンの声に促され、俺は足元で不安げに鼻を鳴らすフェンを伴い、馬車を降りた。
待ち構えていたのは、整列した数十人の衛兵。そして、石柱の影から俺の姿を好奇と侮蔑の混じった目で見つめる、城の文官たちだ。
「見ろよ、あれが噂の……ただの五歳のガキじゃないか」
「ギデオン様も、いよいよ耄碌(もうろく)されたのかな。農民の子供をこれほど丁重に迎えるとは」
ヒソヒソという陰口が、冷たい冬の風に乗って耳に届く。だが、俺の心は驚くほど静かだった。
今の俺に見えている世界は、これまでとは違う。彼らの陰口には「嘘」がない。ただの純粋な見下しだ。それはそれで、対処のしようがある。
ギデオンの先導で、俺たちは城の最深部――重厚な装飾が施された、謁見の間へと案内された。
扉が開かれた瞬間、物理的な衝撃に近いほどの圧力が俺の小さな身体を襲った。
部屋の最奥、高い玉座に座るのは、ライオンのような銀の鬣(たてがみ)を蓄え、鋼のような肉体を持つ巨漢。辺境伯レオナルド・ランドール。その瞳は、獲物を値踏みする捕食者のそれであり、同時に数多の修羅場を潜り抜けてきた統治者の深淵を湛えていた。
「……リーフ村のルークス・グルト。よくぞ参った」
レオナルドの低く、地鳴りのような声が広い空間に反響する。
「まずは、カストロの不正を暴き、我が領の腐敗を食い止めてくれたこと、心より感謝する。君のような少年がいたこと、ランドール家の誇りだ」
朗々とした、理想的な領主の言葉。だがその瞬間――。
――キィィィィィィンッ!
脳の奥を、錆びたナイフでガラスを引っ掻いたような、鋭く、不快な不協和音が突き抜けた。
(……嘘だ。感謝なんて、これっぽっちも思っていない)
俺は内心で冷笑した。
この男は、カストロが村で何をしたかなど、本質的にはどうでもいいのだ。ただ、その不正を「五歳の子供」が「前世の監査知識(彼から見れば未知の叡智)」を使って暴いたという、その『異常性』だけを、利用すべきか排除すべきか、冷酷に値踏みしている。
「もったいないお言葉です、辺境伯閣下。僕はただの農民の子。家族と温かいスープを飲みたかった、ただそれだけのために、少しだけ知恵を絞ったに過ぎません」
俺は精一杯の「無垢な五歳児」を演じて深く頭を下げた。だが、レオナルドの瞳からは一点の曇りも消えない。彼は僅かに口角を上げ、さらに言葉を重ねる。
「謙遜は不要だ。私は有能な者を愛する。ルークスよ、君を今日招いたのは他でもない。君のその素晴らしい知恵を、我がランドール家の発展のために、そして王国の安寧のために貸してほしいのだ。君には、農民としては一生手に届かぬ地位と、溢れるほどの報酬を約束しよう」
――ガリッ、と嫌な音が脳内に響き、さらに音が大きくなる。
「王国の安寧のため」という言葉が、真っ赤な嘘だと告げていた。
「閣下、お言葉を返すようですが……」
俺は顔を上げた。
もはや、子供のフリをする必要はない。
ブラック企業の商談で、嘘を塗り重ねる取引先に対し、「お前の裏帳簿は把握しているぞ」と突きつける、あの冷徹な監査役の顔。
「……閣下がお求めなのは僕の知恵ではなく、『王都の宰相派に対する、即効性のある切り札』ではないのですか?」
謁見の間の空気が、一瞬で凍りついた。
背後のギデオンが息を呑み、レオナルドの脇に控える文官たちが、あまりの無礼さに顔を青ざめさせる。
レオナルドの眉間に深い溝が刻まれ、その身体から立ち上る威圧感が、壁の装飾を震わせるほどの重圧へと膨れ上がった。
「……何と言った、少年?」
「閣下、もう建前はやめましょう。不協和音がうるさくて、話に集中できません」
俺は真っ直ぐに、辺境の巨頭の瞳を、その深淵の底まで射抜くように見据えた。
「カストロが横領した金貨十五枚のうち、三割が王都へ流れていた。それは単なる役人の汚職ではありません。辺境伯領の財政を意図的に弱体化させ、内部から腐らせることで、いずれは王都の宰相派がこの領地を合法的に飲み込もうとしている前哨戦……侵略の予兆です。閣下、あなたは今、味方のふりをした敵に囲まれ、孤独な防衛戦を強いられている。そうでしょう?」
――不協和音は、響かなかった。
訪れたのは、深海のような沈黙。
それが、俺の言葉がレオナルドの隠し続けていた「真実(弱み)」を正確に突いたことを証明していた。
長い、あまりに長い沈黙の後。
レオナルドの口の端が、ゆっくりと、恐ろしい角度で吊り上がった。それは先ほどの「偽りの感謝」とは違う、敵をも魅了するような、野獣の剥き出しの笑みだった。
「……ククッ……ハ、ハハハハハ! ギデオン! 貴様の言う通りだ! 確かにこれは、ただの子供ではない。……中身は、地獄の業火を潜り抜けてきた、老獪な怪物ではないか!」
レオナルドは玉座から立ち上がり、その巨体で地響きを立てながら俺の目の前まで歩いてきた。そして、その巨大な、戦士の傷跡が刻まれた手で、俺の細い肩をがしりと掴んだ。
「よかろう、ルークス。……正直に言おう。我が領は今、王都からの執拗な経済制裁と、組織的な内部工作により、崖っぷちにある。冬を越せぬ村が出るのも時間の問題だ。私は、この停滞し腐りかけた状況を、根底から粉砕できる『イレギュラー』を求めていた」
不協和音は、しない。これが、この男の「本音」だ。
「ルークスよ。私と取引(ビジネス)をしよう。君に望む通りの平穏と、リーフ村の絶対的な保護を約束する。その代わりに――我が領に巣食う、帳簿上の害虫どもを、その知恵で一匹残らず洗い流してみせろ」
[ 辺境伯レオナルドの本音(窮状)を引き出した:10,000 pt 獲得 ]
[ 所持ポイント:164,800 pt ]
ウィンドウに流れる莫大な報酬。
俺は、肩に食い込むレオナルドの手の重さを感じながら、前世でも見せたことのない、最も冷徹で、最も強欲な笑みを浮かべた。
「……いいでしょう、閣下。ただし、僕のコンサル料(知恵の代価)は、お高いですよ?」
辺境の覇者と、ブラック企業戦士。
二人の怪物の間に、新たな不協和音が鳴り響く。
それは、古い貴族社会の常識が崩壊し、新たな「ロジックによる支配」が始まる合図だった。
---
**【読者へのメッセージ】**
第百三十六話、最後までお読みいただきありがとうございました!
一話完結の「映画」のような密度を目指し、ルークスとレオナルドの「化かし合い」を徹底的に深掘りしました。
『嘘見破り』というチートを、単なる事実確認ではなく「相手の本音を引き出すためのカード」として使うルークスの姿、いかがでしたでしょうか。
ポイントもついに16万を突破! 辺境伯という最強の「スポンサー」を得たルークスの、異世界・監査無双がここから始まります。
次話、第百三十七話「血塗られた帳簿と、ルークスの監査」。
城に渦巻く汚職文官たちを、ルークスが『鑑定』と『現代会計』で阿鼻叫喚の地獄へ叩き落とす!
評価や感想、ブックマークをいただけますと、ルークスの「論理の刃」がさらに鋭くなります。ぜひ応援よろしくお願いします!
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