155 / 164
第百五十二話:十万ポイントの正しい使い道、あるいは贅沢な日常の始まり
しおりを挟むリーフ村の北門付近に響き渡っていた、鉄錆(てつさび)と淀んだ魔力の喧騒は、驚くほどあっけなく、そして無慈悲に収束した。
宰相オルコが放った自慢の魔導騎士団は、ルークスが十万ポイントという膨大なリソースを背景にアップデートした『案山子改(バルカン・スケアクロウ)』の放つ圧倒的な魔力散弾と、意志を持つ底なしの泥沼と化した地面の前に、文字通り「根こそぎ」にされたのだ。
「……ひ、ひぃ……っ。助けてくれ、頼む……! 私はただ、命令に従っただけなんだ……っ!」
最後に残った騎士団長が、腰まで泥に浸かった状態で、へのへのもじが描かれた滑稽な案山子に向かって必死に命乞いをする。
案山子は、その首を一瞬だけ「ギギギ……」と不自然な角度で回した。その際、ルークスの視界にだけ映るシステムウィンドウには、微かなノイズが走る。
【 [SYSTEM_ERROR: L0-V3-PR0T0C0L] …… 侵入者の排除を完了。安全圏を確保しました …… 】
ルークスはその不気味な、それでいてどこか哀切を感じさせる文字列を一瞥した。「(……愛(LOVE)とも読めるプロトコルが、害虫駆除の完了を告げるなんて、相変わらず皮肉なシステムだな)」と内心で独り言を漏らしながら、彼は十歳の少年らしい仕草でパチンと指を鳴らした。
それを合図に、魔力を帯びていた案山子たちは一瞬にして活動を停止し、夕暮れ時の農村に馴染む、ただの古びた藁人形(わらにんぎょう)の姿へと戻った。
「フェン、あとは辺境伯領のギデオンさんたちに任せよう。……戦いなんて、やっぱりお腹が空くだけだね」
「ククク……主よ、同感だ。我が鋭き牙は、鉄の鎧を噛むためではなく、主の作る肉料理を食らうためにあるのだからな」
ルークスは、泥まみれで気絶し、もはや戦意を喪失した騎士たちを「後の処理」として辺境伯の騎士団に引き渡すよう手配すると、軽やかな足取りで、夕餉(ゆうげ)の香りが漂い始めた我が家へと歩き出した。
---
我が家の扉を開けると、そこにはルークスが前世で命を削ってまで守りたかった、平和で温かな空気が満ちていた。
母リリアが鼻歌を歌いながら、今日収穫したばかりの瑞々しい野菜を木製のまな板で刻んでいる。
「おかえり、ルークス。フェンと一緒に、外で何をして遊んでいたの?」
「ちょっと、庭の案山子の手入れをね。……ねえ、母さん。今日はお祝いに、俺がいくつか新しい『道具』を出してもいいかな?」
「道具? またあなたの不思議な知恵かしら。いいわよ、お父さんももうすぐ帰ってくるしね」
ルークスは、家族に見えない位置で、十万ポイントという未曾有(みぞう)の残高を示す黄金色のウィンドウを開いた。
(保有ポイント:56,850pt。……よし、まずはこれだ。スローライフの質を底上げするための『先行投資』だ)
彼が真っ先に召喚したのは、設定資料集の「スローライフの礎」をさらに発展させた、現代知識と魔力を融合させた魔力駆動式の生活革命セットだった。
【アイテム:魔力駆動・恒温冷蔵庫:5,000pt】
【アイテム:自動温度調整・全天候型温室システム:15,000pt】
【アイテム:魔法の蛇口(浄水・瞬間湯沸かし機能付):3,000pt】
居間の片隅に、突如として現れた白く輝く大きな箱。
そしてキッチンに設置された、捻(ひね)るだけでお湯が出る不思議な蛇口。
それは、中世ヨーロッパ風のこの世界においては、伝説の古代遺物(アーティファクト)にも匹敵する衝撃だった。
「な、何なのこれ!? 水がお湯になるなんて……火も使っていないのに! 聖樹の奇跡かしら!」
驚愕して腰を抜かさんばかりのリリアを横目に、ルークスは満足げに頷いた。
「母さん、これで冬の冷たい水で洗い物をして、手が荒れることもなくなるよ。それに、この白い箱に入れておけば、お肉も野菜も、あの『氷晶大麦』だってずっと新鮮なままだ」
さらに庭には、魔力によって常に最適な気温と湿度が保たれる透明な「温室」が、ルークスが加工した『スライムレザー』を透過する光を浴びて完成していた。これにより、繊細な薬草や、王都で流行した「奇跡のプリン」の材料となる果実も、リーフ村で一年中収穫が可能になるのだ。
夕食。テーブルには、冷蔵庫から取り出したばかりの瑞々(みずみず)しいサラダと、瞬間湯沸かし器のおかげですぐに準備できた温かいスープが並んだ。
父アルフレッドも、ルークスの「魔法の道具」の数々に言葉を失っていたが、最後には力強く、そして優しく微笑んでカップを掲げた。
「ルークスよ……。お前が何者でも構わん。この温かい食事と、家族の笑い声。……これ以上の幸せは、王都の王様だって持っていないだろうさ」
(……そうだよ、父さん。俺は、このためにポイントを極めてきたんだ。誰にも邪魔されない、この食卓のために)
窓の外、夜の闇に沈むリーフ村の四方では、案山子たちが静かに、だが鉄壁の守りで村を見守っている。
一方、王都。
経済的に完全に破綻(はたん)した宰相オルコは、私兵の騎士団まで失ったことで、それまで彼に虐(しいた)げられてきた商人や下級貴族たちの糾弾(きゅうだん)を浴び、自滅への道を転がり落ちていた。
ルークスは、自らの手を汚して直接的な「復讐」を遂げる必要すらなく、ただ美味しい食事を家族と囲むだけで、最大の敵を過去のものとしたのだ。
「デザートは、冷蔵庫でキンキンに冷やしておいた、新作の『氷晶大麦のプリン』だよ」
ルークスの言葉に、妹マキナとフェンが今日一番の歓喜の声を上げる。
十万ポイントの正しい使い道。
それは、世界を救う壮大な英雄譚ではなく、愛する人たちの明日を、今日よりも少しだけ便利で、温かなものにすることだった。
---
【読者へのメッセージ】
第百五十二話、最後までお読みいただきありがとうございました!
ついに「ポイントの暴力」ならぬ「ポイントの豊かさ」がリーフ村に降臨しました。現代の冷蔵庫や温室システムが、農民の生活を劇的に変えていく……これこそがルークスの目指した真のスローライフの形ですね。
次回、辺境伯領編、堂々の完結!
そしてルークスの名声は種族を越え、次なる舞台、閉ざされた「エルフの森」編へのプロローグが始まります。
エルフの使節団との出会いや、新たな特産品の構想など、ワクワクする展開を準備しております。
「冷蔵庫欲しい!」「ルークスの家族愛に感動した!」という方は、ぜひ評価やブックマークでの応援をよろしくお願いします。
11
あなたにおすすめの小説
二度目の異世界では女神に押し付けられた世界を救い世界を漫遊する予定だが・・・・。
黒ハット
ファンタジー
主人公は1回目の異世界では勇者に選ばれ魔王を倒し英雄と呼ばれた。そんな彼は日本に戻り、サラリーマンとしてのんびり暮らしていた。だが異世界の女神様との契約によって再び異世界に転生する事になる。1回目から500年後の異世界は1回目と違い文明は進んでいたが神の紋章を授ける教会が権力を持ちモンスターが多くなっていた。主人公は公爵家の長男に転生したが、弟に家督を譲り自ら公爵家を出て冒険者として生きて行く。そんな彼が仲間に恵まれ万能ギフトを使い片手間に邪王を倒し世界を救い世界を漫遊するつもりだが果たしてどうなる事やら・・・・・・。
外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。
しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。
『ハズレスキルだ!』
同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。
そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
転生魔竜~異世界ライフを謳歌してたら世界最強最悪の覇者となってた?~
アズドラ
ファンタジー
主人公タカトはテンプレ通り事故で死亡、運よく異世界転生できることになり神様にドラゴンになりたいとお願いした。 夢にまで見た異世界生活をドラゴンパワーと現代地球の知識で全力満喫! 仲間を増やして夢を叶える王道、テンプレ、モリモリファンタジー。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる